最低賃金引上げが中小企業に与える影響について

創業手帳

企業の40.3%が最低賃金の引上げを実施。賃金引上げには助成金の活用も。

最低賃金とは、使用者が労働者に支払わなければならない賃金の最低額のことです。最低賃金の引上げは、労働者にとってはうれしいことですが、経営者にとってはプレッシャーになるかもしれません。毎年連続して引上げられれば、なおのことです。

では、実際のところ、最低賃金の引上げは中小企業の経営にどのような影響を与えているのでしょうか。

日本商工会議所と東京商工会議所が2022年4月5日に公表した「最低賃金引上げの影響および中小企業の賃上げに関する調査」に基づいて考えてみましょう。

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調査の目的と調査対象について

まず、この調査の目的と対象を確認しましょう。

目的

1つ目の目的は、「最低賃金引上げによる経営への影響と具体的な対応を把握することにより、要望の策定に活かすとともに、国・地方の最低賃金審議会等に際し、中小企業の経営実態に即した主張をする」ことです。最低賃金の具体的な金額は、中央最低賃金審議会と都道府県最低賃金審議会で審議されます。この審議会に対して意見を述べる際にファクトを示せるよう、調査が行われたことになります。

2つ目の目的は、「政府が推進している賃上げの状況・対応について、中小企業の実態を把握することで、当所の意見・要望活動に活かす」ことです。「当所」というのは日本商工会議所と東京商工会議所のことです。最低賃金の引上げは、一回限りではなく数年間にわたり継続的に実施されてきました。この政策が中小企業に与える影響は小さくないはずですから、この調査によって現状をある程度浮き彫りにすることができると思われます。

対象者

この調査の対象となったのは、中小企業6,007社で、そのうち回答企業は3,222社(回答率:53.6%)でした。2022年2月7日から28日にかけて、全国47都道府県の437商工会議所が調査を実施しました。

最低賃金引上げの影響を受けた中小企業の割合は

では、2021年にはどのくらい最低賃金が上がったのでしょうか。

最低賃金は都道府県により異なりますが、この記事の中で最低賃金の金額について記載する場合、全国の最低賃金を都道府県ごとの労働者数で重み付けして平均した額である「全国加重平均」で表記することとします。

2021年10月の最低賃金は930円で、前年2020年の902円から28円の引上げとなりました。これは約3.1%の上昇になります。

その前の2019年から2020年の引上げは、コロナ感染症の影響を考慮して1円(901円→902円)にとどまっていました。過去に遡ると、2015年までの約20年間の最低賃金上昇率は3%未満でした。

しかし、デフレ脱却を目指す政府の政策の中で、2016年以降は4年連続で3%台の上昇が続いていました。2021年10月の最低賃金引上げは、この流れに戻った形になります。
 

全体的な影響は?


最低賃金が引上げられたことにより、それぞれの企業はどのような影響を受けるでしょうか。

従業員に最低賃金を下回る給与を支払っている企業は、強制的に賃金額を引上げなければならないため、直接的な影響を受けることになります。一方、会社の業績が良いなどの理由から最低賃金を上回る給与をすでに支払っている企業では、最低賃金の引上げは影響しません。

調査結果を見ると、2022年には「最低賃金を下回ったため、最低賃金額まで賃金を引上げた」という回答が22.0%、「最低賃金を下回ったため、最低賃金額を超えて賃金を引上げた」が18.3%となっており、合計40.3%の会社に直接的な影響があったことが分かります。

それ以外の会社は「最低賃金は上回っていたので、賃金の引上げは行っていない」や「最低賃金は上回っていたが、賃金を引上げた」等の回答をしています。

つまり、回答した会社の4割には最低賃金と同額もしくはそれに近い賃金で雇用されている従業員がいたため、最低賃金の引上げの影響を受けたということになります。なお、2016年から2020年までの回答を見ても、全体の25.8%から41.8%の会社が直接的な影響を受けたと回答しているので、今後も最低賃金が3%台の上昇を続けるなら、同様の傾向が見られると想定されます。

意外なのは、1円しか上昇しなかった2021年に、合計18.9%の会社が「最低賃金を下回った」と回答していることです。人件費を抑えるため、中小企業が厳しい状況に置かれている様子が読み取れます。
 

業種別で見ると


次に、この調査を業種別で見てみましょう。

先ほどと同様「最低賃金を下回ったため、最低賃金額まで賃金を引上げた」と「最低賃金を下回ったため、最低賃金額を超えて賃金を引上げた」という回答が多かった業種としては、「介護・看護業」がそれぞれ41.9%と23.3%、「宿泊・飲食業」がそれぞれ27.0%と35.5%でした。

