TDK Ventures ニコラ・ソバージュ|CVCとしてスタートアップ企業を支援し、インパクト・スケーラーを増やしたい
起業家精神に溢れたフランス出身の現CEOが考えるCVCの役割とは
この10年でCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の数は10倍に増加し、企業とスタートアップの連携がますます重要視されています。
その中でTDK Venturesは設立以来、デジタル、エネルギー、環境といったテクノロジー分野において、社会と地球にポジティブなインパクトをもたらす起業家を支援しています。
今回はTDK VenturesのCEO、ニコラ・ソバージュ氏に、CVCの役割とその未来について、創業手帳の大久保が聞きました。
TDK Ventures CEO
究極のインパクト・スケーラーである起業家に投資し、サービスを提供することに尽力している。デジタル、エネルギー、環境の変革において、革新的で有意義なソリューションを構築し、社会と地球にポジティブなインパクトをもたらす。ニコラは、人生において本当に重要なことに集中し、周囲の雑音をできる限り取り除くことの価値を信じている。スタンフォードGSB、INSEAD、ロンドンビジネススクール、マイクロエレクトロニクスISEN卒。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
TDKがCVCを始めた2つの理由
大久保:ニコラさんのこれまでのキャリアについて教えてください。
ニコラ:元々はTDKが買収した企業に在籍していました。所属企業が買収された後に、2018年に私からTDKにTDK Venturesの設立を提案し、2019年5月1日に正式にスタートしました。
日本人ではない私がTDK VenturesのCEOを務めていることは、大変ユニークなことだと思っています。
大久保:TDKとはどのような会社ですか?
ニコラ:現在のTDKは約10万人の従業員を擁する世界有数のエレクトロニクスカンパニーです。
グローバル市場で幅広くビジネスを展開しており、EVやHEVなど自動車市場向け、スマートフォンなどのICT市場向け、そして半導体製造装置や再生可能エネルギー機器などの産業機器市場向けなど、社会課題の解決に貢献できる分野でビジネスを展開しています。
大久保:TDKはなぜCVCを始めたのでしょうか?
ニコラ:TDKがCVCを始めた理由は2つあります。
1つ目の理由は、新しい技術やマーケットを探索するというポジティブな理由です。
2つ目の理由は、現在のTDKの強みは維持しつつ、次の成長を探索しTDKが新しく生まれ変わるきっかけとなる、ある種の防衛ミッションという側面もあります。
約5年前、TDK前社長の石黒にTDK Venturesの設立を提案したのですが、「私がまさに欲しかったものだ」と言っていただきました。
大久保:石黒前社長は、現状の成功体験にとどまることなくTDKを変えて成長させる重要性を感じていたのでしょうか?
ニコラ:はい。後に石黒の真意を知ったのですが、石黒は以前カセットテープやCDの事業を担当していた際に、当時の新しい技術である音楽のストリーミングサービスの台頭によってとても苦労されたそうです。ですので、新しい技術やマーケットを求めて企業が常に成長を目指すことが重要だと感じていたのだと思います。
大久保:TDK Venturesでは現在どのような領域に投資されていますか?
ニコラ:基礎的な材料科学を活用し、魅力的で持続可能な未来を世界に切り開く、アーリーステージのハイテク新興企業に対してグローバルに投資しています。
具体的にはヘルス&ウェルネス、次世代交通、ロボット、産業用アプリケーション、クリーンテック市場などの主要セグメントにおいて、デジタルとエネルギーの変革(DX/EX)を推進することを目指していまして、DXとEX分野を中心に投資をしています。
TDKの今後の戦略に合う企業という基準で投資を進めています。
大久保:TDKとのシナジーはどこまで考えているのでしょうか?
ニコラ:投資先としての判断軸は企業同士の戦略面シナジーだけでなく、ファイナンシャルリターンや社会貢献までも視野に入れています。これら3つは互いに相関関係にあると考えています。
投資先のスタートアップ企業が成長すれば、TDKへのファイナンシャルリターンもよくなりますし、結果的に社会貢献もできるからです。
ただし3つの要素のどれかが0だった場合は、全てが0になるので注意が必要ですね。
TDK Venturesが関心を示す「AI」と「核融合」の関係性
大久保:投資先の領域としては、今どこに注目していますか?
ニコラ:AIと核融合です。この2つは離れている領域のように見えますが、AI分野が成長すれば、データセンターにより多くのエネルギーが必要となります。
大久保:核融合は夢のような技術と言われてきましたが、その点いかがお考えですか?
ニコラ:核融合に関しては様々なアプローチがありますが、TDK VenturesではType One Energyという会社のステラレーター方式に注目しています。
ステラレーター方式は科学的には可能と言われていますが、技術的にはまだ確立されていません。
大久保:まだ確立されていない技術に投資することもありますか?
