業界知識や経験は、必ずしも起業に必要ない! 何より大事なのは「営業力」と「広報力」【中村氏連載その4】

飲食開業手帳
※このインタビュー内容は2021年04月に行われた取材時点のものです。

売上げ伸ばさず「絞る」! 「100食限定ランチ×ホワイト労働」の繁盛店「佰食屋」に学ぶ、女性にこそ向いているコロナ時代の飲食経営

少子化で働き手の確保が難しいなか、ホワイト化の流れもあって経営が見直されてきていた飲食業界。コロナ禍でさらに環境が厳しくなっていますが、「1日100食限定」という新基軸で創業した「佰食屋」では、コロナ禍の最中に2店舗を閉じたものの、今でもランチ営業に朝から整理券を配るほどの盛況が続いています。

そんな佰食屋の創業者、兼経営者である中村朱美氏に、飲食経営の極意をうかがっている全6回連載の前回では、1日100食と決めることで廃棄率が低く抑えられ、従業員の負担や作業時間も最小限でスムーズなオペレーションを実現させられたという、飲食店の運営モデルとしてのメリットを伺いました。今回は、そのような独自のスタイルで起業をされた中村さんが、起業までにどのような準備をされたのかをうかがいます。

中村朱美

中村朱美(なかむら あけみ)
株式会社minitts代表取締役
1984年生まれ、京都府出身。専門学校の職員として勤務後、2012年に「1日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。その後、「すき焼き」と「肉寿司」の専門店をオープン。連日行列のできる超人気店となったにもかかわらず「残業ゼロ」を実現した飲食店として注目を集める。また、シングルマザーや高齢者をはじめ多様な人材の雇用を促進する取り組みが評価され、2017年に「新・ダイバーシティ経営企業100選」に選出。2019年には日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019」大賞(最優秀賞)を受賞。同年、全国に「働き方のフランチャイズ」を広めるため、100食限定をさらに進化させた「佰食屋1/2」をオープン。従来の業績至上主義とは真逆のビジネスモデルを実現させた経営者として、最も注目される起業家の一人。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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起業に必須なのは業界経験や現場の能力より、広報や営業のノウハウ

大久保:今さらの質問になってしまいますが、そもそも、なぜ起業をしようと思われたのですか?

中村:夫と私は食べ歩きが趣味で、美味しいものがとにかく好きなんです。料理上手な夫は、そんな美味しいものの研究の成果を家でよく披露してくれるのですが、佰食屋の看板メニューである国産牛ステーキ丼は、もともと夫の得意料理でした。「こういう美味しいお肉を1,000円くらいで出すお店があったらいいのにね」というのは、サラリーマンの頃から2人で言っていました。そして夫の夢が、「定年退職したら自分のレストランを開きたい」というものだったんですね。それを前倒しでやろうと言ったのは、私です。

私自身はもともと教師志望で、教育大学出身。起業前の仕事も教育関係で、専門学校で広報を担当し、やりがいを感じていましたが、体調を崩して退職しようと思ったのが、起業を決めたきっかけです。

大久保:すると、起業のための準備を、時間かけて念入りに行ったというわけではないのでしょうか?

中村:直接的な準備ではないかもしれませんが、広報の経験は起業のために必要であり、大事なことだったと思っています。一般に、たとえば飲食店をやりたいとなると、まず、みなさん飲食店に勤められますよね。美容院などもそうで、その業界で修行するのが一般的です。

ですが私は、それよりも広報か営業の仕事を1年はやっておいたほうが、起業に役立つと思うのです。どれだけ良い商品を作れても、どれだけ腕が良くても、それを世の中に知らしめる能力がなかったら埋もれてしまいます。ですから、人に会って、ものを知ってもらったり買ってもらったりする、広報や営業のノウハウが起業には必須だと思っています。

起業する業界ではなくてもいいので、勢いのある会社の広報か営業で、とにかく激務を経験するのが、ノウハウを身につけるのには最も役立つと思います。

大久保:なるほど。厨房で料理を作るのは、メーカーでは製造部門の機能であって、どれだけ良い製品を作っても、広報や営業による販売力がなければ、売上げは伸ばせないということですね。

