「自営と勤務をボーダーレスに行き来する人々」が、起業の裾野を広げる【桑本氏連載その5】

創業手帳
※このインタビュー内容は2021年04月に行われた取材時点のものです。

起業を知り抜く公庫総研主任研究員、桑本香梨氏が解説「起業のハードルは、どうすれば下がるか?」


日本政策金融公庫総合研究所では、1991年度から「新規開業実態調査」の結果を基に、毎年『新規開業白書』をまとめています。これにより、新規開業企業の属性や開業費用、従業者規模などについて、定点観測的にデータに基づき、時系列での変化をふまえた傾向を読み取ることができます。研究員の視点からピックアップされるテーマも、今後の動向を見通すうえで、たいへん示唆に富んだものとなっています。

この連載では、長年にわたり中小企業の経営に関する調査・研究に従事する日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員の桑本香梨氏と、創業手帳の創業者、大久保幸世が「どうすれば起業のハードルを下げられるか」を一緒に考えています。前回は、小規模な企業が増えている背景を、インフラの整備や活用が進んでいることをキーとして、創業の裾野を広げるヒントを考えました。今回は、近年の副業解禁の流れや、コロナ禍でテレワークの普及が加速度的に進んでいる状況もふまえ、ボーダーレスな働き方の動向から考察をうかがっていきます。

桑本香梨(くわもとかおり)日本政策金融公庫総合研究所 主任研究員
2004年早稲田大学法学部卒業後、中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や景況に関する調査・研究に従事。最近の論文に「起業に対してボーダーレスな意識をもつ人々に関する考察」(『日本政策金融公庫論集』2020年5月号)がある。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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自営と勤務の垣根が低い「ボーダーレスな働き方」が増加


大久保:『新規開業白書』の2020年版では第3章で「自営と勤務をボーダーレスに行き来する人々の実態と意識」という考察をされています。やはりこの「ボーダーレスな働き方」というのは、増えているのでしょうか?

桑本:そうですね。小規模に起業する「パートタイム起業家」を分析すると、結婚や出産、転居、定年などのライフイベントに応じて、自営したり勤務したりと柔軟に働き方を変える人がみられます。自営と勤務の垣根が低くなっているということでしょうね。

そこで、自営と勤務を繰り返している起業家や、過去に起業したことがあるが現在は勤務している人をそれぞれ「ボーダーレス起業家」「ボーダーレス勤務者」と名付け、その実態を調査したのです。

大久保:日本の社会人のなかで、この方たちは起業に対するハードルが低いわけなので、たしかに、その行動の理由、背景や考え方は起業の裾野を広げるための参考になりそうですね。

桑本:その通りです。定義としては、起業家のうち一つ前の職業が勤務者で、かつ過去に現在とは別の事業を経営したことがあり、その事業からは退いている人を「ボーダーレス起業家」、勤務者のうち過去10年以内に自分で起業・経営したことがあるが、その事業から退いている人を「ボーダーレス勤務者」としました。

大久保:この方たちに、特徴的なプロフィールというのはありますか?まず、「ボーダーレス起業家」ではいかがでしょうか。

桑本:アンケート結果やケーススタディの分析から、「職人型」「キャリアアップ型」「生活重視型」「趣味重視型」の4タイプに分類ができました。

まず、ひとつ目の「職人型」は専門性が高く、個人のスキルに基づいて仕事をしているタイプ。手に職があるため、その時々で働き方を柔軟に変えやすいといえます。「仕事の経験・知識や資格を生かしたかった」との起業動機が当てはまるタイプですね。

「キャリアアップ型」は過去の経験を次のキャリアに生かしながら成長するタイプ。職人型とは違って、仕事の内容は必ずしも一貫していません。「自分の技術やアイデアを試したかった」という起業動機が近いでしょう。

大久保:どちらも自分の能力を事業に生かすタイプですが、見え方の印象はだいぶ違いますね。あとの2つは目的の志向性によるタイプ分けでしょうか。

桑本:そうですね。「生活重視型」は家庭の事情やご自分の生活環境に応じて仕事の内容や働き方を変えている方々です。起業動機としては「時間や気持ちにゆとりが欲しかった」「個人の生活を優先したかった」となるでしょう。

そして、「趣味重視型」は、自分の好きなことや興味を優先するために起業を選択するタイプです。「趣味や特技を生かしたかった」「社会の役に立つ仕事がしたかった」という動機による起業といえます。

2度目の起業のほうが、自己発信や顧客との関係に強みあり


大久保:なるほど。勤務を経て起業に再チャレンジする方たちの目的には、個人のスキルの応用、キャリアの向上、生活環境の改善、趣味の活用という4タイプがあるということですね。全員に共通する目的というのはありますか?

桑本「自由に仕事がしたい」という動機ですね。実際、前回事業を始めようとした動機としても、この「自由に仕事がしたかった」が最多の回答で44.9%を占めますが、現在の事業を始めようと思った動機としては65.3%にもなり、ダントツの1位なのです。

大久保:すると、再チャレンジの創業においては、前回の創業時よりもさらに自由度の高い働き方になっているのでしょうか?

