「小さな起業」その2、少額開業の実態とは【桑本氏連載その4】

創業手帳
※このインタビュー内容は2021年02月に行われた取材時点のものです。

起業を知り抜く公庫総研主任研究員、桑本香梨氏が解説「起業のハードルは、どうすれば下がるか?」

日本政策金融公庫総合研究所では、1991年度から毎年行っている「新規開業実態調査」の結果を基に、毎年『新規開業白書』をまとめています。これにより、新規開業企業の属性や開業費用、従業者規模などについて、定点観測的にデータに基づき、時系列での変化をふまえた傾向を読み取ることができます。研究員の視点からピックアップされるテーマも、今後の動向を占う上でたいへん示唆に富んだものとなっています。

この連載では、長年にわたり中小企業の経営に関する調査・研究に従事する日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員の桑本香梨氏と、創業手帳の創業者、大久保幸世が「どうすれば起業のハードルを下げられるか」を一緒に考えています。前回は、創業の裾野を広げるヒントとなるであろう、小規模な起業が増えている背景の一つが、女性の就労に対する抵抗感の軽減など、社会意識の変化だと聞きました。今回は、もう一つの背景の考察から伺っていきます。

桑本香梨

桑本香梨(くわもとかおり)日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員
2004年早稲田大学法学部卒業後、中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や景況に関する調査・研究に従事。最近の論文に「起業に対してボーダーレスな意識をもつ人々に関する考察」(『日本政策金融公庫論集』2020年5月号)がある。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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パソコン1台あれば可能な、「自宅開業」という選択

大久保:今回は、近年、小規模な起業が増えている背景として、社会意識の変化に次ぐ2つ目の事情から、うかがっていきたいと思います。それは、どのような事情でしょうか?

桑本:支援制度の充実やIT技術の進展、インフラの整備などによって、創業のハードル自体が下がっていることです。支援制度としては近年、国や自治体、そして、日本政策金融公庫をはじめとする金融機関からも、創業に関するさまざまな支援プランが打ち出されています。IT技術の進展は、個人の生活レベルでも実感されますが、創業の第一歩としても、個人がオンラインで簡単に店舗を開設してEコマース取引を行うことができたり、クラウドソーシングを通じて個人も容易に仕事を請け負えるようになりました。実際、ランサーズ株式会社による「フリーランス実態調査(2020年版)」では、フリーランスが日本の労働力人口の15%を占めるまでになっています。

大久保:たしかに、個人でもオンラインのプラットフォームを通じて、顧客に容易にアプローチができる時代です。創業につながる入口を見つけやすくなっているといえますね。

桑本:そうなんです。やはり、インターネットの普及が進んだことで、全国どこでも開業することが可能となったのは大きいですね。個人でも、自宅の一室でパソコンが1台あればビジネスのステークホルダーであるお客様やパートナー企業などともやり取りができるようになって、事務所を借りる必要がないケースも増えています。

大久保:不動産の賃貸を要しないことで、創業のイニシャルコストを大きく引き下げられますね。敷礼金や設備の設置費用など、通常はその段階でまとまった支出が必要になるもの。それが自宅であれば、少なくとも賃料は発生しないですし、細かいことですが設備面も一度に整備しなくてもいい。

たとえば、もともとあるダイニングテーブルをワークスペースにして、余裕が出てきたらちょっといい椅子を購入するとか、パソコンも家族の共有のもので始めておいて、ビジネスが広がってきたら高スペックのものを入れるということも可能です。既にあるものでビジネスを始められるのは、自宅開業の大きなメリットでしょう。

コワーキングスペースが身近になり、起業準備が容易に

桑本:また、近年シェアオフィスやコワーキングスペースのようなスタイルの不動産物件が広がっているのもひとつの要因です。自宅よりも就業環境の整った場所をリーズナブルに使いやすくなっています。

大久保:会社、自宅に次ぐ、第三の就業場所といえますね。大企業が自社の社員向けにサテライトオフィスとして設けたり、起業マインドの高い層とのシナジー効果を狙って開設されている例をよく見かけます。通信環境やコピー機も揃い、その住所で登記が可能な場合すらありますから、まさに小さな起業向けのインフラですね。自治体が創業支援事業として、コワーキングスペースを運営している場合には、さらに料金設定がリーズナブルであったりもします。

