PHP総合研究所 江口 克彦|伝説の経営者・松下幸之助の元側近が語る「究極の経営手法」
PHP総合研究所前社長 江口克彦氏インタビュー
(2015/05/29更新)
昭和の大経営者である松下幸之助は、その優れた経営手腕によって町工場だった松下電器を世界に名だたる大企業へと育て上げました。松下幸之助の経営哲学についてはさまざまなところで語られていますが、若い世代の起業家にとっては馴染みのないものになっているのではないでしょうか。そこで、時代を経ても変わらない普遍的なその経営哲学を伝えるべく、23年にわたって松下幸之助の側近として仕えたPHP総合研究所の前社長、江口克彦氏に話を伺いました。
株式会社PHP総合研究所前社長。参議院議員。慶應義塾大学法学部卒業後、松下電器産業株式会社に入社。1967年にPHP総合研究所に配属され、2004年に同研究所社長に就任。2009年に退任後は執筆・講演を中心に活動していたが、地域主権型道州制の政策を掲げて2010年の参議院議員選挙に出馬、当選。松下幸之助のもとで23年間側近として過ごしたことから、松下幸之助哲学の継承者、伝承者と評されており、松下幸之助経営に関する講演依頼や著書も多い。
アメリカ式経営が「失われた20年」を招いた
江口:松下幸之助さんは聞き覚えがあっても、盛田昭夫や井深大、土光敏夫、石田退三、永野重雄といった偉大な経営者のことを、今の若い人たちはあまり知らないでしょう。こうした優れた経営者は、今はほとんどいなくなってしまいました。
当時の昭和の経営者には、人を追いかけ、国を良くし、国民の生活を良くする、社員を大事にするという考え方や志がありました。
ところが、平成に入ってバブルが弾けてデフレ状態が続く中で、かつての日本式経営ではデフレ脱却はできない、企業経営はできないと、欧米式・アメリカ式の経営が導入されました。その代表的な手法がリストラクチャリングや成果主義、能力主義だったのです。
そのアメリカ式経営は、「企業の繁栄」もっと言うならば「経営者の繁栄」が最優先されました。社長は経営者としての任期中にいかに利益を上げるかを追求します。株主中心主義ですから、当然利益を上げなければ株主総会で追及されてしまう。
そのため、何が何でも利益を上げることが優先され、社員、すなわち「人」が犠牲になっていったのです。利益を上げるために一番簡単なのは、固定費と人件費の削減。つまり利益を確保するためには、首切りや給料カットが一番早かったのです。
平成の経営者たちは「日本式経営は時代に合わない」ということで、十分考えもせずにこのアメリカ式経営に飛び付きました。その結果、逆に大きな痛手を被ってしまったのです。
日本式経営とは何かを知り、どう活用していくかを考えれば、そういう安易な選択をしなかったはずです。そんな平成の経営者の安直な考え方によって日本企業は低迷し、経済も低迷し、20数年間のデフレ、失われた20年につながっていったのです。
日本式経営というのは、よく「年功序列」「終身雇用」「企業内労働組合」と言われていますが、それは違います。
戦前は年功序列も終身雇用もなく、企業内労働組合も存在しませんでした。戦後は人手が足りず労働者の売り手市場でしたから、会社側としては誰でもいいから採用し、他の会社に逃げられないよう労働者を囲い込むために考え出されたのが年功序列だったのです。
40歳になったら課長に、50歳になったら部長になると約束し、長く勤めてもらおうとしたのが年功序列です。終身雇用は定年の60歳まで面倒を見て、退職金も相当額を払うと約束するものです。
また、会社外の組織と結びついて何かやられてしまうと大変だと、企業内労働組合を組織して労使協調関係を築きました。この3つをアメリカの経営学者が日本式経営の「三種の神器」と名付けましたが、それは本質ではないのです。
真の日本式経営は「金よりも人を大事にする」
江口:ひと言で言えば「人間を追いかける経営」ということです。「人間を大事にするのが日本式経営」で、このやり方を貫き通せば企業は必ず大きくなります。明治以降、日本の企業がこれだけ世界的に大きくなったのは、「人間を追いかける経営」をやったからです。大きくならざるを得なかったわけです。
日本式経営をやるにあたっては、経営者は次の3つの要素を考えていなければいけません。
1つは「事業目標を達成する」ということ。目標を達成できなければ、何のための経営者かということになります。
2つ目は「人材育成」です。会社の発展に貢献できる質の高い人を育てていくこと。知識だけでは役に立ちません。経験に基づいた知恵、知識に基づいた知恵を出せるような人材に育てていくことが人材育成なんです。知恵を身に付けることができれば、学歴に関係なく登用したのです。
日本は学歴偏重と言われていますが、昔はそうでもなかったのです。とりわけ著名な昭和の経営者には、大学を出ている人はあまりいません。松下幸之助さんも本田宗一郎さんも、知識はないけれども知恵においては秀でていたのです。
3つ目は「事業の創造」です。事業を続けていると、必ず余剰人員が出てきます。例えば100人でソケットを造る事業を始めると、5年も経つと社員の知識と経験が豊富になり、技術革新によって今までの何倍もの量を60人程度で造れるようになります。余分な40人は足かせになるので、欧米式経営の観点から見ると赤字の要素となり、首切り、リストラの対象となるのです。
