LINK UP 石井僚介|「子どもたちの選択肢を広げたい」タイガース近本選手の熱い想いが地方課題解決の架け橋へ
スポーツ選手のセカンドキャリア作りを!現役中に事業をスタートする意義
一般社団法人LINK UPは、阪神タイガースの近本光司選手が立ち上げた、全国の離島支援を中心に活動している団体です。
近本選手はこれまでも、故郷の淡路島の子どもたちを野球の試合に招待したり、沖永良部島の子どもたちに向けてスポーツ教室を開催したりと、個人として離島の子どもたちへの支援を行ってきました。
「引退してから30年後も支援活動を続けていたい」という熱い想いから、同じ高校の1つ上の先輩である石井僚介さんと協力して、一般社団法人を設立されました。
今回は元アメフト日本代表でLINK UP代表理事を務める石井さんに、LINK UPの運営に携わることになった経緯や、スポーツ選手のセカンドキャリア、今後の展望についてお伺いしました。
一般社団法人 LINK UP 代表理事
1993年7月17日生。兵庫県小野市出身。
中学時代はアメリカで野球に打ち込み、帰国後、兵庫県立社高校に進学。1学年下の近本光司とチームメイトとなる。
大学でアメリカンフットボールに転向し、アメリカンフットボール日本代表としても活躍した。
https://x.com/ishii_linkup
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
近本選手の熱い想いに応えてLINKUPに参画
大久保:LINK UPは離島支援を中心に活動をされていますよね。そのような団体を設立するに至った経緯からお伺いできますか?
石井:LINK UPを設立したタイガースの近本は、淡路島出身です。
淡路島も含めた離島は物理的に本土と離れていますから、どうしても閉鎖的な側面があるんです。だから、島に住んでいるとできない経験も少なくありません。
近本自身もプロ野球選手になれたのは、島を出てからの経験が大きいと考えています。
大久保:離島でしかできない経験もあると思いますが、その逆も多いのですね。
石井:そうですね。近本は3、4年前から「島の子どもたちに島の外を知る経験をさせたい」、さらには「島が活性化する活動をしたい」という思いが強くなっていたそうです。
ただ、あくまでも本職は野球選手ですから、自由には動けません。そのため一緒に動ける人を探していたようなんですね。
大久保:そこで石井さんに声がかかったのですね。近本選手と石井さんのご関係は?
石井:同じ高校の先輩後輩です。私がやっていたのはアメフトだったのですが、日本代表だった2020年ごろは、近本と一緒に自主トレもしていましたね。
そんな関係ですから、現役を引退して兵庫に戻るときにも彼に報告を入れたんです。すると珍しいことに向こうから、「すぐにご飯に行きましょう」と言ってくれまして。
その場で、淡路島を中心とした全国の離島・地方の支援をするLINK UP設立への熱い想いをぶつけられました。そして「一緒にやってほしい」と猛アプローチを受けたのが始まりです。
大久保:石井さんもアスリート引退後、仕事をされていたのではないですか?
石井:はい。当時やっていた仕事を辞めて、理事としてLINK UPに参画しました。そう決心したのは、「お願いします」と頭を下げる近本を見て、彼の本気を感じたからでしょうね。
離島の子どもたちの「経験」と「選択肢」を広げたい
大久保:近本選手の出身地である淡路島だけでなく、沖永良部島もメインに支援されていますよね。沖永良部島とはどのようなご縁があるのですか?
石井:3年ほど前に、2週間泊まり込みで自主トレをさせていただいたのが始まりです。
そこから縁が続いていて、今ではLINK UPの活動を島の皆さん総出で応援してもらっています。
大久保:離島支援の活動の内容をお伺いしてもよろしいですか?観光を盛り上げるのとはまた違った活動をされていますよね。
石井:今はイベント開催や教育支援など、子どもへの支援を中心に動いていますね。
観光を盛り上げるというよりは、島に住んでる人たちのための「架け橋」となるような活動をしたいと考えています。
大久保:近本選手は、以前からそのような活動をされていたとお聞きしました。
石井:「タイガースの近本」個人としては、数年前から淡路島や沖永良部の子どもたちをタイガースの試合に招待していたようです。
ただそれは、資金的にも知名度的にも「現役のスポーツ選手」だからできることですよね。
でも彼は、引退してから20年後30年後もこのような取り組みを続けていたいという思いがありまして、あえて現役中にLINK UPを設立したんです。
大久保:スポーツに関連するイベントを実施されているんでしょうか?
石井:いいえ、スポーツに限ってはいません。「子どもたちに外の世界を見せること」が、我々の活動の根幹ですから。
例えば、この夏も淡路島と沖永良部島の子どもたちをタイガースの試合に招待する予定なのですが、その日程には試合観戦だけではなく、職業体験なども組み込みたいと考えています。
大久保:将来の選択肢を広げるきっかけになりそうですね。離島支援で子どもたちの支援の他にされていることはありますか?
