ヴァンガードスミス 田中慶太|『事件未満』のトラブル解決で新たな防犯インフラの確立を目指す
警察官として抱いた違和感を見逃せず、退職して起業へ
コロナ禍において、ご近所トラブルで激増しているのが騒音問題です。その他、迷惑行為やつきまとい、SNSによる誹謗中傷などのトラブルに介入して解決を目指すのが、元警察官である田中さんが立ち上げたヴァンガードスミス。新たな防犯インフラの確立を目指しています。
警察や弁護士などが介入しにくい「事件未満」のトラブルは、第三者が早期介入することによって解決へと導かれやすいそう。近隣トラブルは不動産業界にとって頭が痛い問題であり、スペシャリストが対応することがお互いにとってメリットがあるといいます。
警察官からなぜ起業を目指したのか、サービスが急成長した理由などについて、創業手帳代表の大久保がうかがいました。
株式会社ヴァンガードスミス代表取締役
2003年北海道警に採用され、警察官として働く。退職後は企業で経営企画などに携わる。2015年ヴァンガードスミスを創業。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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警察官から経営者への道のり
大久保:起業の経緯を教えていただけますか。
田中:幼稚園の頃から警察官になりたいという気持ちがあり、大学を卒業してそのまま警察官になりました。交番に勤務していたのですが、思っていた警察の仕事とは少し違っていたんです。
相談に来られる方々がいても、例えば怪我をするというような段階でないとなかなか動けなかったり、証拠がないと事件として扱えなかったりというケースが多く、フラストレーションを感じていました。
皆さん聞いたことがあるかもしれませんが、警察にはいわゆるキャリアとノンキャリアという身分の違いが存在します。キャリアとは国家公務員総合職試験に合格した警察官を指し、身分は国家公務員です。ノンキャリアは地方公務員の採用者を指します。私はノンキャリアだったので、そういったフラストレーションを解消すべく、制度を作る側になろうと辞めて、キャリア警察官を目指し北海道から上京しました。
そこで腰かけのつもりで入ったのが、不動産関係のベンチャー企業でした。警察の組織しか知らなかったので、さまざまなことにチャレンジできる環境が新鮮で、「警察行政の仕事を民間企業でできるかもしれない」という可能性を感じたんです。
警察のキャリア試験の申し込みはしていたものの、結局ベンチャー企業に10年ほどいて、その後起業しました。
大久保:警察って民事不介入という言葉もありますし、意外と介入できないんですよね。
田中:そうですね。やはりいちいち介入していると時間がいくらあっても足りないので、事件緊急度が高いもの、刑法に違反するものから順に処理していくことになります。
もちろんやってはいけないということではないんですが、あまり踏み込めない現状がありましたね。
大久保:警察官から会社の経営というのはまったく違う世界だと思いますが、経営の勉強はどうされていたんですか。
田中:警察官時代に経験したことは経営には全く役に立たなかったですね(笑)。事業会社に転職したときは、一般的な社会人経験がなかったので電話の取り方から勉強しました。
元警察官なので寝ずに仕事するのは得意で、ベンチャーで誰よりも仕事をしていたら責任ある仕事をまかせてもらえるようになり、そこで経営の勉強をさせてもらいました。
大久保:サブスクリプションの近隣トラブル解決支援サービス「Pサポ」などを展開されていますが、サービスとしては当初から今のようなサービスだったのですか。
田中:警察時代の上官が「また仕事したいね」と声をかけてくださったこともあり、最初は元警察官メンバーができそうな領域から考えました。
トラブル解決に向いているということで、ニートを教育するとか、用心棒のようなクレーム対応窓口など、さまざまなサービスを考えましたが、前職でおつきあいがあった大手不動産会社に無料で練習させていただいた近隣トラブルの案件が当社でいけるなという手応えがあり、創業半年くらいで今のサブスクリプションのサービスが完成しました。
大久保:起業前に働かれていたところで、仕事ぶりなどをよく理解してもらっていたんですね。仕事として誠実にやっていれば、お客さんとのつながりなど起業後も財産となってくれる面は大きいですよね。
田中:はい。最初の顧客は、前職でつながりがあった大手不動産会社だったので、それは本当にありがたかったですね。
「なぜもっと踏み込まないんだろう」という疑問をもって弊社に来てくれた元警察のメンバーもいます。
行政というのは、全てが法律によって規定されていて、法律に書いていないことは業務外になってしまうという現実があります。その盲点をどう埋めるのかと考えたときに、法律を変えるよりもサービスで埋めるほうが確実に早いと思いました。残念ながら、ご近所トラブルは今後も行政の仕事にはなり得ないんですよね。
大久保:大きい会社や役所にしかできないこともありますが、ベンチャーやスタートアップにしかできないこともありますよね。事業会社と警察はまったく体質が違う気がします。
田中:警察に入ってみたら性に合わない部分があり、馴染んでいくという方法もあったんでしょうけれども、もっとよくしていくべきという思いがありいったん去ることを決めました。
高齢化社会や希薄になったコミュニティが近隣トラブルの原因
大久保:近隣トラブルの解決というと非常に難しいイメージがありますが、どこまで行くと「解決」なのでしょうか?
