さくらインターネット 田中 邦裕|エンジェル投資家として応援したい起業家とは

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年09月に行われた取材時点のものです。

30社以上に出資したエンジェル投資家として大切にしている3つの選定基準

大好きだったパソコンに没頭した流れで学生時代に自分でサーバーを作り、友人にレンタルするようになったことをきっかけに学生起業したのがさくらインターネットの田中さんです。今はエンジェル投資家として30社を超えるスタートアップに投資をしています。

学生起業から上場までの間に起きた苦労やエンジェル投資家としての考え方について、創業手帳の大久保が聞きました。

田中 邦裕(たなか くにひろ)
さくらインターネット株式会社 代表取締役社長
1978年生まれ、大阪府出身。国立舞鶴高等専門学校在学中の96年にさくらインターネットを創業し、レンタルサーバー事業を立ち上げた。 学校卒業後の98年にインフォレストを設立、99年にさくらインターネットを創立し、社長に就任。 2005年東証マザーズに上場、15年東証一部へ市場変更。現在は、クラウド事業を中心に展開している。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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学生時代にパソコンにハマった流れでサーバーレンタル事業で学生起業

大久保:起業までの経緯を教えてください。

田中:私の小さい頃の夢は「ロボットのエンジニア」になることだったので、高専に入ろうと思いました。高専での生活は、ロボコンやパソコンいじり、吹奏楽部などとても充実していました。

そして私が高専に在校している時、インターネットの波が押し寄せたんです。1994年頃からアメリカではインターネットやWEBが広がり、私も入学時からパソコンと触れ合い始めて、WEBにのめり込みました。

ある時から学校に自分でサーバーを立ち上げ、友人に貸すようになりました。しかし、トラフィックの量が増え、学校にすぐ撤去するように言われました。

どうしようか悩んでいると、友人からお金を払ってもいいからサーバーを使わせてほしいと言われたことがきっかけで個人事業主として創業しました。

自分がやっていたサーバーサービスをお金をもらって維持するためには、創業してビジネスにしなければならなかったんです。だから私の場合創業時からPMF(※)からできているありがたい状況でした。

※PMF…マーケットに適した商品やサービスを提供できている状態のこと

大久保:サーバーやインターネットにのめり込んだきっかけはありますか?

田中:私が人生で1番感動したことがあります。それは、当時高専にある私が作ったサーバーと秋葉原のインターネット体験コーナーが繋がったことです。

当時のパソコン通信はお金がかかり、立ち上げも大変でした。ですが気軽に学校にあるサーバーと秋葉原のインターネットコーナーが繋がることに衝撃を受けました。テクノロジーもですが、そういうカルチャーがやってきたことに感動しました。

個人事業主、有限会社を経て「さくらインターネット株式会社」へ

大久保:個人事業主として創業してから何年後に法人化しましたか?

田中:1996年に個人事業主として創業しました。そして、1998年の高専の卒業時には売上も1000万円を越えていたので、法人化した方が良いと思いました。

当時は有限会社や株式会社を作るのに、多額の資本金が必要な時代でした。

たまたま見つけた本に、合資会社なら資本金が1円から作れると書いてあり、合資会社を作ろうと思いました。この時、会社を作るハードルは低いんだなと感じましたね。

ですが、その時お世話になっていた、地元のプロバイダの社長が有限会社にした方が良いんじゃないかとアドバイスをくれたので、3割出資してもらい、残り7割は私が出資して「さくらインターネット」の基になる有限会社を作りました。

売上は立っていたので、入ってくるお金も大きかったのですが、サーバーを買うのにも結構お金がかかり、資金繰りに困ることは多々ありました。

大久保:一度社長を辞められていますよね?その理由を教えてください。

田中:1999年に株式会社化して、出資を外部から受けるようになったのですが、上場に向けて動く中で、自分が求める会社像と方向性の違いを感じるようになり、社長を辞めました。

ですが、その後、債務超過で次の社長が辞めてしまったので、私がまた社長に戻ったという流れです。

チームビルディングに失敗し債務超過を抱える大ピンチ

大久保:社長が変わってうまくいかなかった原因はなんですか?

