FRDジャパン 辻 洋一|美味しくて安全なサーモンを陸で育てる時代に。地球に優しい養殖技術を開発

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年09月に行われた取材時点のものです。

年間生産量3,500トンの「おかそだちサーモン」供給を目指すまでの道のり


株式会社FRDジャパンは、世界中で高い需要を誇るサーモンの「閉鎖循環型陸上養殖」に取り組む企業です。

陸上養殖は、海に依存せず環境に負担をかけない方法で安全な魚を育てることができる技術です。一方新しい事業であるため、商業化が見えるまで苦労も多かったといいます。

今回はFRDジャパンの創業者で代表取締役COOの辻さんに、創業の経緯や陸上養殖を始めた背景、今後の展望などをお伺いしました。

辻 洋一(つじ よういち)
株式会社 FRDジャパン 創業者 代表取締役COO
水処理大手のアクアスを経て、29歳で大洋水研を創業。2005年より脱窒システムの開発に着手し、2013年にFRDジャパンを創業。 東京理科大学理工学部卒。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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日雇いの仕事が大洋水研の起業に繋がった

大久保:昔から起業しようとお考えでしたか?

:父が会社を経営していましたが、起業しようと考えていたわけではありません。ですから大学を卒業した後は、300人ぐらいの水処理の中堅会社へ就職しました。

ただ、その会社は1年半で辞めました。仕事自体にはいろいろ学ぶこともありましたが、とにかく何をやっても怒られない、いつも褒められているような環境が肌に合わなかったんです。

大久保:会社を辞めて転職されたのですか?

:次の就職先を決めていなかったので、一旦父親が経営する会社に行きました。そこで働いているうちに「後を継ごうかな」という気持ちも出てきたのですが、会社の業績が傾いたときにメインの取引先と合併してしまったんです。

私が社長をする道は絶たれたので、父親の会社も2年半で辞めました。結局会社勤めを経験したのは、合計4年半くらいでした。

大久保:その後は会社にお勤めされなかったのですね。

:そうですね。新卒で就職したアクアスという会社で仲が良かった人が、設備のメンテナンス部門にいたので、その人から日銭稼ぎの仕事をもらっていました。

実は、その仕事の稼ぎがとても良くて、仲間を連れて行けば1日10万円を超えることもありましたね。

大久保:1日で10万円はかなり高額ですね。

:今では考えられないような業態ですよね。「これは稼げる」と思いまして、アクアスのメンテナンスの仕事を手伝う会社として起業したのが大洋水研でした。

大久保:大洋水研を起業されてからは順調でしたか?

:順調でした。忙しすぎて、常にアルバイトにも声をかけて現場へ行く日々が続きました。

それどころか、仕事が増えすぎて手が回らなくなってきたので、日銭稼ぎを一緒にしていた大学の後輩に「うちの会社に来ない?」と声をかけて、2人、3人と社員も増やしていきました。

料理屋の生簀から着想!水替えの手間を省く装置がニュービジネス大賞優秀賞に


大久保:大洋水研は右肩上がりに成長したのですね。それからFRDジャパンを創業されるまでの経緯もお伺いできますか?

:大洋水研を創業して10年が過ぎた頃から、アクアスからもらえるメンテナンスの仕事が減り始めました。アクアスとしては大洋水研にメンテナンスの仕事をさせるより、薬の売り上げを伸ばしてほしいという判断だったようです。

そうなって初めて「アクアスに依存している状態ではまずい」「他に主軸となる仕事を自分で作らないといけない」と気づきました。そこで突然「魚を飼うための水処理を仕事にしよう」と思い立ったんですよね。

大久保:どうしてそのような発想が出たのでしょうか?