田中:初期の頃は近隣トラブルの構造について書かれた文献を読みこみ、モニターとしてやらせていただいた案件で検証しながら解決法を探ってきました。
「トラブルを抱えていた方が、相談しなくても生活できるようになる」のが解決の基準です。8割は音の相談といってもいいほど、生活音のトラブルが多いのですが、集合住宅で暮らしていると、ある程度は隣室や上下階の音がするものです。
トラブルになった双方が譲り合うことが重要ですので、例えば音源と思われる方には防音カーペットなどを敷いてもらい、その対応を相談された方にもお伝えし、「このぐらいの生活音は我慢」という風に本人が納得して相談しなくなる、ということも含めて収束と考えています。
大久保:ビジネスモデルでいうと、企業と契約するのか、個人と契約するのか、どちらなのでしょうか。
田中:不動産管理会社などの企業と契約する場合と個人と直接契約する場合があります。
大久保:管理会社が契約するメリットとしては何があるのでしょうか。
田中:近隣トラブルは毎日のように発生しています。管理会社の若手社員がトラブル対応を担当すると、精神的に重荷ですぐに辞めてしまうというケースが多いんですね。スタッフの離職率を下げないためにも、弊社が入ることは有効です。
マンションやアパートなどの管理人も含め、人が対応するということはそれだけで人件費がかかりますし、入居者のクレーム対応は慣れない人からすると心が折れそうになる面倒で嫌な仕事ですよね。
そういう仕事を「やりがいを持って専門的に仕事としている我々にまかせてみませんか」という話をすると、安心してまかせていただくことが多いです。
大久保:現場の無駄が省かれて、WIN–WINなんですね。2023年1月現在、会員数が71万人まで広がっていると聞きましたが、そこまで広がった理由はなんだと思われますか。
田中:サービスを広めるときは、社会的意義や、みんなが得をする仕組みと理解してもらうのが大事だと思っています。
ありがたいことにここ2〜3年で急成長しているのですが、導入してくれた人の口コミによって広がってきたと思っていますね。
「急成長していて、規模は大丈夫なの? 品質が落ちるのでは」という声もいただくのですが、先行して環境を整える作業をずっとやってきていまして、既に200万人ぐらいまでは対応できる環境があります。
大久保:具体的なサービスの内容を教えてください。
田中:まずはコールセンターで相談していただくのが基本ですね。弊社の場合は全員元警察官が担当しています。最初にヒアリングし、電話で解決しない場合は訪問して解決まで導きます。札幌、東京、大阪、福岡の4拠点があり、そこから全国に訪問対応をしています。
大久保:なぜいま近隣トラブルが増えているのでしょうか。
田中:例えば電車のホームでサラリーマンが喧嘩していると、誰かが止めてくれたりしますよね。あれは本人たちも喧嘩しながら「誰か止めてくれないかな」って思っているんです。
ご近所どうしの関係も同じで、トラブルが起こった場合にいかに早い段階で第三者が介入できるかが鍵になってきます。
昔は近所にどんな人が住んでいるかわかっていたけど、今は違いますよね。
どんな人がこの音を出しているのか想像できないので「もしかしてわざとじゃないか」というように怒りの感情がステップアップするケースもあります。
メールで相談が来て、電話してくださいとお伝えすると「じゃあ我慢します」という人もいるんです。コミュニケーションを嫌う人が増えていると感じますね。そうするとトラブルが悪化しやすいんです。
