cynaps 岩屋雄介|IoTで建物の省エネ・脱炭素を実現。スタートアップこそ大手と戦わない戦略が重要
起業後3年間VCに断られ続けたが、あることが転機となって資金調達に成功
世界で深刻化するエネルギー問題。電気代の高騰や脱炭素化への取り組みなど、あらゆる企業にとって大きな経営課題となっています。
こうした中、IoT(※)を活用して建物の電気代を大幅に削減できるサービスを開発、注目を集めているスタートアップがcynaps株式会社です。同社を2020年に創業、現在も代表取締役を務めるのが岩屋雄介さん。見落とされがちな「換気」にエネルギーの無駄が多いことに着目して、このサービスを開発されたそうです。
「多少効率が悪くても、大手がやりたがらない領域にチャンスがある」と語る岩屋さん。今回は岩屋さんが起業に至った経緯や成功したポイントについて、創業手帳の大久保がインタビューしました。
※IoT(Internet of Things)とは、従来インターネットに接続されていなかった物(家電や設備など)をネットワークに接続して、さまざまな情報を収集・活用する仕組みのこと。
cynaps株式会社 代表取締役
1982年生まれ、東京都出身。大学卒業後工事業界に9年従事。その後ベンチャー企業にてIoTの新規事業を立ち上げ、国内初のAlexaスキル開発運用クラウド・NOID(ノイド)を開発。2020年にIoT技術を誰もが簡単に利用できる世界を目指して、cynaps(シナプス)株式会社を起業。現在も同社の代表取締役を務める。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
たまたま入った建設業界の経験が、今は自分の大きな強み
大久保:岩屋さんは創業期に創業手帳へご相談いただいたそうですね。今回は起業を目指す方や起業直後の方に向けて、ご経験をシェアしていただければと思っております。まずは大学卒業後のキャリアから伺えますか?
岩屋:大学では電子工学を専攻していましたが、いずれ会社を作りたいと思っていたので物を売るスキルを身につけたいと思っていたんです。そこで営業で雇ってくれる会社を探して、昭和電線という会社に就職しました。
最初は電線を販売する仕事でしたが、防振ゴムや免震アイソレーターといった建設資材も扱いました。これらは電線の応用製品なんです。昔の電線の被覆はゴムが主流だったので。
大久保:電線を専門に売る人がいるというのは、知りませんでした。
岩屋:僕が扱っていたのは建物の中で使う電線なんです。建物に使われる電線って実は金額が大きくて、大規模な建物では数億円になることもあります。
僕はその会社に9年いたのですが、今思えばすごくいい経験だったと思います。建設業界ってちょっと特殊なんですよ。受注までに数年かかることも普通ですし、慣習も多くて。作法を間違えて出入り禁止になる先輩もいました。そういう建設業界で仕事の進め方を学べたのは僕の強みになっていますし、今の事業につながっています。
大久保:スタートアップっぽい人があまりいなそうなところも、逆にいいかもしれませんね。
岩屋:そうですね。みんながやらない領域というか、あまり知られていない領域で起業できたのはプラスだったと思います。
大久保:その後、実際に起業するまでいくつかベンチャーを経験されていますよね。
岩屋:最初2人ぐらいでやっている会社に参画させてもらって、新規事業としてIoTのデバイス開発をやっていました。そこを大きくしていきたいと思っていたんですが、電子部品だけだと限界があって、結果的にはうまくいきませんでした。
その後はIT関連の会社へ行きました。当時はかなりITが盛り上がっていて、やはり知っておくべきかなと思いましたので。そこではスマホアプリの開発などを担当して、現場を知ることができました。ここには3年くらいいて、おおよそスキルや経験は身に付いたかなと思って、起業することにしました。
動き出すのはわりと遅かったんですよ、起業当時は38歳でした。20代でスタートアップの世界に飛び込む人もいると思うんですが、僕の場合はベンチャーのファイナンスなどを知ったのは30代半ばでした。磯崎哲也先生の「起業のファイナンス」という本を読んで、お金を調達しながら会社を一気に大きくしていく方法があることを知って、勇気をもらいましたね。
VCからの資金調達の難しさに直面。好転したきっかけは、伝え方を変えたこと
大久保:実際に起業してみて、大変だったことは何ですか?
