Nadia 葛城嘉紀|資金調達せず起業。月間2,000万ユーザーのレシピメディア代表が次に見据える世界とは
サラリーマン経験で「人の心が動く瞬間はお金じゃない」と気づいた
今や群雄割拠の状態とも言えるレシピメディア業界。こうした中、月間ユーザー数2,000万人を誇るレシピメディアを展開するスタートアップが、Nadia(ナディア)株式会社(※以下Nadia)です。
「レシピを投稿する料理家やインフルエンサーの方々をアーティスト(通称Nadia Artist)と位置づけ、信頼関係を築いてきました」と語るのは、同社の創業者であり現在も代表取締役社長を務める葛城嘉紀さん。
実は外部から資金調達をしていない同社ですが、大きな成長の背景には葛城さんが音楽業界などで培ったマインドや理念がありました。今回は葛城さんが起業した経緯や事業を成長できた秘訣について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。
Nadia株式会社 代表取締役社長
1980年生まれ、大阪府出身。同志社大学卒業後、株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。L’Arc~en~Ciel やゴスペラーズ、ASIAN KUNG-FU GENERATIONなどの音楽プロモーターとして音楽業界に従事。
24歳で起業を決意し、監査法人トーマツを経てリクルートに入社。リクルートではインターネットメディア運営や不動産関連の事業企画・新規事業開発を担当。リクルート在籍時に前身となる会社を創業。2012年リクルートを退職して株式会社OCEAN’S (現在のNadia 株式会社)を創業。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
新卒で音楽業界へ就職後、コンサルファームやリクルートを経て起業
大久保:まずは起業までの経緯を伺いたいのですが、もともと起業したいという思いがあったのでしょうか?
葛城:実は起業するつもりは全くなく、本当に好きなことをやりたいと思って生きてきました。学生の頃から好きな音楽や格闘技ばかりしていましたね。
同志社大学を卒業した後もやはり好きなことをやりたいと思い、ソニーミュージックに入社しました。そこではL’Arc~en~Cielやゴスペラーズ、ASIAN KUNG-FU GENERATION(アジカン)、PUFFYといったアーティストのプロモーションを担当しました。
新入社員の頃は下積みの仕事も多かったですが、音楽もソニーも好きだったので、好きなことができてよかったなと思いながら働いていました。
ただ働いているうちに、好きなことをするのも楽しいけれど、人に貢献することと自分が成長すること、この2つがすごく僕にとって大事なんだなと気づきました。それを実現するには起業かなと思うようになったんです。
大久保:その後リクルートへ転職されたそうですが、ソニーミュージックとは全く異なる業界ですね。
葛城:不思議に見えますよね。実は起業しようと思い始めてから少し経った頃、たまたまリクルートが新規事業の人材を募集していたので、受けてみたら採用されたんです。
リクルートでは、まず新規事業の飛び込み営業などをしました。その後当時リクルートにはボストンコンサルティング社が入っていたので、彼らと一緒に事業企画や事業推進をしていました。
大久保:リクルートは大企業ですが、スタートアップに近いところもありますよね。やはり起業に向けて学べることも多かったのではないでしょうか?
葛城:リクルートで培ったマインドや経験は、すごく役に立ったと感じています。まずは最初にやっていた飛び込み営業の経験ですね。あとは事業企画や中長期経営計画を作ったというキャリアも、起業後すごく活きています。
そういう意味では、20代で少しでもサラリーマンの経験をしてから起業した方がいいと思いますね。組織論やさまざまな人の心の変遷を学べますから。
ただ正直言うと、リクルートを辞めるのは大変でした。仕事は楽しいし給料もいいから、つい「このままでいいやん」って思ってしまうんですよね。
でも起業に向けてリクルートに入ったわけですから、ずっといたら本来の目的を達成できないと思い、とにかくまずリクルートを辞めました。
資金調達はしていない。人生をかけた起業だからこそオーナーシップを持つことが重要
大久保:レシピというテーマで起業した理由を、教えていただけますか?
