「日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書」 著者・榊社労士が語るHRテックと業務の効率化戦略
ポライト社会保険労務士法人代表の榊裕葵社労士に、話題のHRテックの今を聞きました
(2019/05/22更新)
現在、日本では少子化による若者の減少や、働き方改革などの影響で企業の人手不足が深刻です。実際に、会社が人手不足で倒産するというケースも増えており、起業家は優秀な社員の採用や、定着率の改善、生産性をどう引き出すかなど、組織と人に関わる課題に悩まされやすいというのが現状です。
そんな中、人事系の実務とテクノロジーをかけ合わせて生産性を高める「HRテック」が注目を浴びています。
HRテックについて、数々のクラウド系テクノロジーを使いこなし、テレビやメディアにも出演しているポライト社会保険労務士法人代表の榊 裕葵社労士が、「日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書」(日本法令、以下、HRの教科書)を発行しました。同書では、組織の人事に関わる様々な問題を解決するテクノロジーやサービスが紹介されているほか、それらを使いこなすためのテクニックが豊富に解説されています。創業手帳も同書に協力し、創業手帳でのHR事例も掲載されました。そんな榊社労士が、出版に寄せて、人材確保に悩める起業家に、HRテックの活用法を解説します。
東京都立大学法学部卒業。2011年、社会保険労務士登録。上場企業経営企画室出身の社会保険労務士として、労働トラブルの発生を予防できる労務管理体制の構築や、従業員のモチベーションアップの支援に力を入れている。また、ベンチャー企業に対しては、忙しい経営者様が安心して本業に集中できるよう、提案型の顧問社労士としてバックオフィスの包括的なサポートを行っている。創業手帳ほか大手ウェブメディアに人気コラムの寄稿多数。「日本一わかりやすい HRテクノロジー活用の教科書」(日本法令)を2019年上梓。
HRテックで人事労務分野の業務の手間を大幅に削減
榊:事業が軌道に乗り始め、社員数が増えてくると、それに伴い人事労務手続や給与計算の手間も増えてきます。しかし、事務員を1人雇うほどの仕事量ではないからといって、経営者がいつまでも対応していると、経営者本来の仕事を圧迫してしまう、という課題が出てきます。
外注やテクノロジーコストと社長、起業家の時間を比較すると、これに対する解決策として、HRテックによる効率化や社会保険労務士などの専門家へのアウトソースが合理的だと思います。
榊:HRテックは、従来型の人事労務ソフトとは大きく異なる、革新的な設計思想やビジネスモデルを持っているためです。その特徴は3つあります。
第1は、クラウド上で動くソフトということです。特定のパソコンやサーバーにインストールするのではなく、WEBブラウザを経由してクラウドにアクセスして利用するので、社内や、社外の専門家との情報共有が容易になります。
第2は、分かりやすい操作画面ということです。従来型の人事労務ソフトは、それなりの知識や経験を持った人事労務担当者や社会保険労務士などの専門家でないと扱いが難しい仕組みになっていました。これに対し、HRテックは、iPhoneのように誰でも直感的な操作ができることを目指した設計思想になっているため、全社員が利用でき、会社ぐるみの業務効率化を図ることができます。
第3は、コスト面の優位性です。従来型の人事労務ソフトは、導入時に数十万円から数百万円の初期投資が必要でした。これに対し、多くのHRテックは「利用人数×300円」のように、人数比例の料金体系になっているので、スタートアップを含め、中小企業でも利用しやすいです。
榊:我が国では、トヨタ生産方式に代表されるよう製造業の生産性は世界的に見ても高いですが、バックオフィスの生産性は低いと言われてきました。HRテックを活用することで、バックオフィスの生産性が高まり、国全体としても、各企業単位においても、働き方改革が促進されることが期待されます。
榊:ここまで述べてきたことをより具体的に説明する形になりますが、クラウド勤怠管理ソフトによる出退勤管理や残業時間の集計の自動化、WEB給与明細の配布、ペーパレス年末調整の実現など、これまで社内の人事労務部門で発生していた手間のかかる業務が大幅に削減されます。
また、社会保険労務士への人事労務手続や給与計算のアウトソースする場合も、HRテックのマスタをクラウド上で共有すれば済むので、メールやFAXでのやり取りの最小化、会社と社労士事務所の二重マスタによる非効率の解消などが期待されます。
榊:HRテックにも様々なサービスがありますが、まずは「勤怠管理」、「給与計算」、「人事労務手続」、「年末調整」、「マイナンバー管理」の5つの分野にHRテクノロジーを導入することがおすすめです。
これらを1つのソフトで完結させたいならば、全機能を網羅している「人事労務freee」がお勧めです。勤怠管理を指紋認証やドア開閉連動などで行いたい場合や、複雑な勤務体系を持っている会社の場合は、多機能でサポートも充実している「KING OF TIME」を利用したいところです。新入社員の入社情報の収集、人事マスタの整備、人事労務手続の電子申請化などは操作画面の分かりやすさで定評のある「SmartHR」が強みを持っています。年末調整やマイナンバー管理は、「人事労務freee」「SmartHR」のいずれかを導入すれば、その付属機能で行うことができます。
バックオフィスを効率化し、本業に注力できる体制を整える
榊:ビジネスのスピードが速くなっている現在、起業家は「Time is money」を信条にすべきです。HRテクノロジーの導入コストや専門家へのアウトソースコストを惜しんで、いつまでも起業家がアナログな人事労務の仕事を手放せなかったら、経営判断や資金調達、トップ営業など、経営者として本当に必要な仕事の時間が削られてしまいます。そちらの損失のほうが図り知れないのではないでしょうか。
榊:実は私の場合、思いのほか大変だったということはありません。創業前から副業として社労士業務を少しずつ始めていて、上手くソフトランディング(円滑に事業を移行すること)できたという印象です。
とくに効果があったのは、創業手帳Webを含め、WEBメディアに積極的に専門家としての記事を寄稿していたことです。WEBで書いた記事は、WEB上に蓄積されますので、財産になります。記事を読んだ方が仕事を依頼してくれたり、新聞社やテレビ局などからの取材の依頼もあり、おのずから仕事が増えていきました。
「背水の陣」で会社を辞めて独立するよりも、現在は社会全体として副業に寛容になってきていますので、まずは副業で始めてみて、副業としてある程度軌道に乗せてから独立して本業に切り替えるという、いわば「ソフトランディング型副業」が手堅いのではないかと私は思います。
榊:HRの教科書の主なターゲットは、企業の経営者や人事労務担当者、そして社会保険労務士の方です。しかし、これから起業を考えている方や、起業をしてまだ従業員を雇っていない方にも是非読んで頂きたい1冊です。
本書は、中小企業の実務に即してHRテクノロジーの導入を解説していますので、本書を読んで頂くことで、起業当初から意識的にHRテクノロジーを活用した効率的なバックオフィス構築を目指すことができます。起業家が本業とは関係の無いところで時間をロスせず、本業に集中できれば、起業の成功率も高まるでしょう。
榊:私は、企業のバックオフィスを効率化することを通じて、生産性を高めたり、従業員のワークライフバランスを実現することをお手伝いしたいと思い、日々の社労士業務に取り組んでいます。本書もその一環として執筆させていただきましたので、是非、お手に取って頂けましたら幸いです。
(取材協力:ポライト社会保険労務士法人/榊 裕葵)
(編集:創業手帳編集部)