これらの業種は、ビジネスの中で労働力に依存する部分が高い「労働集約型産業」と呼ばれ、従業員が多く、売上高と比較して人件費が高い傾向にあります。

「介護・看護業」と「宿泊・飲食業」は人が対応しなければならない業種ですが、どちらも6割以上の会社が直接的な影響を受けたと回答していることになります。

また反対に、「情報通信・情報サービス業」で最低賃金引上げの影響を感じている会社は1割未満に過ぎません。業種による違いがはっきり表れています。

賃金引上げによる人件費の増加への対応は

最低賃金引上げは、従業員にとっては所得の増加につながりますが、会社にとっては人件費の増加につながります。では、会社は人件費の増加にどのような対応策を講じているのでしょうか。

調査によると、最も多かったのは「人件費が増大したが対応策がとれない(とれなかった)」という回答で、42.2%でした。従業員の所得は増加しているものの、会社の経営が圧迫されるままになっており、抜本的な対応策が求められる会社が多いようです。

次いで、「設備投資の抑制等、人件費以外のコストの削減」が20.4%でした。無駄なコストの削減であれば業務効率化につながりますが、設備投資など会社が成長する力を奪ってしまうことになっている可能性があります。

続いて、「正社員の残業時間の削減」が19.2%、「非正規社員の残業時間・シフトの削減」が14.8%となっています。労務管理の面からは残業時間の削減は望ましいことなのですが、結果的に従業員の所得は増加していないことに注意が必要です。

最後に、「製品・サービス価格の値上げ」は12.1%です。

これは、賃上げ原資の確保に向けた価格転嫁があまり進んでいないことを示唆しています。消費者の視点からは、価格転嫁は望ましいものには映りません。しかし、最低賃金引上げを通じて長期的に従業員の所得を増加させるためには、製品やサービスの価格を値上げし、労働に対し正当な対価を受け取ることが必要になります。

最低賃金額の負担感と6年間の引上げに伴う経営への影響は

2016年の政府方針では「年率3%程度を目途として引上げ、全国加重平均が1,000円になることを目指す」とされました。前述の通り、コロナ感染症の影響を受けた2020年を除き、最低賃金の引上げ額は毎年3%台(25円~28円)で推移してきました。

現在の負担感について


では、会社はこの6年間の引上げをどのように受け止めているのでしょうか。

「大いに負担になっている」および「多少は負担になっている」と回答した会社の数は、全体でそれぞれ25.1%と40.3%でした。合計すると3分の2ほどの会社が負担に感じていることになります。

しかし、これを業種別にみると、「宿泊・飲食業」は46.4%と44.5%、「介護・看護業」は32.6%と48.8%、「小売業」は35.5%と45.9%、「運輸業」は37.6%と41.8%であり、大半の会社が最低賃金の引上げを負担に感じていることが明らかになっています。

これらの業種は、前述の通り「労働集約型産業」、つまりビジネスの中で人件費が占める割合が大きい業種です。同時に、コロナ感染症の拡大の影響を大きく受ける業種でもあるため、その負担感に拍車をかけていると言えるでしょう。

特に「宿泊・飲食業」は9割以上の会社が負担を感じており、業界全体が直面する厳しさが垣間見えます。

2016年からの6年間の引き上げに伴う経営への影響


この6年間で最低賃金は132円引上げられました。このことが経営に影響したかを尋ねる質問に対しては、「大いに影響があった」が19.6%、「多少は影響があった」が41.4%となっています。

 

今後の最低賃金の改定に対する考え


ここまでで、最低賃金の引上げが人件費を増大させ、会社の経営に負担をかけている現状が理解できました。

では、会社は最低賃金をこれ以上引上げないでほしいと考えているのでしょうか。これについて調査したところ、意外な結果が出ています。

その年に実施される予定の最低賃金額の改定について、「引下げるべき」もしくは「引上げはせずに、現状の金額を維持すべき」と回答した企業の割合が調査されました。

これによれば、2021年は「引下げるべき」が5.4%、「引上げはせずに、現状の金額を維持すべき」が51.2%だったのに対し、2022年はそれぞれ3.3%と36.6%に減少しているのです。つまり、最低賃金を引上げても良い、またはやむを得ないと考えるようになった会社が増えたことになります。

