日本貿易振興機構 下社学・宮下恵輔|起業家が知っておきたい「IT・スタートアップ大国」としてのウクライナ

創業手帳

ウクライナの復興に必要な日本との経済交流


現在、ロシアからの侵攻を受けているウクライナは、ソ連の崩壊によって1991年に独立。国土は日本の約1.6倍で、人口は4,000万人超。主産業は農業ですが、教育水準が高く、優れたITエンジニアを多く輩出しています。

今回は、高度IT人材の宝庫であるウクライナとの経済交流や、停戦後に必要となる日本企業の支援事業について、日本貿易振興機構(ジェトロ)の下社さんと宮下さんに創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

下社 学(しもやしろ まなぶ)
日本貿易振興機構 海外調査部ロシアCIS担当主幹
1994年ジェトロ入構。2度のジェトロ・タシケント事務所勤務などを経て、2019年より現職。
宮下 恵輔(みやした けいすけ)
日本貿易振興機構 海外調査部欧州ロシアCIS課職員
2019年ジェトロ入構。2020年よりロシアCIS地域の調査・情報発信業務に従事。
同地域の政治経済動向やビジネス関連法制度、スタートアップエコシステムなどの調査を行う。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。

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ウクライナは高度IT人材の宝庫


大久保:ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」といわれるほど農業が盛んで、国土の大部分を農用地が占めていますが、農業以外にはどのような産業が盛んですか?

下社:穀倉地帯も広大で伝統的には農業国ですが、ウクライナは非常にポテンシャルが高い国で、昨今はIT系エンジニアなど、高度な理数系人材の豊富さが際立っています

大久保:なぜIT系、理数系人材が豊富なのでしょうか。

宮下:旧ソ連時代には、多くのエンジニアが航空宇宙産業などで活躍していましたが、ソ連の崩壊によってエンジニアの方たちがIT業界に流れ込みました。そして、そういった元々高い知識や技術を持つ方たちが集まったことにより、IT産業が発展していったという経緯があります。

大久保:元々レベルが高い方たちがいて、人材の層が厚かったのですね。

宮下:はい。これはウクライナに限らずロシアやCIS地域、旧ソ連諸国すべてに言えることですが、元々理数系の教育基盤が厚かったこともありIT系の人材が強いんです。また、ウクライナは1991年の独立後から順調にIT産業を発展させ、2010年代からはさらに急速に成長を続けています。スタートアップのポテンシャルが高く、世界的なスタートアップも輩出しているんです。そこで、オープンイノベーションの経済交流を日本と行いたいウクライナ企業と、今後長きに渡ってITエンジニアが不足することが考えられる日本は互いに補完関係にあると考え、ロシアからの侵攻前である今年2月にウェブセミナーを開催しました。

大久保:どのようなセミナーだったのでしょうか。

宮下:ウクライナの「スタートアップエコシステム」を日本企業に紹介するという趣旨で、その特徴や、ウクライナ企業と連携する利点、現地のスタートアップ支援機関の活動内容についてお伝えしました。ウクライナ側からは「ウクライナスタートアップファンド(USF)」という政府100%出資のファンドと、日本企業と協業したいスタートアップ3社に登壇していただきました。日本からはすでにウクライナの企業と協業実績のあるIT企業の方などに登壇いただいたのですが、日本側の参加人数は約80名と多くの方にご覧いただきました。ウクライナに特化したセミナーを開催するのはほぼ初めてでしたが、予想を上回る人数でしたね。

大久保:参加された日本企業はどのような業種が多かったのでしょうか。

宮下:多かったのは商社やメーカーですが、様々な業種の方々にご参加いただきました。

日系企業と今後のビジネス


大久保:ウクライナのポテンシャルに注目し、すでに進出している諸外国の企業も多いと聞きますが、その中で日本企業の数はどれくらいなのでしょうか。

下社:帝国データバンクの調査によると、2022年1月判明時点でウクライナに進出している日本企業は57社で、任意の団体となるウクライナの日本商工会に名を連ねている企業となると20数社ほどです。日本の大手商社が現地に駐在事務所を構えていたり、自動車や建設機械の販売会社を置いていることが多いのですが、ウクライナでビジネスを行う日本の商社のメインストリームは自動車ですね。A商事ではトヨタ、B商事では日産など、各商社ごとに扱う会社は異なりますが、日本車は高く評価されています。

大久保:日本企業がこれから新たにウクライナに進出しようと考えた場合、自動車以外ではどのような分野で活路を見出すことができるでしょうか。

下社:ウクライナは、日本のODA(政府開発援助)の対象国になっていますので、ODAではインフラ整備などを行っています。日本のエンジニアリング会社が参画しているキーウの処理場プロジェクトなども進められていましたが、国土が広範囲にわたって破壊されてしまいましたので、停戦後は欧米諸国などに追随する形で、日本もウクライナの復興を支援するために政府が予算をつけて動いていく時代になってくると思います。

