薬師寺寛邦 キッサコ|音楽という手段で仏教のエッセンスを届ける

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年03月に行われた取材時点のものです。

ハーモニーに癒される「音楽×般若心経」動画が大反響

日本人であれば誰もが聞いたことがあるであろう「般若心経」を音楽にのせて歌った動画が世界中で静かなブームとなり、国内や海外でツアーを行っている僧侶がいます。

生まれたときから僧侶となることが決まっていた運命にかつては思うこともあったと言いますが、音楽という新しい形を通して仏教を広めることができたらと精力的に活動を続けている僧侶であり音楽家でもある薬師寺寛邦さんに、創業手帳の大久保がお話を聞きました。

薬師寺 寛邦(やくしじ かんほう)
禅僧・音楽家
1979年生まれ。愛媛県今治市出身。禅僧であり音楽家。現在、愛媛県今治市にある臨済宗・海禅寺の副住職。2003年、薬師寺を中心に、コーラスグループ「キッサコ」を京都で結成。2013年に修行を終え僧侶になってからは、仏教の教えをわかりやすい日本語に置き換え、懐かしいポップスのメロディーとハーモニーで伝えていくことをコンセプトに、寺院ライブを軸として活動を展開する。
僧侶として次世代に仏教をつないでいくため、音楽と仏教を掛け合わせ、 般若心経に声を重ねアレンジした「般若心経 cho ver.」がYouTubeで200万回再生を突破。 台湾の東森新聞では160万回、中国のSNSでは驚異の2,000万回再生を記録。 フジテレビ「めざましテレビ」等、多くのメディアにて取り上げられた。
中国での大反響を受け、2018年12月には、中国本土・台湾を巡る全6箇所公演のワンマンライブツアーが開催。以降、国内・海外を合わせ精力的にツアーを行っている。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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決まっていた運命に反抗するように音楽を始めた


大久保:もともとおうちがお寺だったのですか。

薬師寺:そうです。祖父も父も住職をやっていて、ひとり息子なので生まれたときから寺を継ぐということが決まっていたんですよね。

最初からそれを素直に受け入れられたわけではなく、思春期のころはなぜ自分は僧侶にならなくてはいけないんだろうという気持ちがありました。もともと興味を持っていた音楽にのめりこんだのは、半ばその運命から逃げるための方法でもありましたね。

大学時代にプロになりたいなという気持ちが芽生え、卒業してもそのまま音楽活動を続けていました。

大久保:日本の世襲制って特殊ですよね。仏教に反発していたというわけではなかったんですか。

薬師寺:そういうわけではなく、自分の根底にはやはり仏教が根づいていたと思います。ふと仏教の本を手にとってみたりということもありました。あるときにショッピングモールでライブをして、ふるさとをテーマに作った曲を歌ったんです。お客さんから「おじいちゃんを思い出したよ、ありがとう」と言われて、父が法要でしていることと、自分が音楽でしていることはもしかして近いことなのではと思いました

自分の大事な誰かを思い出すということは供養のひとつなので、自分が音楽を通して仏教を伝えていけるのでは、とこのとき初めて感じたのです。

大久保:その後、メジャーデビューされるのですよね。

薬師寺:25才ぐらいのときにメジャーデビューをすることができたのですが、曲を作り続けることができず、自分の音楽には中身がなかったということに気がつきました。このあたりは今思うと精神的にもしんどい時期でしたね。

もう一度禅と向き合ってみようと、30才ぐらいのときに京都の天龍寺で座禅中心の修行を2年にわたって行いました

自分が今何を思っているのかをつきつめ、普段抱えているものをとっぱらっていくという日々で、普通に生きているとなかなかできない体験でしたし、辛い経験を経てから修行をしたことで頭の中が整理され、無駄な経験はないということを実感しました。

その修行を通して、改めて自分は音楽が好きなんだということに気づかされました。般若心経を聞いていると、声が重なることによって声のパワーやエネルギーをもらえるんです。音楽と宗教は密接な関係にあるのだなと感じ、修行が終わって、この般若心経をコーラスアレンジしたらどうなるんだろうとぼんやりと考え始めました。

大久保:それで「般若心経 cho ver.」が生まれたのですね。

薬師寺:はい。ただ、やはり伝統を壊していくのはハードルが高くて、形にするのには時間がかかりましたね。最初は自分が僧侶ということと、歌うということはなるべく分けていたんです。だんだんその境がなくなってきて、普通の服で歌っていたのが作務衣になり、衣になっていきました。そのぐらいのときに、一回だけライブでパフォーマンスしてみようと思ったんです。2016年ぐらいでしたね。

ただ、自分は僧侶としてのフィルターもありますし、こだわりも持ってしまっているので、大丈夫かなと不安な気持ちが強く、嫁に「これどうかな?」と聴いてもらったんです。一般家庭で育ってきた彼女に「いいんじゃない」と言われて、ほっとすると共にそういうものって周りが気づかせてくれるものなんだなと改めて感じました。

思い切ってライブでパフォーマンスした結果、その動画を多くの人に見ていただきました。この音楽は誰かの心に届くものなんだ、ということがわかり感慨深かったです。

その結果、2018年から2019年にかけて中国や香港、台湾でツアーを行いました。

大久保:日本と中国で反応は違うんですか?

