サイボウズ 青野 慶久|業務改善プラットフォーム「kintone」を活用したwithコロナ時代の乗り越え方
導入したシステムを使いこなすには「現場主導」の改善サイクルが必要
コロナ禍でオンライン業務に対応するために、サイボウズが提供する業務改善プラットフォーム「kintone」を導入する企業や自治体が増えています。
しかし、システムを導入するだけでなく、現場主導で現場の課題を解決しようと自主的に取り組む組織風土を作ることが大切だと、社会の変革に取り組んでいるのが青野さんです。
コロナ禍で変化を求められたサイボウズの取り組みや上場企業の経営者としての考え方について、創業手帳の大久保が聞きました。
サイボウズ株式会社 代表取締役社長
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、28%あった離職率を大幅に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、2020年にクラウド事業の売上が全体の80%を超えるまで成長。総務省、厚労省、経産省、内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーを歴任し、SAJ(一般社団法人ソフトウェア協会)副会長を務める。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
コロナ禍をきっかけに自治体へのkintoneの導入が増加
大久保:コロナ禍をきっかけにサイボウズにどのような変化が起きましたか?
青野:最近はkintoneがサイボウズの事業の柱になっているおかげで、コロナ禍の影響はそこまでありませんでした。
コロナ禍で変化したことは、自治体にサイボウズのシステム導入が急激に増えたことですね。
コロナ禍以前は、自治体向けのシステム事業は古参企業数社が担っているケースが多く、サイボウズのようなベンチャー企業のサービスを導入していただける自治体はほどんどありませんでした。
ですが、自治体も業務をオンライン化するためのシステムを短期間で構築しないといけない状況になり、早くて安いkintoneを導入する自治体が増えました。
kintoneを導入していただいた自治体は比較的大きい都市が多いですね。自治体の担当者のフットワークが軽いところから導入してくれていると思います。
大久保:最近ニュースになっている「インフレ特別手当」の支給について教えてください。
青野:この度の急激なインフレ傾向に際し、日本およびグローバル拠点の、サイボウズと直接雇用契約を結ぶ社員(無期・有期雇用ともに)に対し、7〜8月間に特別一時金の形で支給することにいたしました。
サイボウズの社員が、生活に不安を抱くことなく業務に集中できるようにという想いです。
大久保:素晴らしいですね。では、kintoneが日本中に広がると社会はどう変わると思いますか?
青野:日本はデジタル化に乗り遅れていると思います。クラウドコンピューティングという最新のテクノロジーを使って、出来るだけ早く遅れを取り戻す必要があります。
日本は人口減少で若者も少なくなっているので、デジタル化を早く進めて、無駄を省き効率をあげなくてはいけません。そのためにkintoneをどんどん普及させて、世の中に貢献するという使命感を持っています。
時代に合わせてプロダクトを変化
大久保:1997年にサイボウズを創業されてから、プロダクトはどのように変化しましたか?
青野:大きく言うと2つの変化があります。
1つ目は、オンプレミス型からクラウド型への変化です。
オンプレミス型だと、サーバーを立てて自社でシステム管理をしなければならないので、企業内に技術面に詳しい人がいなければ、導入が進まないというデメリットがありました。
クラウド型になったことで、オンライン上で提供されているシステムにログインして、サービスを利用していただく形になったので、申し込みをするとすぐに使えるようになりました。サーバーやセキュリティの管理はサイボウズが行うので、より安心していただけるサービスに変わりました。
2つ目は、サービス内容の変化です。
以前はサイボウズ Officeというスケジュールやファイル共有などのアプリケーションがメインの製品が主力でしたが、お客様によってスケジュール管理だけでも管理したい項目が違うことが分かりました。
そこでカスタマイズを前提としたグループウェアが必要だと思い、kintone作りました。kintoneはそれぞれの会社の業務に合わせてアプリを作ってもらうグループウェアサービスです。必要なアプリを作り、ホームページやアプリと連携させるなど、拡張性を重視しています。
新しいシステムを社内に浸透させるには現場主導の「組織風土」が大切
大久保:社内にkintoneをスムーズに浸透させるコツを教えてください。
青野:kintoneの効果を最大化するためには、kintoneを使う人のスキルよりも組織の風土が大事です。
今までの業務システム構築は、システムに詳しい人が現場の意見を反映させながら作っていました。
一方で、kintoneは操作がシンプルなので、現場レベルの人でもシステム構築が簡単にできます。現場担当者が自分にとって便利なアプリを作り、他の部署と連携するなど、自由に現場主導で業務改善ができるようになります。
この環境を作ることができれば、kintoneの導入は成功すると思います。
それぞれの現場が抱える課題はその現場の人が一番よくわかるので、気づいた人が発信して解決して行くことが大事です。
一人ひとりが当事者意識を持ち、問題点を自分で解決して行くんだという自主性、自立性があるとより良い組織になると思います。
大久保:GAFAがグローバル市場を席巻している中で、国内のIT企業が差別化できるポイントを教えてください。
青野:GAFAが作り上げたグローバルスタンダードは、機能が多くて複雑になっているサービスが多く、使いこなせない方が大勢います。
なので、ユーザー目線で考えて、必要最低限の機能だけを実装したシンプルかつ安いサービスを提供すれば、多くの人の助けになると思っています。
使える機能が多いサービスよりも、使わない機能がないサービスの方がユーザーは使いやすいんです。サイボウズはお客様に寄り添ったサービス作りを意識しています。
サイボウズが在宅勤務でも一体感を保ち続けているコツ
大久保:サイボウズ社内の働き方に変化はありましたか?
