起業のタイミングでいくら借りられる?【芳賀氏連載その2】

創業手帳

税理士・中小企業診断士の芳賀保則氏に聞く、起業家のための融資・資金調達の知識

起業する際、ビジネスの内容はもちろん、資金調達について気になる起業家も多いのではないでしょうか。銀行の融資や投資会社からの出資が実現するのは創業後だいぶ経ってから。そこで、起業のタイミングではどのように資金を調達すれば良いのか、起業を考えている男女2人が芳賀保則税理士に聞きました。本連載では、全5回にわたって起業家のための融資・資金調達の知識を解説します。

芳賀 保則(はが・やすのり)
経営革新等支援機関 税理士法人ハガックス 代表社員
1970年生まれ、渋谷区で生まれ育つ。東京大学大学院卒業後、東京ガス勤務を経て、税理士法人ハガックス(渋谷区、税理士4名・スタッフ合計14名)の代表社員に。
中小企業大学校にて経営改善計画策定支援研修の講師及び試験評価委員を務める。主な著書は『現場で使える創業相談の手引き』。趣味はゴルフ、ジム、輪ゴムでハエを落とすこと。

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教えて!芳賀税理士

起業時にいくら借りるべき?

起業家が借りられる融資については、前回の連載(第1回/公庫融資と制度融資について)でお話ししました。一番のポイントは、起業家が借りられるのは「公庫融資」と「制度融資」の2種類しかないということ。公庫融資は日本政策金融公庫に直接申し込み、行政が窓口になっている制度融資は信用保証協会を必ず使わなくてはいけません。では、公庫融資と制度融資を使うと実際にいくらぐらい借りられるのでしょうか。今回も起業を考えている相談者、武志さんと由香里さんのお二人が芳賀税理士に質問しました。

相談者A 武志さん:仲間とネットのWebコンサルを始める40代前半の男性。元手は200万あり、将来的には上場を希望している
相談者B 由香里さん:妹と飲食店を始める30代後半の女性。元手は500万あるが、最終的には1,000万必要

武志さん:私は起業を考えているのがIT業界なので、資金はそれほど必要ないと思っています。ですが今後のことを考慮すると、起業時に借りられるだけ借りておいた方がいいのでしょうか。

芳賀税理士:その通り、借りられるだけ借りてください。IT業界はパソコンひとつで始められる仕事も多いですし、オフィスを構えなくても起業できるので、それほど資金は必要ないと思われるかもしれません。

ですが大前提として、ご自身や従業員の給与だけでもかなりの額が必要になってきます。また、たとえ起業と同時に仕事を請け負ったとしても、取引先の支払いサイクルによっては実際に振込みがあるのは3~4か月後になってしまうことも少なくありません。

この期間に必要になってくるトータルのお金を運転資金と呼びますが、最初の入金がある時までの運転資金が手元にない場合は、最低限それに対応する額は借りておいた方が良いでしょう

武志さんは勤めていた会社を辞めて仲間3人と一緒に独立するそうですが、ご自分と3人分の3か月分の給与だけでもすぐに400~500万円近くいってしまいますよね。

また、独立前に取引を予定していた会社が、急な都合で取り引きを断ってくるというケースも十分に考えられます。独立してみたら話が飛んでしまって、当面の売上げが期待できなくなってしまった。そして、運転資金も手元にない。そんなことで起業早々つまずいてしまったら、うまくいくはずのこともうまくいかなくなってしまいます。

IT業界は人手不足なところもあり新規の顧客を見つけるのはそこまで難しくはないと思いますが、プロジェクトが決まるまでの入金の計画が1、2か月ずれてしまうということはザラにあります。その場合、運転資金だけで500万円、1000万円はすぐに必要になってしまいます。従業員の数が多ければ多いほど運転資金は必要なので、そういう意味では借りられるだけ借りておいた方がいいのではないでしょうか。

武志さん:確かにそういうケースは十分に考えられますね。芳賀先生のところに相談に来る方でもそういうケースはありましたか?

