クリスタルメソッド 河合 継|AI黎明期から研究開発に取り組む起業家が目指す「未来のAIビジネス」とは
人の心を理解しサポートするAIの社会実装で、ひとりにひとつのパーソナルAIを届けたい
ChatGPTなどで広がりを見せるAIですが、海外企業が先行しているのが現状です。こうした中、独自のAI技術を開発する日本のスタートアップとして注目されるのが、クリスタルメソッド社です。
同社は人の表情や声をAIが自ら学習して、本人そっくりに対話できる「AIアバター」を開発。最近ではタレントの田村淳さんがこのAIアバターを利用して、YouTubeで24時間ライブ配信する企画が大きな話題となりました。
2008年に起業、現在も代表取締役を務めるのが河合継さんです。AI黎明期から研究開発に取り組んできた河合さんは、「AIアバターは医療など幅広い分野に応用できると考えています。ただし普及にはフェイクAIへの対策が不可欠です」と語ります。今回は河合さんに、起業の経緯や今後のAI事情について創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
クリスタルメソッド株式会社 代表取締役
AI黎明期から研究開発を重ねる。フィンテック、大手自動車メーカー、製造業など幅広い分野の企業向けに受託開発を行い、培ってきたマルチモーダルAI(※)技術を活かし2018年からバーチャルヒューマン、メタバース領域へ展開。研究所であるAI-Tech.Institute株式会社を軸に、クリスタルメソッド株式会社で販促を強化している。
※マルチモーダルAIとは、画像・テキスト・音声などの異なるデータを一度に処理できるAI技術。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
「AIが人に近くなるには」を常に考えながら研究開発をしてきた
大久保:起業された経緯を伺えますか?
河合:起業前はフリーのエンジニアをしていました。もともと小学校にコンピューターがあって、プログラミングもしていたんです。これからはインターネットが来るぞって勝手に思って、1994年頃には1人でオンラインショッピングサイトを作っていました。でもどこにどう営業をかけたらいいかよくわからなくて、広げることはできませんでした。
その後はそのスキルを使って、フリーのエンジニアとしてホームページを作ったりシステムを作ったりしていました。もう30数年前の話ですが。その後エンジニアの会社を作ったという感じで、起業しました。
大久保: いわゆる「法人成り」ですね。AIに関わったのはどんなきっかけでしたか?
河合:2008年頃、米国のサブプライム問題から世界的金融危機が起こり、私の周りにも苦労した人がたくさんいました。
当時世界情勢の背景から、日本でも工業やIT業界の急速な景気後退を肌で感じていたひとりです。人的要因が全てではないさまざまな領域で大変な思いをしている人たちを真の当たりにして、私ができることはAIの知識や技術で、悩み苦しむ人のサポートをすることだと考えました。
色々な相談を当時受けていましたが、恥ずかしながら私は人とコミュニケーションを取るのが得意ではありません。聞きたいこと、伝えたいことを自分の言葉で上手に発するのが理想的ですが、それがうまくできない人もいます。自然言語処理をやっていたこともあり、そんなむず痒いところもAIでカバーできる可能性がないか考えていました。
「人に近いAI」というのは、人のようなAIのことだけではなく、距離的にも近くの存在であるという意味を含んでいます。
大久保:今でこそ金融業界はロボットや機械が普及していますが、当時は人が一所懸命やっていた時代でしたね。ネット証券も出始めた頃でしたでしょうか。
河合:そうですね。始めはそういった金融向けAIに力を入れていましたが、AIでトレード判定をするとか、レートをシミュレーションすることでうまくいったとしても、結局これでは人のサポートにはならないのではと、もやもやしていました。
ただ、当時のこうしたフィンテック領域のリアルタイムで高速処理をする技術が実は今のサービスに繋がっているので、結果的にはすごく貴重な経験になっています。
あとは、IPOの計画を発表する社長の話す内容とあわせて、表情や声のトーンも分析して、株が上がるか下がるかを判断できるAIを作ったこともあります。これは特許もとりました。
大久保:株が上がりそうな会社や社長の特徴を掴む、というのはすごく面白いですね。その後はどのように展開されたのでしょうか?
河合:その後は、当時まだ最先端だったAIということもあり、製造業や自動車メーカーからも受注が入るようになりました。その中でマルチモーダルAIの技術が磨かれていき、今の研究に活かされています。
大久保:起業家というとビジネスから入る方が多いのですが、河合さんの場合は技術から入って、現実に応用できるのかという視点で進めてこられたわけですね。
本人が寝ている間にAIアバターが稼ぐ時代が来ている?
大久保:2008年にAI-Tech.Institute株式会社、
2021年にクリスタルメソッド株式会社を立ち上げたそうですが、この2社にはどのような違いがあるのでしょうか?