ニコラ:科学、技術、商業の3つ全てにリスクがあると投資できません。しかし、科学的リスクは解決しており、技術的リスクと商業的リスクだけが残っている場合であれば、TDK Venturesがサポートすることで社会実装できると考えています。
大久保:今はどこの国のどのマーケットに注目していますか?
ニコラ:インド企業へ注目しています。インドに注目する理由は、マーケットが大きく、ビジネスが成長する確率が高いと考えているからです。インド企業の中でも、インド国内だけでなく、その後グローバルに広がる見込みのある企業を選んでいます。
インド以外では、日本企業にも強く期待しています。社内では「いつ日本の企業に投資するか」という話題が頻繁に上がっています。
VCとCVCの大きな違いは「母体企業が持つコネクション」
大久保:VCと比較したCVCのメリットを教えていただけますか?
ニコラ:VCに関しては、投資する資金以外にも幅広いサポート力が魅力だと考えています。一方でCVCは母体の企業があるという強い魅力があります。
ただし、全てのCVCが母体企業の持つコネクションを十分に活用できているわけではありません。
TDKの中には50近くの様々な部署があるので、どの部署とどう協業できるかを一緒に考えてサポートします。
そのために、TDK Venturesの中にはスタートアップとTDKをつなぐ役割を持つ者がいるのです。
大久保:TDK Venturesが投資したスタートアップ企業を、母体企業のTDKが買収することもありますか?
ニコラ:他のCVCの中にはM&Aをゴールとして投資先を探していることもありますが、我々はそうではありません。
大久保:それはなぜですか?
ニコラ:我々が詳しい分野には投資せず、遠い分野に投資するようにしているからです。
例えばTDK Venturesのポートフォリオの中で言うと、STARSHIPは商品を配達するための自律走行ロボット、Agility Roboticsは人と並んで働く人型ロボット、AutoFlightは全電動で荷物を輸送する電動垂直離着陸モビリティをそれぞれ扱う会社です。
今ご紹介したスタートアップ企業は、将来的にTDKと協業できる可能性が高いため、ビジネスパートナーになるかもしれませんが、M&Aすることはありません。
ニコラ・ソバージュ氏がTDK Venturesの立ち上げに込めた想い
大久保:ニコラさんの今後の夢を教えてください。
ニコラ:よりよい社会、よりよい地球になっていくためには、起業家の皆さんの力が必要です。
世の中にポジティブな影響を及ぼす方を「Impact Scalers(インパクトスケーラー)」と呼んでいますが、そういう方々をもっと増やしていきたいと考えています。
現在TDK Venturesが投資している企業の全てがインパクトスケーラーになってもらえるようにサポートしていきます。
また最近ではTDK Venturesとしてのノウハウを他のCVCに共有する活動も始めました。より多くのCVCがスタートアップ企業をサポートし、より多くのスタートアップ企業がインパクトスケーラーになってもらいたいと考えています。
大久保:CVC視点でスタートアップ側にアドバイスなどがあれば教えてください。
ニコラ:全てのCVCが同じような考えをしていると勘違いしている起業家がいますが、そうではありません。私は85社ものCVCと話したことがありますが、それぞれのCVCは異なる特徴を持っています。
その反対に、全てのVCはファイナンシャルリターンを追求することに特化しているため、必然的にメンバーが持つバックグラウンドも似通っています。
起業家の方々のアドバイスとしては、それぞれのCVCを正しく理解するために、正しい質問をすべきです。
例えば、なぜCVCがスタートアップに投資するのか、投資先をどのような基準で選んでいるのか、投資する上で最も重視していることは何かなど、具体的に質問することをおすすめしています。
スタートアップ企業は、正しい質問をして自分たちに合うCVCを見つけてほしいと考えています。
大久保:読者のスタートアップに向けてメッセージをお願いいたします。
ニコラ:CVCの数は10年前と比べて10倍にまで増えました。これからの10年でさらに増えるかもしれません。
増えることで起業家のみなさんがCVCを選べるようにもなります。
スタートアップ企業は最初に技術を確立することが難しく、一番資金を集めにくいフェーズです。このフェーズこそCVCとしてサポートしたいと考えています。
大久保:CVCを始めようとしている大企業向けにもメッセージをお願いします。
ニコラ:CVCを始めることで、大企業が視野に入れるべき「未来のチャンス」と「未来のリスク」を学ぶきっかけにもなります。
近年はCVCのレベルが上がってきているので、お互いに成功事例をシェアしつつ、業界全体のレベルアップを実現していきましょう。
大久保の感想
(取材協力:
TDK Ventures CEO Nicolas Sauvage(ニコラ・ソバージュ))
(編集: 創業手帳編集部)
M&Aされた会社から親会社のTDKのCVCを立ち上げた異色の経歴の持ち主です。
「CVCはすべて違うことを理解すること」は金額が大きくなりやすいCVCから調達したいスタートアップのヒントになりそうです。