シンクロ 西井敏恭|社員旅行で築く組織づくり。その狙いとは

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年02月に行われた取材時点のものです。

複業・兼業の草分け的マーケター西井敏恭氏に旅行を軸にした独自の組織づくりについて聞きました

自身の設立した会社以外に、いくつもの企業で執行役員や取締役を務める引く手あまたのマーケター西井敏恭氏。

複業・兼業の草分け的存在でもある同氏に、働き方や組織づくりについてもインタビュー。「マネジメントしなくて済む組織をつくる方法は社員と一緒に旅行に行きまくること」 など同氏独自の組織論について、創業手帳株式会社創業者の大久保が聞きました。

西井敏恭(にしい としやす)株式会社シンクロ代表取締役社長
1975年5月福井県生まれ。金沢大学大学院卒業。2001年から世界一周の旅に出る。帰国後、旅の本を出版し、ECの世界へ。2014年に二度目の世界一周の旅をしたのち、起業。大手通販・スタートアップなど多くの企業のマーケティング支援やデジタル事業の協業・推進を行う。
オイシックス・ラ・大地の専門役員やグロース Xなど複数の企業の取締役も務める。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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この記事のシリーズ一覧

旅行を通じて深い信頼感を築く。兼業をしてきたからこその組織づくりの工夫

2019年 視察を兼ねて社員とブータンへ

複業・兼業のメリットは

大久保:西井さんといえば複業・兼業の草分け的存在としても知られ、顧問や役員など、もはやどこの方か分からないぐらい複数の企業に携わっていらっしゃいますよね。
複数の仕事をすることで、どのようなメリットがあると思いますか?

西井:「どこの人かわからない」というのはたしかによく言われます(笑)

僕の仕事はまず、デジタルマーケティング支援を手掛ける株式会社シンクロの代表。そして、シンクロから分社化し、SaaSの分野でデジタルマーケティング人材を育成しているグロース XのCMO。自然食品の宅配を手がけるオイシックス・ラ・大地のCMT。あと、GROOVE Xというロボット開発を手がける会社の取締役CMO。そのほかにも社外取締役としていくつか携わらせてもらっています。

    CMO=Chief Marketing Officer/最高マーケティング責任者
    CMT=Chief Marketing Technologist/最高マーケティング技術者
    CFO=Chief Financial Officer/最高財務責任者

それら複数に関わることのメリットは、自分自身で会社を作る際に、さまざまな組織のやり方を参考にしたり取り入れたりできるところではないかと思います。

前職は化粧品会社にいましたが、僕の仕事はマーケターでありながら、実際には8割ほどが、人を採用したり教育したりといったマネジメント業務になっていました。本業以外に発生しているこの8割をマーケティングに集中させることができたら一気に知識量が上がるということに気が付いたんです。

その気付きがあったからこそ、例えば先ほど紹介したシンクロという自身の会社においては、「いかにマネジメントをしなくて済む組織を作れるか」ということを考えながら会社の仕組み作りをするようになりました。本業以外の8割をなくし、より本業に専念できるための工夫です。そういった視点で組織作りを工夫できているのは、複数の企業で組織の形を見てきているからだろうと思います。

マネジメントしなくて済む組織をどう作るのか

2019年 モンゴルでの社員旅行

大久保:「いかにマネジメントをしなくて済むか」というのが興味深いですね。どのように組織づくりをしているのでしょうか。

西井社員と一緒に旅行へ行きまくるんです。実は、今日もこれから北海道へ社員と行くところで、年末年始には隠岐へ社員の家族たちと一緒に行ってきました。旅行のあいだは、仕事の話ももちろん多少しますが、それよりも「深い部分でわかり合える状態を作る」というのが目的です。

大久保:いいですね。それは例えば「友人」に似たような関係性でしょうか。

西井:そう言えるでしょうね。何でもあけっぴろげに話せて相談できる状態。挑戦したいことを話したくなったり、逆にうまくいかないこともごまかさずにちゃんとオープンに話せる状態。そういった深い信頼感をお互いに共有できている状態です。