岩屋:最初に知人からお金を集めて、それを元手に融資を受けるところまではほぼ計画通りでした。ただその後、VCさんから資金調達するところでつまずきましたね。VCさんから全く相手にされなかったんですよ。1回面談してそのまま終わるということが、ひたすら続きました。
僕の場合、お会いしたVCさんは3年で40いかないくらいの数ですね。他の人から見たらかなり少ないみたいですが、当時はもっとアクションすべきということも知らなかったんです。今となってみれば、甘く見ていたと思います。
大久保:VCさんって、確かに面談してもなかなかダメとはっきり言ってくれないですよね。
岩屋:VCさんも簡単に投資を決めることができるわけではないので、仕方がないんですが。ただはっきりしない状態が続いたのは、しんどかったですね。リソースもかなり掛けなければなりませんし。今思えば、資金調達できなくて当然という感じでいればよかったなと思います。
大久保:その状況はどんなきっかけで変わったのでしょうか?
岩屋:プレゼン資料をブラッシュアップしていくうちに、VCさんが求めていることが、だんだんわかってきた感じですね。
そこで伝え方を変えてみたところ、これが大きな転機になりました。最初は「みんなが使えるIoTのプラットフォームを僕たちが提供します、IoT版Androidを目指しています。その一つを形にしたものとして省エネシステムを提供しています。」という説明をしていました。でもこれだと誰も理解してくれませんでした。
そこで、「僕らは省エネや脱炭素につながるシステム開発をやっていて、地球のエネルギー問題を解決します」という話を先にするように変えたんです。さらに「この技術は応用できるので、建築設備だけではなくさまざまな分野の省エネにも役立つ」ということを簡潔に伝えるようにしました。
僕としては説明する順番を変えた程度なんですけど、これでVCさんの反応が大きく変わりましたね。いくつかのVCさんの代表の方が話を聞いてくれるようになって。そうこうしているうちに、資金調達が決まりました。
大久保:省エネや脱炭素というワードが効いたんですね。確かにトレンドのワードってありますよね。
岩屋:確かにそれもあります。少し前は、やはりAIとかメタバースといったところに集中していたと思います。ただ脱炭素とか省エネといったワードも、最近トレンドは来ていると感じます。分野を1つに絞ったところも、わかりやすかったんだと思います。
建物の換気を効率化して、コスト削減と脱炭素化を支援したい
大久保:現在取り組まれている事業について、教えていただけますか?
岩屋:建物の換気を効率化して、電気代などの光熱費を大幅に削減できる「BA CLOUD」というサービスを提供しています。
実はエアコンにかかるエネルギーの約半分が、換気で取り込まれる外気を冷やしたり温めたりするときに消費するエネルギーなんです。ですから換気の無駄を減らせば、それだけエネルギー削減効果も大きくなるわけです。
ただ換気って目に見えませんし制御も難しいので、今まであまり細かな制御はされてきませんでした。多くの商業施設では、営業時間中ずっと換気がオンになっているんです。
そこで僕たちは、1部屋から後付けできるデバイスを開発しました。このデバイスは、人がいないときに換気量を減らしたり装置を止めたりして、換気を制御します。
大久保:室内のCo2量を測定して換気を調整しているのでしょうか?
岩屋:その通りです。ただ換気と空調がセットになっている場合もあるので、その時は温度や湿度に影響を与えないように制御します。
例えばホテルの客室にある換気ファンは、大体20キロワットの電気を使います。基本的に常時ファンが稼働していますが、実際はチェックアウト後など人がいない時間も多いですよね。
人がいないのに20キロワットのファンを回すのって、すごくもったいないんですよ。家庭用の電子レンジが0.5キロワットぐらいですから、いかに電気量が多いかおわかりいただけると思います。
大久保:空調って目に見えないから、無駄がわかりづらいわけですね。
岩屋:そうなんです。建物には「空気環境基準」という風速の規定があって、毎秒0.5メートル以下と決められています。この風速だと人はほぼ気づかないので、換気量って肌感覚ではわからないんですよね。
例えば照明ってわかりやすいですよね。でも最近はLEDが増えていますから、照明の電気量は建物全体の10%程度しかありません。だからこまめに消しても、それほどコスト削減につながらない。
あとはエレベーターを2台使わずに1台にしましょうというケースもありますが、それも建物全体の電気からすれば数%。なので電気代はそれほど減らないんです。一方で空調の場合、建物全体が使う電気の約60%を占めています。
大久保:電気代を減らせる効果も大きいと思いますが、最近は脱炭素社会に向けて、企業がCo2削減に取り組まないといけないという事情もありますよね。
岩屋:おっしゃる通りです。Co2削減に取り組むとどうしてもコストアップになることが多いので、本音を言うと事業主としてはあまり気が進まないんですよね。その点、僕らのサービスはコスト削減とCo2削減が重なっているので、いろんな会社さんに受け入れてもらいやすいと思っています。
大久保:この事業をどう展開されているのか気になるのですが、商社などが販売するスタイルなのでしょうか?
