カミナシ 諸岡裕人|現場の「紙」をなくす! ペーパーレスを始めた理由
裏側から日本の経済を支える現場作業を効率化。目立たない非効率な業界こそチャンス!
ペーパーレス化は、コストを削減、作業効率のアップなど、さまざまなメリットがありますが、工場やフィールド作業の現場では、なかなか進みづらいといわれています。工場やホテル、飲食店では、チェック表や伝票といった紙媒体がいまだ多く使われています。現場のペーパレス化が難しい原因は、長年の習慣を一新することで、心身の負担を感じてしまう人が多いことにあるようです。
そんな現場のルーティンワークや事務作業を、タブレットやスマートフォンで自動化し、現場に働き方改革を推進しているのが、諸岡裕人氏が設立した株式会社カミナシです。カミナシは、優勝者のクラウドワークスやスマートHRなどその後のメジャーになった会社が数多く出たIVSローチンパッドで優勝しました。
実家が航空会社のアウトソーシングを請負う現場系の会社で現場を見て育ち、常に現場の問題を解決したいという意識があったという諸岡氏。カミナシの成り立ちや、方向性、ペーパーレス化の課題について、紙媒体とWEB媒体両方を運営し、内閣府で政府手続きのペーパーレス化・自動化の委員を務めたこともある創業手帳の大久保代表がうかがいました。
1984年生まれ。2009年 慶応大学経済学部卒業後、リクルートスタッフィングで営業職を担当。2012年 家業であるワールドエンタプライズ株式会社に入社し、LCCのエアアジアジャパンやバニラエアの予約センターの立ち上げ、JALの羽田機内食工場の立ち上げなどに携わる。その中で感じた現場のペインを解決するため、2016年12月に株式会社カミナシ(旧社名:ユリシーズ株式会社)を創業し、ノンデスクワーカーの業務を効率化する現場改善プラットフォーム「カミナシ」を開発。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計150万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。
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この記事の目次
社名はそのまま「カミナシ」。ペーパーレスへの抵抗は?
大久保:社名が「カミナシ」、ミッションとビジョンをそのまま表現した社名ですね。ペーパーレスのメリットはいろいろあると思いますが、どういう部分ですかね?
諸岡:自分は元々実家が請負の会社で、現場を見て育ちました。現場では紙のチェックシートとか記入するものが多くある。当然、紙で書いたら集計しないといけませんから、デジタル化されるとその手間がなくなります。
ただ、ホテルや工場のようなブルーカラーの現実は、高齢者や外国人によって支えられているわけです。高齢者は視認性の問題があるし、外国人は言語の問題がある。紙だと、間違えて記入してもアラートを出せない。
紙をiPadのようなタブレットでデジタル化すると、日本語がおぼつかない外国人でも、入力時に翻訳されたアラートを表示するなどのアシストをすることもできます。
実際の事例では、工場で今までの紙の運用だと120件あったミスが2件まで減り、100時間の確認作業が2.5時間まで削減できました。97%以上、ミス・集計時間を削減、などの高い効果がありました。あと、見逃してはいけないのが、人は同じような作業が苦痛だったりします。投資対効果だけ見がちですが、現場で働いている人たちのストレスを少しでも軽減できる、というのは大きいと思います。
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- 負担が97%以上削減も
- 働く人の「苦痛」が減ることも見逃せない
はじめは大変でも、ペーパーレスに慣れてくると現場が自分で動き始める
大久保:ペーパーレス・電子化というと抵抗する人はいませんか?私は以前、内閣府で役所の手続きを電子化するという議論の委員をやったことがあります。ようやく電子申請になったら、なぜか役所のバックヤードでは、電子申請で来たものを、わざわざ紙に印刷して役人が作業して棚に保管するとか(笑)、恐ろしく無駄なことをしていた。
いろいろ議論すると、安全性や自動チェック、データの累積を考えると電子が良いのですが、本音では電子化を進めると自分の仕事がなくなるとか、やり方を変えたくない人が多いのが現実で、かなり難航しました。デジタル庁などで一気に進みそうですが。ペーパーレスというと、人の習慣や意識を変えるのは大変だなと思っていますがどうでしょう?
