NearMe 髙原幸一郎|テクノロジーで移動の課題を解決!タクシーのシェアリングサービス誕生の舞台裏に迫る
バスとタクシーを“いいとこどり”したタクシーのシェアという新たなドアツードア移動サービスで、地域の“もったいない”を解決する
2021年11月に国土交通省が発表したタクシー相乗り解禁。その影響で注目度が高まっているMobility as a Service(MaaS)領域ですが、同領域で大きな期待を集めているのがNearMe(ニアミー)です。
同社は「社会のあらゆる“もったいない”を解決し、サスティナブルで活き活きとした未来を実現する」をビジョンに掲げ、タクシーをシェアすることでバスとタクシーの”いいとこどり”を実現した新たなドアツードア移動サービスを提供。
自宅やホテルと空港をドアツードアでつなぐ空港送迎型のサービス「nearMe.Airport(ニアミー エアポート)」、通勤や日常使いに便利な「nearMe.Town(ニアミー タウン)」、自宅と東京・千葉のゴルフ場間で利用できる「nearMe.Golf(ニアミー ゴルフ)」などのサービスを展開しています。
今回は代表取締役CEOを務める髙原さんの起業までの経緯や、移動の「シェア」によるあらゆる課題の解決について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
株式会社NearMe 代表取締役CEO
シカゴ大学経営大学院卒業。2001年にSAPジャパン株式会社入社。国内外企業の様々な業界の業務改革プロジェクトに従事。2012年楽天株式会社入社。グループ会社であるケンコーコム株式会社(現Rakuten Direct株式会社)の執行役員として、日用品EC事業のP/Lマネジメントなどに従事。2015年からは米OverDrive社の副社長/取締役、仏Aquafadas社のCEOを歴任。2017年7月に株式会社NearMeを創業。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
野球少年が留学・外資系IT企業を経て、地域の仕組みづくりを目指し起業
大久保:髙原さんはもともとスポーツ少年だったそうですね。
髙原:小学生の頃から「プロ野球選手になりたい」という夢があり、野球に没頭する球児として学生時代を過ごしました。
小中高と続けていたのですが、怪我をして諦めざるを得なくなってしまって。必然的にキャリアチェンジを迫られ、初めて「自分はなにをしたいのだろう?」と考えたんですね。
当時の学生野球は必要以上に上下関係が厳しく、かなり閉鎖的な環境だったこともあり、その反動で「自由闊達な世界に行きたい。それなら日本ではなく海外だろう」と。そこで留学を前提に大学を選びました。
大久保:留学が素晴らしい経験になったと伺っています。
髙原:ものすごく良かったです。バックグラウンドが異なる人たちが集まる環境に身を置けたことで、その居心地の良さを実感しながら伸び伸びと学ぶことができました。
この留学を通して明確に「グローバル」を意識するようになり、「グローバル×インフラ」をキーワードに設定して就活に取り組みました。
熟考した結果、「業界で世界一の会社で働きたい」「ITインフラ業界に携わりたい」という視点で選んだのがSAPです。新卒入社から約10年間、クライアントの業務改革支援に携わりました。
大久保:その後、SAP在籍中にビジネス留学されたそうですね。
髙原:徐々に「自社の意思決定に関わりたい」と考えるようになり、まずは社内転籍でSAP本社機能に移りました。そこで実績を積むなかで、さらにドイツやアメリカの本社でキャリアを構築したいという希望が芽生えるようになったんです。
そのためにはビジネススクールで本格的に学んだほうがいいと判断し、アメリカのシカゴ大学経営大学院に留学しました。
このときに日本を相対的に見る機会があり「日本人や日本の企業はもっと成功することができる」と自信が持てたんですね。自然と「自分が日本と世界の触媒になりたい」という想いも抱くようになったんです。
約2年間の学びと経験を経て帰国したのち、楽天にジョインする道を選びました。
大久保:SAPに戻らなかった理由についてお聞かせください。
髙原:「これから世界一を目指す日本企業に参画したい」と考えたからです。
ビジネス留学を通して日本人と日本企業のポテンシャルや可能性に気づけたおかげで、SAPを選んだときの「業界で世界一の会社で働きたい」ではなく、今度は「業界で世界一を目指す日本企業で社会貢献しよう」と。
今後のキャリアを見据えながら逡巡し、選択したのが楽天でした。
私が参画したのはケンコーコムを子会社化した時期と重なるのですが、まずは物流事業の立ち上げから携わり、それからケンコーコム事業、そのあとに楽天24とケンコーコムの経営統合(PMI)を担当しています。