ところが昭和の日本の経営者は、この余った40人をコアにしてさらに新しい事業を考えました。ソケット事業で余った40人で今度は電熱器事業をやる。40人では足りないから、新たに60人採用して100人で電熱器の事業を始める。そうすると、100人だった会社が160人になるわけです。
ソケット事業も電熱器事業も、続けていくとまた人が余ります。するとまた次の「新しい事業のカード」を出していく。それが日本式経営なんです。
ホンダの創業者、本田宗一郎さんが油まみれになって造ったスーパーカブは、奥さん方が買い物で使うような簡易なオートバイでしたが、爆発的に売れました。それと同時に、普及すればするほど普及速度も遅くなり、人も余ってきた。ホンダはその余った人たちで、今度はちゃんとしたオートバイを作る事業を始めたのです。
オートバイで人が余ると、今度は4輪自動車の事業を始めました。だからホンダはどんどん大きくなり、ついに世界の自動車レースの最高峰であるF1グランプリに参戦する車を作るようになっていったわけです。
このように、次々と事業の戦略を考えていったのが昭和の経営者です。安易にリストラをしない、わが社の発展のために一度は採用した人じゃないか、大事な人として採用したじゃないかという想いが強かったんですね。
つまり日本式経営は人間を第一に考えていたのです。年功序列、終身雇用、企業内労働組合は、決して日本式経営の本質的な側面ではありません。
江口:今の日本には、アメリカのハーバード大学のビジネススクールで、MBAやPh.D.(博士号)を取るのが格好良い。そしてふた言目には「ハーバード・ビジネススクールではこういうやり方をしています」というような風潮があります。
ところが結局、それで日本の企業は全部駄目になってしまった。パナソニックは凋落し、ソニーはのたうち回り、サンヨーはあっという間に消え、シャープは消滅しかかっているという状態です。
今、日本の経営者は経営の舵取りに戸惑い立ち止まっている状態です。アメリカ式経営もうまくいかなかった。さりとて日本式経営も駄目だったと。私から言わせれば、今すぐアメリカ式経営をやめて、「人間を大事にする本来の日本式経営」に戻るべきなのです。
若い経営者の人たちは「日本式経営は古い」と言いますが、それは古いのではなく「普遍的なもの」なんです。お金にとらわれるからお金が逃げてしまうのであって、人間を追いかけたらお金が寄ってくる。そこを知らないと駄目なんです。
松下電器が成功した9つの理由
江口:松下さんは「なぜ成功したか」ということはあまり言いませんでした。ところがある講演で「松下電器が成功した理由」というテーマをもらい、その中で9つの要因を挙げたんです。
1つ目は、自分が凡人だったから良かったと言っています。自分は学校を出ていないから知識がない。知識がないから多くの人に尋ねたら、みんながいろいろ教えてくれたと言うのです。私流に解釈すれば、松下さんはたくさんの人から話を聞いて、知識を消化しながら知恵にしていったということだと思うんですね。
2つ目は、人材に恵まれていたから良かったと言っています。社員数名の町工場として松下電器製作所を創立したのは大正7年です。その頃は尋常小学校から丁稚奉公に出るのが当たり前の時代で、大学や高校を出るのは稀なことでした。それにしても米粒ほどの町工場の会社に来てくれるのは、どこの会社も採らないような人たちばかりです。採用を決めても来てもらえない状況でした。
ある子を採用した翌日、松下さんは道の角まで行って本当にその子が出社するかどうか見に行ったそうです。姿が見えると嬉しくて、急いで店に戻って知らん顔でその子を迎えたんやと言っていました。だから社員というのは大事にせんとあかん、大事に育てれば育つもんやと。
ですから、人材に恵まれたというのは、松下さんが人材をよく育てていたということでしょうね。三流の人を二流にし、二流の人を一流にし、ついに世界に誇るワールドエンタープライズ・松下電器を作り上げた。採用した人材がみな導きに乗れる素質を持っていたという意味では、優れた人材に恵まれていたと言えるのかもしれません。
3つ目は、方針を明確に出したということです。松下さんは方針を明確に出して権限を与え、衆知を集めて感動させたのです。方針を出すことによって社員に努力の方向を示したということです。
4つ目は、理想を掲げたということです。今はこんなに小さな町工場だけど250年先はこうなっている、というビジョンがあった。10年、10年、5年で区切った25年を1節として、これを10節繰り返す。250年後は松下電気の力で日本の国を楽土にする、そういう会社になるという理想を掲げたのです。社員に将来の夢と誇りを持たせたわけです。
5つ目は、時代に合った仕事に取り組んだということです。松下さんは14〜15歳の頃、大阪の街に電車が走っている様子を見て「これからは電気の時代だ」と感じたそうです。そこで手始めに大阪電燈株式会社(現・関西電力)に就職して検査員になり、電気の分野で会社を始めました。
