「海外上場のリアル」ニューヨーク証券取引所の元アジア代表のマーク・イエキ(Marc Iyeki)さんが語る海外上場とは
海外上場の成功例・失敗例、メリット・デメリットを元NYSE幹部が解説
最近日本のスタートアップの海外上場のニュースが増えてきました。創業手帳でも過去に日本から海外上場の事例を取材しました(ネクストミーツ社・社長インタビュー)。
ハードルが高いと思われる一方で意外に上場できること、一方で注意するべき点もあります。そんな海外上場について、弁護士を経て、世界最大の証券取引所であるニューヨーク証券取引(NYSE)の元アジア太平洋責任者で、かつ日系3世で日本の市場にも理解の深いマーク・イエキ(Marc Iyeki)さんに創業手帳代表の大久保が聞きました。
現Jin-Phoenix キャピタルアドバイザリー社・マネージングディレクター(米国責任者)
NYSE元アジア太平洋責任者
ニューヨーク在住の日系3世。
弁護士を経てニューヨーク証券取引所(NYSE)にて、社内弁護士からスタートし、国際上場上級顧問、北京駐在事務所長、アジア太平洋地域責任者などを歴任。中国・日本などアジアから米国への上場を多数支援・アドバイス。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
米国IPOのメリット
創業手帳・代表大久保:
日本のスタートアップや企業にとって米国でIPOするメリットはなんでしょう?
マーク・イエキさん:
日本企業が米国でのIPOするメリットは主に2つですね。
1. 資本の規模が大きい
米国市場では、個人投資家と機関投資家の両方から多額の資金を調達することができます。
米国は世界最大の資本市場で、上場企業の時価総額は、日本の約9倍です。
しかも、米国以外の多くの投資家が米国市場に投資をしています。
米国のマーケットは米国だけでなく世界のお金が集まる場所なのです。
日本市場も洗練され素晴らしいと思いますし、海外の資金流入もある程度ありますが、メインはやはり国内の投資家が相手です。
中国市場も国内向けの傾向が強いです。
しかしNYSEのような米国の証券市場は世界から大きな資金が流入しているのです。
米国市場は「ポケットがとても深い」のです。日本の表現で言えば「懐が深い」市場と言えるでしょう。
最も多くの資金が集まる市場にチャレンジするのは理にかなっていると思います。
多くの資金や信頼を手にすることで投資や研究開発、M&Aを有利に進めることができます。
2. 世界でのブランド力
米国での上場は企業の国際的な認知度や信頼度を高め、世界市場での競争力にとってプラスです。
日本企業から米国上場の先駆者はソニーやトヨタ、ホンダですが、彼らは資金調達ではなく、ブランドのグローバル化にNYSEの魅力を感じていました。
今後、日本、中国もですが、人口減少していき2100年には今の人口の半分になってしまいます。対して、アメリカはいまだに人口が増え続け、経済が成長していきます。
人口は非常に重要な経済成長の要素です。
日本市場も大きな魅力的なマーケットですが、今後、人口減少の局面においては世界の市場を見ていくことも必要でしょう。
そんな世界に挑戦したい会社にとって、NYSEのような米国市場での上場は会社の透明性や信頼性を高め、ビジネスを拡大する上で大きなプラスになるはずです。
NYSEとNASDAQの違い
創業手帳・代表大久保:
米国市場といえばNYSEとNASDAQですが、何が違うんでしょう?
マーク・イエキさん:
資金と市場の性質が違います。
世界の証券取引所の時価総額順位は下記のとおりです。
1位 NYSE 28兆ドル
2位 NASDAQ 25兆ドル
でダントツでこの2つが多いことがわかります。
それに次ぐ3位-5位は株価や為替で変動しますが、NYSEと合併した欧州のユーロネクスト、日本の東証、中国の上海証券取引所でだいたい6-7兆ドルです。
いかにこの2つの市場が大きいかが分かるでしょう。
NYSEとNASDAQの違いは、従来はNYSEは伝統的なオールドビジネス、NASDAQはテック系起業ということで暗黙の了解で棲み分けがされていました。
例えばNYSEはコカ・コーラやウォルマート、NASDAQやアップルやマイクロソフトが挙げられます。それぞれ古い産業と新しい産業の代表的な会社です。
しかし、最近は垣根を超えて競争しています。
例えば代表的なテック企業であるセールスフォースはNYSE上場をしています。
NYSEにはNYSE American やNYSEArca(アーカー)という新興市場向けの市場もあります。
NYSEArca(アーカー)はアメリカ初の電子証券取引所で、日本で言えば東証プライムとグロース市場のように異なる基準を設けており、NYSEのメインボードより新興市場が上場しやすい面があります。
このように世界最大の証券取引所であり、200年以上の歴史を持つNYSEも常に競争しチャレンジし続けていることは進歩の原動力になっています。同時に市場間の協力や情報交換もしています。東証とNYSEも常に情報交換をしていますが、競争と協働が進歩を生むのです。
日本の会社の海外上場ってどうなの?成功例、失敗例
創業手帳・代表大久保:
日本の会社の海外上場ってどうなんでしょう?代表的な例は?