実際、2022年に「引上げるべき」と回答した企業の割合は41.7%となり、「引下げるべき」と「引上げはせずに、現状の金額を維持すべき」の合計39.9%を上回っています。

引上げるべきとした会社には、引上げ幅についてもやや細かく質問されています。「1%(9円程度)以内の引上げとすべき」、「1%(9円程度)超~3%(28円程度)以内の引上げとすべき」、「3%(28円程度)超の引上げとすべき」の3つから選択した場合、2021年の調査ではそれぞれ11.9%、11.4%、4.8%でしたが、2022年は13.6%、20.9%、7.2%となりました。

この回答から分かるのは、政府が目指す3%台の引上げは確かに負担ではあるものの、引上げ自体は必要であると認識している会社が多いということです。

最低賃金の引上げ額が30円、40円となった場合の経営への影響と対応策


もし、デフレ脱却のために経済を加速させることを目的として、さらに大幅な最低賃金引上げが実施された場合はどうなるでしょうか。

今年の最低賃金の引上げ額が30円(上昇率3.2%)および40円(上昇率4.3%)となった場合に、「経営に影響あり」と回答した企業はそれぞれ65.7%と69.6%でした。

では、どのような対応策が考えられているのでしょうか。

「設備投資の抑制等、人件費以外のコストの削減」が最も多く45.9%と51.0%、「正社員の残業時間の削減」が37.7%と38.0%、「製品・サービス価格の値上げ」が33.8%と41.1%でした。

長時間労働を是正しながら業務を効率化する企業努力で全てを吸収することは難しいでしょう。顧客の理解を得るよう努めながら、適正な対価を受け取るため価格転嫁を進めていくことが必要になります。

最低賃金引上げで申請できる助成金

賃金の引き上げは、会社にとって少なからぬ負担となります。会社は、どのような支援策を希望しているでしょうか。

調査によれば、「景気対策を通じた企業業績の向上」(57.1%)、「税負担等の軽減」(56.3%)、「助成金の拡充・使い勝手の向上」(45.5%)、「取引価格の適正化・円滑な価格転嫁」(45.2%)という回答の割合が高くなっています。

この中でも助成金については、上手に活用するなら助けになります。最低賃金引上げの時に活用できる可能性のある助成金の概要を説明します。

業務改善助成金(通常コース・特例コース)

業務改善助成金は、中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内で最も低い賃金の引上げを図るための制度です。 生産性向上のための設備投資等に合わせて事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資等にかかった費用の一部に助成を受けることができます。引上げ額と引上げる人数により、助成上限額が決まります。

業務改善助成金には、新型コロナウイルス感染症の影響により売上高等が30%以上減少している中小企業事業者を対象とした特例コースが設けられています。

通常コースでは対象とならない広告宣伝費、汎用事務機器、事務室の拡大、机・椅子の増設なども対象になります。

厚生労働省のホームページには業務改善助成金を活用した事例集がありますので、これを参考にすることはできますが、各都道府県労働局の担当者と綿密に打ち合わせて助成金の対象になることを確認しながら慎重に計画を立てることをお勧めします。

業務改善助成金特例コースについてはこちらもあわせてお読みください
業務改善助成金特例コースが新たに設置!気になる助成額や対象事業者などを紹介

キャリアアップ助成金(賃金規定等改定コース)

すべてまたは雇用形態別や職種別など一部の有期雇用労働者等の基本給の賃金規定等を2%以上増額改定し、昇給させた場合に助成を受けることができます。就業規則に新しく賃金規定を定めなければなりません。助成額は、賃金上昇率と人数によって異なります。

2022年4月に変更したキャリアアップ助成金について知りたいかたは、こちらもお読みください。
【専門家監修】キャリアアップ助成金 2022年4月における変更点とは

他にも、人材採用や雇用維持のために使える助成金については下記記事もあわせておよみください。

人材採用や雇用維持に使える補助金、助成金について

まとめ

最低賃金の引上げは、デフレ脱却を目指す政府の主導により、今後も進められていくでしょう。しかし、それが企業の経営を圧迫し、会社の成長する力を奪ってしまうなら、労働者個人にも社会全体にも悪影響を及ぼしてしまいます。

長期的にビジネスを運営していくためには、質の高い仕事を提供し、正当な対価を受け取ることが必要です。そのため、顧客の理解を得た上で、製品やサービスの価格を上げることも計画的に行っていかなければならないでしょう。

全体をバランスよく進めていくためには時間がかかりますが、そのための資金として助成金の活用を検討してみてください。

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