芳賀税理士:つい先日、インターネット広告業で法人設立した方の創業相談に応じましたが、お話していくうちに、創業時の資金繰りが一番の課題だという状況の方がいました。その方のビジネスは顧客である化粧品の販売会社から月に数百万円規模の広告の仕事を一括で受け、FacebookやInstagramへ広告出稿の代行をするというものです。自己資金にも限りがありましたので、とにかく初期はお金をどれだけ用意できるかで手掛けられる仕事の範囲が決まってしまうという状況でした。

広告はクレジットカードでの決済ですが、数週間単位で支払期限がやってきます。一方で顧客からの入金は早くても2~3か月後になってしまう契約です。数か月間お金が入ってこないのに自分の支払いはどんどん出ていくわけです。

このように、起業期というのは一番資金不足に陥りがちです。また事業の拡大期も仕事の増加に伴い支払いの方が先に多くなるタイミングなので、とにかく運転資金が足りなくなってしまいます。そのようなタイミングで自身のビジネスに応じて、資金繰りは問題ないのか、いくら借りる必要があるのか、きちんと考えてみてください。

武志さん:闇雲に借り入れの申込をするのではなく、しっかりとした背景があった上で決定するということですね。ちなみに、その相談者はどうなったのですか?

芳賀税理士:はい、お会いした日に顧問契約して頂けましたので、事業計画書なども何度か見直しをして差し上げて、当初予定していた公庫融資について先に担当者におつなぎしスムースに借りられました。また、制度融資についても、つい先日、申込額の満額を借りられることができました。当初希望していた額の2倍近くを、短期間の手続きで借りられましたので、これで大きな仕事にチャレンジできると喜んでいらっしゃいました。

武志さん:それは素敵ですね!

融資で実際どの程度借りられる?

由香里さん:私の場合は現在元手が500万円あって、最終的には1,000万円必要です。融資でどの程度借りられるのでしょうか。

芳賀税理士:起業家が借りられる融資には、公庫融資と制度融資の2種類があるとお話ししましたが、公庫は自己資金に対して10倍借りられるという制度があります。由香里さんの場合は元手が500万円あるということなので、単純に考えると5,000万円借りられるということになりますよね?

ですが実際には、借りるべき金額と返せる金額の2つの兼ね合いで考えてください。まず融資を借りる際は、設備資金と運転資金という2種類の資金があります。設備資金は物件を借りる際に必要な敷金や内装工事費などに充てる費用のことで、見積書がないと借りられません。ですから、設備資金に関しては内装費などの見積もりを出してから融資に進みましょう

運転資金は、飲食店の場合は店舗の家賃や人件費、食材の仕入れ費用などになります。飲食店は現金商売ですし、お客様がクレジットカード払いをしても2週間後ぐらいには入ってくるので、従業員の1か月分の給与と1か月分の家賃程度の額を確保しておけば問題ないでしょう。

ただし、開業からすぐはお店の存在自体が認知されるのに時間がかかり、売上げがなかなか上がらないということも考えられるので、そのあたりも加味して必要な運転資金の額を出してください。

借りるべき金額については今お話しした通りですが、ポイントになってくるのは実際に返せる金額の計算です。設備資金は20年、運転資金は7年で全額返済しなければならないので、それを想定してまずは事業計画を作ってみましょう。たとえば運転資金を1,400万円借りる場合、7年で返すということは年間200万円返さなくてはいけませんよね?

年間200万円ということは月々の返済額が16、7万円になります。たとえ月に20万円儲かっても、税金を5万円払ったら月15万円、すなわち年間180万円しか返済できません。税引き後の金額としてどれだけの返済資金を確保できるかを考え、実現可能な返済予定額を算出しましょう。逆に言えば、1,400万円借りるおつもりなら、年間200万円を7年間返せるだけの計画ができていないと踏み切ってはいけません。

由香里さん:返済予定額を出すのは難しそうですよね。

芳賀税理士:ITベンチャーや飲食のように比較的分かりやすい業種の場合は、公庫にしても制度融資にしても業種ごとの事例がたくさん紹介されています。飲食店であれば「席数×客単価×回転数」というようにオーソドックスな求め方があるので、正しい理解さえできていれば、ある程度信憑性の高い売上げを予測することができますよ。

由香里さん:お店を始める前でも予想している範囲内で書けばいいですか?