河合:基本的にAI-Tech.Instituteはその名の通りAIの研究所です。ただそれだとビジネスにはなかなか直結しません。研究開発とビジネスを両立させたいなと思ったのが、新しい会社を立ち上げた理由です。AI-Tech.Instituteは研究開発をする会社、クリスタルメソッドはビジネスをする会社、それぞれ別にするために会社を作りました。
ですからクリスタルメソッドという会社は、AI技術を広めるために作った会社です。私自身がエンジニアであり研究が好きなので、同じ意欲を持った仲間と研究に没頭できる環境をつくるのが夢でした。
AI-Tech.Instituteで研究に時間を費やしますが、しっかりビジネスも行っていくためにクリスタルメソッドでその成果をアウトプットしています。
大久保:御社ではDeepAI(※)を使った技術がメインで、「Gemini」というアプリもありますね。最近話題になった田村淳さんのAIアバターも、このDeepAIを使っていたのでしょうか?
※DeepAIとは、AI自らがデータをもとに学習して、より精密な分析ができるAI技術のこと。
河合:おっしゃる通りです。DeepAIを使って、人の顔や声の特徴を抽出するような仕組みです。田村淳さんの事例では、先日24時間AIがライブ配信するという取り組みもしたんですよ。
大久保:拝見しましたが、すごいですよね。今後の可能性を感じました。著名人を起用すると出演料も高いですし、人間ですから当然稼働できる時間も決まっています。それにもしかしたら不祥事を起こしてしまうかもしれない。でもAIならそういうこともなく、24時間分身が働いてくれるわけですから、画期的ですよね。
河合:そうですね。いろいろと広がりを感じています。吉本興業様にいる約6,000人の芸人やタレントさんのAIアバターを作ろう、なんて話も出ています。他にも、例えば政党の方から「AIを使って24時間政策に答えてくれるみたいなものができないか」というお話をいただいたこともあります。
大久保:なるほど。幅広い用途が考えられますね。さらに応用していく予定はありますか?
河合:将来的にはWeb上でAIがタレントさんのように振る舞って製品を売るような、いわゆるライブコマースもできるんじゃないかなと考えています。AIなら商品知識を豊富に搭載できますから、ユーザーからの質問に対する返答もたくさんできると思うんですよ。
弊社では自然言語処理、対話エンジンの部分も自社開発しているため、さまざまな利用シーンに合わせたバーチャルヒューマンを生み出せます。
大久保:なるほど。コールセンターなどで接客ツールとして使うこともできそうですね。一方で、最近では本人に無断でAIアバターを作ってしまう、いわゆるフェイクAIも話題になっています。AIを悪用してしまう人が出ていることに対して、対策はされていますか?
河合:フェイクAIに対しては、弊社では「偽情報の発見」と「本物の証明」という 2つの面で取り組んでいます。まず偽情報の発見という面では、出回っているフェイクAIを自動的に検知する「ディテクター」という技術の開発を行っています。
ディテクターとは別に、本物であることの証明をするため、本人の許諾があるDeepAIを登録できる仕組み作りも進めています。そのために新しくAIリーガルテクノロジーという機構を作りました。この仕組みができれば、本人の許諾がある本物のAIなのか、フェイクAIなのかが判別できるようになります。
やはり本人の肖像権が守られないと、安心してAIは利用できません。ここはすごく重要だと考えています。
これからは医療やカウンセリング分野にもAIの活用が進む
大久保:フェイクAIの問題がクリアになれば、もっとAIの活躍できる場が広がりそうですね。
河合:そうですね。当初からの目的である人の心を理解するAIによるカウンセリングAIや、あとは内科医が診察できるような仕組みもAI化できないか、進めているところです。
災害や感染症などで医療現場の混沌は続いています。人の手が足りないところを補うことがAIの仕事なので、そういった分野にも提供できるよう研究しています。
大久保:医師の診察となると法律の問題がありそうですが、医師の仕事を効率化できるツールで、最終的には医師がチェックするようなものだと実現しそうですね。
河合:おっしゃる通りです。医師も、例えば糖尿病の専門医に聞きたいとか、自分の領域以外の方に聞きたいケースが多いようなんです。AIに聞いたら専門的な答えが出るようなものなら、いけるんじゃないかなと考えています。
大久保:今は医師も人手不足ですし、長時間労働が問題になるケースもあります。そういった問題の解決策になるかもしれませんね。結果的に、医療費を下げる効果も期待できそうです。
河合:そうですね。あとは以前テレビで取り上げてもらったことがあるのですが、高齢者の話し相手や子供の見守り役になってくれるようなAIアバターも開発しています。
大久保:なるほど。拝見したところ御社のAIアバターは表情や声がかなり人間に近いですよね。人間が自然に喋っている風に聞こえますが、ここまで作り込むのは大変なのでしょうか?
河合:田村淳さんのAIアバターは、わりと大変でした。ご本人のライブ配信の話し方とテレビの時の話し方は全然違いますから、ライブ配信用にかなりカスタマイズしました。例えばニュースの読み上げのように、淡々と話すものは簡単なんですが。
大久保:田村淳さんのAIアバターは、どのくらい時間をかけてAIを作ったんですか?
