ギャラリー宏介 太田信介|話題のドラマ「ライオンの隠れ家」のモデル!兄が弟との起業を決意してから今まで

創業手帳
※このインタビュー内容は2025年02月に行われた取材時点のものです。

絵画でストックビジネスをスタート!事業継続に活きたパチンコ店店長の経験


ギャラリー宏介株式会社は、絵の販売やレンタルの事業を行う会社です。

同社で扱う絵は、社長・太田信介さんの弟で重い自閉症がある画家・宏介さんが描いています。信介さんはもともと会社員でしたが、弟の絵に関わる仕事がしたいと2012年に脱サラ。絵のレンタルという新しい事業を確立し、2022年に法人化しました。

お2人は、2024年10月から放送され話題となったドラマ「ライオンの隠れ家」のモデルでもあります。

そこで今回は兄の信介さんに、脱サラを決心して起業するまでの経緯や起業当初に苦労したことなどを創業手帳の大久保が聞きました。

太田 信介(おおた しんすけ)
ギャラリー宏介株式会社 代表取締役
画家太田宏介の実兄。
1974年生まれ 福岡県太宰府市出身
熊本学園大学卒業後、新卒で株式会社ユーコー(パチンコ店を中心に全国に事業展開)に入社。15年間で16回の全国転勤をし、9年間パチンコ店の店長を務める
2012年に脱サラ起業をし、弟である重度の自閉症の画家、太田宏介の作品を絵画販売・絵画レンタルを中心とする事業を創業。2022年に法人化し、ギャラリー宏介株式会社の代表取締役となる。
2013年から福岡きょうだい会で、障がいのあるきょうだいの活動を始め、2021年には全国きょうだいの会事務局長に就任。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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弟の絵に涙があふれて起業を決意


大久保:小さいころは、弟の宏介さんと太田さんはどのような兄弟関係だったのでしょうか?

太田:僕の7歳年下の宏介は、2歳のときに自閉症の診断を受けました。小さいころから奇声をあげたり多動があったりしましたので、どうしても周りに迷惑をかけてしまうんですよね。

ですから私は、近所の同級生たちの目を気にしてしまって。悩んだ末に、高校生の頃からは弟の存在を隠すようになっていましたね。

大久保:県外の大学を卒業した後、パチンコ店を展開している株式会社ユーコーに就職されていますよね。なぜパチンコだったのでしょうか?

太田:パチンコ店でのアルバイトがすごく楽しかったからです。ただ、全国転勤のある会社だったので、「実家に帰るべきかな」と迷いました。

でも、まずは自分が社会人として一人前になることが大事だろうとユーコーへの就職を決めましたし、そうしてよかったですね。

大久保:地元に帰るかどうか迷ったのですね。

太田:迷いはしたものの、私は自分らしく生きている方だと思います。兄弟姉妹に障がい者がいる人達を中心とした団体「きょうだいの会」の活動もしているのですが、そこにいらっしゃる方には、障がい施設や特別支援学校で働いている人が多いですから。

大久保:就職されてからはいかがでしたか?

太田:28歳で店長になったのですが、売上や人間関係に対して、ものすごいプレッシャーを感じるようになりました。ストレスのあまり十二指腸潰瘍になり、49キロまで体重が減った時期もありました。

そのような状態で実家に帰ると、そこかしこに宏介の絵が飾られていたんです。下書きもしないで自由に描いた宏介の絵を見たとき、自然と涙が出ました。なんだか、絵を通して宏介が「兄ちゃん、小っちゃなことを気にしなくていいんだよ」って言ってくれているような気がしましたね。

それから私も宏介の絵のファンになりました。起業を考え始めたのもそのときからです。それから9年間はパチンコ屋の店長を続けながら、絵の勉強や貯金をして、私なりに起業の準備をしていました。

大久保:先ほど宏介さんの絵画を生で拝見したのですが、色彩が鮮やかで引き込まれますね。部屋にインテリアとして置きたいなと思いました。

太田:母もよく言っているのですが、相手の感情を動かす絵こそが、本当に良い絵ではないでしょうか。私も一番辛いときに宏介の絵に元気づけられましたから、そのような体験や感動を1人でも多くの人に届けたいなと思っているんです。

ビジネスとして割り切らなければならない部分もあるのですが、障がいがあるご家族にも勇気を伝えられる仕事であるところは、やりがいにもなっています。

絵画のレンタル…特殊な事業の成功の裏


大久保:起業されてどのようなサービスを始めたのですか?

