⼀関⼯業⾼等専⾨学校 Team MJ×日本ディープラーニング協会|過去最高10億円の企業評価額!一関高専が最優秀賞を受賞した事業創出コンテスト「DCON」がもたらす未来
優秀なビジネスモデル創出に成功!「D-walk」開発の舞台裏とディープラーニングの可能性に迫る
新たなイノベーションとして、人間が自然に行うタスクをコンピュータに学習させる機械学習の手法のひとつであるディープラーニングが世界的な注目を集めています。
そのディープラーニングを中心とした技術による日本の産業競争力の向上を目指すのが、一般社団法人日本ディープラーニング協会です。
同協会は、ディープラーニング事業を核とする企業や有識者を会員とし、人材育成や普及の促進を行うとともに、高等専門学校生をバックアップする事業の一環としてディープラーニング×ハードウェアの高専生による事業創出コンテスト「全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(通称:DCON/ディーコン)」を主催しています。
今回は同2022年大会で最優秀賞を受賞した⼀関⼯業⾼等専⾨学校 Team MJに加え、日本ディープラーニング協会、そして創業手帳代表の大久保による対談を通じて、「D-walk」開発の舞台裏とディープラーニングの可能性について掘り下げました。
一関工業高等専門学校の専攻科1年生(大学3年相当)石井・菊池・佐藤の3名で構成されるチーム。石井が研究室で取り組んでいた認知症発見の研究にディープラーニングを応用するため、知見のある菊地・佐藤の2名が協力する形でチームを結成し、DCON2022に参加。はじめは大会参加のための即席チームだったが、大会終了後もプロダクトの商品化のため継続して研究を続け、起業準備をしている。大きなイベントが終わった後は、3人でラーメンを食べるのが恒例行事。
日本ディープラーニング協会は、ディープラーニングを事業の核とする企業が中心となり、ディープラーニング技術を日本の産業競争力につなげていこうという意図のもとに設立されました。ディープラーニングを事業の核とする企業および有識者が中心となって、産業活用促進、人材育成、公的機関や産業への提言、国際連携、社会との対話など、産業の健全な発展のために必要な活動を行っています。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
会員事業と育成事業を中心に据えて目指すのはディープラーニングの普及
大久保:まず最初に、日本ディープラーニング協会の理念や取り組みについてお聞かせ願えますか。
日本ディープラーニング協会(以下、JDLA):日本ディープラーニング協会は、ディープラーニングを中心とした技術による日本の産業競争力の向上を目指す産業団体です。会員事業と人材育成事業の2本柱を主として運営しています。
会員事業で最も注力しているのは、ディープラーニング事業を核とする企業のラベリングです。ディープラーニングが抱えているブラックボックス問題の解決を目的としています。
ディープラーニング技術は、正確な知識を持った技術者が扱わないと誤ったアウトプットをするプロダクトになってしまい、良い結果が得られないというリスクをはらんでいます。これがブラックボックス問題です。
革新的なイノベーションの中心に位置する技術ではあるものの、現段階では精度の観点でバラツキが大きい産業ですので、産業全体のクオリティを上げていく必要があるんですね。
そこできちんとディープラーニング技術を取り扱っている企業を正会員として「正しくディープラーニングを扱える企業です」とラベリングしています。