大久保さんがおっしゃった「友人」という言葉を借りれば、友人のお金って、変なようには使わないじゃないですか。友人がやりたいという強い意志があるんだったらやらせてあげたくなるし、たとえ失敗しても、そこから何か学んだり気付いたりしてくれればいいと思えますよね。そういう信頼感がマネジメントにおいて非常に大切だと思っています。

大久保:なるほど。

西井:また、旅行の中で特に意識していることは「アジェンダのない時間」を共有するということです。

明確にアジェンダが決まってる話は日常のリモートでもできますが、例えば、「夜中何時くらいまで起きてるか」みたいな話って30分間のリモート会議の中ではまず出ませんよね。「こんな夜遅くに西井さんに連絡したら迷惑かも」という不安を持たれていると、やっぱりそういう相談はしづらくなってしまう。「西井さんはいつも1時ぐらいまで起きてるし、いつ連絡してもだいたいすぐ反応してくれる」と分かってくれていれば気軽にすぐ連絡できるし、返信なかったら「寝てるんだな」で終わりですよね。

つまり、「アジェンダがない時間」の共有は、いわゆる「心理的安全性」を生むことにもつながっていると思っています。

2018年ロシアワールドカップ。ウラジオストクからシベリア鉄道でロシアを横断してから観戦

多くの会社では、そういった信頼感や心理的安全性を作るために1on1や飲み会をしたり、さぼらないように数値管理したりといった方法でのマネジメントが一般的でしょう。ですがそうすると、以前僕自身がそうだったように、本業に当てられる割合は2割、残り8割はマネジメントに追われてしまうという状況になりやすい。

実務時間の中では8割かかるマネジメントも、旅行の中に取り入れることで、ぐっと時間も短縮できるし、もっと深いコミュニケーションができると僕は考えています。

大久保:なるほど。マネジメントのベースとなる人間関係を旅行の中で築いてしまうことで日常的なマネジメントは必要なくなるということですね。

西井:そのとおりです。僕は、大きな方向性さえ間違いなく理解し合っておけば、合意形成というのはそこまで細かく合わせなくてもいいと考えていて、日常的な決定は社員たちが自分たち自身で行えるようにしています。社内の情報は、給料や財務状況など含め、誰でもアクセスできるオープンな状態にしているし、決定権は上だけが握らず全員に渡しておく。

旅行を通じてお互いや会社の方向性について根本的な部分で分かりあっておけば、マネジメントに8割の時間をかけなくても済むというわけです。

大久保:いいですね。ただ一方で、「友人」的な関係性を築けるのは社員数にもよりそうですね。例えば関わる人数が1万人といった大規模になると難しいのではないでしょうか。

西井「社員数を増やさない」ということと、「カルチャーフィットとスキルフィットを区別して考える」ということによって、数が増えた場合もこの方法でマネジメントは可能だと考えています。

    カルチャーフィット:企業独自の文化に馴染むこと
    スキルフィット:企業が職務に求める専門スキルを持っていること

たしかに1万人を採用して、1万人全員と深くコミュニケーションすることはできないと思いますが、友達に近い関係を築ける10人はカルチャーフィットで採用し、スキルフィットする90人の方には報酬は高くなってもいいから業務委託で一緒に仕事をする。そして100名以上の組織になりそうだったら、組織そのものを独立させていく。実際にシンクロでは、グロース XやIntrip、鎌倉インテルなど、別の組織でありながらも、カルチャーや思想をシンクロさせながら新しい事業にチャレンジしています。

このように何をするべきか、しないべきかを明確にしていけば、10人の社員+90人のリソース×100社で、合計1万人のリソースを確保することは可能になると思います。

企業の成長をどう測るか。「“社員数や売り上げの増加=成長”ではない」

大久保:会社の成長度合いを測るとき、どのような項目を重要視しますか。

西井僕が大切だと思うのは「社員が夢中になれているのかどうか」です
マーケティングでも、NPSという推奨意向が売上成長に寄与しているという考え方があります。売上や利益といった財務指標だけでみるのではなく、NPSが高い企業が数年後には大きく成長している、という考え方ですね。会社は社員で成り立っているので、社員が会社が提供しているサービスや働き方、生き方に共感して、「自分がやりたいことがここならできる」と思っていれば、人から言われなくても勝手に仕事をするし、いいサービスを提供したいと思うのではないか、と考えています。

