元google社長 村上憲郎|人類社会に対する会社の存在理由を考えよう

創業手帳
※このインタビュー内容は2023年07月に行われた取材時点のものです。

いつか来るポスト資本主義社会を見据えたビジネスを


Google日本法人の元社長であり、名誉会長まで務めた村上さん。英語学習法について、またビジネスについての著作を何冊も出版されています。しかし最初から海外志向だったわけではなく、キャリアのスタートは意外にも日本のメーカーのエンジニアでした。

IT業界内では「ツキの村上」として有名という村上さんのキャリアについて、またライフワークであるという人工知能やこれからの未来について、創業手帳代表の大久保が伺いました。

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村上憲郎(むらかみ のりお)
元Google 米国本社 副社長兼 Google Japan 代表取締役社長
大分県佐伯市出身。大分県立佐伯鶴城高等学校、京都大学工学部資源工学科卒業。日立電子、DECを経て、Northern Telecom Japan代表取締役。2001年、ドーセントの日本法人を立ち上げる。2003年4月1日よりGoogle米国本社副社長兼Google日本法人代表取締役に就任。2008年12月31日に退任し、2009年1月1日より同社名誉会長。現在は同社の経営からは退き、村上憲郎事務所代表を務めている。2014年4月、東京工業大学学長アドバイザリーボード委員、大阪工業大学情報科学部客員教授に就任。2014年12月19日エナリスの代表取締役に就任。2017年2月22日エナリスの代表取締役会長を退任。2017年10月、再生医療関連事業を展開するセルソースの取締役に就任。2018年4月、大阪市立大学大学院 都市経営研究科 都市経営専攻(修士課程)教授に就任。著作として以下がある。『知識ベースシステム入門 やさしい人工知能』 『村上式シンプル英語勉強法—使える英語を、本気で身につける』『村上式シンプル仕事術―厳しい時代を生き抜く14の原理原則』『一生食べられる働き方』『スーパー高校生”Tehu”と考える 想像力のつくり方』『クオンタム思考』『量子コンピュータを理解するための量子力学「超』入門』

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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全部が見える小さな会社だったからこそ深く学べた

大久保:元Google Japanの代表取締役社長だった村上さんですが、キャリアのスタートは安定した日本の大企業からと聞いています。どのようにキャリアチェンジをされていったのでしょうか。

村上:大学卒業後、ミニコンピュータと呼ばれる小さなマシンを作っている日立電子という会社に入り、システムエンジニアをしていました。

あのとき日立のメインフレームの事業に行っていたら、コンピュータのことがよくわからなかったんじゃないかと思いますし、小さなマシンですべてが見えるということが今振り返るとよかったと思います。

1970年代の日本のコンピュータ産業は、当時この分野では10歩先をいっていたアメリカを追いかけている状況でした。日立電子としては当時のコンピュータメーカーの世界的企業だったデジタル・イクイップメント・コーポレーション(DEC)のミニコンをコピーしていました。

あるとき、DECが16ビットから32ビットへと大きく飛躍したミニコンを発表し、それをコピーすることが難しそうだったため、日立電子はミニコンから撤退することを決めたんです。

7年ほどいる間に、わたしはミニコンのソフトとハードを隅から隅まで学び、非常に愛着を持っていたので、「日立グループがミニコンを手がけないのならば本家に行くしかない」と考え、新聞広告で日本DECの求人を見かけて応募しました。

それが初めての転社ですね。当時から人工知能をライフワークと考えていたんですが、日本DECに入ってみたら、アメリカ国防総省のインターネットと人工知能の開発をしているDARPA(国防高等研究計画局)というところのマシンがたまたまDECのマシンだったんです。「ツキの村上」とささやかれ始めたのはこの頃からですね(笑)。

この頃、当時の通商産業省(今の経済産業省)が手がけた、人工知能マシンを開発する「第5世代コンピュータプロジェクト」の担当をやりたい人?と聞かれて「やります!」と手を上げました。興味がある分野でしたからね。

DECのマシンをたくさん買っていただき、アメリカ本社の覚えもよくて「本社の人工知能技術センターに来ないか?」と声をかけてもらって5年間アメリカに駐在し、帰って日本DECのマーケティング本部長に就任しました。