大久保:コミュニティが希薄になっていってるんですね。起業家にとってはもしかしたらそこにチャンスがあるかもしれませんね。
田中:そうですね。また、高齢化社会というのも問題で、我慢するというのは前頭葉の働きなので「感情のコントロールができなくなる」のは加齢現象なんですね。これからも近隣トラブルは日本社会の課題であり続けると思います。
ピンチを救ってくれたのは大学の先輩
大久保:大変だった時期はありましたか。
田中:振り返ると大変なことしかなかったですけど(笑)、コスト先行で動いてきたので、コロナ禍で外部委託のコストを抑え始めた時期はまだ会員数が足りなかったため、お金が回らず大変でした。
小池さんがロックダウンと言った瞬間に、資金がショートしそうになりました。ただ大学に恵まれていて、先輩方とのつながりを大切にしたいという思いからOB会にはよく顔を出していたんですが、その状況を説明したら資金調達を手伝っていただき、なんとかピンチを切り抜けることができました。
かなり年上の先輩も多かったんですが、後輩をかわいがりたい先輩が多く本当に助けられました。
大久保:ご縁って大事なんですね。やはり社会の変化には備えるべきなのでしょうか。
田中:リーマンショックでもお金の流れや商売が変わり、耐えられなくなった企業はたくさんあります。コンサル100%で経営をしていると、外注費を削らなくてはいけないという局面で一気に仕事がなくなるだろうと思い、サブスクを始めたという経緯があります。
思ったより早く環境が変わったのがコロナでした。ビジネス上、意識的に違う性質のものを揃えておくというのが大事というふうに思っています。
大久保:最後に、起業家へのメッセージをいただけますか。
田中:自分が実現させたかったこと、イコール警察に本来やってほしかったことを違う場所でやっているわけですが、社会人生活20年になり、自分がやりたかったことを今実現できていることは素直に幸せなことだと思っています。
思い続けること、挑戦し続けることでできることってあるんだなと感慨深いですね。
今後は会員数をより増やし、交番の手前業務的なことはまず当社にというインフラを日本に作りたいと考えています。
大久保の視点
創業手帳冊子版は毎月アップデートしており、起業家や経営者の方に今知っておいてほしい最新の情報をお届けしています。無料でお取り寄せ可能となっています。
(取材協力:
株式会社ヴァンガードスミス 代表取締役 田中慶太)
(編集: 創業手帳編集部)
警察出身の田中さんが始めたのがヴァンガードスミスだ。
警察も管理会社も動けないという領域がある。
そうした部分をカバーしているのがヴァンガードスミスだ。
役所が扱う領域は、警察など基本的な領域が多く、行政サービスの扱う部分は巨大だ。しかし、大きいがゆえに死角、ブラインドスポットも大きい。
対応しようと思っても、民間企業でさえ大企業は動きが遅くなる。
かつ、条例や法律で縛られているので何か新しいことをするには非常に時間がかかる。
そこにスタートアップのチャンスがあると言えるだろう。
またヴァンガードスミスが伸びた背景は「大家」「管理会社」などサービスをサービスを広めてくれる所に喜ばれる役割を担っていることだ。
顧客のみに目が行きがちだが、広めてくれる紹介者やチャネルをどう開拓するかは重要だ。その際に、資金や条件勝負ではなく、自然に広まるようなサービスであることが大事だ。
そんな新しいサービスのあり方をヴァンガードスミスとの対談で感じました。