融資のスピード感、事例の蓄積…。手厚いサポートの日本政策金融公庫は創業の強い味方【桑本氏連載その2】
起業を知り抜く公庫総研主任研究員、桑本香梨氏が解説「起業のハードルは、どうすれば下がるか?」
公的金融機関の代表格であり、小規模事業の創業者にとって相談から融資まで頼りになる、日本政策金融公庫。他の金融機関との違いは、その歴史や成り立ち、全国にある拠点の担当者レベルに至るサポート体制にあります。また、日本政策金融公庫総合研究所が1991年度から手がける『新規開業白書』にまつわる調査・分析で、日本の創業の実態を世に伝えています。
この連載では、長年にわたり中小企業の経営に関する調査・研究に従事する日本政策金融公庫総合研究所・主任研究員の桑本香梨氏と、創業手帳の創業者、大久保幸世が「どうすれば起業のハードルを下げられるか」を一緒に考えます。今回は、起業をサポートする日本政策金融公庫の体制をひも解きながら、その手厚さやそこから分かる起業トレンドを再確認していきます。
2004年早稲田大学法学部卒業後、中小企業金融公庫(現・日本政策金融公庫)入庫。近年は中小企業の経営や景況に関する調査・研究に従事。最近の論文に「起業に対してボーダーレスな意識をもつ人々に関する考察」(『日本政策金融公庫論集』2020年5月号)がある。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
個人事業主からベンチャー、中堅企業までの融資実績が、実際的な支援を可能に
大久保:今回は、日本政策金融公庫の役割からうかがっていきたいと思います。
そもそも日本で銀行や信用金庫など、金融機関は1,100行余りありますが、公的機関でいえば、まず思い浮かべるのが日本政策金融公庫。そのほかに信用保証協会や日本政策投資銀行などもありますが、小規模事業の創業者の相談に乗ってもらえる金融機関はおそらく、日本公庫が唯一の存在ですよね。
桑本:沖縄県の政策金融を担う沖縄振興開発金融公庫もありますが、おっしゃるとおり、中小企業向けの直接融資の規模は日本公庫が抜きん出ています。
大久保:一個人の起業家からみればメガバンクは遠い存在ですが、信用金庫やベンチャーキャピタル(VC)からの融資、資金調達はあり得ます。それらと日本政策金融公庫の違いは何でしょうか? 名前に「政策」と含まれている意味がありそうですね。
桑本:公庫はもともと、国民生活金融公庫、農林漁業金融公庫、中小企業金融公庫が担っていた業務を引き継いで2008年に発足しています。それぞれの畑で培ってきた経験やノウハウがありますので、いわゆるベンチャーや個人事業主に対する知見もあれば、小規模から中堅企業に対する知見もあります。さらに言えば、事業資金の融資だけではなく、国民生活金融公庫が行っていた教育資金等の融資業務なども引き継いでいます。
大久保:そうやって歴史、背景をみると、特に投資による利潤を目的としているVCなどとは思想が全く異なりますね。
桑本:統合した3機関の知見が蓄積されている分、多様なケースに応じた創業や事業継続・成長のためのアドバイスができます。単に融資をするというだけではなく、実質的な手助けを手ずから行うことのできるスタッフがいる、というのは大きな違いかもしれません。
全国152支店の手厚い創業サポートで、年間3万近くの創業融資を実行
大久保:日本政策金融公庫の渋谷支店だけでも相当な数の創業支援を行っていると聞いたことがありますが、公庫全体ではどのくらいになりますか?