石井:離島の食材のPRや販売を予定しています。
大久保:同じような活動は、地方でも効果が出そうですね。
石井:おっしゃる通りです。離島だけでなく地方もターゲットにして活動しています。
地方創生のポイントは「コミュニケーション」と「起爆剤」
大久保:地方創生の活動もされているのですね。活動をされていて、地方ならではの特徴を感じることはありますか?
石井:離島にも、私の地元である兵庫県小野市にも当てはまるのですが、地方に住んでいる方々からは、「どうしたって若い人は出て行ってしまうだろう」「頑張っても人口は減ってしまうだろう」というムードを感じますね。
大久保:あきらめムードがあるんでしょうか?
石井:何をしても変わらないという気持ちから、「待ちの姿勢」になっている気がするんです。
でも、大企業から「何かしませんか?」と言ってくることは稀ですよね。だからこそ、我々が率先して島や地方でイベントを行い、外の人にその土地の良さを知ってもらうきっかけ作りをしたいですね。
大久保:大企業が予算を取って地方創生活動をしても、上手くいかないことも少なくないですよね。
石井:地方には地方に合った進め方があると思います。例えば、こちらから「こうしましょう」と押し付けてしまうと、受け入れてもらいにくいですよね。
企画をちゃんと進めるためには、行政はもちろん、島に住んでいる個人個人と事前にコミュニケーションをしっかりとることが大切です。
そうすると「スタートの段階」になったとき、地方の方のエネルギーはとても大きくなります。
大久保:スタートすると決まってからは、スムーズに進みやすいんでしょうか?
石井:そうですね。地方は、前に踏み出すまでの「はじめの一歩」は重たいかもしれませんが、「一緒にやりましょう」と決まってからは早いのではないでしょうか。
実際に今我々はイベントに向けて地方の行政の方々と連携して動いているのですが、とても熱量を感じています。そういう意味でもポテンシャルは非常に高いと思いますね。
大久保:地方で何かをするときは、扉が開かれるまで忍耐強く待つのがコツなのですね。
石井:忍耐もですが、はじめの一歩の「起爆剤」を作ることが必要ですね。
そして起爆剤を作るときに忘れてはいけないのが、地元の人との密なコミュニケーションを大切にすることです。勝手に進めてしまうと、そのエネルギーが負の方向に爆発する可能性があるので。
大久保:もっと農業が盛んだったころは、農村で新しいことをしようとすると、現地の方から反発を受けることも珍しくありませんでした。今は、歓迎されることも増えていると考えてよいでしょうか?
石井:そうかもしれません。私の実家もそうなのですが、地方には農業を生業にはしていないけれども、自分たちのお米だけは栽培するような「町農家」も多いんです。
でもあと5〜10年たつと、そんな町農家の田んぼや畑の担い手がいなくなり、全部空き地になると言われています。ですから、本気で地方を変えたいと考えている方は歓迎されるかもしれませんね。
きっかけ作りは「近本光司」が、関係作りは「石井」がする。
大久保:近本選手が設立されたLINK UPは注目度も高いので、話を聞いてもらうハードルは低いと思います。ただ、それで終わるのか、その後も続くのかは大きな違いがありますよね。関係を続かせるポイントはありますか?
石井:私自身を知ってもらうことがポイントだと考えています。
おっしゃる通り近本の名前がありますから、今は非常にたくさん問い合わせをいただいています。
ですが彼は現役の選手なので直接動けるわけではありません。実際にお話するのは私になるんですよね。
そのため、「どんな思いで活動しているのか」「どんな目標を持っているのか」をちゃんと伝えて、自然と一緒にやりたいと思ってもらえるように心がけています。
大久保:とっかかりには「アスリートの名前」を使い、そこからは理念に共感してもらうこと、石井さん自身を知ってもらうことを大切にされているんですね。
石井:「近本光司の団体」としか見てもらえないと、彼が引退した後に活動が続けられなくなりますから。
アスリートのセカンドキャリアを作る先駆けに
大久保:スポーツ選手との地方創生についてのお話も出ましたが、アスリートの方は現役中にそういった活動を始めた方がいいのでしょうか?