太田:企業や病院向けに「絵画レンタル」を始めました。3ヶ月に1回くらい絵画の交換もつくサービスです。

大久保:絵画を売るのではなくて、レンタルをするサービスですか?

太田:絵画を売ってしまったらそれっきりですよね。今月絵画が売れても、来月収入が0だと食べてはいけません。一般的に画家は「年に2回個展ができたらすごい」という世界ですから、そのときだけ売上が確保できても事業として続けるのは難しいなと思いました。

大久保:今でいうストックビジネスですね。コロナ禍の影響は受けなかったのでしょうか?

太田:少なからず影響は受けましたが、食べられなくなるほどではありませんでした。展覧会のかわりに2階をギャラリーにしてお客様に足を運んでいただいたり、レンタル業を続けたりして、最小限の売上を確保できたからです。

大久保:起業当初からレンタル業のサービスを確立されていたからこそ、コロナ禍も乗り切れたんですね。

太田:親のおかげでもありますね。両親は弟が中学生のときから年に1回個展を開いていて、特に母は仕事場でもどこでも宏介のポストカードを無料で配っていました。そのおかげで起業前から、地元の福岡では宏介の絵を知ってくださっている方が一定数いらっしゃったんです。

ですので、母の地道な活動があったからこそ、このようなビジネスが始められたんだと思います。今でも1995年ごろに母が配っていたポストカードを持って個展に来てくださる方がいますからね。

大久保:ご家族で宏介さんの才能を伸ばして、さらに活かす道を開拓されてきたのですね。パチンコ店での経験は経営に役立ちましたか?

太田28歳ごろから「どうやったら売上を上げることができるのか」を真剣に考えた経験は、起業後に非常に活きましたね。

ただ、パチンコ店だったからこそ経験できていないこともありまして。例えばアポイントを入れたり名刺交換をしたりといった、会社員としては当たり前のことをしたことがなかったんですよ。ですから起業したばかりのころは、人に会うのが嫌になるくらい緊張しながら営業をしていました。

大久保:起業したての頃は、絵画のレンタルサービス自体も知られていないですからね。

太田:当然ですが最初は、「絵のレンタルってなに?」「障がいがある人の絵で会社をやっていけるの?」という反応も多かったですね。でも私は必ずビジネスチャンスがあると信じて営業を続けました。

応援してくれた妻に恩返ししたい


大久保:サービスをスタートしたばかりのころは、あまり資金をかけずに始めたのでしょうか?

太田:起業当初は結婚して3年がたったころで、子どもはまだ1歳半のときでした。妻と子どもに苦労をかけないためにも、最初から大きな投資をする選択はしませんでしたね。

大久保:障がいのあるご兄弟がいらっしゃる方は、結婚に悩まれる人も多いと聞きました。

太田「きょうだいの会」でも一番多く聞く悩みは結婚です。私も小学校のときから「結婚できるのかな」という不安は少なからずありました。

例え相手は気にしないと言ってくれたとしても、相手の親や親せき、友人知人がどう思うかはわかりません。万が一、私や両親が弟よりも先に亡くなったとき、弟の面倒をみる責任はどうなるのかなど問題は複雑ですからね。

大久保:起業することを、太田さんの奥様は応援してくれたのでしょうか?

太田:妻は誰よりも応援してくれました。ですが親も含めて、周りの100人中99人は反対のイメージです。一番言われたのが、「なんでそれだけの給料をもらっているのに会社を辞めるんだ」ということ。確かに、パチンコ店の店長だったので、いい給料をもらっていたのは事実です。

でも、妻には結婚する前から「宏介の絵の仕事をしたい」と伝えていました。ただ、40歳くらいからスタートしたいと言っていたので、妻は「少し早まったんだね」と。「じゃあ一緒に準備しましょう」と後押ししてくれました。


そして起業後も、月々5,000円の絵画レンタルの契約が1つでも決まったら、私と同じくらい喜んでくれました。そんな妻には恩返しをしていきたいですね。

大久保:ご家族の応援は心強いですよね。

太田:起業したときに1歳半だった息子は15歳になりました。そのとき生まれていなかった次男ももう9歳です。

これまで「背水の陣」の時期もあったのですが、息子たちには私の仕事が楽しく見えているみたいで。長男からは「僕も起業する」「親父には負けない」と言われました。親としては、まずは大学に行ってほしいとか会社に就職してほしいとか、いろんな思いはあるのですが、それでも自分を目標にしてもらえるのは嬉しいですね。

日々の積み重ねがテレビドラマのモデルに繋がった


大久保: 今回「ライオンの隠れ家」のモデルになったのは、どのような経緯だったのでしょうか?