:私は釣りが好きだったので、静岡の下田へよく出かけていました。そこに、生け簀を持っていて直前まで泳いでいた魚をさばいて出してくれる料理屋さんがあるんです。

その水槽の水替えや清掃が大変だと店主さんがお話されているのを聞いて、「私は水処理の仕事をしていますから、水を綺麗にできる装置を考えてみますね」と伝えたことが始まりでした。

大久保:実際に水を綺麗にする装置を作ったと。

:そうなんです。今まであった循環装置では除去できなかった硝酸を、バクテリアの力で除去する「脱窒装置」を開発しました。

それだけで終わるのはもったいないと思い、この装置をネタにさいたま市の「ニュービジネス大賞」に応募してみたら、優秀賞をもらえました。

その優秀賞の特典に「自分が取引したい企業300社に無料でダイレクトメールを出せる」というものがあったんですね。そこで、「水槽の水処理は水族館に需要があるのでは」と考え、全国の300の水族館にダイレクトメールを出してみたんです。

大久保:ダイレクトメールはどこかの水族館にヒットしましたか?

:1件、和歌山の水族館から問い合わせが入りました。なんでも毎年夏のイベントとして、デパートの屋上などで「移動水族館」をしているけれど、バックヤードでの人工海水の入れ替えなどが大変だと。

「私が作った装置を使えば水換えは不要になります」と館長さんにお話をして、その水族館との年に1、2回の取引が始まりました。

大久保:その後、他の水族館にも同じ装置を展開されたのでしょうか?

:和歌山の水族館館長の紹介で、品川水族館を紹介してもらいました。その品川水族館の館長もすごい方で、メインの500トンのトンネル型水槽に脱窒装置をすぐに導入したいと言ってくださって。

そのときに取り付けた装置は今も稼働しているのですが、それがきっかけとなり「閉鎖循環の水処理」に足を踏み入れましたね。

水族館から陸上養殖へ方向転換


大久保:閉鎖されたところで水を替えず魚を育てる「閉鎖循環式陸上養殖技術」が誕生したわけですね。それから、自分たちで魚を養殖する方向に事業を展開された背景も教えてください。

:品川水族館に脱窒装置を導入いただいた後は、もちろん他の水族館にも展開しようとしました。ところが、上手くいかなかったんです。

水族館協会へ品川水族館での実績も紹介させてもらいましたが、ほとんど相手にしてもらえませんでした。それから葛西水族館と名古屋港水族館では少しだけ仕事をさせていただきましたが、水平展開をするには至りませんでしたね。

大久保:水族館は事業展開が難しい業界だったのですね。

:はい。そこで目をつけたのが、当時第一次ブームが訪れていた、海に依存せず陸で養殖をする「陸上養殖」です。

東京海洋大学の前の学長が定期的に開催していた生体工学シンポジウムでは、「陸上養殖分科会」を作ってミーティングをしていました。私もそこに参加して陸上養殖に関わる水処理の仕事を探してみたんです。

ところが、ミーティングに参加してみて「陸上養殖をビジネスにしている会社はまだないんだ」と気づきまして。小規模なものはありましたが、ビジネスとして設備を提供できる規模のものはありませんでした。

「それなら自分で養殖をやってみよう」と決意して、共同創業者の小泉と一緒に陸上養殖を始めましたね。

大久保:陸上養殖をしている会社に設備を売ることができないなら、陸上養殖から自分でしようと考えられたのですね。

:「脱窒」というシステムは閉鎖循環の陸上養殖にかなり有利な設備だとわかっていたので、脱窒システムを組み込んだ陸上養殖の設備を作って養殖をしてみようと。

大久保:とはいえ、陸上養殖を一から始めるにはかなりの資金が必要ですよね。

:ですからNEDOの助成事業に「アワビの陸上養殖をする」という応募をしてみたところ通りまして。1億円ぐらいの補助金をいただいたので、それから5年間大洋水研の建物の中でアワビの陸上養殖の研究開発をしました。

ただ、そこで気付いたことは小規模では採算が取れないということで、「ビジネスとして成り立たせるにはどうしたらいいのか」という壁に当たってしまったんです。

大久保:アワビは高級なイメージがありますが、難しいのでしょうか。

:私も「アワビは高級品だから、マーケットが小さくても何とかなるかな」と甘く見ていたんですよね。

ところが、日本で消費されるアワビのほとんどは、キロ3,000~4,000円くらいの安い単価で韓国から輸入しているものなんです。

私たちはキロ7,000円くらいで10〜20トン売って初めて利益が出ることがわかりました。そこで、会社の倉庫で小さい養殖場を作っていても採算が合わないと気づいたわけです。