マーク・イエキさん:
例えばソニーやトヨタ、武田薬品など日本を代表する会社がNYSEに上場しています。
NYSE上場で日本のテック企業での成功例がLINEです。日本の皆さんも使っていると思いますが、LINEはヤフーと統合するまでNYSEで上場していました。NYSEでの上場はLINEにとって、大きな資本を得て成長し、信頼を獲得する上で非常にプラスになったと思います。日本の代表的なテック企業で規模で勝るヤフーとLINEは対等合併しました。
このように会社の価値を引き上げM&Aで有利に働くのもNYSEのような海外上場のメリットの一つです。
一方で新興企業で苦戦している例も挙げましょう。最近ですと日本でCMでも有名な勢いのある会社がNASDAQに上場しましたが、株価や市場での資金調達においては苦戦しています。もちろん事業自体が悪いというわけではありません。あくまで株価の話です。
海外市場では世界中の投資家が集まる一方で、世界中の優良企業が集まります。そのため日本の国内市場以上に優れた実績が必要とされるのです。
日本の投資家やVCは、上場で3割増で少し儲けようとか、やや目線の低い手堅い株価、そこそこの小さい成果で満足している傾向が見受けられます。海外市場では適切な、つまり相応に高い株価をつけるのが当たり前です。
海外市場では投資家はもっと大きな成果を求めているのです。
海外上場・気になるお値段は?
創業手帳・代表大久保:
なるほど。日本の証券市場はそういう意味では、コンパクトに資金を獲得する上では良いと。海外市場はイージーではなく大きな資金と大きな成果にチャレンジするための市場ということですね。
では、米国上場ですが、実際いくらくらいかかるんでしょう?
マーク・イエキさん:
企業規模が小さい場合、上場料自体は約75,000ドル(日本円で約1200万円)と比較的低額です。
しかし、上場料は全体の一部で、IPO全体の費用は企業によって大きく異なります。
法務費用、会計費用、引受手数料などがあります。特に引受手数料は、資金調達額の7~8%に達することもあります。
また法務費用や会計費用もケースによりますが、100万ドルを超えることがありますね。
東証など日本の証券取引所と比較すると上場料自体は高くはないが、法務や会計、引受手数料など全体のコストはどうしても高くなります。
しかし得られるリターンの大きさを考えるとLINEやソニーのように大きなチャレンジをしたい会社にとっては十分なリターンがあるといえるでしょう。
弁護士から転身!NYSEのアジアのトップに・きっかけは奥さんが日本人
創業手帳・代表大久保:
マークさん、マークさんのキャリアも興味深いですね。弁護士からNYSEがあまり開拓していなかったアジアの領域を開拓した。新しいものにチャレンジするパイオニアという意味で起業家のようで親近感があります。
マーク・イエキさん:
確かに未知のものへのチャレンジ精神は起業家と共通する点はあるかもしれませんね(笑。
自分の最初のキャリアは弁護士でした。
ある日、新聞でニューヨーク証券取引所(NYSE)の求人広告を目にしました。
当時多発していたインサイダー取引への対応を担う弁護士を募集していたのです。
チャンスと感じ駆け出しの弁護士としてまずNYSEに入り、その後上級職へと昇格していきました。
そんなある日、NYSEでの中で新設された国際部門に異動の話があり思い切って応募しました。
私自身は日系3世でアメリカ人であり、日本語は余り話せませんが、自分の妻が日本人なのです。
妻や妻のファミリーを通じて自分のルーツでもある日本やアジアへの興味を持っていました。
NYSEでは弁護士として、最初は法務サイドでしたが、ビジネスサイドに転身しました。
国際部門では、日本や中国など、アジア太平洋地域の企業の上場支援を行い、最終的にNYSEの国際上場部門の責任者に就任しました。
また、NYSEの北京駐在事務所の所長としても1年間北京におりました。エキサイティングな経験でしたね。
自分が国際部門に初めて入った頃、非米国企業の上場数は15~20社程度でしたが、退職する頃にはその数が500社以上に増え、多くがアジア太平洋地域、特に中国からの企業でした。
NYSEを退職後、アドバイザーとして活動を続け、環境サステナビリティに特化した米国初の証券取引所や、当時はNYSEの規制も緩く活用しやすかった特別買収目的会社(SPAC)の社外取締役などを経験しました。
左から渡辺秀俊さん、マーク・イエキさん、創業手帳・大久保。東京・丸の内の茶室にて
今一緒にビジネスをしている、渡辺秀俊さん(JPモルガン、シティ、三菱UFJ、バンカメ等を経て、現在、海外IPOを手掛けるJin-Phoenix キャピタルアドバイザリー社代表)とは昔からの友人で定期的にディスカッションしていました。彼との出会いもあり、同社のパートナーとして日本や海外の会社の米国でのIPOの支援もしています。
日本の起業家へのメッセージ・大きなビジョンと成果を目指そう
マーク・イエキさん:
IPOはゴールではなく、公開企業としての新たな旅の始まりです。
市場環境が理想的でない場合でも、企業は準備を続けチャンスが訪れたときにすぐに対応できるようにしましょう。
NYSEのような海外市場への挑戦はチャレンジングです。しかし、大きなチャンスでもあります。
創業手帳・代表大久保:
メジャーリーグに大谷が挑戦して、大きな成果を手にしました。イージーな道でなくても挑戦する価値があるということですね。
マーク・イエキさん:
はい、日本の起業家が大きなビジョンと大きな成果を求めるときにNYSEのような海外市場は力になると思います。
(取材協力:
NYSE元アジア太平洋責任者 Marc Iyeki(マーク・イエキ))
(編集: 創業手帳編集部)