日本の人口が減ってきている今、「社員数や売り上げの増加=会社の成長」と言えるかというと僕は疑問です。新しく人が増え続けていく一昔前においては、売上や時価総額、社員数の増加がそのまま会社の成長曲線と重なっていたと思うんですけど、時代は変わりました。今は、個人個人が自分の成長を感じられ、その個の集まりが会社の成長につながっているんじゃないかというのが僕の考えです。

大久保:たしかに一口に「売上が上がっている」と言っても、実際には数を膨らませていたり、社員が増えた分しか上がっていなかったりと、実は一概に「成長している」とは言えない場合もありますよね。

西井:そうですね。そういった数字よりも、「そもそも何がやりたいのか」ということを考えることが大切だと思います。自分たちの会社がうまくいくことで世の中は良くなってるのか。世の中や人を良くしたいと思って会社があるんじゃなかったか。そういう本質にきちんと立ち返ることが大切です。いくら売上が上がっていても世の中が良くなっていなければ、お客様はもちろん、社員だって当然喜べないと思うんですよね。

さきほど「今いるお客様が新しいお客様を連れてきてくれる」という話をしましたが、社内に対しても僕は同じことを考えています。社員にとって「シンクロという会社をどれだけおすすめできるか」といった指標を非常に大切に考えているということです。

社員が成長を実感できて人にもおすすめできる会社であれば「今いる良い社員が新しく良い社員を連れてきてくれる」という良いサイクルに、反対に、今いる社員たちが満足していなければ逆向きのサイクルに入っちゃうんじゃないかなと思っています。

世の中の「普通」ではなく自分の中の「違和感」に従ってきた

アルゼンチン南部、パタゴニア地方のフィッツロイにて

大久保:起業に関してもお聞きさせてください。起業してからこれまで、特にどのようなことを考えてきましたか。

西井:僕、普段から飽きっぽいところもあって「10年後こういうビジョンでやりたい」というのを考えることはあまりしないし、できないんですよね。反対に「やりながら考える」というのはすごく得意です。だから起業も「やったことないから、まずは起業してみよう」くらいの思いで始めたんです。

はじめは当然「会社を設立したら読む本」というようなものを読んでみたり、ミッションやビジョンとか作ってみたりとかしたんですが、そのうち、なんとなく自分の中で違和感と呼べるものがいろいろなところで出てくるようになってきました。今振り返ってみると、そういった違和感に向き合って、「じゃあどうしたらいいんだろう」と行動してきたことがターニングポイントを生んできたように思います

大久保:違和感やターニングポイント。具体的にはどのようなものでしょうか。

西井:例えばオイシックス(現:オイシックス・ラ・大地)で兼業を始めたときや、リモートで働き始めたときなんかがターニングポイントと呼べるでしょうね。

兼業や複業といった働き方は今でこそ一般的になってきましたが、オイシックスから誘っていただいた2014年当時、さまざまな会社からマーケティング部長やCMOとしてのオファーをいただいた中で、オイシックスだけが「兼業でいいからやってみないか?」と言ってくれました。世の中ではほとんど前代未聞の働き方だったでしょうが、半々でやるのではなく「2つ同時にできるのは面白そう」と思って兼業での働き方を選びました。

世の中で「普通はこう働く」と言われていることに対して生まれた違和感に従って考えたからこそ、5年経って兼業が普通になってきた今、5年間のメリットを得ることができているのだと思います。

大久保:世の中の「普通」に従ったのではなく違和感に従ったことで、時代が追いついてきたときに先駆者になれていたというわけですね。

西井:そうです。またリモートワークについて言えば、僕はコロナが広がるよりももっと前、5,6年前からずっとリモート化を進めていました。「リモートだと不便」「コミュニケーションが足りなくなる」と周囲は言っていましたが、さきほども言ったように旅行でコミュニケーションを補ったりと工夫すれば本当は解決できる。そのことは、コロナを機に強制的にリモートとなったとき、多くの会社で「あれ。案外全然リモートできるじゃん」となったことが証明していると思います。