大久保:日本の企業から外資というと、迷う人もいると思いますが、村上さんの場合は「好き」が原動力になっているのですね。そこからGoogle社まではまだキャリアチェンジがあったのですか。

村上:そうですね。間に4社ぐらいでしょうか。

アメリカから帰ってきた頃、全世界的にリストラの波があり、リストラを担当した後にヘッドハンティングを受けてノーザンテレコムというカナダの通信機器の会社の日本法人の代表取締役になりました。会社全体に責任を持つということを経験したことがなかったので挑戦してみたいと感じました。

自分の中のルールとして、転社するときは自分の興味があるもの、かつ自分のスキルセットの中で欠けているものはないかということを考えます。経験していないポジションや分野を選ぶようにしています。まったく違う分野というのは難しいですが。

この時は、インターネットはもうDECにいたおかげである程度の経験があったので、これからはネットワーク通信の時代だなと思い、通信機器の会社を選びました。
 
大久保:リストラを担当されるのは大変でしたか。

村上:日本の最高裁の判決で、正社員の解雇というのは解雇規制でできないんです。社員への恩返しとしていわゆる退職準備金を付与し、遵法の形をとって身を引いていただくという方法でリストラを進めていました。

アメリカ本社は「退職金規定にひと月ぐらいプラスすればいいですよね」という意識でしたが、日本だと無理にリストラを進めると係争関係になりますよ、ということを弁護士さんの意見書をつけてお返事しました。本社には「ノリは日本の労働組合の委員長みたいなこと言ってくるな」と苦笑いしながら言われましたけどね。

自分の「好き」や「興味」を追うことの大切さ

大久保:その後、拡大していく時期のGoogleにいらしたわけですよね。

村上:大きくなると思ったからではなく、ヘッドハンターが「人工知能をコア・コンピタンス(他社に真似できない核となる能力)に据えている会社ですよ」と紹介してくれたので入社を決めました。当時53歳でこれが最後の勤めかなと思い、最後は人工知能を基礎とする会社で働くのもいいなと思いました。10人程度で会社をスタートしたのは、セルリアンタワーの貸しオフィスです。

大久保:Googleはさまざまなサービスや技術を開発していますよね。

村上:基本的にGoogleは自分のところでも開発をしていますので、その分野の目利きがいて、スタートアップのA社が自分よりも優れているということになったら飲み込むことが得意です。

単に規模を拡大していくためになんでも飲み込めばいいということではなく、まったく自分のところに目利きがいなくては買えないので、自分のところで開発しているからこそ判断ができるということです。

大久保:米国本社の副社長も務めていらっしゃいました。英語を身につけるのは大変だったのではないですか。

村上:大変でしたよ、もう(笑)。英語習得については本も出版しています。ボストンに5年間、長女が中学1年生、長男が幼稚園のときに家族ともども行きまして、子どもたちはバイリンガルなんですよね。子どもたちには「パパの英語が通じるのが不思議だ」と言われました(笑)。

「NORIO TIME」として有名だったんですが、ミーティングなどであまりにも周囲の会話が加熱してスピードが早くなってくると「タイム!」と言って止めさせてもらっていました。

大久保:臆せずわからないことはわからないというのが大事なんですね。

村上:そうですね。ノンネイティブであるということを上手に使っていたかなと思います。

大久保:アメリカと日本で仕事の進め方に違いはありますか。

村上:わたしはそこまで日米の違いはないと思っていて、同じ人間ですから共通部分のほうが多いと感じています。

最近は日本のビジネスにもコーポレートガバナンスやコンプライアンスのような国際標準が浸透してきていて、そういった国際的なスタンダードに基づいて誠実で一所懸命に仕事をしていればどこでも問題なく働けるのではないでしょうか。

大久保:Googleのオフィスはセルリアンタワーから一度六本木に移動し、今はまた渋谷にオフィスがあるのですよね。

村上:はい。最初はセルリアンタワーの4フロアほどを借りてオフィスにしていて、もう拡大できないということで六本木ヒルズにうつりました。

アメリカのオフィスには世界的なシェフがいるカフェテリアがあるのに、日本のオフィスはそれまでケータリングだったので、六本木ヒルズに入るときに煮炊きができるカフェテリアを作らせてもらったんですよ。