桑本:そうですね。裁量を比較すると、場所を「通常は自分の意向で決められる」割合は現在の事業では76.3%、前回の事業では63.6%と、10ポイント以上増加しています。勤務時間の裁量についても同様に、前回の事業では61.9%だったものが、現在の事業では69.5%へと増加している様子が見受けられます。

大久保:4つのタイプ間で、仕事に関する裁量に違いは見られましたか?

桑本:場所、時間ともに、「趣味重視型」で特に大きくなっています。仕事で自分の好きなことや興味を優先するために起業している分、裁量も大きくなりやすいのでしょう。

また、「生活重視型」は、自宅の一室で開業している人が4タイプ中で最も多くいました。家庭の事情に仕事を合わせるということで、たとえば介護や子育てなどのために家族の近くで仕事ができる自営を再び選択するケースも多いのでしょう。

売上げは伸び悩んでも事業規模は拡大している

大久保:裁量が増した一方で、売上げや事業規模はどうなっていますか。

桑本:残念ながら、事業の平均月商を比べると、前回よりも「増えた」人が27.2%なのに対して、「減った」人が47.6%と、事業パフォーマンスは低下しています。私生活や趣味を重視した人が多かったためでしょう。

しかし、現在の月商をボーダーレス起業家とそれ以外の起業家とで比較すると、ボーダーレス起業家のほうが、高い人がやや多いのです。起業時の従業者規模を見ても、本人のみの割合はその他起業家では82.0%なのに対し、ボーダーレス起業家では70.3%と少ない。つまり、2人や3~4人、5~9人、10人以上の割合がそれぞれ少しずつボーダーレス起業家のほうが多く、事業規模の大きさが見て取れます。

大久保:なるほど。より商売を軌道に乗せる経験やノウハウがあるということでしょうか。

桑本:事業における受注経路を見ると、「特にない」という人がボーダーレス起業家では少なくなっています。その他の起業家に比べて特に多い回答は「自身のSNSやブログを通じて」(ボーダーレス起業家では28.8%、それ以外の起業家では18.3%)や「ホームページの作成やチラシ等の配布などの宣伝広告活動」(同27.1%、21.4%)、「訪問や電話などによる直接の営業活動」(同20.3%、15.6%)と自己発信力が高まっていることが分かります。

また、「取引先の紹介」も、ボーダーレス起業家では31.4%、それ以外の起業家では26.0%ですから、顧客との関係構築もできているということでしょう。

大久保:再チャレンジでは、いろいろな経験やノウハウが蓄積されていたり、人脈があったりして、自身での事業力が高まっているといえそうですね。

ボーダーレス勤務者の5割以上が、再び起業を希望

大久保:一方、「ボーダーレス勤務者」にはどのような特徴が見られるでしょうか。過去10年以内に起業経験がありながら、現在は企業に勤務している方たちですね。

桑本:働き方に対する考え方としては、「企業に勤務するよりも自分で事業を経営したい」というのがボーダーレス勤務者では42.5%もいて、その他の勤務者では14.0%です。これは大きな違いです。

大久保:多くが再び創業することを望んでいるのですね。彼らは、どうすればもう一度起業しようと思えるのでしょうか?

桑本:まず、ボーダーレス勤務者では、仕事をするにあたって最も重視することに「収入」を挙げる方がそれ以外の勤務者やボーダーレス起業家、それ以外の起業家のなかで最も多いので、自営よりも高く安定した収入を求めて勤務に移った方が多いと推察されます。

実際、ボーダーレス勤務者が、事業を経営していたときから現在の変化をみると、収入が増えた方は50.3%と多く、減った人(26.5%)の2倍近くいます。ワークライフバランスも改善した方が36.1%と、悪化した人(23.8%)を上回っているので、自営から勤務に移ることで仕事をする条件や環境を改善できたという面はあるでしょう。

一方で、仕事のやりがいが増した人は27.9%と3割未満にすぎず、変わらない人が48.3%と半数近くです。自身で創業して裁量のある働き方を経験していると、勤務先での仕事にはやりがいを感じにくくなるのかもしれません。

自営ならではの魅力があるから

大久保:仕事のやりがいを再び求めるようになると、また起業したくなるかもしれませんね。収入やワークライフバランスよりもやりがいを重視するようになるか、あるいは収入などもある程度ニーズを満たした上で起業できれば、なお良いわけですね。

桑本:そうですね。実際、ボーダーレス勤務者にもう一度事業を経営したいかを尋ねると、YESは55.5%と半数以上で、NOは15.4%でした。

興味深いことに、現在の勤務で収入が増えた人に限っても、YESは66.2%と高く、ワークライフバランスが改善している人でも64.2%が、仕事のやりがいが増した人でも73.2%が、もう一度自営したいと答えているのです。