葛城:実を言うと、最初の起業ではホームページ制作やシステム開発の代理店のようなビジネスを始めました。ただこれは競合優位性が全くなかったので、本当に大変でしたね。ちょっと考えが甘かったなと思いました。
僕はエンジニアではないので、案件をいただいても外注することになり、どうしても利益が薄くなります。僕だけなら食べていけるけれど、社員を雇うのはほぼ不可能という状況でした。そこで自社サービスを作らないといけないなと思うようになったんです。
当時の僕はコンサルとしてもいろいろな会社に入っていて、ある時たまたま料理研究家や料理家の方々と仕事をする会社に携わりました。これをきっかけに料理研究家の方々と出会い、料理って面白いなと思ったんですよね。そこで料理をテーマに自社サービスを作ろうと考えました。
大久保:自社サービスを作るとなると、その間は収入が途絶える心配もあったのではないでしょうか。
葛城:そうなんです。そこでリクルートにいた時に住宅関連の事業をしていた関係で、不動産屋さんからホームページ制作やシステム開発などの仕事を請け負い、運転資金を稼ぎながらNadiaのサービスを作っていった感じです。
大久保:今では月間2,000万ユーザーという規模のサービスになりましたが、どこかのタイミングでユーザー数が大きく跳ねたのでしょうか?
葛城:ユーザー数はじわじわ増えていった感じですね。僕の会社は外部から資金調達をしていないんです。他からトラフィックを大量に送ってもらったわけではないんですよ。
僕らのプラットフォームは、一言で言うとプロの料理家や料理研究家、料理インフルエンサーなどの方々がレシピを投稿するものです。当時はインフルエンサーという言葉はまだなくて、料理ブロガーと呼んでいましたね。そういう方々はブログのアクセス数をものすごく持っていました。
そこで全国のインフルエンサーの方々を地道に回って「味方になってください」とお願いしました。それによって協力してくれる方が増え、そういう方々がユーザーさんをNadiaへ連れてきてくれたという感じです。
大久保:なるほど。資金調達できるとすごいという風潮がありますが、逆に資金調達をせずここまで伸びたのも、すごいことですよね。
葛城:人生をかけて起業したわけですから、自らがオーナーシップを持つことはとても重要だと考えています。
自分の中で実力がついたなとか、経営者として成長したなって思えた段階ならいいかもしれません。でも自分が未熟な段階で他人のお金を入れるのは、出資者に迷惑をかけることになりかねません。
安易に資金調達をせずにメディアを成長させてきたことは、珍しいかも知れません。いろいろな経営者の方々とお話ししますけど、褒めていただくポイントです。ただ偉そうなことを言うつもりはなく、美学というか生き方だと思うんですよ。サービスがまだ小さな状態で資金調達できる人は、もちろんとてもすごいと尊敬しています。
大久保:資金調達していないことで、メリットを感じることはありますか?