桑本:工場など、生産ラインをシェアするようなコワーキングスペースもありますね。これは、少額でも起業にチャレンジしやすいインフラの、最たるものといえるかもしれません。

大久保:なるほど。それは面白いですね。飲食業でもゴーストキッチンなど、厨房施設を時間貸しするビジネスが出てきています。起業する側としては、そこでデリバリーから始めてみてファンを増やすなど、マーケティングリサーチにもなります。大きく投資する本格的起業への第一歩となるわけで、これも、少額開業の注目すべきトレンドですね。もちろん、そのまま小さいビジネスを続ける手もあるでしょう。

桑本:そうですね。こうした自宅やコワーキングスペース、設備等もシェアさせてもらえる施設を利活用しての創業事例が広まっていけば、起業というものを自分ごととして引き寄せて考えやすくなります。そうやって「自分にもできるかもしれない」「ちょっとやってみようかな」などと、関心を示す層が少しずつでも広がっていけばよいですね。

大久保:新規開業白書でも毎回、事例編のページを設けて12例は紹介されていますが、そういった事例が広く共有されることも一つ、起業の裾野を広げる上で大事だということですね。

桑本:そうですね。ピラミッドの下のほうに、前回お話させていただいた「パートタイム起業家」層がいて、そのすぐ近くに「起業関心層」というような人たちがいるイメージです。そうした人たちが「少額で起業できるなら」、「自宅以外にリーズナブルな場所があるのなら」、といったところから、第一歩を踏み出してくれればと思います。

開業費用が250万円未満の「少額開業」では、半数近くが自宅を事務所に

大久保:新規開業白書では、少額開業に対する考察も行われています。その中から、少額開業にみられる特徴などをいくつか教えてください。

桑本:2019年版で少額開業の実態と課題を取り上げています。まず、少額開業の定義は、開業費用が250万円未満の新規開業企業としています。これは、自己資金や配偶者・親・兄弟・親戚からの資金調達だけで開業したケースでは、開業費用250万円未満が48.5%と、約半数あったことによります。この少額開業層を、開業費用が250万円以上であった非少額開業層と比較しています。

大久保:開業費用の用途では、どのような特徴が見られますか。

桑本:内訳をみると、少額開業では「運転資金」と「設備の購入」がそれぞれ49.5%、28.0%と、これだけで8割弱を占めます。非少額開業ではそれぞれ29.2%、23.3%ですので半分強ですね。ただし、実際の額としては開業費用合計平均が少額開業では139万円、非少額開業では1247万円ですので、たとえば「運転資金」でもそれぞれ69万円、364万円となっています。

大久保:額としては、5倍以上の開きがあるわけですね。

桑本:開業費用の節約策も特徴的です。少額開業では「自宅の一部を工場、店舗、事務所などにした」が36.9%で最多の回答。次いで「中古の設備や備品を購入した」が36.2%、「従業員を雇用せず家族に働いてもらった」が19.4%というのが上位となっています。

大久保:家賃、設備費、人件費の節約ということですね。そのほか、少額開業が非少額開業の場合を上回っているものには、どういった回答がありましたか。

桑本:「知人の工場、店舗、事務所などの一部を間借りした」とか、「ネット販売や訪問販売などの無店舗販売にした」「インキュベーション施設やSOHO支援施設に入居した」というのがあり、やはり家賃、設備費面の節約が顕著といえそうです。そのほか、「外注やアウトソーシングを利用した」というのもあって、これはある意味で人件費の節約といえるでしょう。

大久保:ちなみに、自宅で開業する割合は、非少額開業に比べるとどのくらい多いのですか?

桑本:少額開業では45.1%が事務所の場所を「自宅の一室」か「自宅に併設」としており、非少額開業では20.0%です。

少額開業は自己資金で十分?! 3割近くが借り入れなしで開業

大久保:資金調達についてはどうでしょう。開業費用の規模によって、調達手段に違いは見られるものですか?

桑本:非少額開業では金融機関等が67.3%と2/3を占め、自己資金は22.3%です。これが少額開業だと、それぞれ57.0%、35.5%となります。平均調達額は、少額開業の337万円に対して、非少額開業では1474万円になりますから、同等の自己資金を用意したとしてもそのウエイトが高くなりはするでしょう。実際、少額開業の27.9%は自己資金のみで開業しています。

大久保:少額開業では事業規模が小さいため、借り入れを起こさずに済むということでしょうか?