河合:田村さんの場合はYouTubeなどWeb上にあるデータを使えましたが、それでも数百時間はかかったと思います。
大久保:そこまで作り込むとなると、著名人やインフルエンサーみたいな方がメインユーザーになりそうですね。今後はさらに一般ユーザーにも普及して、誰でもDeepAIを使えるみたいな感じになるのでしょうか?
河合:簡単なものは、誰でも使えるようにしたいと思っています。弊社でも、もうすぐ製品化できそうなところまで来ていますが、その場で5分ぐらいかければ簡単なAIアバターを作れるものを開発しています。
大久保:著名人やインフルエンサーみたいな人の場合は時間をかけてAIを作り込み、一方でエントリーモデルみたいなものもこれからできるというわけですね。
遊びのツールとしても使えるし、さきほどのQ&Aだけに対応するコールセンター的な使い方もできるし、いろいろと広がっていきそうですね。
AI技術をビジネスに応用してもらえる方を増やしていきたい
大久保:AI技術もどんどん進化していると思いますが、御社としての強みはどんなところでしょうか?
河合:本当に最近はすごく進化のスピードが速いと感じます。ただ弊社はAI黎明期からずっと研究してきたというところが強みですね。今までできなかったことを、先行して開発できる環境があります。
また、映像、画像、音、自然言語処理などマルチモーダルAIを研究してきました。要素技術を統括して、ひとつのシステムに組み上げるのを得意としています。
ただ日本の研究開発はあまり重要視されてないというか、「他から探してきて使えばいい」という風潮もあります。ただそれでは細かいところまでは対応できませんし、新しい発想にも対応できません。弊社としては、そういうところを大事にしていきたいと思っています。
大久保:確かに英語圏は情報量も多いですし、かける費用も莫大なので、力業で進めていくこともありますね。そうなると日本国内に技術が蓄積されないということが起こりますから、そういう意味でも御社の存在は重要だと思います。AI全体の将来については、どのようにお考えですか?
河合:私としては、 1人に1台AIアシスタントがつくという世の中になっていくんじゃないかなと思っています。賢いAIが相談にのってくれて、先のことをやってくれる。例えば「お父さんに旅行の相談をしておいて」とAIに言うと、お父さんと話しておいてくれるとか。そういう感じで、どんどん進展していくんじゃないかなと思っています。
大久保:かゆいところに手が届くみたいな感じですね。そうなってくると、人は何をやるのかなという意見も出るかもしれませんが、好きなことができる社会になってくるのでしょうか?
河合:そうなると思います。人間がやる必要がないことをAIにさせる。元々金融業界でやっていたことが、これからもっと広く行われる状況になってくるのではないでしょうか。
また、もともとAIの研究を始めるきっかけとなった「一人で悩み苦しむ人の側にいたい」という弊社のモットーでもある人のサポートをするAIの社会実装により、人の仕事を奪うAIではなく、大変な思いをしている人の支えになるAIが提供できればいいなと思っています。
大久保:金融業界もAIが普及してもトレーダーはいますし、業界自体もしっかりある。そういう状況になっていくのかもしれません。
AIは激変期なのかなという気がしますが、これは逆にチャンスにもなりそうですよね。御社みたいなことはできないにしても、御社の技術で何か新しいことができるかもしれません。
河合:弊社は技術的に持っているものは多いので、いろいろなAIを作ることはできます。これからは、弊社のAI技術をビジネスに活用できる方が増えていってほしいなと考えています。
先ほどお話したようなカウンセリングでもいいかもしれませんし、例えばファイナンシャルプランナーもいいですよね。相手の悩みや質問を聞いて、それをもとにキャッシュフローを作って、家族構成にあわせて保険を勧めるみたいなこともAIでできると思います。
カウンセリングもファイナンシャルプランナーも、基本的な流れは同じです。そういう工程管理ができるようなAIを弊社では開発しているので、いろいろなビジネスに使っていただけたら、もっと世の中に広がっていくのではないかと考えています。
大久保:なるほど。業界によっては日本ならではの規制があるかもしれませんが、御社ならそういった細かいところにも対応していただけそうです。
大久保の感想
創業手帳では、ChatGPTの可能性を探った『ChatGPT 生成AIガイド2023』をリリース!生成AIやChatGPTとは何か、から、ChatGPTと専門家との対決や、ChatGPTのAPIを創業手帳アプリに連携させた内容など、ChatGPTを事業に活用させようと考えている方は必見です!無料でご覧頂くことができますので、是非ご活用ください。
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(取材協力:
クリスタルメソッド株式会社 代表取締役 河合 継)
(編集: 創業手帳編集部)
今後、AIやAIアバターが進化してくると「人間の仕事」の価値が問われてきます。また「AIの応用・訓練」もニーズが拡大しそうな分野ですね。