田中チームビルディングに失敗したことです。

役員全員が一丸となり会社経営について考えて、一つの事業をどう成長させるかの話合いが必要だと思いますが、当時は目先の売上をいかに作るかばかり考えて、中長期的な成長ができなくなってしまいました。

会社に勢いはあったので、社員は集まりましたが、役員や社員が一丸となれていなかったので、色々な事業が同時多発的に失敗してしまいました。

M&Aした10社くらいもほぼ全て赤字でした。M&Aした会社の経営がうまくいかなかったのは、会社の買収だけが目的になってしまったことが原因ですね。

そして売上のためにM&Aして会社や権利をたくさん買いましたが、ビジネス化できず、買った額をすべて減損処理しないといけなくなったので、債務超過してしまいました。

上場すると売上や利益の成長を市場から要求されます。本来は自分たちの会社のビジネスを強化することが大切なはずなのに、目先で売上を作らないといけないという焦りが出てしまいました。上場の怖さを感じましたね。

債務超過を抱えた経験から学んだこととは

大久保:その経験でどんなことを学びましたか?

田中:短期的な売上ばかりを考えるのではなく、生き残るためには増資などで安全マージンを持っておく必要があるということです。

サーバーを買うための借り入れなどは利益率も悪くないので、リスクは少ないのですが、M&Aの資金のために借入をしたことは間違いだったと思っています。

大久保:規模の拡大を目指さなければ良かったと思いますか?

田中:いや、規模は拡大した方が良いと思います。

2度目に社長になって10年くらいM&Aはしませんでしたが、6〜7年前に改めてM&Aを再開してからは、私や経営企画部が入ってモニタリングをするようになりました。

M&Aすることが目的ではなく、M&Aした後、いかにマネジメントできるかにこだわるようになりました。

大久保:債務超過をしてM&Aを辞めたと思いますが、他にどういう対処をしましたか?

田中:1番初めにやったのは、スポンサーを見つけることです。様々な会社にコンタクトを取り、最終的に双日に増資をしてもらいました。

そして本業に集中するために、出資した会社を売却し、収益性を高めるようにしました。

他には、とにかく経費を削減することに努力しました。ですが、成長意欲がある社員にとっては物足りない業務内容が多くなり、辞めてしまいました。

短期的には社員が退職した分の人件費が抑えられましたが、会社としては成長余力がなくなってしまいました。

成長意欲のある社員がいるからこそ新しいビジネスが生まれる

大久保:当時の組織の雰囲気はどうでしたか?

田中:目先のことをしっかりやることが利益に繋がるので、保守的ですが、失敗をしない雰囲気でした。

大久保:その雰囲気は今も続いていますか?

田中:今は全く変わりました。

2009年頃から積極的に設備投資をしました。

設備は入れ替えない限り利益が出るのですが、それでは駄目だと思い、2011年にデータセンターを北海道に作りました。

そして2014年頃からは採用にも力を入れています。

人が足りないから補充する意味で採用する会社が多いですが、私は人がいるからこそ、新しいビジネスが生まれると考えています。

採用を強化し、働きやすさを高めるために給料を上げたり、働き方の自由度を高めたり、残業を短くするといった社員に対する様々な施策をしました。

新しい社員が増え、成長したいという意欲も出てきたので、AI向けのGPUサーバー、さくらのクラウド、パートナーとのアライアンスなど様々な取り組みを始めました。

この5、6年はリスクを取りながらも、安全性を担保しつつ、成長路線に乗せる感覚でやっています。

大久保:物への投資より無形物への投資が時代に合っていますか?

田中クラウドはハードウェアから利益を生み出す訳ではなく、クラウドのシステムであるソフトウェアが利益を生んでいるんです。クラウドビジネスは限界費用が限りなく0に近いです。

さくらの場合、インフラを伴ったクラウドサービスなので、インフラ投資は必要ですが、仕組みを作り込んで、お客様に満足してもらうことが重要だと思っています。

大久保:さくらインターネットのこれからはどのようにお考えですか?

田中:さくらインターネットの中で「さくらのクラウド」が1番皆さんの期待値が高いと思っています。クラウドサービスは外資系のものしかないと思っている人も多いと思うので、国内のクラウドでもしっかり使えると思ってもらえるように成長させたいです。

エンジェル投資家として考える「投資先の選定基準」

大久保:どんな所に注目して投資先を決めているのか教えてください。

田中:基本的に「逃げない人」「熱量を持っている人」「誰から紹介されたか」を判断して投資しています。

ココ重要!「投資先の選定基準」
  • 逃げない人
  • 熱量を持っている
  • 誰から紹介されたか

「逃げない人」は、出資して失敗するのはいいんですが、出資した人が逃げていなくなるのは1番嫌なんです。

「熱量を持っている人」は、本当にやりたい事業なのか、なぜその事業をやっているのかをしっかり持っているかどうかを見ています。私は事業内容よりも、事業に対して本当にやりたいという思いがある人を応援したいと思います。

「誰から紹介されたか」は、信頼できる人からの紹介であることです。

紹介で出資することは多いです。人からの紹介であればネットワークが読み取れます。イメージが良くないネットワークに所属していると敬遠してしまいますね。

他にも中長期視点でビジネスを見れているか、起業のコミュニティなどで悪い噂はないかなども見ていますが、前提にこの3つが必ずあります。

大久保:投資先とはどのように関わっていますか?