桑本:開業時に、金融機関に借り入れを申し込まなかった理由を聞いているデータがあります。それによると少額開業では、「自己資金で十分であり、借りる必要がなかったから」が37.7%と最多で、非少額開業における31.2%を大きく上回っています。

また、「信用がなくて借りられないと考えたから」が15.6%いますが、これは非少額開業でも同率となっています。残念なのは、「開業時に利用できる融資制度を知らなかったから」が少額開業では36.4%もいることですね。

大久保:日本政策金融公庫の存在は知っていても、自分がそこを利用できるとまで思い至らないのかもしれませんね。創業手帳でも資金調達手帳を作成して情報発信に努めているので、ぜひ活用してもらいたいです。

資金調達額が十分なほど、開業後のパフォーマンスが良好

桑本:この連載の第1回でも触れたように、「企業資金の充足度別にみた売上げ状況、採算状況」のデータによれば、金融機関からの資金調達額が十分だった人の方が、売上の増加傾向や採算面の黒字基調が明らかな傾向となっています。

大久保:一方で、資金調達額が抑え目の場合は、その後の売上と採算のパフォーマンスも低いという話でしたね。

桑本:実は、少額開業の人が開業時に苦労したことでは、「顧客・販路の開拓」が52.5%、「資金繰り・資金調達」が48.6%で上位です。これをさらに金融機関からの資金調達が十分だったグループと不十分だったグループとで比べると、「顧客・販路の開拓」では47.1%と64.3%、「資金繰り・資金調達」では31.8%と67.1%と、当然ながら資金調達が不十分だったグループの方が苦戦している様子が見て取れます。面白いのは、これらのデータを非少額開業の場合でみると、「顧客・販路の開拓」では47.3%と53.2%、「資金繰り・資金調達」では31.8%と62.9%なんです。

大久保資金調達が十分であれば、少額開業でも、非少額開業にひけをとらないわけですね。逆に、資金調達が不十分だと、少額開業の場合にさらにこれらの問題で苦戦すると。

桑本:そうなんです。これは、自己資金準備額が十分か不十分かでも同様の傾向が出ています。

大久保:なるほど。いずれにしても、十分な資金を用意して開業しているほうが、その後の経営も順調に行っていけるといえそうですね。そうした少額開業層を増やすために、有効な支援策は何でしょうか?

桑本:アンケートで「経営に関する外部からのアドバイス」について聞いたデータがあります。それによると、開業準備段階から現在までに実際に受けたアドバイス内容は、「資金調達の方法(借り入れ自体を除く)」が43.1%、「法律・会計知識の習得」が34.5%で上位を占めています。

一方で、今後5年間に受けたいと感じているアドバイス内容は、「法律・会計知識の習得」が53.3%で最も多く、次いで「販売先・顧客の確保」「資金調達の方法(借り入れ自体を除く)」「総合的なマネジメント」「商品・サービスの提供に必要な知識・技術・資格の習得」「商品・サービスの企画・開発」となっています。

顕著なのは、今後5年間に受けたい割合がどの回答においても一様に増えていることです。つまり、開業時には事業規模の小ささから、こうした経営アドバイスをさほど必要としないけれども、事業を成長させていく局面では、より求められるようになるわけです。

大久保:開業した後も、それぞれのフェーズに応じて専門知識などが得られる仕組みや体制があるとよいかもしれませんね。また、そうした経営アドバイス支援があることをあらかじめ広報して、起業家予備軍となる方たちに知っておいてもらうことも、起業自体のハードルを下げてくれそうです。

桑本:そうですね。そうして社会全体で、背中を押したいですね。

大久保:また、さらに直近ではコロナ禍でテレワークの普及が加速度的に進んでいますが、このインフラの整備や活用に関する理解がさらに進めば場所を問わずに、郊外や地方でも今以上に個人が仕事を興しやすくなりそうだと感じています。そのあたりを次回、ボーダーレスな働き方の動向をみながら考えてみたいと思います。

(次回に続きます)

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(取材協力: 日本政策金融公庫 総合研究所 桑本香梨
(編集: 創業手帳編集部)



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