大久保:海外駐在もご経験されたそうですね。
髙原:楽天参画当初から「グローバルな領域で成果をあげたい」という希望がありましたので、あらためて意思を伝えたところ、同社が買収したアメリカとフランスの企業でPMIと事業開発を行う責任者として実績を積むことができました。
楽天時代まで起業の意思がまったくなかった私にとって、「テクノロジーを活かせば、地域密着の仕組みづくりが実現できるはずだ」との確信を得られたことが独立への原動力のひとつとなっています。
最終的に、私自身が最寄り駅から離れた地域に住んでいた際の不便さやタクシー待ち行列の問題を痛感していた経験から「人のために、地球のために、移動をシェアする事業を起こしたい」と決意。2017年7月18日にNearMeを設立しました。
「あらゆる地域社会の“もったいない”をテクノロジーで解決」から生まれたサービス
大久保:ビジネスモデルの構想からサービスローンチまでの経緯についてお聞かせください。
髙原:私はもともと楽天時代から「地域軸」を重視していましたので、「あらゆる地域社会の“もったいない”をテクノロジーで解決したい」との理念でサービス展開を定めました。この方向性であれば、多彩な領域に事業を伸ばしていけると考えたからです。
次に、自分自身の原体験を通して「移動にまつわる課題を早急に改善する必要がある」と定義。移動領域はスケールしやすくインパクトがあるというのも判断基準のひとつでした。
そこでまずは移動のなかでも「ドアツードアの移動手段を変革する」として方向づけを行い、ビジネスモデルの構想に着手しました。
こうした過程を経て誕生したのが、タクシーのシェアリングにより自宅やホテルと空港をドアツードアでつなぐ「nearMe.Airport(ニアミー エアポート)」です。
現在では通勤や日常使いに便利な「nearMe.Town(ニアミー タウン)」、自宅と東京・千葉のゴルフ場間で利用できる「nearMe.Golf(ニアミー ゴルフ)」も提供しており、おかげさまでいずれも高評価をいただいています。
大久保:ご自身の経験からヒントを得たことで解像度の高いサービスを実現できたんですね。その原体験について詳しくお教えいただけますか。
髙原:ビジネスモデルの構想に至った原体験は主に2つで、1つ目は「駅から離れた郊外」、2つ目は「地域コミュニティの高齢化」です。
まず1つ目の「駅から離れた郊外」ですが、先ほど少しお話しした通り、起業当初に私が住んでいたのは埼玉の郊外にある駅からさらにバスに乗車した先のエリアでした。
最寄駅までの終電は深夜1時頃まであったものの、駅から出発する終バスは22時30分頃。この時間までに帰宅できる日のほうが稀で、週に3回以上最終バスを逃す生活を送っていました。
そして終バス後、同じ方向に帰宅する人たちのタクシー待ち行列が風物詩となっていたんですね。バスが運行していればみんなまとめて乗車できるのに、タクシーだと1人1台なのでものすごくもったいないなと。
こうした地域が日本全国に山ほどあります。私自身は現在オフィス近隣に引っ越しましたが、当時のこの光景がずっと頭から離れませんでした。
大久保:地域課題を通じたビジネスモデルの構築は、日本全体の課題解決を見据えるうえでも重要ですよね。続いて、2つ目についてもお聞かせください。
髙原:2つ目の「地域コミュニティの高齢化」は1つ目と関連するのですが、当時居住していたのは約400世帯が集まるコミュニティで、我が家も築30年ほどの分譲住宅を購入しリノベーションして生活していました。
私はこのコミュニティ内では若手で、ほとんどの方が30代後半から40代のときに新築で購入されたため、平均年齢が70代以上だったんです。まさに日本各地で問題になっている「地域コミュニティの高齢化」に該当するエリアでした。
日中の移動はなんとかバスでカバーすることができても、特に夜間の緊急時に移動手段がなくなってしまうかもしれない。また寝たきりの家族を抱えていたり足腰が不自由なお年寄りなど、あらゆる事情から食材の調達すら困難になる可能性も高いです。
この「駅から離れた郊外」「地域コミュニティの高齢化」という2つの問題を日常生活のなかで認識していたため、いつしか「移動のシェアが街の継続性を高めたり、あらゆる課題を解決する方法になるのではないか?」と。
そこから仮説を立てていき、現在のサービスへとつながりました。
国交省のタクシー相乗り解禁が追い風に。ライドシェアによりタクシー業界をアップデート
大久保:2021年11月に国土交通省からタクシーの相乗り解禁が発表されましたよね。御社にとって追い風になっているのではないでしょうか?