桑本:2018年度の創業前および創業後1年以内の企業への融資実績は2万7,979先でした。そのうち、女性層への創業融資実績は6,116先。また、35歳未満の若年層へは7,787先、55歳以上のシニア層へは3,071先となっています。
大久保:それだけの実績を重ねてきていれば、その知見の蓄積は相当なものでしょうね。
桑本:そうですね。全国152支店に「創業サポートデスク」を設置して、専任の担当者が創業計画書の作成についてのアドバイスを行っているほか、創業に役立つ各種情報を提供しています。ですから、その支店ごと、地域ごとの事情などにも通じているといえるでしょう。
大久保:そのほかに、「創業支援センター」や「ビジネスサポートプラザ」なども設置されていますね。
桑本:「創業支援センター」は北海道から九州まで全国15ヵ所に設置されています。各地域の総合支援機関などと連携して、創業前、創業後のさまざまなステージのお客様向けに各種セミナーを開催するなど、創業や経営多角化、事業転換等を幅広く、タイムリーに支援しています。
「ビジネスサポートプラザ」のほうは、札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の6ヵ所にあり、創業予定の方や公庫を初めて利用される方などを対象に、予約制で相談を受け付けています。拠点によっては夜間や土日も対応するなど、平日の営業時間内にご来店が難しい方のために配慮もさせていただいています。
大久保:実にさまざまなサポートが充実しているんですね。私自身、全国を仕事で周る中で、各地の日本政策金融公庫やその他の金融機関の方とお話しする機会がよくあります。
民間金融機関では、1人の融資担当者が案件を扱えるようになるまでに数年はかかる一方で、公庫では最初から多くの案件を担当されていて驚くのですが、それは支店に知見やノウハウの蓄積があればこそなのだと今気づきました。
また、民間金融機関では金融庁の定める基準などに準拠して、ある意味、安全圏内で案件を検討されるようなところがありますが、そこに縛られない公庫の審査能力、創業期に実態を見て融資する力というのには感服させられます。
コロナ関連では、「平時の5倍速」で融資を決めた日本公庫
大久保:もう一点、日本政策金融公庫のことで伺いたいのが、コロナ関連の融資の動向です。それが創業融資に与えている影響などもあれば、教えてください。
桑本:コロナ関連の融資については、例年の平均的な融資枠を数ヶ月で上回ってしまうような状態でした。相談窓口を設置した、2020年1月末から5月の4ヶ月間で承諾ベースの融資額が約5兆9,000億円となり、リーマン・ショック後に過去最高となった2009年度の類似の融資実行額を超えています。創業したばかりのお客様にもコロナ禍で影響を受けている方が多くいらっしゃり、コロナ関連の補助金、助成金があって助かったという声も多数届いています。
大久保:公庫の強みは、融資のスピードですね。信用保証協会を通すと彼らが保証してから民間金融機関へというステップがある分、やはり時間がかかります。一方で、日本政策金融公庫ではワンストップで受付から審査、融資へと進むので早い。信用保証協会と公庫に同時期に申請すると、大体、公庫の方が先に融資が決まるという話をよく聞きました。
桑本:やはり事業者の皆さまの経営を考えると、一刻を争いますので、スピードが何より大事です。そのため、支店の担当者も必死だったようで、しばらくは業務の量はかなりのものだったようです。
コロナ関連の融資においても、2020年1月末から6月下旬で中小・零細企業からの融資申し込みにおける累計件数が約59万件、うち8割に当たる約47万件、8兆円弱の融資を決めています。これは、平時の5倍以上のスピードです。
「データ×生の声」で実態をとらえ、次の調査で深堀りを
大久保:桑本さんが主任研究員として活躍されている日本政策金融公庫総合研究所では、毎年「新規開業白書」をまとめられています。その中で、たとえば2019年版であれば「ゆるやかな起業家」「趣味起業家」「少額開業」、2020年版では「パートタイム起業家」「ボーダーレス起業家」などとキャッチーなネーミングをされていますが、これはどのように決められているのですか?
桑本:この白書は、主に2種類の調査による結果を紹介しています。ひとつは、日本政策金融公庫の国民生活事業から開業の前後に借入れをした企業に対する郵送での無記名アンケートです。
もうひとつは、インターネットアンケートを用いた調査で、公庫から借入れをしていない開業者が多く対象に含まれます。それらの結果からみえるトレンドを中心に、その他のデータなどもふまえながら想定される特定の層を「ゆるやかな起業家」などとネーミングをし、調査を行っています。
大久保:なるほど。日本政策金融公庫はそれ以外にも、中小企業の景況調査や融資後の動向調査など、さまざまな調査を行っています。そうした生の声から、リアルに実態を把握されているわけですね。
桑本:お客様の声というのは重要だと思っています。データと合わせて見ることで、傾向や方向性が現れてきますので、関連した質問項目を設け、そこを深堀りしています。
大久保:新規開業白書には「事例編」として、1社あたり8ページ、5,000字ほどもある事例が数多く紹介されていたのが印象的でした。こうした起業家はどのように選んでいるのですか?