諸岡:そうですね。組織によっては最初はそういうこともあるかもしれないです。長年、やり慣れてきた方法を変えることには抵抗があるかもしれませんが、意外と現場の人、特に若手の人たちは「待ってました!」というケースが多いのです。
導入の際はカスタマーサクセスがついて、企業の担当者とともに現場のオペレーションを型化していきます。3ヶ月間のオンボーディング期間があって慣れていってもらう。その間に8回くらいミーティングをして、すり合わせていきます。慣れてくると現場の方が自分で動き始めます。1回データを入れて慣れ始めると戻れなくなるそうです。
実際に、導入企業で働く高齢のスタッフも毎日使っていたりします。自分も作業している人を見たのですが、70代のスタッフがタブレットをこちらが驚くような凄いスピードで打っている。外国人も言葉が分からないちょっとしたことを電子でアシストできると、やる方も管理する方も楽になります。例えば、お客様では航空業界とか今回のコロナが直撃した業種も多かったです。ただ、今のところは、ほぼ解約が出ていないです。
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- 高齢者・外国人は慣れると速い
- 使う人をアシストできる
- デジタルに慣れると戻りたくなくなる
現場の痛みを見て育ったからこそわかったこと
大久保:どういう経緯で事業を始めたんでしょう?割と地味な業種ですよね。
諸岡:親が航空関係の業務請負の会社をやっていたんです。それで現場の痛み・ペインというのを実感していました。こういうブルーカラーの業種だと、顧客からそこまでお金がもらえるわけではない。頑張っても賃金はそこまで上げられないし、外国人、高齢者も多い。日本語がそこまで上手ではないとか、高齢で目が悪いとかでミスも起こったりする。
日本の場合は、品質はきちんと一定に揃えないといけない。少しでもバラつきがあると依頼主であるお客様からお叱りを受けます。でも、どうしようもない、という現実もある。だから、それを解決するもの作りたかったんです。
ある時、スタートアップの起業家の集まりに行きました。当時はカミナシの事業をつくる前だったので、何もない状態で行ってしまったんです。他の人のプレゼンは何かかっこいいんですよね。最先端のビジネスをやっていた。自分にも発表の順番がまわってきましたが、事業が何もなくて話すことがないので、「皆さんのような話はできないですが、現場ではこういうことが起こっています」という話をしました。
日本のブルーカラーの現場がいかに困っているかということを話しました。他の方は驚いて聞いていました。その場にいる人たちはほとんどがホワイトカラー、金融、コンサル、IT業界にいる人たちです。そういう人たちは実は表の日本しか見えていない。でも、実際は、工場やホテル、宿泊、業務請負、交通とか、現場の作業で裏側から日本を動かしている面があります。そういう「現実の日本」のユーザーペイン・現場の痛みには、もともとホワイトカラーにいる人たちには関わりが少ないし、参入もしない。だから現場の課題は何年経ってもそのままだったりします。しかし、自分が取り組むビジネスとしては逆に良いと思います。
大久保:レッドオーシャン(赤い海・激戦市場)、ブルーオーシャン(青い海・誰もいない未開拓市場)ならぬ、見えない市場、ブラックオーシャン(黒い海。深海)ですかね。
諸岡:現場は大きなお金が動くし、変化も大きく起こせる。地味でリアルな市場ほど大きなチャンスがありますね。
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- 流行りやかっこよさより、顧客のペインの解決に目を向けよう
- 地味なブラックオーシャン市場はチャンス
「ノンデスクワーカーの働き方を変えたい」というビジョンに人が集まった
大久保:その後、どうやって組織は成長していったんですか?
諸岡:人のつながりで割と増えました。「ノンデスクワーカー(ブルーワーカー)の働き方を変えたい」という思いですね。例えば広報PRの宮地さんですが、元々、別のベンチャーで働いていて、ビジョンに共感して「この会社で働きたい」と応募してきたんです。押しかけ社員ですね(笑)。他にも、SaaSが大好きで、SaaSの中でもカミナシに可能性を感じて転職してきた人とか、そういう人が会社を支えてくれています。
現場のデジタル化は一見すると、「なんでいまだにそんなアナログな仕事があるの?」「そんなの既存の社内システムでできるよね」という反応だったりします。でも実際の現場では、使う人に寄り添ったシンプルで使いやすいものでないと浸透しません。結局使うのは人なので。
ホワイトカラー向けのサービスやERPなどは、PCでの操作が基本となっているため、実際の現場では使いづらく、スピードが要求される現場では使えないわけです。現場の人たちはPCではなスマホ・タブレットのほうが親和性が高く、操作も得意だったりするので、スマホ・タブレットを中心としたサービスにする必要があります。現場に寄り添って使いやすいものを作ることで、初めて能力が発揮されるようになります。
今の日本の現場では、人手不足などで大変苦労しているところが多い。チェーン店や複数拠点を持つ大企業などは、会社の仕組みの複雑さや店鋪・拠点数の多さもあって、現場の苦しみが乗数で増えていたりする。
現場を知る自分たちだからこそ、正面から現場の課題に取り組み、そういう現状を変えていければ良いと思います。
大久保:ありがとうございました。
社名をそのまま商品名とした現場管理アプリ「カミナシ」は、実際に現場の不自由さなどを見てきたからこそ、できたものなのですね。効率的な作業が成果につながり、働くことが楽しくなる、そんな現場がどんどん増えて行ってほしいと思います。
(取材協力:
株式会社カミナシ代表取締役CEO 諸岡 裕人)
(編集: 創業手帳編集部)