今の時代で言えば、これからは高度医療先端技術、ロボット事業分野、再生エネルギー分野、スーパーIT分野、環境分野、バイオ分野、新素材分野の7つのうちのどれかに取り組めば、若い人たちが新しい発展を得られるのではないかと思います。時代のベクトルに合わない事業は失敗しますね。
6つ目は、派閥を作らなかったのが良かったと言っています。情報というのは下から上に上がっていきますが、社長派や専務派、常務派といった派閥を作ると、情報がそこで止まってしまいます。派閥がないことで、すべての情報がただ1人、トップのもとに集まるのです。
ところで、松下さんが設立した松下政経塾の合格基準は、「運が強いこと」と「愛嬌がある」の2つなんです。運が強いというのはともかく、なぜ愛嬌が必要かというと、愛嬌がなくブスッとして近より難いリーダーだったら、そんな人のところへ話を持っていこうという気にならないですよね。
愛嬌があれば人が寄ってきて、人が寄ってくれば情報が集まります。集まった情報を経営者が自分で統合し、的確な指示を出していくことができるのです。松下さんが派閥を作らなかったのは、そういうことに配慮したのだと思います。
7つ目は、ガラス張りの経営をやったということです。これは私自身のことになりますが、私は36歳からPHP総合研究所の経営を任され、売上げと利益、借金の額を毎月全社員に公開していました。経理内容を公開すると社員の意識が変わり、新入社員も確実に経営者意識を持つようになります。
「PHP総合研究所は松下さんの会社」と思っていた社員が「俺の会社」「私の会社」というように言葉が変わってきたのです。松下電器の社員も、ガラス張りの経営をやることによって「俺たちの会社だ」と思ってくれたことが成功の要因だったと松下さんは話しています。
8つ目は、全員経営です。これは自分の仕事もさることながら、会社の他の部署に提案してもいい、意見を言ってもいいということなんです。製造の担当者が「もっと取引先を吟味しよう」とか、営業の担当者が「もっとコストを抑えられる仕入れ先がある」といったように、部署にとらわれず全員が考えるのが全員経営です。
また、一般社員が「経営のやり方がおかしいんじゃないか」と経営陣に提案してもいいのです。この全員経営は、ガラス張り経営があってこそ実現できるものです。
9つ目は、自分たちのやっている仕事が公の仕事だということを社員に訴えたということです。給料のためにやっているのではない、多くの人たちの役に立つためにやっている公の仕事なんだと。だから手を抜いては駄目だ、絶対に会社を潰してはならないと訴えてきたのです。これによって社員たちは誇りを持つわけです。
社員に感謝と励ましを与え続ける
江口:その通り、先ほどの話の中で松下さんは、資本回転率、利益率、バランスシートといった数字のことは何も言っていません。松下さんが重視したのはインビジブル・ファクターズ、目に見えない要因なんです。こういう商品を作ったから伸びたとか、こういう工場を作ったから成功したとか、売上利益率がどうのこうのということは1つも言っていないのです。
松下電器が成功した9つの要因を改めて考えてみると、それらはすべてひたすら社員に「感謝」と「励まし」「感動」「誇り」を与えている言葉だと分かります。
1つ目の要因に出てきた「自分が凡人だった」という表現は感謝ですよ。
2つ目の「優れた人材に恵まれた」というのも部下に対する感謝です。
3つ目の「会社の方針を明確に出すこと」も、それによって社員が努力の方向を知り、感動してやるわけです。
4つ目の「理想を掲げる」というのも、社員に誇りを与えたということでしょう。
「今はこんなに小さい町工場だけど、250年後には日本を楽土にする先頭に立つ企業になるんだ」と。そんな会社になるんだと言われたら、社員はまた感動もしますよね。
松下さんが社員に感謝と感動と励ましと誇りを与え続けることによって、松下電器は大きくなりました。まさに人間に焦点を当てた経営をやってきたことがよく分かります。
松下さんの経営の究極は「人間大事」です。また、経営哲学の中には「水道哲学」というものがあります。これは、道端で他人の家の水道の蛇口をひねって喉を潤しても文句を言われない、それは良いものが安くたくさん供給されているからだということです。
それからもう1つは、人間というのは本質的に宇宙の動きに順応しつつ、万物を支配する力が与えられているという考えです。分かりやすく言えば、1人1人の人間がダイヤモンドを持っている尊い存在なんだと。だから、尊い人間にふさわしい良いものを安くたくさん作ろうという発想になるんです。
江口:その通りです。日本の企業というのは、知恵の経営で大きくなっているわけです。
社員1人1人が偉大な存在で、そういう人たちにふさわしい品物を作っていかなければいけない、それにふさわしい接し方をしなければいけないという考えなのです。
ですから、部下を叱る時も部下に手を合わせながら叱る、心の中で手を合わせながら互いに接していく。それが松下幸之助さんの哲学だったのだと思いますね。
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