自分の仕事において「そもそもどうして会社に行かなきゃいけないんだっけ」という違和感をきちんと感じて行動を変えてきたことで、僕の場合はリモートワークで十分働けることが分かった。だから、世の中でも早いうちに働き方を変えられたんだと思います。

「普通」でないことに対しては、最初はみんな反発します。「そんなことできるわけないじゃん」と言われます。もちろんそのとおり、失敗したこととか途中で止めたこともたくさんあるんですけど、自分の感じる違和感に従って行動を変え続けていくその中で良いと思ったことをやり続けて社内を変えていくということは、時代が追いついてきた今振り返ってみてやっぱり重要だったなと思います。

「一つの島国を出て触れてきたさまざまな多様性こそがマーケターとしての強み」

2013~14年、2度目の世界一周の旅へ。ケニア・タンザニアを訪れた際、マサイ族と

大久保:最後に、西井さんといえばやはり旅。海外にもよく行かれていますが、海外旅行の経験がマーケターとしての視野を広げてくれることがあると感じますか。

西井:まさにそう感じますね。僕はマーケティングにおいて、「人の多様性をいかに理解するか」ということが非常に大事だと思っています。お客様の気持ちに入り込めれば、何で売れないのか分かるわけですから。

ただ実際には、たとえば東京と離島間で、あるいは同じ東京同士ですら多くの違いがあるにも関わらず、多くの人がマスマーケティング的な思考で「私だったらこんな商品買わない」という一つの視点に留まってしまう。特に日本は、一つの島でほとんど人種的な多様性もないので、みんな同じだと考えがちなんですけど、日本という一つの島を出てみれば、多くの人種や考え方に触れることができます

例えば僕が旅してきた中で言うと、日本ではめっちゃ怖そうと思われているイスラム教徒の人の中にも実はめちゃくちゃ優しい人がいるし、アフリカといえば食糧危機で大変そうというイメージがあるけれど、実はルワンダでは今すごくITが発展していてめちゃくちゃ稼いでる人たちがいる。

そういった多様性は、同じ一カ所に滞留してると触れることができません。これまで多くの国々に足を運んで多様性に触れてきたことが僕のマーケターとしての強みだと思っているし、自分の社員にも「とにかく旅行に行って外に出よう。様々な人と話そう」ということを言っています。

大久保:人の多様性もそうですが、海外の施設や商品を見ることも参考になりそうですね。

西井:本当にその通りだと思います。先ほども話が出たとおり、日本は、人口が増え続けて会社もずっと大きくなり続けるという時代を経験してきました。しかし今、そのときのやり方やマーケティングの考え方をずっと引きずってしまっているせいでうまくいかない組織や会社が多くあります

例えば日本のあるキャンプ場に行った際にはこんなことがありました。せっかく広々とした自然の中に来たのに、せまく区切られた区画にしかテントを張れないというんですね。ほかに余っている敷地があったので「あれは何なんですか」と聞いてみると、少年自然の家や小学生キャンプ体験のために以前作ったエリアだということでした。

昔必要になって作ったけど、今子どもの数は圧倒的に減っていて、そこの区画はほとんど使われてないまま放置されている。大人向けのキャンプ場にすればいいのにと思いますが、多分「過去うまくいったからこれでうまくいくだろう」という思いがあるんだと思います。そういった違和感というのは、その組織や地域にずっといるとだんだん当たり前になって感じられなくなっていくものです。

海外に出てみると、「海外のキャンプ場はなんでこんなに快適なんだろう」と、同じキャンプ場でも全然違っています。そういった違いに気付き、時代やお客様が求めるものに合っているかを考えられるようになるためには、やはり一つの場所に滞留せずいろんなものを見るということが大切かなと思います。

大久保:なるほど。組織づくり、起業、旅とさまざまな軸からお話をお聞かせいただきありがとうございました。

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(取材協力: 株式会社シンクロ 代表取締役社長 西井敏恭
(編集: 創業手帳編集部)



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