大久保:どんなに優れた技術でも、新たなイノベーションだからこそ起こりうる問題ですよね。課題解決のためにご尽力されていることが理解できました。続いて、人材育成事業についてお教えください。
JDLA:人材育成事業では、ディープラーニングの可能性と限界を正しく理解して事業に活用できるジェネラリストと、ディープラーニング技術を実装するエンジニアを増やすために人材育成を行っています。
事業の根幹として実施しているのが2つの検定・資格です。
ビジネスの観点で扱うジェネラリスト向けのG検定と、ディープラーニングモデルの設計から実装まで行うエンジニア向けのE資格を用意しています。
高等専門学校制度に着目し、人材育成の一環としてスタートした「DCON」
大久保:先ほどお話しいただいた人材育成事業の中で、高等専門学校の学生たちをバックアップされていると伺っています。詳しくお聞かせください。
JDLA:弊協会が人材育成という観点で着目したのが高等専門学校制度です。
高等専門学校は、社会が必要とする技術者の養成を目的に、中学卒業後、5年間一貫の技術者教育を行っています。
本科の5年課程卒業生は、専攻科の2年課程を学ぶことも可能です。ちょうど高校・大学と同程度の期間をかけ、ものづくりに関して集中的に勉強することができるんですね。
大久保:高専制度を運営されている国立高等専門学校機構と全国高等専門学校連合会は、ここ数年アントレプレナーシップ教育に力を入れていますよね。こうした理念にも賛同されたのではないでしょうか。
JDLA:はい、強い共感を覚えました。
弊協会では、日本の産業界が世界と闘う上で「ものづくり×ディープラーニング」の力が勝ち筋のひとつになると考えています。
そう見据えたとき、ものづくりの技術教育を行っている高専のプログラムにディープラーニングを注入することで、より高度な人材育成が実現できるのではないかなと。
こうした経緯で「まずは高専生たちにディープラーニングの技術を知ってほしい。面白いと思ってもらえたら、ぜひ実際に学習して活用できる人材になってほしい」という想いから、ディープラーニングに触れるきっかけとなる全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト「DCON(ディーコン)」をスタートしました。
2022年で第3回を迎えたのですが、おかげさまで回を重ねるごとに非常にレベルの高い大会に成長しています。
そしてDCON2022で最優秀賞を受賞したのが、⼀関⼯業⾼等専⾨学校 Team MJの皆さんです。
大久保:最優秀賞おめでとうございます。受賞された「D-walk(ディーウォーク)」については後ほどお伺いするとして、まずはDCON2022への参加を決めた経緯についてお聞かせください。
⼀関⼯業⾼等専⾨学校 Team MJ(以下、一関高専):ありがとうございます。
DCONの顧問を務める一関高専の鈴木先生が担当されている研究室で行っていた、歩き方から認知症であるかどうかを推定する研究に、Team MJのメンバーの1人である石井くんが携わっていました。その研究はディープラーニング技術を使わずに解析を進めていたんですね。
そんな中、「DCONに参加してみたらどうだろう?」と話があがりました。テーマを詰めていく段階で「認知症に関する研究にディープラーニングを用いれば、さらに精度の高い研究成果を得られるのではないか?」という結論になったんです。
こうした経緯でTeam MJとして新たに研究を始め、DCONに出展しました。
大久保:実際に参加してみて、最も良かったのはどんなところですか?