薬師寺:中国では年齢層が若く、20代中心で日本に興味がある方が集まっていた印象でした。ですからやはり熱狂的で、仏教に関しても熱心な方が多い印象でした。

人として大事なものを音楽で伝えたい

大久保:ご自分が僧侶であるのか音楽家であるのかという、肩書きについてはどう感じていらっしゃいますか。

薬師寺:そうですね。音楽家と僧侶、どちらも自分という風に考えています。活動の内容としては、境があまりないところまできている気がしています。

「肩書きや手段はどうでもよくて、たまたまお寺に育って僧侶になり、生きていく上で人として大事なものを音楽で伝えていっているんだよね」と尊敬している僧侶に言われたのですが、ありがたかったですね。

大久保:事業承継という観点で見ると、上の世代に音楽活動について何か言われたりといったことはないですか。

薬師寺:父はあまり語らないですね。「おまえはおまえでやったらええんちゃうか」という感じです。そもそも、音楽が好きになったのは父の影響だったので、音楽活動に関しても応援してくれていますね。「般若心経 cho ver.」に関してはノーコメントですが(笑)。

お経って、太鼓と合わせることもありますし、言ってみればライブパフォーマンスですよね。変化はしているけど、根本は変わっていないと思っています。もちろん逸脱すると問題はありますが。

大久保:2年ぐらい前に京都でスタートアップのサミットがあったんですが、一番人気があったアクティビティはお寺で座禅を組むものでしたね。やはり起業家ってひとつの課題に対して解決策が出てくるまで考えなくてはいけないので、頭をからっぽにするというアクティビティは魅力があるようです。

薬師寺:なるほど。ただひとつ注意していただきたいことがありまして、いい歌を歌おうという欲を出すと決していい歌にならないように、座禅も「頭をからっぽにしよう」と思ってやるのではなく、ただ座ることを意識していただきたいですね。

大久保:なるほど。次に挑戦するときは意識してみようと思います。例えば日本のいろいろな伝統工芸に携わる方々が跡継ぎがいなくて困っているように、お寺にまつわる課題というのはありますか。

薬師寺檀家制度(※1)というのは、同じ町に同じ家族が住むというのが前提だったので、それが崩れた現在は存続することに限界を感じていますね。より開かれた形で地域と密着していけたらいいのかなという思いはあります。跡継ぎがいないというのももちろんあります。

※1 特定の寺院に属して葬儀や供養を任せる代わりに、お布施などによってその寺院を経済的に支援する制度

タイミングをみはからう重要さ

大久保:宗教というとどうしても保守的なイメージがありますが、やはり革新的なことをやられているということで、仏教界から批判の声などはなかったのでしょうか。

薬師寺:それが、反対されたことはないんです。ただタイミングはあると思います。5年前にやっていたら、もしかしたら反対の声が上がっていたかもしれません。そのあたりは一応世間的にタイミングをみはからって、という感じでしたね(笑)。

わたしは今40代なんですが、ちょうど自分の世代が一番仏教のこれからについてリアルに変化しないといけないのではないかと考えている世代だと思うんです。

その自分の世代が、わたしのほかにもバーを始めたり精進料理のお店を始めたりと、いろいろな試みを始めたのは、やはりみんな新しい時代に適応して変わらないといけないという思いを抱いているからではないかと思っています。

動画をYouTubeにあげたときは批判の声もありましたけど、意外と応援してくださるお寺もありました。かつて修行をした天龍寺でPVを撮らせていただいたときに、若い人に仏教を知ってもらえる機会になるのだからやりなさい、と言っていただきました。

大久保:今は副住職でいらっしゃいますが、いずれはお寺を継ぐのでしょうか。

薬師寺:そうですね。いずれは継ぎますが、活動はできる形でやっていこうと思っています。今は『般若心経で四国遍路を世界遺産に!プロジェクト』というプロジェクトを進めていまして、クラウドファンディングにも挑戦しています。88箇所で般若心経の音楽に合わせた映像を作り、海外の方に四国の美しさや遍路という文化を知っていただこうという思いがあります。

大久保:お経って当時の人にとっては現代語だったということですよね。歌舞伎などもそうですけど、現在に生き残っている伝統って余計なものが削ぎ落とされて、価値があるから生き残っていると感じますね。

薬師寺:はい、当時の人にとっては般若心経はキャッチーな歌という感じだったのではと思います。いい説話と同じですね。お釈迦さまの教えを一度否定してから始めるという意味で革新的ですし、ものを伝えるという意味で、簡潔でポピュラーなものにできあがっているなと感じます。

現代で般若心経を音楽にのせたわたしと同じように、かつて般若心経を編集されて世間に出した方は、崖から飛び降りるような気持ちだったのではと思います(笑)。

お葬式で薬師寺さんの般若心経の音楽をかけてほしい」とおっしゃる方もいるんです。さすがに今の時点ではすぐに「はい」とは言えませんけど、求める方がいるなら新しい形も探っていきたいですね。

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(取材協力: 薬師寺寛邦 キッサコ
(編集: 創業手帳編集部)



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