桑本:当研究所では白書のほかに、月刊誌で「調査月報」というものを出版しており、その中で、開業された方の事例を毎号ひとつずつ、「未来を拓く起業家たち」という連載で紹介しているのです。白書の事例編は、その再掲ですね。全国にカメラを持って取材に伺うのですが、そこで感じた傾向なども加味して、次の取材先を選んだりもします。
大久保:今までに印象的だったエピソードなどあれば、教えてください。
桑本:飲食店を開業された女性が、開業して間もなく親御さんの介護やお孫さんのお世話のために、一気に慌しくなられたんですね。公私共にフル回転する日々の中、その張り詰めた気持ちをフッとゆるめることができるのが、実はご自分のお店で、お客様や従業員と触れ合っているときなのだそうです。
ポイントはやはり、自分のお店、空間だというところでしょう。売上など経済面のメリット以外にも、創業にはそうした心の拠り所としての役割、ほかの働き方とは違う醍醐味ややりがいといったものがあるのだと、改めて実感させられた取材でした。
全国の多様な創業事例の集積で「少額開業」などのトレンドをつかむ
大久保:自分の城で働く時間がむしろ癒しになり、自分を取り戻せる時間となっているわけですね。そういう感覚を持てるのは確かに、創業ならではといえるでしょう。また、事例編はバリエーション豊かですから、これから起業を目指す人にとっても参考になりますね。
桑本:新規開業白書の2020年版に収載の事例は、調査月報の2019年6月号から2020年5月号に12回にわたって掲載したものです。概略をお伝えすると、主な事業内容は「カフェ・ギャラリー」「訪問美容」「バレエ・ストレッチ教室」「フレンチレストラン」「業務用マンガの制作」「外国人患者の受け入れ支援」「ボルダリングジム」「干し芋製造機械の販売」「ボードゲームの遊技場」「一時預かり専用託児所」「実写版VRの企画・制作」「食料品小売」と、ご指摘のとおりにバリエーション豊かです。
大久保:新規な領域や技術を使ったものを扱いつつ、伝統的な領域でも少し今風にニーズをとらえたものなど、その選択のさじ加減が絶妙ですね。
桑本:ありがとうございます。従業員数はひとりから2~4人、20人、60人などさまざまな規模から選んでいます。地域も東京、大阪、名古屋などの大都市部に加え、島根県や広島県、愛媛県など、高齢化や人口減少に悩む地方都市といった視点も持つようにしています。そうすると、IターンやUターンの事例にもなりますね。女性起業家は12人中4人ですが、そのほかにご夫婦で起業されているケースもあります。
大久保:取材の際に気をつけていることなどはありますか。
桑本:ビジネスの成長過程と、そこで行ったことや工夫点などを細かく伺うようにしています。売上をつくるための営業方法や販路開拓のための一手、地域との交流などは、かなり読者にも参考にしていただいています。また、そもそもその事業で起業しようと思ったきっかけや思いも丁寧にうかがいます。やはり、そこが創業の原動力だと思いますので。
大久保:起業に向けたアイデアのヒントにもなりそうですね。ところで、桑本さんご自身が毎年、調査や取材をしてこられて、肌で感じる近年の傾向はありますか?
桑本:もともと女性の起業家の方が男性よりやや小規模で、ご本人だけで開業する方が多かったり、開業費用も抑えて自宅で起業するケースが多かったりと、生活との両立を重視して開業される傾向がありました。最近は、男性でもそうした開業のケースが増えている気がします。このコロナ禍で加速している、リモートワークや副業・兼業の流れで、より増えるかもしれません。
大久保:そうした傾向が、新規開業白書で定義された「ゆるやかな起業家」や「少額開業」、「パートタイム起業家」「ボーダーレス起業家」といった層の発見につながっているのですね。それでは次回以降で、それぞれの傾向についてうかがっていきたいと思います。引き続きよろしくお願いします。
(次回へ続きます)
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(取材協力:
日本政策金融公庫 総合研究所 桑本香梨)
(編集: 創業手帳編集部)