石井:私は現役中の方がいいと考えています。スポーツ選手は「2回死ぬ」と言われるように、スポーツ選手を終えたときに一度何者でもなくなってしまうからです。
だから、「スポーツ選手として一番知名度が高いときにやること」に意味があると思うんですよね。
大久保:でも日本ではプロ選手が起業をしたり、事業をスタートしたりする例はあまり聞きません。
石井:海外では何年も前から、スポーツ選手が現役中に会社を立ち上げることも多くなっています。スポーツで稼ぐ年俸よりも、立ち上げた会社で稼ぐ事例も出ているほどです。
そのような方たちは引退後もスムーズにセカンドキャリアへ移行できますよね。
でも日本ではレアケースなので、まずはLINK UPが良い事例を作りたいと考えています。
大久保:LINK UPは、「離島や地方の支援」と「アスリートのセカンドキャリアを作る」という2つの機能を担っておられるんですね。
石井:そうですね。正直にお伝えすると、現役中にある程度活躍した選手は、引退後も仕事はあります。
本当にセカンドキャリアで困っている選手は、プロ野球なら2軍や3軍にいて3年くらいで引退した選手たちです。
ただ、活躍はできなかったとしても彼らは故郷ではヒーローです。中学や高校の横断幕を目にされたこともあると思いますが、地方のスターなんですよ。
そういった選手と一緒に、地方を盛り上げられたら面白いなと。セカンドキャリアを現役中から作るという面でも、他の選手に続いてもらえるような組織になりたいですね。
スポーツ選手が事業を始めるハードルの高さ
大久保:阪神タイガースはプロ野球球団の中でもトップの人気球団なので、近本選手が良い例になれば、他の選手も続きやすいかもしれませんね。
石井:そうですね。ただ、日本はまだ「現役中に違うことをする」のが一般的な国ではありませんから、少し気をつかう必要はありますね。
大久保:普通に三振しても「調子悪いのかな?」で終わりですけど、事業などをしていると「野球に集中できていないんじゃないか?」といった批判が出そうですよね。
石井:昔よりもそういった批判は出にくくなったかもしれませんが、それでも選手は萎縮している部分があると思います。
大久保:日本には「1つのことを極める」のを良しとする風潮もありますから。
石井:中学や高校の部活もそうですが、「1つのスポーツを続けるべきだ」という美学がありますよね。でもそれは、海外では珍しいことかもしれません。
私は中学生のとき2年半ぐらいアメリカに住んでいたのですが、いろんなスポーツをシーズンで経験させてもらったんです。
1年間のうち3か月だけ野球をして、他の期間はアメフトをやったり、バスケをやったりしました。向こうではいろんなスポーツを経験する方が一般的なんですよね。
日本に多い「1つのことだけを極める」という価値観も、プロの選手が他のことに手を出すハードルになっているかもしれません。
大久保:日本でも、「スポーツをしながら他のことをやるのも、別に悪いことじゃないんだ」という考えが当たり前になればいいですね。
石井:私たちがハードルになっているマインドを変えられるような活動をしていきたいと思います。
あえてゴールを決めず可能性を模索
大久保:今後の活動についてお伺いできますか?
石井:現在は民間企業や自治体にご協力いただいて、地方活性化の架け橋になるような活動を進めています。
加えて今後は、大学などの学校機関との連携も強めていきたいなと考えています。
産学官と我々、離島や地方、そしてスポーツが絡むと、いろんな可能性があると思うんです。
大久保:目標やゴールは見えていますか?
石井:正直まだ「これがゴール」という終着点は見えていません。
地域活性化支援の活動を始めて約1か月が経ちましたが、いろんな面白いお話をいただいています。だからこそ、「これだけやる」というように選択肢を狭めることはしていませんね。
例えば、「この地方でこれをやるとマッチしないけれども、こっちの島ならマッチする」といったことも当然出てくると思いますので。だからあえて絞らずに模索しながら走っている状態ですね。
大久保:いずれは特定の離島や地方だけではなくて、全国の地方にも活動を広げていかれるのでしょうか?
石井:そうですね。地方もそうですが、広い目で見ると、海外から見たら日本も離島ですよね。
だからゆくゆくは、日本全国の子どもたちをターゲットに、選択肢の幅を増やすサポートができればと思います。
大久保:最後に、石井さんが心がけていることなどをお伺いできますか?
石井:私がいつも心がけているのは、「待つ人間ではなく、とりあえず踏み出せる人間になる」ということです。
このように考えるようになったのは、中学のときの経験がきっかけです。当時、父の仕事の関係でアメリカ南部アーカンソー州へ引っ越したのですが、日本人が1人もいない現地の学校に放り込まれてしまいまして。
そのときは、人見知りができる状況ではなかったので、ひたすら行動したんです。そこで、結果的に失敗しても「得た気づきはプラスになる」と学びました。
だから、今でも何かするときは「萎縮するのではなくまずは踏み出そう」と心に決めて何事にも挑んでいます。
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(取材協力:
一般社団法人LINK UP 代表理事 石井僚介)
(編集: 創業手帳編集部)