中村:そうですね。たとえ商品や技術が良いものでも、従業員を雇う場合は全員が自分と同じスキルを持っているとは限りません。では、従業員にスキルを教えて任せるのか?それともずっと自分が現場に立つのか。どういう未来を想像するのかによって、自分たちが目指すべき能力は、現場のものではない可能性がある、というのは考えておくべきかと思います。

消費者からの視点を常に忘れずに経営する

大久保:創業者の役割は、その業界の業務の延長線上にあるわけではないということですね。

中村:そのとおりです。飲食店をやりたいと思って始めても、忙しくなって従業員を雇えば、自分はお店に立つ以外の仕事をしなければならなくなります。そのときに、広報や営業の能力や経験が全くなければ、いくら美味しいものを提供していても、その事業は広げていけないでしょう。それ以外にも創業者には、他の業界との連携や新しいツールなどの導入、行政との手続きなど、事業を進めていく上でさまざまな能力が必要になってきます。そのときに、会社員時代に広報や営業を経験していれば、そうした業務も抵抗なく、うまく進められるのではないでしょうか。

大久保現場の業務に関する知識よりも、事業を広めていく能力があるほうが、事業を拡張していけるということですね。

中村:はい。現場の能力というのは場合によってはなくても、社長業はできると私は思っています。現場力がある人を採用したり、外注すればよいわけですから。一方で社長という立場は、会社を10年20年と生き続けさせるために、新しいことへの挑戦や人への問いかけなどを行っていくことが必要になってきます。その能力の基盤となるのが、広報や営業だと思っています。

大久保:開業してから、苦労したことは何ですか?

中村:そうですね。今だからこそいろいろなメディアに取り上げていただけるようになりましたが、最初から順風満帆だったわけではないんです。最初の1カ月はお客さまになかなか来てもらえず、通帳の残高は減るばかり。もうダメだと夫に弱音を吐いていました。

また、飲食業は全くの未経験で始めたので、テーブルに爪楊枝や紙ナプキンが置いていなくてお客様から指摘されたりと、開業当時は毎日バタバタしていました。けれど、どなたかがブログで書いてくださったのをきっかけに急にお客さんに来ていただけるようになり、やっとお金がなくなりそうな恐怖から抜け出すことができました。苦労もありましたが、「こういうお店があったらいいな」というお店を実現できたのは、楽しかったですね。

大久保:こういうお店というのは、「美味しいお肉を1,000円くらいで出す」というところでしょうか。

中村:そうなんです。自分が「月一度は自腹でも行きたいと思えるかどうか」を基準にお店を作るようにしています。経営する上でも、店側からの視点というよりは、消費者目線の視点を大事にしていますね。

自分の心を強くし、決断したことに対して迷わないのが起業では大事なこと

大久保:起業に向けて参考になった本はありますか?

中村:私は本が大好きで、起業に際してもいろいろと読み漁ったのですが、いま手元に残してあるのは選りすぐりの本ばかり、10冊くらいですね。中でも、一番影響を受けたのが『20代のうちに知っておきたい お金のルール38』。極端に他の人の言葉やネガティブな意見に惑わされずに、自分の思った道へ進め、といった内容です。もう1冊が、『ヒツジで終わる習慣 ライオンに変わる決断』という、やはり自分の心を強くする、この2冊が開業前のバイブルでした。どちらも同じ、千田琢哉さんという経営コンサルタントの方の著書ですね。

大久保:中村さん自身、開業に当たって、人からいろいろなことを言われて迷ったりされたんですか?