青野:サイボウズはコロナ禍で在宅勤務になったことで、社内で使っているkintoneの書き込みが7倍以上に増えました。
この変化を見ると、リアルオフィスで働いていた時は、口頭の会話が多く、あまり自社のグループウェアを使っていなかったことに驚きました。
在宅勤務を導入したことで、社員がkintoneを活用する機会は増えたものの、以前のリアルオフィスであったような一体感がなかなか出せませんでした。
そんな時にある社員がTwitterのように気軽にkintoneでコミュニケーションを取る「分報」を提案してくれました。
日報は1日1回しか周りの社員のことが分かりませんが、分報で業務に関係のない何気ないことも書き込むことで、一体感を維持できるようになってきました。
大久保:分報は日報と違って気軽で楽しげな雰囲気ですね。
青野:リアルオフィスで勤務している時は、何気ない会話が意外と多くあったんだと改めて気付かされました。なので、仕事中でも遠慮なくプライベートなことを話せるようにした方が効率的に働けると感じています。
メールやチャットのようにきちんと返事をしなくても「いいね」で気軽にコミュニケーションが取れるのもkintoneを使った分報のメリットです。
生活様式の変化で生まれた「オフィスの新しい使い方」
大久保:コロナが落ち着くとリアルオフィスに戻ると思いますか?在宅勤務がより広がると思いますか?
青野:ハイブリッドな働き方になると思います。
在宅勤務ではONとOFFが難しかったり、夫婦2人ともが在宅勤務をする場合は、お互いに気を遣ったりオンライン会議がしにくいなど、在宅勤務のデメリットもあります。
家で働ける、家で働きたいという人は在宅勤務を続けて、会社で仕事をしたいという良い人は出社すると良いと思います。
大久保:サイボウズはオフィス環境にも力を入れていますよね?
青野:最近のオフィスは様変わりしてきました。
サイボウズのオフィスにはバルがあります。会社で食事をしたり談笑したりする場所を確保するためだったんですが、最近はオフィスに働きに来るというより、楽しみに来ているんじゃないかと思う時もありますね。でも、これもオフィスのあり方の1つとしては良いと思います。
また、オフィスの個室を使いたいという要望も増えています。在宅勤務だと家族に気を使うので出社するという社員でも、オンライン会議続きで会社に来て個室に籠るという新しいワークスタイルもあります。
他にも、配信スタジオやプレゼンルームなど、最近のオフィスは本当に多様化していますね。
サイボウズ社員が明石市に移住し市長が自宅を訪問
大久保:サイボウズのプロダクトは地方活性化に繋がるものだと思いますが、地方活性化について教えてください。
青野:場所に関わらず働けるようになるクラウドサービスは大事だと思います。
地方活性化のプロジェクトで、様々な地域とコラボしています。リモートワークができるようになると、地方でも都会と変わらず仕事ができるようになりますが、そういう人達が移住してきた時に、排除せず受け入れる土地でないといけないと思います。
地方移住に大事なことは技術や場所ではなく「人」です。そこにいる人達がどれだけ新しい人を受け入れられるのかが大事です。
移住してきた人や若者をこき使うのではなく、受け入れるような地域でないと活性化しません。人の魅力に人が集まってくるんだと地方の方にお伝えしたいです。
大久保:サイボウズには地方移住をした社員がいるのですか?