内密でお願いしますということでOKをいただいたんですが、しばらくしたら「Googleさんの社食がおいしいとヒルズ中で噂ですよ。食べさせてください」と言われてすぐにバレてしまいました(笑)。新しい渋谷のカフェテリアはもっとすばらしいですよ。

社員に出社してもらい、エンゲージメント(結びつきや信頼関係)をしっかりと担保するためには、福利厚生や働きやすさにお金も気もつかうということですよね。

人類は将来レイバーから解放される


大久保:村上さんは人工知能がライフワークとおっしゃっていましたが、他にも興味があるトピックはあるのでしょうか。

村上:量子コンピュータと核融合炉ですね。

核融合が実現するのは2050年といわれていましたが、実際はそれよりずっと早いのではないかと思っています。

実は日立電子にいたときに、福島第二原発や浜岡原発の振動試験を担当していました。福島第一原発の事故に関して直接的な責任はないにせよ、間接的な責任を感じています。

核分裂炉というのは人間がコントロールするのが難しく、最終的には暴走を防げませんが、核融合炉は放置すれば止まるため、暴走の危険がありません。また、ウランやプルトニウムなどの希少な放射性物質を使わずに、水素やヘリウムといった地球上に広く存在する物質を利用することができるため、資源が枯渇することがなく人類にとってはメリットが大きいんです。核分裂炉はもうやめるべきだと思いますね。

大久保:核融合が実現すれば、世の中がどんどんよくなっていきそうですね。

村上:私の専門外ではありますが、エネルギーがだんだん低コストになり、無料に近くなっていくと、最終的に物も無料に近づいていくことになります。

もちろんこれから100年、200年かかる話になりますが、資本主義社会は将来終わりを告げるのではないかと思いますね。我々のひ孫やより後の子孫が「大昔に資本主義社会というむごたらしい社会があったらしいよ」と語ることになるかもしれません。

大久保:そういう社会の中では、人間は労働しなくてもよくなるのでしょうか?

村上:哲学者のハンナ・アーレントがこう言っています。働くということには3種類あって、1つが食うためにやらねばならない仕事である「レイバー」、医者や教師など人の役に立つ仕事の「ワーク」、最後が他者のために人間として何をしたらいいのか、その実現のために社会に働きかける活動である「アクション」です。

ChatGPTが人類からさまざまな職業を奪うと言われていますが、逆に人類がいよいよ「レイバー」から解放され、「ワークス」や「アクション」にたずさわることができるということです。

若い経営者の方にお伝えしたいのは、この社会がどういう方向に向かっていて、どういう未来を眺めながら動いているかを見据えながら会社経営に携わっていただきたいということです。そういう心構えであれば、経営者たるものどういうふうに会社の舵を取るか、社員の方々にどう接するべきかという軸がしっかりできてくると思います。

Googleは最初からミッションステートメントといって「このミッションを実現するために社員の皆さんにご苦労をおかけしているんですよ」ということを公にしていますが、やっと最近日本の会社の一部にも広まってきましたよね。バリューやミッション、パーパスなど言い方はさまざまですが。

視野を広く持ち「人類社会に対して、この会社の存在理由はなんなのか」ということを見据えてビジネスをしていけるといいですよね。

人類社会はレイバーから解放されるという社会を目指して、新しい技術の登場やさまざまな技術の発展が進むといいなと思っています。

大久保:視野が広くて面白いビジネスを追求すると、ツキもついてきそうですね。

村上:昔から「枝葉だけではなく森を見なさい、森が見えないなら木を見なさい」といわれますが、要は俯瞰して見なさいということです。空間的にも時間的にも広く遠くを見るという視点が必要だと思っています。

大久保:起業家に向けてのメッセージをお願いします。

村上:では大切にしているこの言葉を贈らせてもらいます。「我らいつも新鮮な旅人 遠くまで行くんだ」今76歳ですけど、気持ちは今でも新鮮ですよ。

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(取材協力: 元Google 米国本社 副社長兼 Google Japan 代表取締役社長 村上憲郎
(編集: 創業手帳編集部)



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