大久保:自分たちだけで利益を出すのは難しいと。

:だから、大規模なアワビの養殖を展開できるようなパートナーを探すため、毎年夏に開催されている「ジャパンインターナショナルシーフードショー」への出展を開始しました。

出展をすると100人〜150人くらいに参加してもらえる無料セミナーを開催できるので、ビジネスパートナーを見つけられると考えたんです。

しかし、いろんな企業に興味は持ってもらえるものの、ことごとくビジネスには繋がらない期間が長く続きましたね。そしてようやく7年目の出展で出会ったのが、今の代表取締役CEOである十河です。

大久保:十河さんは当時三井物産の方だったんですよね。

:十河は当時三井物産の水産担当でサーモンの輸入販売を担当していました。彼としても新規事業の種を探していたところで、いろいろと話をして、我々の陸上養殖技術を使ってサーモンを養殖するというアイデアが生まれました。

これが、のちのち三井物産からの出資を実現させるきっかけになりましたね。

市場が小さいアワビの養殖から、需要が大きいサーモンの養殖へ


大久保:三井物産からの出資が実現するまでの経緯もお聞かせください。

:十河と出会ったころ、三井物産で新たな事業領域への参画を支援するイノベーション推進制度というものが立ち上がっており、その制度を利用する形で案件化した経緯があります。

大久保:なぜサーモンを選んだのでしょうか?

:アワビを養殖したことで、貝やイカ、タコなどの無脊椎動物は水質に敏感で育てるのが難しいと知っていました。だから魚にしようと。市場を鑑みて需要の高いサーモンを選びました。

大久保:サーモンの養殖はどのようにスタートしたのでしょうか?

:木更津に実証プラントを建設させることからスタートしましたね。まずは実証実験プラントとして最低限の規模感として年間30トン/年の生産能力を持つ形でスタートしました。現在実証プラントが稼働して6年が経過したところです。

今では安定して30トン作れるようになりましたので、2023年に商業プラントに関する資金調達を実行することができました。

大久保:年間生産量30トンに安定するまで、順調でしたか?

:いいえ、約30世代もの養殖を続けてやっとここまで来ました。当初は目標の収穫サイズである2.5-3.0kgに到達する前に、成長が鈍化してしまうという壁にぶつかってしまったんです。

その原因がどうしてもわからなくて、約2年間苦しみました。とにかく魚が育たないため出荷もできませんから「このままではサーモンの陸上養殖はできないかもしれない」と、追い詰められましたね。

大久保:成長の壁の原因はわかったのでしょうか?

課題を1つ1つ潰していったことで、原因もクリアになりました。残る懸念材料は、商業プラントへのスケールアップリスクだけです。

2027年から年間3,500トンのサーモンを供給していく予定なので、現在木更津プラントでできていることが100倍の規模にスケールアップしても問題ないか。それが大きなポイントになると思っています。

大久保:SDGsの観点からも、魚の養殖は効率が良いのでしょうか?

:効率はとてもいいですね。

例えば、餌を1キロ食べると体重が何キロになるかがわかる「飼料効率」(編集部注:摂取した飼料の一定量について体重がどれだけ増加したかを示した値)で見ると、鳥でさえ2.0前後で、豚や牛はそれ以上かかります。要するに、家畜は餌を2.0キロ食べてやっと1キロ太るような世界なんです。