青野:いますね。サイボウズに子育ての町としても有名な兵庫県明石市に移住をして、移住のロールモデルとしてメディアに取り上げられた社員がいます。
移住後に明石市の泉房穂市長が、移住者に気を配って自宅まで話を聞きに来てくれたそうです。小さい地域でもないのにすごいと思いました。そういう地域に人が集まるのも納得できますよね。
経営者は「事業」と「組織」の両方の成長を考えなければならない
大久保:創業初期に経営者が間違えがちなことや気をつけるべきことがあれば教えてください。
青野:起業してすぐのタイミングは、事業への思いが強いと思います。こんな物やサービスを作りたい、それをお客様に届けたいと事業にばかり目が行きがちです。しかし、事業が大きくなると、組織も大きくなります。多くの経営者が組織への興味をなかなか持てません。
ですが、組織に興味がないと、組織がガタガタになってしまい、そうなると事業も上手くいかなくなります。
少しずつ人が増えるタイミングで、自分の関心を組織の方に切り替えていくことが大事です。組織が上手くいくと、事業も上手くいきます。事業の成長と共に、組織に注目していくことが、起業家に必要なポイントだと思います。
大久保:サイボウズはどのような組織作りをしていますか?
青野:個別対応と仕組み化を両立させています。
まずは一人ひとりのマネジメントに時間をかけています。みんな働く時間も場所も自由で、職種も自分が希望したら変えられるので、それぞれと向き合うことが大事です。
ですが、一人ひとりに向き合うとすごく時間がかかるので、仕組み化していくことが大事だと思います。
個別対応も仕組み化もどちらにもメリット・デメリットがあるので、どちらも頑張らないといけません。この感覚は組織が大きくなる上で必要だと思います。
社員数が少ない内は、個別対応が効率良いです。社員が増えると、仕組み化する必要があります。個別対応と仕組み化を繰り返して、ズレが出てきたら、直すというのをサイボウズは繰り返し続けています。
サイボウズ最大の強みに注力して経営危機を乗り越える
大久保:起業していつが一番大変でしたか?
青野:最大の山場は2006年の末でした。2005年にサイボウズの社長に就任し、最初の2年間でたくさんの失敗を繰り返しました。
M&Aで1年間に9社も買収して、そのいくつかが大赤字で全体の利益が下がり、借金で会社を回していた頃は社長を辞めようかと思いました。
その経験で自分の中の覚悟が決まり、自分が自信を持ってやれることだけをやろうと思いました。9社買収した会社を8社売却し、グループウェア事業だけに絞って、グループウェアだけをひたすらやり続けることにしました。
大久保:サイボウズの強みにフォーカスしたことで会社がより良い方向に向かったんですね。
青野:サイボウズにはグループウェアしかありません。グループウェアが負けたら会社は潰れるので、グループウェアを徹底的に磨こうとクラウド化したり、kintoneを出したりと、少しずつレベルが上がってきていると思います。
社会の変化もあり、サイボウズがやろうとしていることを社会が認めてくれるようになってきたと感じています。自分たちを信じてやってきたことが間違ってなかったと思えて、嬉しかったですね。
社会に変革を起こしたい経営者は「発信」にも力を入れるべき
大久保:青野さんのように上場企業の社長が積極的に社会的な発信をすることは珍しいと思いますが、メリットやデメリットはありますか?
青野:どちらの面もあると思います。私の発言をきっかけにして、サイボウズに関心を持つ人や入社してくれる人もいれば、逆にサイボウズを辞める人もいると思います。
ですが、「チームワークあふれる社会を創ろう」「多様な個性を重視できるような社会を創ろう」と私が発言することは、長期的にはメリットしかないと思っています。
自分が主張したい大事なことは言わないとおかしいと思うんです。
今は社会インフラなども企業が提供する比重が高まっていますし、企業が社会をリードする時代だと思います。役所が補助金をつけて物事を押し進めるよりも、企業の良いシステムを導入する方が有効だったりするので、企業のリーダーは自分の意見をしっかり発信すべきだと思います。
大久保:今興味のある社会的トピックはなんですか?
青野:企業の経営者が発信していくことに興味があります。
経営者がビジネス的観点でおかしいと思っていることはあると思います。一部の顧客から反発されても、社会全体を考えたらこれが正しいと胸を張って言えるような社会にしたいと思っています。
大久保:起業家の方はユニークな視点をお持ちの方も多いですもんね。
青野:社会が複雑化しすぎて、政治家だけでカバーできる社会じゃなくなってきている思います。
現場の一人ひとりが発信して、気づいた人が声をあげて、周りが支援して解決していくという流れを作らないと、社会問題は解決しないと思います。
大久保:政治家にならずに、社会的トピックを発信し続ける方は珍しいですね。
青野:政治家になるには票を集めないといけないので、政治家になるより経営者の立場で、発信し続けることが問題解決に近いと思っています。政治家にならずに政治に干渉し続けようと思います。
どんな人でも問題に気づいた人が発信して行くべきです。まだ自分に問題意識がないのであれば、発信している人に共感したり、応援するのが良いと思います。いいねやリツイートだけでも発信者の声が広がり、そういう行動が社会の変化に繋がると思っています。
(取材協力:
サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野 慶久)
(編集: 創業手帳編集部)