中村:そうですね。やはり開業というのは、他の一般的な人たちとは違う行動をとることになるので、いろいろ言われました。たとえば、定食屋というスタイルについても、「定食屋という響きがダサいんじゃない」とか、「カフェのほうがお洒落だし、お客さんが入りそうなのに」なんていう言葉はかなり言われましたね。それに心が負けないように、本を読んで「私は私の信じた道を突き進んでいいのだ」と思うようにしました。

大久保:決断というのは「正しいか間違っているか」よりも、「強いか弱いか」が大事だということでしょうか。

中村:いったん決断したら、迷わないほうがいいですよね。自分で考え直すのはいいけれど、人の声に惑わされてはダメだと思います。それから、特に初めての起業のときには、配偶者や親など、家族や身内からの反対など、いろいろな壁が出てくるものです。その壁を乗り越えられるほどの説得力を、自分でプレゼンテーションできることも大事だと思いますね。

結局、いちばん身近な人すらも説得できないのであれば、その商品は世の中の人を説得できないと私は思うんです。ですから、周りを説得する力をまずは養うこと。それが突破できたら、きっと世の中の人も説得できるでしょう。

大久保:「嫁ブロック(転職や独立を考えた既婚男性が、妻の反対にあうこと)」「親ブロック(就職活動中の学生や求職者が親や保護者の意向で企業からの内定を辞退すること)」のような言い方もありますが、実際に起業すればもっと大変なことはあるものだから、まずはそのブロックを突破するべく、説得しなければということですね。

中村:そうです。もちろん、説得ができないタイプの人もいると思うので、それを無視してでも自分の信じた道を進めるかどうかの強い力も大事ですよね。説得するか無視するかの2択だけだと思います。

大久保:その2冊はどちらも、同じ著者のものなんですね。

中村:そうです。千田さんの本は大好きで何冊も読みました。いまも手元に残しているのはこの2冊で、なかでも『お金のルール38』は擦り切れるほど読み返しましたし、人にも何回も勧めています。本当に、起業を考えている若者には必ず、この本を勧めていますね。千田さんの本は読みやすいので、本嫌いの人にも勧めやすいんです。私自身はOL時代に買って、繰り返し読んでいるのと、開業してから1カ月くらいの、お金がなくなる不安の中でも、自分を鼓舞するために読んでいました。

戦う相手は、競合他社ではなく自分

大久保:座右の銘は、ありますか?

中村:戦国武将のようですが、「敵は己の中にあり」という言葉を忘れずにいます。経営していくのは毎日困難との闘いであり、決断の連続で、安泰になるときってほとんどないと思うんですよね。そのときに、人のせいにしたり、コロナ禍による営業の困難も政府のせいにしたりするのは簡単ですが、それでは何も前に進みません。だからこそ私は、人のせいには絶対せずに、いつも闘うべきは自分であると思うようにしています。自分の心と闘って、「過去の自分より良くなろう、明日はもっといい自分になろう」と思っていればメンタルが安定して、人に対してイライラもしないものです。何かしら困難が降りかかっても、また頑張ろうと思えるので、それを座右の銘にしています。

大久保:敵は自分というわけですね。競合店を意識されることはあまりないのでしょうか。

中村:そうです。どこが競合店に当たるかということすら、あまり考えたことがないですね。近所の飲食店の方々とも仲がよくて、スタッフ皆でラーメン店や居酒屋に食べに行ったり、「最近はどうですか?」などと声を掛け合ったりしています。

大久保:佰食屋では観光など、周りの案内もされていますし、むしろ佰食屋がお客様を引き付けることで、周りのお店も知ってもらえることがあるのでしょうね。

中村:そうですね。もともと、この近隣にはランチのお店が少なかったのですが、佰食屋が完売で帰っていくお客様がいらっしゃるのを見て、ランチを始めたお店も多かったようです。100食が完売してしまうと、せっかくいらしたお客様にお帰りいただかなくてはいけない時もあるので、周りのお店が受け皿としてあるのは有難いです。また、佰食屋ではあえてコーヒーやスイーツは出していないので、ご希望のお客様にはご近所のお店を案内しています。そうやって地域を活性化していくのも大事なことだと思い、そうしてきました。

大久保:そこまで考えていらっしゃるのですね。非常に勉強になりました。では次回は、そんな佰食屋がブランディングや広報をどのように考え、行ってきたかをうかがっていきます。女性起業家であることを、どんな風に活かしてきたかもお聞きしたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

(次回に続きます)

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(取材協力:: 株式会社minitts代表取締役 中村朱美
(編集: 創業手帳編集部)



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