岩屋:まだ商社さんが簡単に売れるものにはなっていないので、今は直販がメインです。代理店さんもいらっしゃいますが、ほぼ一緒に張り付いて手厚くフォローしているので、直販に近いスタイルです。
工事は僕らが請け負うこともありますし、規模が大きい場合は他社に委託することもあります。今後もっと事業を広げるときには、業者を増やすとか、もっと簡単に工事できるようにするとか、その辺について考えながらやっているところです。
大久保: なるほど。こういった事業は、他の大手さんは手掛けていないのでしょうか。
岩屋:大手さんもやってはいるんですけど、 導入コストがかなり高いですし、後付けはできないケースがほとんどですね。大手さんは他の会社が作ったシステムに手を加えたがらないので。
僕らのサービスは後付けができて、少ないコストで導入できるところが強みなんです。大手がやりたがらないところに、僕らのようなスタートアップのチャンスがあると思うんですよね。ですからこの事業を立ち上げる時、大手がやらない理由をいろいろ考えました。
この技術を他の分野に広めて、より大きなマーケットに挑戦したい
大久保:今後の展望を教えていただけますか?
岩屋:しばらくは今の事業を成長させることが目標です。将来的にはホテルや商業施設以外の建物にも展開して、よりビジネスを大きくしていきたいと考えています。
大久保:いろいろな建物に応用できるとなると、マーケットも大きそうですね。
岩屋:そうですね。建物管理のマーケットってかなり大きいんですよ。ある大手さんの場合、BA(ビルディングオートメーション)だけで年間1,500億円ぐらいの事業規模がありますから。
ただ現状大手さんのBAって、基本的に建物の中にサーバを置くスタイルなんです。これって、今のトレンドとは逆行していますよね。それに建物内にサーバを置いてローカル通信網で制御する形だと、メンテナンスのコストがかさんでしまう。建物を改修する時にも、莫大な費用がかかってしまうんです。
建物を作る時点ではここまで気にしないので、後になって困る事業主さんも多いようなんです。低コストでできるのは僕らの強みなので、困っている事業主さんをサポートしていければと思っています。
大久保:空調の民主化と言いますか、小中規模な建物でも空調を最適化できるメリットがあるわけですね。ちなみに御社のサービスは、どのくらいの価格で使えるのでしょうか。
岩屋:建物の規模によって変りますが、例えば、小規模の飲食店さんですと、初期費用が数十万円前半、月額費用は数千円ですね。もっと大きなホテルや商業施設になると、1箇所あたり初期費用が200万円程度、月額費用が数万円かかります。
光熱費の節約を考えると、初期費用は3年くらいで回収できるイメージですね。
創業時「ファイナンス」と「大手と戦わなくていい領域」を深く考え抜いた
大久保:最後に、これから起業を目指す方や起業直後の方へメッセージをお願いできますか?
岩屋:僕も最初ファイナンスのことをあまり知りませんでしたので、まずはファイナンス周りをよく知っておくといいと思います。あと公庫の創業融資とか、資本コストが安いものはできるだけ使ったほうがいい。こういうものはタイミングが遅れると使えなくなるものもあるので、できるだけ早い時期に使ってほしいですね。
大久保:岩屋さんのお話をお聞きすると、大手がやりたがらない領域をうまくおさえたのも、うまくいったポイントではないでしょうか。
岩屋:確かに事業の優位性は、スタートアップにとってすごく重要ですね。資金調達の時にも必ず聞かれますし。僕も事業を始めるにあたって、ここはかなり深く考えました。
スタートアップは資本が少ないですから、大手とまともに戦っても勝てません。ですからスタートアップは大手と戦わずに済む領域、自分の得意な領域を突き詰めた方がいいと思うんです。
大手さんは効率のいいことをやります。だから効率が悪くても、お金になるところは進んでやるべき。日本電産さんとか京セラさんも、創業した頃は他社が断るような仕事を受けて、そこから大きくなっていったと思うんです。
いきなり効率のいいことができる場合もありますが、それができる確率って低いですよね。ですから、効率が多少悪くても大手さんと戦わずに済む領域を見つけて、そこから道を作っていくことが大事かなと思います。
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(取材協力:
cynaps株式会社 代表取締役 岩屋 雄介)
(編集: 創業手帳編集部)