髙原:確かに「良い風が吹いてきた」という実感はあります。
空港や観光地における移動のサポートをはじめ、免許を返納した高齢者の移動手段の確保、終電・終バス後のタクシー待ち行列の解消など、長年ドアツードアの移動については喫緊の課題として注視されてきました。
その一方で、タクシー市場は約1.5兆円、およそ23万台が稼働。全国で見てみると過去30年間成長していない産業なんですね。
その理由のひとつが、既存サービスでは特定のターゲットしか利用できないことです。
公共交通機関を使う方々のうち、タクシー利用者はわずか約4%。さらにその利用方法は「いますぐに乗りたい」という“ひとり1台乗車”のスタイルです。
こうした状況がタクシー利用時のスタンダードになってしまっているため、現在稼働しているタクシーの半分以上が空気を運んでいる状態なんですよ。
大久保:あらゆる意味で“もったいない”状況に陥ってしまっているんですね。
髙原:はい。そこでまずはテクノロジーによりこのスペースとキャパを余すところなく活用すれば、もっとさまざまな形でお客様を乗せることができるようになると予測しました。
1台につき平均3名〜4名乗車で運行できれば、比例して輸送量が3倍〜4倍になりますので「なかなかタクシーがつかまらない」という問題も解決することができます。
テクノロジーを駆使することで、タクシー業界が抱えるドライバー不足の状況下でも、まだまだ多くのお客様を運ぶ余地が生み出せるんですね。
大久保:確かに「いますぐに乗りたい」という人を即時乗車させているばかりでは、いくら台数があっても足りない状況が続いてしまいますよね。その解決策として、御社はテクノロジーを活用して乗車希望客をマッチングさせ、シェアするサービスを生み出したわけですね。
髙原:おっしゃる通りです。結果として移動の「シェア」は他の地域においても移動にまつわるあらゆる課題を解決できると考えました。
さらにシェアによりドライバーひとりあたりの負担も軽減できますので、これまでなかなかタクシーを使えずにいた方々もスムーズに利用できるようになります。
加えて、現在は個人・法人問わず環境負荷の軽減に取り組む必要がありますので、やはりひとり1台乗車する時代ではないなと。事業を運営しながら日々その認識を深めています。
ディスラプションの対極。住民・地域社会・交通事業者・ニアミーの四方良し
大久保:「スタートアップは既存ビジネスのディスラプションだ」と捉える方々もいらっしゃいますが、御社のサービスは関わるすべてがプラスになる非常に優秀なビジネスモデルですね。
髙原:ありがとうございます。弊社では当初から「ディスラプションする必要はない」との強い理念で事業を推進してきました。
なぜなら私たちは「あらゆる地域社会の“もったいない”をテクノロジーで解決したい」から始まっていますので、事業方針やサービスコンセプトなど、すべてにおいてディスラプションとは対極に位置しているからです。
弊社ではよく「四方良し」とお伝えしているのですが、移動のシェアにより「持続可能な地域」を実現し、住民・地域社会・交通事業者・ニアミーがより良く発展するビジネスをモットーとしています。
住民の皆様には、日々の生活に安心をもたらす。地域社会全体を向上させるために、地域コミュニティの活性化促進だけでなく、地域バスの赤字対策として弊社の仕組みを提供することで改善される。交通事業者もサスティナブルな企業として事業を継続できる。
常に全体最適を意識した発想で事業を運営し、Win-Win-Win-Winになるよう徹底しています。弊社にとっては「ディスラプトする必要は一切ない」んですね。
「ナイスピボット!」とサムズアップの感覚で。大切なのはピボットを恐れない精神
大久保:最後に、起業家に向けてメッセージをいただけますか。
髙原:実は弊社は当初CtoCのマッチングからスタートし、それから空港にフォーカスしてビジネスモデルを再構築しましたので、プチピボットのような経緯を経て事業を軌道に乗せました。
この経験から起業家の方々にお伝えしたいのは「ピボットを恐れないでほしい」ということです。
「ナイスピボット!」とサムズアップする感覚で事業を進めればいいのではないかなと。私は常日頃から「どんどんピボットしたらいい」と考えています。
「これしかできない!」「これじゃないと駄目なんだ!」ではなく、やりたいことを広く抽象化して捉えてみる。そのうえで、少し脇道に逸れても方向性として外れていなければ、必ず事業を成功させることができると思うんですね。
たとえば登山のルートも複数あって、決してひとつではありません。「この登り方をしないといけない!」なんて悩む必要はないんです。
特に起業初期は、どの方法がうまくいくかなんて誰にもわかりません。だからこそ、ピボットを恐れない。ぜひピボットありきくらいの気持ちで、事業を成功させていただけたらと願っています。
大久保の感想
(取材協力:
株式会社NearMe 代表取締役CEO 髙原 幸一郎)
(編集: 創業手帳編集部)
髙原さんのチャレンジは大きな社会インパクトがある。
1,2トンもある鉄の塊である自動車で60キロの乗客を一人だけ運ぶのは非効率だ。なるべく最適にピックアップして複数人届けた方が資源の無駄がない。もちろん金額も安くなる。とはいえその計算は至難の業だが、そうした計算はAIが得意な領域だ。
AIというと何か異次元な事をしているように感じがちだが「同じ方向に行く人にまとまっていってもらう」という本来あるべき当たり前に良いことの実現に対して、その計算やマッチングを人力でやるのは無理なので機械に働いてもらう、ということだ。本来あるべき生きたAIの使い方と言える。
また、運送や行政、大手企業の許可やコラボはおそらく根気のいる作業だが、そこにチャレンジしているのが髙原さんだ。
マッチング型ビジネスの宿命として、今後鍵になるのが、同じ時間に同じ方向に行きたい人の母数とユーザー密度の確保だ。同じモデルやシステムでも母数とユーザー密度によって効率性が変わってくる。マッチング型のサービスは一定の閾値を超えると急激に採算性が向上する。
今後、このサービスが普及し広がっていくと「空気を運んでいる」状態が減りユーザーにも環境にも良いので応援したい。
「まとまる」ということは資源の無駄をなくすということにつながる。そこに新しい時代の起業やビジネスのヒントが隠れているかもしれない。