一関高専:DCONではファイナリストの10組に選ばれるとメンターが付くのですが、僕たちのチームはABEJAの岡田さんが担当してくださいました。
そこでビジネスについてもゼロから教えを受けることができて、ものすごく勉強になったんです。
技術的な部分は学校でも学べるのですが、理系ということもありビジネス面はあまり取り扱っていないんですね。だからこそなおさら岡田さんが全面的にバックアップしてくださって、本当にうれしかったです。
大久保:将来を考えても良い経験をされましたね。DCONのメンターとして名を連ねているのは、いずれも錚々たるメンバーだと伺っています。
JDLA:はい。DCON2022ではABEJAの岡田さんをはじめ、彼らの先輩にあたる高専出身のさくらインターネットの田中さんやフラーの渋谷さんなど、日本のスタートアップを牽引してきた先輩起業家の方々がご協力くださいました。
DCON2022にて最優秀賞を受賞した一関高等専門学校 Team MJ「D-walk」
大久保:DCON2022で最優秀賞を受賞された「D-walk」について、詳しくお聞かせください。
一関高専:僕たちが開発した「D-walk」は、認知症の推論を容易に行うことができるシステムです。
インソール型の足圧センサを靴に挿入して、加速度センサを搭載したスマートフォンを腰に付けて歩くだけで、学習データをもとに認知症度合いを検知するモデルとなっています。
認知症をテーマに選んだのは、認知症の増加が大きな社会課題になっているためです。
日本では2025年に高齢者の5人に1人が認知症、同じく5人に1人が認知症予備軍と試算されていて、合計すると5人中2人が認知症か予備軍という社会背景を抱えています。
大久保:DCONが掲げている「社会課題の解決」にふさわしいテーマですね。「D-walk」の目的は予防+モニタリングだと伺っています。
一関高専:はい。健常な状態からMCIという過程を経て認知症に推移するのですが、このMCIが認知症予備軍です。MCIの段階で適度な運動などの対処を行うことで、およそ40%が快復したという研究結果が発表されています。
そこで「MCIであることを検知すれば、認知症の早期発見や予防につながるのではないか?」という着眼点から「D-walk」の開発を進めてきました。
ディープラーニングの活用についてなのですが、スマートフォンの加速度・角速度センサから、1D-CNNという1次元畳み込み技術を用いてスコアを学習させています。
出力結果は、MCI判定の正解率が85.5%です。正解に近い極めて高い結果が得られていて、外れ値についてはインソール型の足圧センサで補正するという提案も行いました。
大久保:よく練られたプロダクトだと感心しました。既存検査の調査や価格面含めた比較検討も入念に行ったそうですね。
一関高専:はい。現時点でMCI・認知症を推論するにはMMSEと採血を組み合わせた検査がありますが、かなり大掛かりで費用も高額です。年1回〜2回通院する必要があり、所要時間は60分、1回につき20,000円かかります。しかも診断のみですので予防策は打てません。
一方、「D-walk」は歩くのみ。時間は1分以下で検知が可能です。
費用面についてですが、保険会社の商品として展開するtoBのビジネスモデルとして考案しました。被保険者は「D-walk」を使うことで、毎月の保険料から100円割り引かれるという画期的な手法を編み出しています。
保険会社がかかるコストは、1人あたり毎月600円です。「D-walk」利用料として開発者の僕たちに500円を支払うと同時に、利用対象者の保険料から100円を割引するというモデルを想定しています。
大久保:素晴らしいアイデアですね。ビジネスとしてもきちんと成り立つことを証明する検証も行ったと伺っています。詳しくお聞かせください。
一関高専:「D-walk」を活用してMCIの段階で早期発見および治療ができれば、回復率の向上により保険会社は最大13%以上の増益が見込めると試算しました。
先ほどご説明した通り、認知症の進行は健常な状態からMCIを経て認知症に推移していくのですが、年間の推移率は健常者からMCIが約2%、MCIから認知症が約10%です。MCIから認知症に移行すると、ほぼ回復しないため一時金が発生しますが、「D-walk」を利用することで前段階のMCIで検出できます。
MCIの段階で早期治療ができた場合、年間推移率を当てはめるとおよそ40%が快復すると想定されているんです。この回復率の向上の結果として、保険会社は増益になるんですね。
保険会社にとっても十分なメリットがありますし、僕たちも利用料をいただくことができる。被保険者は、保険料が割り引かれるだけでなく、認知症のリスクを減らすことができます。