ところがサーモンは、この飼料効率が1.0-1.5と非常に低い値であるのが特徴です。とにかく飼料効率が非常に高い点が魅力ですね。

大久保:閉鎖循環陸上養殖システムは、魚の病気も出にくいのでしょうか?薬もあまり必要ないイメージがあります。

:私たちの養殖は、抗生物質等の投薬を行っていません。安心安全なサーモンと言えますね。

魚の病気の原因は、外からくる細菌やウイルスがほとんどです。だから、陸上養殖であっても、海の水を汲んできて掛け流すようなものでは、病気のリスクは減らせませんよね。

一方私たちは、蒸発やロスなどで減った量だけ水道の水を供給して、あとは循環で浄化しますので、外的要因の影響は受けづらいんです。

今まで30数世代を養殖してきた中で、魚が疫病にかかって全滅したりするようなことは一度もありません。そこは誇れるところかもしれませんね。

大久保:エネルギーとしては、やはり漁より養殖の方が負担は大きいですよね。

:エネルギーの面では、陸上養殖の方が不利な部分もあります。水を循環させるためのポンプにかかる電気代は、それなりに大きなものになります。

ただ、今のサーモンの主力はチリかノルウェーです。ノルウェーからは空輸で生のサーモンを、チリからは冷凍のサーモンを船で何日もかけて持ってきています。

ですので、ロジコストの面では私たちがかなり有利ですね。

大久保:アニサキスなどの寄生虫のリスクはいかがでしょうか?

:もちろん陸上養殖では寄生虫のリスクはほとんどないと言えます。安心して美味しいサーモンを楽しんでいただけますよ。

「ウマが合う人」の一本釣りが、人の縁を仕事に繋げるポイント


大久保:御社は三井物産と組まれましたよね。ネットワークや資金力など大企業と組むメリットはもちろん多いと思いますが、一方でやりにくさもある気がします。

:良い面も悪い面もありますよね。

おっしゃる通り、組織力や資金力はものすごいメリットです。ただ、お金を出してもらうからには、意見を聞く義務、説明を尽くす義務があります。

いかにきちっと説明を尽くして信頼関係を構築できるかが大切です。また、相手に迎合ばかりしててもいけません。言うべきことはちゃんと言う、そういった関係性を築いていくのが大切だと思います。

大久保:ここまでお話をお伺いして、辻さんはさまざまな人との縁を仕事に繋げていると感じました。その秘訣を教えていただけますか?

:実は、私は広く浅くたくさんの人と交流するのが苦手なタイプです。

ですから、どちらかというと一本釣りをして「この人だ」と思った人は捕まえて離しません。だからこそ、捕まえた人を軸にして縁が繋がって、その先の人からもまた繋がって、ということが多いのではないかと思います。

とにかくウマが合う人とでないと何をやってもうまくいかないと考えていますから。この人だと感じた人と徹底的に付き合うのが秘訣かもしれません。

陸上養殖を産業カテゴリーの1つにしたい


大久保:今後の展望をお聞かせください。

今のプラントを成功させ、国内に今の規模以上のプラントを複数作り、国内のサーモン需要に応える、ある程度のシェアを占めるのが目標です。

ただし、サーモンの需要は海外でも大きく成長していますから、アジア圏など海外にも進出したいと考えていますね。

そして、陸上養殖を一風変わった養殖の形態ではなく、「陸上養殖」という産業カテゴリーにしたいんです。もちろん、そのカテゴリーで私たちはトップランナーになることが至上命題だと思っています。

大久保:最後に起業したばかりの方へメッセージをお願いします。

:自分や自分を取り巻く状況を俯瞰できないと、事業の成功は難しいと思います。

だからまずは「物事を俯瞰できる力が自分にあるか」を知ることから始めるべきかもしれません。私自身、アワビの養殖は俯瞰できていなかったからうまくいかなかったのだと思いますので。

あとはバランスです。何か1つ秀でてるものがあっても、成功するとは言えないんですよね。会社経営は、自分の得意分野だけではこなせないこともあるからです。

だから、自分1人だけではバランスが保てないと思うなら、チームを組むのも選択肢に入れてはどうでしょうか。

いろんなことを俯瞰しながら、全体のバランスを保って経営を頑張っていってください。

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(取材協力: 株式会社 FRDジャパン 創業者 代表取締役COO 辻洋一
(編集: 創業手帳編集部)



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