大久保:その起業意欲の高さはものすごいですね。

桑本:そうなんです。当研究所の調査によれば、もともと日本の起業関心層は18~69歳人口の14.8%しかおらず、起業無関心層は56.2%ですから、ボーダーレス勤務者のこの起業意欲は実に特徴的です。

大久保:その意欲の背景を探れば、起業の裾野を広げるヒントが見つかりそうですね。

桑本:ボーダーレス勤務者がもう一度事業を経営したいと思う理由で一番多いのは「収入を増やしたい」で、57.8%ですが、事業をやめて現在勤務している理由でも「収入を増やしたかった」が半数いるので、彼らが収入を重視する傾向は勤務でも自営でも変わらないようです。

ですが、勤務に移った動機としては少なかった「自由に仕事がしたい」が、もう一度事業経営したい理由では49.4%あります。そのほか、「自分の技術やアイデアを試したい」が13.9%、「趣味や特技を生かしたい」が10.2%ですが、勤務した動機に比べて多くなっているので、こうした項目が勤務では実現しにくい、自営ならではの魅力といえそうです。

一度事業を経験しているからこそ、起業準備は万端


大久保:なるほど。では、もう一度経営をしたいと思いながら、実際には勤務を続けている理由は何でしょう?

桑本「自己資金が不足している」が50.6%、「外部資金(借入等)の調達が難しそう」が17.5%で、回答の1位2位を占めています。

大久保:資金面が阻害要因となっているのですね。

桑本:ただ、その他の勤務者で起業に関心のある人に、起業していない理由を聞くと、ほとんどの項目でボーダーレス勤務者のほうが割合は低いのです。

特に「失敗した時のリスクが大きい」はボーダーレス勤務者で17.5%、その他勤務者で44.4%ですし、「ビジネスのアイデアが思いつかない」はそれぞれ16.3%、35.6%、「財務・税務・法務など事業の運営に関する知識・ノウハウが不足している」は同4.8%、20.5%、「起業について相談できる相手がいない」は同1.8%、14.7%と特徴的です。

大久保:一度経営しているから、起業のリスクに対する漠然とした不安に陥らずに済むし、財務などの知識もある。また、相談相手にしても人脈があり、日本政策金融公庫をはじめとする公的支援やサービスを知っている強みもあるのでしょう。起業に対するハードルが低い人たち、というわけですね。

桑本:実際、現在の勤務先よりも多くの収入が見込める事業機会が見つかった場合に「勤務を辞めてその事業を経営する」と答えた人は、ボーダーレス勤務者では43.1%と、その他勤務者の23.5%に比べてかなり多くなっています。ワークライフバランスの改善が見込める場合も同様で、それぞれ35.8%、19.6%です。

大久保:感覚的に、一度起業している人は再び起業しやすいだろうと思っていましたが、これらの数字でよりイメージができました。起業の再チャレンジは、ぜひとも促していきたいですね。

起業家や事例に触れる経験が、起業を身近にする

桑本:前回経営していた事業をやめた理由としては「売上げの低迷」が多く、自営に対してボーダーレスな人たちは、過去の事業で必ずしも成功はしていなかったりするのです。それでも、再度起業することに前向きなんですね。

それは、過去の自営で実感した達成感や自由を再び得たい気持ちの表れといえるでしょう。一方で、日本社会はいまだに企業経営者に対して事業の安定や成功ばかりを求める傾向が強く、一度失敗した者に対して厳しい面が否めません。

大久保:こうしたボーダーレスな方たちが起業に再チャレンジしやすくなる環境や仕組みが欲しいですね。ほかに、ボーダーレスな起業家や勤務者を増やすためのヒントになりそうなことはありますか?

桑本:こうした人たちには、幼少期などを含めて、身近に起業家がいることや、起業についての教育を受けた経験のある人が多かったことも分かっています。最近は義務教育の中でいろいろな職業について学ぶ機会もありますが、その際に起業という働き方や成功例を知ることも大事でしょう。

大久保:高校・大学でもそうですね。就職活動に入る前に、自分で起業するという道も知っておいてもらいたいです。その時点で起業しなくても、将来の可能性として考えていれば、就職先の選び方も変わってくるかもしれません。

桑本:また、起業のサクセスストーリーは華やかですが、失敗談など「しくじり」の例にも学んでもらいたいですね。そのほか、最近ではクラウドファンディングを通じて事業を興したい人を支援することや、興味のある起業家とSNSでつながることも可能です。そうやって、自ら情報に触れ、自分にもできることとして起業を現実的に考えられるとよいのではないでしょうか。

大久保:そうですね。コロナ禍以降はさらにテレワークが推進され、働く場所や地域の自由化の流れにありますから、さらに自営と勤務の行き来が加速されそうです。

次回はこの連載の最終回ですが、最近増えている第三者承継、M&Aについて、うかがいたいと思います。後継者不足に対応するものですが、起業希望者や事業拡大したい起業家にとってもよい手段ですので、注目いただきたいですね。

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(編集:創業手帳編集部)

(取材協力: 日本政策金融公庫 総合研究所 桑本香梨
(編集: 創業手帳編集部)



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