このように三方良しのビジネスモデルとして開発したのが「D-walk」です。
グローバルな視点での評価も高い「D-walk」は過去最高10億円の企業評価額
大久保:一関高専の皆さんが開発された「D-walk」が非常に緻密、かつビジネスモデルとしても優秀なことに驚きました。DCON2022でも大きな話題になったのではないでしょうか。
JDLA:はい。「D-walk」は過去最高の企業評価額10億円という評価を受けています。
この評価をされた審査員の方から「ここまでビジネスプランとして練り込んだチームは初めて。一段とDCONのレベルを上げた、エポックメイキングなプランだった」との賛辞のお言葉もいただいているんです。
ここで注目したいのは、高齢者介護をしているご家族に販売するというサービスプランであれば、正直に申し上げると多くの開発者や事業者が思いつくのではないかということ。ただ、それですとどこまで価値のあるビジネスになるか不透明です。
彼らが極めて高い評価を得たのは、きちんとマーケティングリサーチを行い、toBとtoCの比較検討や最適な販売先の検証まで実施して、最終的に事業者目線でビジネスプランを組んだことなんですね。
また、認知症予防という世界的にも注視されている分野にチャレンジしたことで、グローバルな視点での評価も高いです。
審査員の方々も「あらゆる着眼点が優れている」として、過去最高の企業評価額を出してくださいました。
大久保:加えて、特別協賛企業の丸井グループが企業賞を出してくださったり、各企業からのお声がけも増えたそうですね。
JDLA:丸井グループは「一人ひとりの『しあわせ』を共に創る」というテーマを掲げているのですが、「D-walk」に大きな可能性を感じてくださいました。グループのリソースを活用して、さらに多くの高齢者の歩行データが取得できるよう支援するというお申し出までいただいています。
それから今年8月にあらゆるメディアに取り上げられたことで、認知症患者の介護サービスを提供している企業から共同研究のお問い合わせや、インソール開発を行っているメーカーがご連絡をくださるなど、多方面から期待を寄せられているんです。
認知症予防だけでなく、社会課題という市場も世界的な注目を集めていますので、「D-walk」はあらゆる分野と連携しながら展開できる可能性を秘めているのではないかと実感しています。
人生や社会の先輩がやるべきことは、学生の将来に関するより多くの選択肢の提示
大久保:最後に、DCONを通して一関高専の皆さんが感じた想いについてお聞かせください。
一関高専:DCONに参加するまでは、自分たちが開発したプロダクトで社会課題を解決するという発想がそれほどありませんでした。
でもDCONメンターの岡田さんからビジネスモデルの作り方や販売手法を教えていただいたり、調査をしながら勉強していくうちに、「僕たちにはそういう力があるんだ」と自信を持つことができたんです。
DCON実行委員長の松尾さんがよくお話しされている「学生起業のデメリットはそれほど無く、メリットのほうが多い」も実感しています。仮に失敗したとしても進学や就職の道が残されていますし、「学生起業も悪くない」と意識が変わりました。
それからDCONに参加したおかげで、大きなチャンスをいただいたということも感じています。個人の活動ではなかなか難しかったと思いますので、この機会を活かしてさらにチャレンジしていきたいです。
大久保:高専生をはじめとした学生の皆さんを取り巻く現状や今後の展望について、日本ディープラーニング協会からもお願いします。
JDLA:日本の教育業界はやはりまだまだ閉じていて、提示される将来の選択肢が少なすぎるという問題を抱えています。
環境によって進学か就職しか選べなかったり、地方に行けば行くほどさらに地元の企業か学校に進まざるを得ないという風潮がいまだに根強いんです。
だからこそ、私たち人生や社会の先輩である大人がやるべきことは「学生の可能性の選択肢をどれだけ多く提示できるか?その選択肢に触れる場をどれだけ多くもたらすことができるか?」ではないかと考えています。
こうした理念から、弊協会ではDCONの主催だけでなく、学生起業をバックアップする「DCON Start Up 応援1億円基金」や、起業後のサポート事業なども運営しています。
起業した高専生の皆さんには、ぜひモデルケースとして輝いてほしいですね。「チャレンジした結果、素晴らしい世界が待っていた」と自らの姿を通して発信しながら、後輩たちにより多くの選択肢を見せてあげてほしいと願っています。
(取材協力:⼀関⼯業⾼等専⾨学校 Team MJ)
(取材協力:一般社団法人日本ディープラーニング協会 )
(編集:創業手帳編集部)