芳賀税理士:そうですね。内装計画が進むにつれて席数が決まり、営業時間や人件費、メニュー、客単価も定まってきますよね。ですから返済予定額を出すのはそれほど難しいことではないと思います。返済額を定めるのは、ご自身のビジネスモデルを今一度見つめ直すことでもありますからね。

自己資金の額はどの程度融資に影響する?

武志さん:自分はそれほど自己資金を用意していませんが、自己資金の額はどの程度融資に影響してくるのでしょうか。

芳賀税理士:公庫融資は自己資金の10倍まで借りられるという制度になっているので、あればあるほど望ましいでしょうね。また、自己資金があるということは、やはりそれだけ本気度があるという位置付けで金融機関は見てくれますので、あればあっただけ良いでしょう。ひと昔前の制度では、融資額は自己資金と同額までという厳しい状況でした。親族から借りたものなども含めて手元にあるものは金融機関からすると自己資金という扱いになってきますので、起業の意思があるのであれば、会社員時代にできるだけ貯めておき、親族などの協力体制もいざとなったらお願いできるような関係構築をしておくべきでしょう。

武志さん:では逆に最低いくら手元にないと審査に値しないですか?

芳賀税理士:今は資本金1円でも起業できる時代と言われていますが、実際には法人設立に2、30万円必要になるなど、起業後すぐに色々とお金が必要になってきます。業種にもよりますが、私の所へ来る起業家の皆さんは最低でも30万円ぐらい用意されていますね。

ただし、30万円しか自己資金がない人は最大でも300万円しか借りられないので、何とか100万円はあって欲しいという感じでしょうか。公庫が融資先の創業企業を対象に実施した新規開業実態調査によると、創業資金総額に占める自己資金の割合は平均で3割程度となっています。

由香里さん:ちなみに過去に税金や家賃、公共料金などの滞納があった場合は融資にも影響してくるのでしょうか。

芳賀税理士:今現在税金の滞納があれば貸してもらえませんが、過去のことですと銀行はそこまでの情報が分からないと思います。

由香里さん:現在はダメということですね?

芳賀税理士:そうですね。事業のために貸した融資がそのまま別の返済に回されかねないので、実際の事業計画とは狂ってきてしまいすよね。ですから、まず先にそちらを返済してからでないと借りられません。

どのぐらいのスケジュールで融資が下りる?

武志さん:申し込みから融資が下りるまでのスケジュール感を教えてください。

芳賀税理士公庫融資の場合は早いと2、3週間で下りますが、制度融資の場合は全部で1か月ぐらいかかるイメージを持っていてください。制度融資は行政の窓口に行って相談員と何度か面談して、斡旋書をもらったら今度は近くの信用金庫で口座を開設するところからスタートします。その上で信用金庫に対してビジネスの詳細を説明して、信用保証協会の審査を待たなければなりません。つまり、制度融資は関係者が3か所あるので、3か所すべての承認が下りてようやく融資を受けられるという流れになります。

それに対して公庫融資は窓口が1か所なので、スケジュールとしては必然的に早くなります。制度融資の方は時間がかかるので、余裕を持って申請したいですね。

由香里さん:私は飲食店を始める予定ですが、物件を決めてから融資を考えるべきでしょうか。

芳賀税理士:これはちょっと悩ましい問題ですね。物件が決まらないと敷金や内装費の額が定まらないので、ある程度目星をつけて仮申し込みをしないと融資には進めません。特に制度融資に申し込む場合は、市区町村によって融資の条件が変わってきてしまいます。

融資のことも考えつつ物件を探して、実際には物件が決まらないと融資の申し込みができないと考えておいてください。

由香里さん・武志さん:ありがとうございます!よく分かりました。

相談を終えて……

芳賀税理士にお話をうかがったことで、資金調達に対する不安がクリアになったという武志さんと由香里さん。次回は設備資金と運転資金の違いについて詳しくお話をうかがいます。

(次回へ続きます)

補助金・助成金だけでなく、融資や出資などの資金調達方法について知りたい方は、毎月無料で発行している資金調達手帳を参考にしてみてください。それぞれの資金調達方法について詳しく説明しています。また、融資や出資を成功させる方法も解説しているので、是非チェックしてみてください。

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(取材協力: 税理士法人ハガックス 代表社員 芳賀保則
(編集: 創業手帳編集部)

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