その際、様々な参入方法が考えられますが、一つはウクライナに進出している日系企業の駐在員の方がウクライナに戻るにあたり、様々な困りごとが出てくると思いますので、コンサル的なお手伝いが必要になってくると思われます。実際、侵攻以前には、日本のIT系企業やスタートアップ企業の方が現地に入り、橋渡しのビジネスをやっておられる方もいらっしゃいました。復興していくにあたり、スタートアップ交流の可能性も広がっていくと思います

親日的でポテンシャルの高いウクライナ


大久保:ウクライナはかなりのポテンシャルを秘めていることがわかりました。

下社:国土が広く、農業やアグリビジネスが盛んで、IT系人材も豊富なのにもかかわらず、労働賃金が比較的安い地域ですので、すでに欧州に進出をしている組み立てメーカーなどの労働集約型産業の生産拠点としてのポテンシャルもあります。元々、組み立てメーカーがポーランド、チェコ、ハンガリーなどに進出し、ワイヤーハーネスなどの部品を発注していましたが、その辺りの地域も人件費が上がってきて、少しずつウクライナやモルドバなどにシフトしつつあります。また、加えて親日的という点も、日本企業にとっては経済交流を行ううえで大きな魅力の一つになると思います。

大久保:親日的なのですね。

下社:はい。JICA(国際協力機構)のプロジェクトとして、「日本人材開発センター(通称:日本センター)」が東・東南・中央アジアにも展開されているのですが、ウクライナにも拠点があり、当機構のOBも一時期所長を務めたことがあります。ビジネス人材の育成と日本との交流関係促進を目的とした活動をされているのですが、そういう活動の甲斐もあり、日本に対する関心や理解が深いんです。おそらく、我々日本人がウクライナを知っている以上に、ウクライナの方は日本のことを知っていると思います。

大久保:旧ソ連諸国は親日国が多いですよね。

下社:そうですね。ソ連時代は、日本やアメリカを仮想敵国としていたことから、日本はベールの向こうに包まれた直接コンタクトを取ることが難しい国とされていました。しかし、「付き合ってはいけないといわれているけど、第二世界大戦で国土が荒廃したところから奇跡の復興を遂げたすごい国なんだ」と純粋な憧れを抱いていたこともあり、ソ連崩壊後は、日本が経済発展を遂げていったことに対する憧憬の念が余計募っていったという事由もあるようです。

大久保:なるほど。ウクライナについて詳しく知りたい場合は、ジェトロのサイトで情報を知ることができますが、ほかにおすすめのサイトや機関はありますか?

下社:ビジネスに関することについては特に、一般社団法人ロシアNIS貿易会(通常ロトボ)がおすすめです。ロシアNIS経済研究所所長を務める服部倫卓さんはメディアにもよく出演されています。アカデミックなアプローチであればほかにも権威の方は何人かいらっしゃいますが、服部さんはビジネス視点を絡めてお話をされることが多いですし、YouTubeも非常にわかりやすいのでおすすめですね。

停戦後はスタートアップを支援


大久保:「ボルシチ」は、実はウクライナが発祥なのですよね。現在はこのような状況なので行くことは難しいですが、以前ウクライナを訪れた知人が「ウクライナ料理がおいしかった」と言っていました。

下社:そうですね。おいしいですね。味覚に関しては個人差があると思いますが、日本人に合う味だと思います。また、旧ソ連地域の料理は似ているようでそれぞれ違いがあります。私はウズベキスタンに長期間赴任していたことがありますが、料理に組み合わせるお酒の種類も地域によって異なるので、地域ごとの楽しみ方があります。

大久保:下社さんは、これまで仕事でウクライナやロシアに携わってこられましたが、今回のウクライナ侵攻に関する思いや復興支援に対する考えをお聞かせいただけますか?

下社:国土が広く、人口も多いので、マーケットとしてもポテンシャルが高い国ですし、優秀な人材もたくさんいて、これからさらに成長を遂げていくところだったので非常に残念ですが、停戦後は世の中のテーマがウクライナの復興にシフトしていくと思います。人道支援的な部分を担っている機関がメインとなると思われますが、日本との経済交流のために何かお手伝いができればと考えています。

国土の多くが荒廃してしまいましたので、農業も含め、停戦後にいきなり生産活動を再開させることは難しいでしょうから、まずはウクライナの高度人材を日本企業が活用するといった経済交流になると考えられます。IT系企業に関しては、必ずしも生産拠点が現地になくてもインターネットとコンピューターさえあれば何とかなる世界ですから、我々が行っている経済活動交流という面では、現地のIT系スタートアップを中心に支援をしていくといったことが考えられると思います。

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(編集:創業手帳編集部)

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(取材協力: 日本貿易振興機構  下社学/ 宮下恵輔
(編集: 創業手帳編集部)

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