太田:2年半前にTBSのプロデューサーさんが「家族のドラマを作りたい」といろいろ探していたとき、僕が自費出版した“僕らは「きょうだい」で起業をする”という本をたまたま見つけたそうです。そして、「障がいのある兄弟のドラマにしよう」と決めたのが始まりだと伺いました。

大久保:では、太田さんが本を出版されたからこそ生まれたドラマなのですね。

太田私がビジネス書として本を出版したのは、起業したくてもなかなか踏み出せない方に向けて書きたかったからです。私はありがたいことに、チャレンジしたことが認知度の拡大に、そしてビジネスに繋がりました。今回も、ドラマを見てくれた多くの方が、展覧会に足を運んでくださっています。

大久保:ドラマをご覧になっていかがでしたか?

太田:一生分の運を使い果たしたんじゃないかと感じましたし、ラッキーなだけではないのかな、とも思いました。実は、TBSさんが私たちのことを知ってから声をかけていただくまでには、2年間くらいの期間があったんです。その間も私たちの活動を見てくださっていたのだとか。

例えば、2年前に私たちは台湾で個展をしました。残念ながら絵が全然売れなくて、200万円ぐらいマイナスで帰ってきたんですけれども。それも、「新しい挑戦をしているんだ」と捉えてくださったのだと教えてくれました。

経営をしているとどうしても目先のプラスマイナスに目がいきがちです。でも、長い目で一つ一つ積み重ねることが大切なんだなと改めて気を引き締めました。

海外への再挑戦と、目標になった夢


大久保:今後の目標を教えてください。

太田:宏介には草間彌生さんを目指してほしいと思っています。草間彌生さんは幼いころに統合失調症を発症しながらも、96歳になっても現役で絵を描いておられます。また、渡米してニューヨークで絵が評価されたことで、日本でも誰もが知るような画家になられていますよね。

障がいや病気があるると、周りも自身も「ここまで頑張ったんだからもういいでしょ」と思いやすいのではないでしょうか。実際に私たちの両親もそのように言うことがあります。でも私は、宏介には上を目指してもらいたいんです。

私自身も、日本全国はもちろん海外にも再挑戦をして、宏介のコアなファンを増やしていきたいという強い思いがあります。

大久保:2年前の台湾の個展は上手くいかなかったということでしたが、再挑戦を考えておられるんですね。

太田:そうですね。実は今、バンクーバーの日本文化を伝える活動をしている団体からもお声がけいただいています。絵には言語の違いや国境がありませんので、宏介には画力をさらに磨いてもらって、認めてもらえるまでどんどんチャレンジをしていきたいですね。

あともう1つの目標に、「太田宏介美術館を建てること」があります。美術館については、これまでは「夢」だったのですが、現実的な「目標」になってきているのを感じています。まずは周りに夢を宣言することで、実現に近づいていくのかもしれません。

まだ私も50歳になったばかりです。宏介も43歳ですから、画家としては今からだと思います。2人で死ぬまで挑戦していたいなと思いますね。

大久保:最後に、起業したばかりの方へメッセージをお願いします。

太田:まずは、やってみることが大切です。私は9年間起業に向けて勉強をしたのですが、今考えるとほとんど活かせたことはなかったような気がします。やってみて失敗して、それで初めて学べるのかなと。

もちろん、失敗すると自信をなくしますし、辛いことも多いかもしれません。ただ「石の上にも3年」とは、実際にそうだったなと思いますね。

起業したばかりの頃にもう1つ大事なのは、必要のないプライドを捨てることです。完璧なサービスやモノを1年目から提供するのは難しいですよね。だからこそ、人からのアドバイスや助けを素直に受け取れる人は、軌道修正も上手くできて、会社も伸びていくと思います。

大久保写真大久保の感想

トライすることで道を切り開いてきた太田さん。絵に言葉を超えた力を感じました。

今後、海外にも広がっていくことを期待したいです。

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(取材協力: ギャラリー宏介株式会社 代表取締役 太田信介
(編集: 創業手帳編集部)



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