シェアメディカル 峯 啓真|MedTechと日本の医療業界のこれから
MedTechと日本の医療の現状と課題について、シェアメディカルの峯啓真社長に聞きました
(2019/01/07更新)
超高齢化が進む日本。医療市場・MedTech(医療分野でのIT活用)は確実に成長するマーケットとして注目されています。今後予想される人手不足や患者急増といった問題への解決策として、新たな技術の導入が果たす役割が大きくなりそうな一方で、日本は他国に比べて医療の改革を進めにくいという現状もあります。
今の日本の医療にはどんな問題があって、今後MedTech領域によってどんな変化が起きるのでしょうか。医療従事者向けのチャットツール「メディライン」でイノベーションを目指す、シェアメディカルの峯啓真社長に最前線の話を聞きました。
2006年、株式会社QLifeの創業メンバーとして口コミ病院検索QLifeを始めとした同社のWebサービスの立ち上げに参画。スマートフォンの医療分野での親和性をいち早く見いだし、添付文書Pro、医療ボードProなど数々の医療アプリ事業化に成功する。2014年に臨床現場により近い医療サービス企画を目指し株式会社シェアメディカルを創業。
技術の進歩に制度や法整備が追い付いていない理由
峯:現在医療費は42兆円を超えており、2025年には54兆円に達すると言われています。また、医薬品・医療機器が毎年、約3兆円の輸入超過となっていることからも、医療マーケットの大きさがわかります。
MedTech業界は大きく【患者サイド】、【医療サイド】の2つで進んできました。【患者サイド】では、例えば遺伝子検査であったり、アプリなどを用いた行動変容(健康保持・増進のために行動やライフスタイルを改善すること)による予防医療など、様々なアプローチがなされています。【医療サイド】としては、近年GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazonの4社のこと)陣営が膨大な予算と人員を投入してAIや測定デバイスを開発し医療変革を行おうとしているのも特徴です。
峯:医療用チャットサービスの「メディライン」、産婦メンタルヘルスチェックアプリ「EPDS」、医学論文翻訳API「医詞オンライン」、AI翻訳電話「Tac!Call」というサービスを展開しています。
いずれもコミュニケーションという切り口から「つなぐことで医療を支える」というモットーを実現しています。
峯:当初は、無料のSNSもあるなか何故有料のサービスを使わねばならないのか?という意見も多々あり、セキュリティをそれほど重視する医療者も少なくなかったことから、苦戦していました。
しかし、無料SNSの情報流出事故が多発したことを受け、日本医師会が無料SNS利用を原則利用しないよう通達を出したこと、また、在宅診療の推進により、医療者が患者の自宅に行く新しい診察スタイルの増加、ヘルパーや訪問看護師、ケアマネージャーなど他職種との連携の必要性が出てきたことから、メディラインのような手軽で高セキュリティなコミュニケーションツールの需要が追い風となってきています。
峯:国内2位の企業健保組合が解散を発表しましたが、日本の皆保険制度は崩壊の縁にあります。にもかかわらず、個人の責任と国家が提供する医療サービスがしっかり線引きされている欧米と違って、日本では医療制度の改革に政治が影響力を持つため、医療の受益者である国民、特に、多数を占める高齢者の意向を無視できず、痛みを伴う改革を断行しにくいのが現状です。
便利になることはわかっていても医療現場の多忙さが相まって、使い方を新たに学ばないといけないシステムの導入に現場の人達が反対する、また、現状維持を求める気質が根強く、技術の進歩に対して制度や法律の整備が追いついていないことが、海外では承認されている優れた医薬品や医療機器を国内で使用できない「ドラッグラグ」や「デバイスラグ」といった問題につながっています。
皆保険制度を維持するために、皮肉にも医療領域のイノベーションに軛(くびき)がはめられているのが大きな問題の一つと言えましょう。
峯:医療費の抑制に活用できると考えています。例えば諸外国では糖尿病患者向けの治療補助アプリが医療機器として承認されたり、経過観察アプリの利用で進行肺がん患者の生存期間が改善されるという研究結果が出たという報告があったりと、予防医療や、健康寿命を伸ばすためにアプリやサービスを用いる試みが進んでいます。
国内でも禁煙指導のためのアプリが認証試験を行うことになったというニュースが流れました。遅ればせながら、技術によって医療の提供形態そのものが変わる可能性が見えてきたと言えるでしょう。
峯:常々感じるのは、例えば米国は「禁止されていないことは基本OK」とする法解釈が一般的であるのに対し、日本では「許可されていないこと以外は基本NG」と考える医療者が多くいることです。
これによって、たとえ優れた技術を持つベンチャーがPOC(新しいことに取り組む際に、実効性を検証すること)を行いたくてもなかなかテストに協力してくれる医療施設が見つからないなどの課題があります。これが、諸外国との違いだと思います。
医療領域のスタートアップに求められるポイント
「法解釈をきちんと行っているか?」がとても重要なポイントです。場合によっては人命に関わるので、会社と経営者を守る意味でも、医療系スタートアップは法律の遵守が絶対です。
例えば、以前日本の医療業界では国の定める医療ガイドラインの関係でAWS(アマゾンンが提供するクラウドコンピューティングサービス)を使用できませんでした。(現在はリージョンで日本を選択して基準法を日本にすれば対応したことになります)これを知らずに手軽さからAWSで医療関係の開発を行い、医療従事者に怪訝な顔をされたスタートアップが何社もありました。(経営者が医療者であった場合、技術のことをエンジニアに任せっきりにしてしまってこの罠に引っかかることがあります)。弊社はスタートアップですが、顧問弁護士を付けています。
また医師などの監修や指導を受けながらサービスの開発を行うことが近道となります。医療者自身が起業するケースも最近増えてきました。
だた、思っている以上に医療の世界は保守的なので、監修する医療従事者の言うことが医療界全体の声を代弁しているかどうかは、よくよく検討が必要です。日頃から多くの医療者と接点を持ち、彼らが言うことが本当に必要なことなのか、様々な視点から観察することが求められます。
峯:医療は景気に左右されることなく、赤ちゃんからお年寄りまで、老若男女問わず全ての層が顧客になり得ます。また、医療費は高齢化社会に突入し増加一辺倒です。その中にあってICTを活用する余地は無限にあり、AIやIoTだけでなく、他業種では枯れた技術が、医療では最新技術として生き生きと輝くチャンスがあります。
また諸外国も遠くない時期に日本に続き高齢化社会を迎えることから、日本で培った医療ITの技術は、将来的に必ず海外でも求められることになります。医療に国境は無いからです。
峯:医療業界は、医療費を下げるという、いわばマーケットを縮小する事で価値を生むことが出来る稀有な世界です。国民誰しも関心があり社会的注目度が高く、医療というハードルの高さから参入障壁がある一方手、手付かずの領域も多く存在します。若い起業家であれば、medTechは、家族や関係者に誇れる、喜ばれる一生の仕事となるでしょう。
(取材協力:シェアメディカル/峯啓真)
(編集:創業手帳編集部)