田中投資をするだけでなくメンタリングをしています。

私は出資額を多くするよりも、私が入ることで、ビジネスを次に繋げたり、お金の使い方をメンタリングして、会社を継続させられる状態にしていくことが重要だと思っています。出資だけでなくメンタリングとノウハウを提供することが大事だと思っています。

よくメンタリングの時に話していることは、会社の1番の売り物が株になるのはまずいと思っています。

資金を調達することは悪いわけではありませんが、調達せずとも成長している会社はたくさんあります。起業家の方々には、他社が出資を受けたというニュースに一喜一憂せずに、自社のプロダクトやサービスをブラッシュアップすることに注力してほしいと思います。

エンジェル投資最大のメリットは「共に学ぶ関係性になれること」

大久保:エンジェル投資の魅力は何ですか?

田中:私は4つ魅力があると思っています。

1つ目は、エンジェル投資をしてメンタリングをさせていただく中で、自分自身も勉強させてもらえることです。

メンタリングをしていると自分自身に足りないものや、自分の会社がやるべきことなど気づきが多いです。「指導する」というよりも「共に学ぶ関係性になれる」ことが、エンジェル投資のメリットだと思います。

2つ目は、エンジェル投資をしていると、エンジェル投資をしてほしいと言われることが多くなり、自分自身の紹介の手間も省けますし、投資をしてほしい企業がいくつかある中で投資先を選ばせていただけるのが魅力です。

3つ目は、最新の情報が入ることです。どういうビジネスが儲かっていて、これから社会を変えるのはどんなビジネスなのか、なども分かるようになります。

4つ目は、投資先が増え、多くの社長と交流することで、普通や区分といった概念が、いかに愚かなことかを感じられることです。「普通は〜だ」「日本人は〜だ」という表現をする人は多いと思いますが、起業家は本当に様々な感覚を持った方が活発に意見交換をするので、自分自身も元気になります。

大久保:私もたくさんの起業家に取材させていただき、本当に起業家の方はカラフルだなと感じます。

田中:いろんな人がいますよね。色々な会社があると多様性は高まると思うので「日本人は」とか「普通は」という表現をしなくなると思います。

大久保:起業家だけでも本当に個性が豊かですもんね。

田中:もちろん起業家だけでこの国が成り立っていくわけではないので、起業家だけでなく、そこで働く人たちがいかに報われるかが重要です。

その中でも私自身は、起業家が増えることで、昔ながらの日本のあり方が変わり、多くの人が得をすると思っているので、これからもエンジェル投資をしていこうと思います。

自分のやりたいことは探さないと見つからない

大久保田中さんが起業家を見極めるために何か質問を一つだけできるとしたら何を聞きますか?

田中:やはり「なぜこの事業をやっているのか」ですね。

内発的動機が明確であることが大事で、なぜその動機が生まれたのか、その動機の中にその人だからこそできるという要素を見出せると出資しやすいですね。

大久保:投資先の起業家が壁にぶつかっている時に、どんなメンタリングをしますか?

田中:壁にぶつかった時にどういう気持ちになったのか。今なんの制約もなく、人もお金もある1番良い状態だとすると、あなたはどんな判断をしますか?と聞きます。

壁にぶつかると、次の選択肢を考える時に、選択肢を絞り込んでしまい、選択肢の質が悪くなってしまいます。壁になる条件が無くなり、良い状態であればどういう選択肢があるのか考え、良質な選択肢を並べます。

悪くなった選択肢から選ぶのではなく、できるだけ良質な選択肢から選択をするようにすると良いと思います。その中でも選べないものは諦めるしかありませんが、その時に私が協力できることは最大限協力し、よりよい選択肢を取れるようなサポートをします。

大久保:最後に起業家へメッセージをお願いします。

田中:私は起業して経営者になっただけで素晴らしいと思うんです。

なので、ぜひやりたいことをやってください。やりたいことは消火器のようなもので、探せば見つかりますが、探さない限り見えないんです。

消火器を探すという比喩表現の先に、自分がやりたいことを探している人ほど、自分がやりたいようにやれます。起業した会社、ビジネスが質の良いものになっていくことを応援したいと思います。

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(監修: さくらインターネット株式会社 代表取締役社長 田中 邦裕
(編集: 創業手帳編集部)



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