葛城:やはり経営の自由度は高いですね。それにお金が少ない分、知恵を絞ります。お金では買えないようなイノベーションを起こせるわけです。
例えば資金があると、コンテンツをお金で買うという発想になりがちです。でも僕らはお金がなかったので、料理研究家やインフルエンサーの方々に直接会いに行ってコンテンツ提供をお願いする形でした。地道で大変ですが、これによって強い信頼関係が築けたと思っています。やはりオンラインだけではなくオフラインも大事ですね。
またそういう方々にレシピを投稿していただく形なので、コンテンツの仕入れは基本的に費用はかかりません。もし費用をかけてコンテンツを作り続けるとなると、大きくキャッシュアウトしていきます。そういう意味では、なるべくキャッシュアウトさせない仕組み作りはスタートアップにとって重要かなと思います。
インフルエンサーも社員も、心が動く瞬間はお金じゃない
大久保:お話を伺うと、いかに周りの人を動かせるかがスタートアップにとって欠かせないポイントだなと感じます。
葛城:そうですね。レシピを投稿していただく900人以上のNadia Artistという方々のおかげで、今もコンテンツは増え続けています。これは僕らの強みです。
インフルエンサーの方々はお金だけではないモチベーションを持っていますから、その思いを実現させるため、僕らがお金以外の対価を払うことも大事だと考えています。インセンティブはお金だけではありません。もちろんお金も大事ですが、むしろ人の心が動く瞬間ってお金じゃないところが大きいですよね。
これは社員も同じです。Nadiaの社員は給料はもちろんとして、社会貢献に関わりたいという思いで動いてくれています。「その人にとって、心が動くための対価は何か?」を考えることは、経営においてすごく重要かなと思います。
ただし熱量があれば仲間が集まる、というわけでもありません。社員みんなが自分と同じ熱量とは限らないからこそ、ある程度の役割分担とか、折り合いをつけることも必要だなと感じています。「僕がこれだけやっているんだから、みんなもやろうよ」と言うと、離れていく人もいますから。
中には、僕と同じくらいの熱量でやってくれる人もいます。そういうメンバーが今は幹部や取締役になってくれています。とはいえメンバー全員が自分と同じ熱量ではないし、家族構成や状況もそれぞれ違います。ですから、相手をしっかり見て仲間を集めることも組織作りでは大事ですよね。
世界に誇れる「日本の食」をグローバルに広める会社になりたい
大久保:最初は葛城さんがインフルエンサーの方とやり取りされていたと思いますが、今の規模では難しいと思います。現在は仕組みを作っているということでしょうか?
葛城:そうですね。僕は今、Nadia Artistのマネージメントに直接携わっていません。レシピを投稿することで自分の夢が叶うとか、社会貢献につながる仕組みの設計をしています。
これは人事評価制度の設計に近いと思います。ここで働くことで成長できるとか、自己実現できるという評価制度ですね。そういうものを最初は人力で引っ張っていましたが、今は仕組みになってきた感じです。
大久保:葛城さんならではの極意がありそうな気がしますが、いかがですか?
葛城:料理コンテンツを作って発信する人のベーシックなマインドは、貢献したいということなんです。ですから、「そのゴールへのプロセスにNadiaがある」という説明をしています。
つまり「Nadiaを利用してご自身の夢を実現してくださいね」と伝えているんです。Nadiaのためにとかじゃなくて、むしろ僕らを利用して自分の夢を実現してほしい。
創業時はすでに人気のあるインフルエンサーの方に協力をお願いしていましたが、今は逆にこれからという方の育成に力を入れています。そういう方々は育ててもらったと感じてくれるので、ロイヤリティがすごく高いんですよ。
大久保:プラットフォームは基本的にすでにブレイクしている人を囲い込む戦略が多いので、すごく新鮮に感じます。そこに他社サービスとの違いがありそうですね。
葛城:どちらがいいということはないと思いますが、僕は勝ち馬に乗るよりヒットに立ち会いたいですね。
これには、ソニーミュージックにいた時の経験が影響しています。僕がいた当時L’Arc~en~Cielはすでに売れていましたが、チャットモンチーとかはこれから売れるというタイミングでした。アーティストがヒットしていくプロセスを最前線で見たいという想いは、僕の考えの根っこにあると思います。
大久保:なるほど。今後の展望について教えていただけますか?
葛城:今は僕が100%オーナーという状態の会社ですが、ずっとこのままでいこうと思っているわけではありません。会社をさらに大きくしていくために他と組みたいという思いもあるし、一方で安易にどこかと組みたいわけでもない。アクセルを踏むときに選択肢を持っているかどうかが、大事だと思っています。
大久保:具体的にこれから手掛けたい事業はありますか?
葛城:最近は海外のレストランなどから、日本食のメニューを作って欲しいという依頼が増えてきました。日本の文化は世界に誇れるものですから、これからもっと輸出していけると思っています。その中でも「日本の食」はかなり中心にあって、アニメやコミックと同じレベルだと考えています。
日本食や日本の文化を世界に発信するという分野で、もっと存在感のある会社になれたらいいなと思っています。
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(取材協力:
Nadia株式会社 代表取締役社長 葛城 嘉紀)
(編集: 創業手帳編集部)