経営者の半数以上が心配する後継者問題。苦境の中で事業承継のために経営者が行うべきこととは?【松本氏連載その6】

事業承継手帳
※このインタビュー内容は2021年02月に行われた取材時点のものです。

倒産寸前の中小企業700社の再生を支援。9割の会社を成功に導いた“事業再生のプロ”松本光輝氏に聞く

事業再生のプロ”松本光輝氏に聞く

コロナ禍の苦境を乗り切り、後継者へと事業を承継していくために、経営者はどのような取り組みを進めていかなければならないのでしょうか。

10月末の帝国データバンクの調査では、新型コロナウイルス関連倒産は全国で651件。全国各地の中小企業にとって事業の継続が課題となる中で、事業承継の重要性が今まで以上に注目されています。

数多くの企業の経営再生を手がけてきた松本氏は、同時に後継者の育成にも深く関わってきました。再生の依頼を受けた企業の後継者を1年間預かり、経営実学を体験する場も提供しているといいます。

今回はそんな松本氏に、コロナ禍の時代に事業承継を成功させるためのポイントを語っていただきました。

創業手帳では新たに事業承継に特化したガイドブック「事業承継手帳」を発行しました。事業承継問題に関わる情報を多数掲載しています。無料で届きますので、あわせてご活用ください。

松本光輝

松本光輝(まつもとこうき)株式会社事業パートナー 代表取締役
1948年生まれ。独協大学経済学部経営学科を卒業後、飲食業の2代目として、バブル期には17店舗を経営し、年商8億円企業に拡大。バブル崩壊後に25億円の負債を抱え、自ら事業再生を経験。その際の知識、経験を生かして、2003年から事業再生専門コンサルタントに。17年間に請け負ってきた中小企業700社の9割を事業再生に導き、数多くの中小企業経営者を救済してきた。2020年7月、あさ出版より「社長! コロナを生き残るにはこの3つをやりなさい」を出版。

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後継者は血縁者だけでなく幅広い視点で選ぶことが大切

後継者は血縁者だけでなく幅広い視点で選ぶことが大切
大久保:帝国データバンクの調査では、3分の2以上の企業が事業承継を経営上の問題と認識し、4割の会社が事業承継計画を有しながらも、その半分は計画を進めていないという結果が出ていました。松本さんは事業承継について、どのように捉えていますか。

松本:事業承継を行う上で最大の問題となるのは、後継者の決定と育成です。「売上1年、利益3年、人10年」と言われるように、人を育てるのには10年かかるもの。経営者にとって、社長業の集大成が事業承継と言ってもいいでしょう。

後継者が存在することのメリット

大久保:それでも、自らの手で会社を作り上げてきた経営者にとっては、なかなか後継者へ後を託すための道筋に手をつけることに取り組めていないという現実があるわけですね。

松本:なぜ後継者を育てておく必要があるのか。後継者が存在していることのメリットを整理しておきます

何よりも大きいのは、「会社の廃業や売却を考えなくていい」こと。

廃業すれば当然、従業員に退職してもらわなくてはいけません。若い人でもそうですが、年齢のいった人は次の仕事を見つけるのは難しい。たとえ運良く見つかったとしても、それまでの給料を確保することはまず無理でしょう。また、その会社と取引きのあった会社も売上げを失って事業継続の危機に陥ってしまうことになります。

銀行が考える社長の最高年齢は75歳と言われています。これはたとえば、社長の年齢が73歳のときに「5年返済」で資金を借りるのは難しいということです。完済時の年齢が75歳を超えてしまうので、病気や怪我、死亡などのリスクを考えて、銀行としても消極的になってしまうのです。

血縁者以外を後継者にすることの問題点と解決策

大久保:いかに後継者を見つけ、育てていくか。第一の候補は息子や娘といった血縁者になりますが、後を継いでもらえずに事業の継続を諦めざるを得ないというケースも目立ちます。

松本:一般的に後継者といえば、血縁者を考えることが多いでしょう。しかし、たいした利益が出ていない会社で後を継いで苦労するよりは、好きな仕事に就いて自由気ままに生きて行く方がいいと考える人が多いのも事実です。

実際のところ、日本の中小企業の多くは利益が出ていません。子どもの頃から親が事業の資金繰りに追われて苦しんでいる状況を見ていれば、なおさら会社を継ぎたいとは思わないでしょう。

大久保:血縁者ではなく、会社の従業員に後継者を託すというケースもありますね。

松本:従業員でしたら会社の事業内容もよくわかっているので、抵抗感のない人もいるでしょう。問題としては、①会社の株の買収資金をいかに用意するか。②会社が銀行から借金がある場合は保証人を引き継がなければならない。この2点がありますが、解決策はあります。

①の株の買収資金については、会社の財務状況がよければ、取引銀行が買収資金を用意してくれる可能性が高い。

②の保証人の問題については、財務状況にもよりますが、平成26年の「経営者保証に関するガイドライン」によって、従来のように後継者に一律の保証を求めることがなくなりました。一律に保証人となるわけではないですし、たとえ保証人になったとしても、銀行との話し合いの上で保証金額を決められるようになりました。従業員に後継者になってもらうためのハードルは下がっているのです。

さらに考えを進めていくと、社外の人間、取引先や知人でも後継者の対象として検討することはできます。経験に不安があっても、しばらくの間、自分が経営者として二人三脚の態勢で進めていく期間を取ればいい。その場合でも、株の取得資金や保証人の問題は従業員のときと同様です。要は経営者に“やる気”があるかどうかです。

後継者に必要なのは「仕事力」よりも「人間力」

後継者に必要なのは「仕事力」よりも「人間力」
大久保:すでに事業承継を行った企業の経営者に苦労した点を尋ねた調査結果では、「後継者の育成」が最も大きな割合を占めていました。後継者の育成の前提となる「後継者の決定」や「後継者への権限の移譲」という回答も多く寄せられています。経営者として、誰に後継者を任せるかは非常に難しい課題と言えます。

松本:多くの経営者は自分の能力と後継者の能力を比較したときに、どうしても後継者をかなり低く評価してしまうものです。そのため、事業を承継させることに大きな不安を感じてしまう。

しかし、考えてみれば簡単なことですが、中小企業で一番仕事ができるのは社長です。自分と比べれば、血縁の人間も含めてすべての従業員は合格しないのが当たり前です。後継者を決めるためには、能力の比較とは違う角度から見ていかなければなりません。

後継者に必要な能力は「仕事力」ではなく、従業員をまとめて一丸となって推進させる「人間力」です。技術の達人にする必要はありません。社長が技術を磨くことを追求し始めたら、経営者としての仕事をする時間がなくなってしまいます。現場仕事は優れた技術を持つ従業員に任せた方がよほど生産性は上がるものです。

大久保:人間力というのが後継者に引き継ぐ上でのキーワードになると。経営者としての人間力を身につけるためにはどうすればいいんでしょう。

松本:経営というのは、他の人間は見ていない場面でも、自分と神様は見ているものだと思っています。誰かが見ているときだけは上手く振る舞って、見ていないときは手を抜いていいいというものでありません。人間力というのは、そういった基本的なことから始まります。

人の話を聞いて頷ける。美しいもの、優れたものに触れたら、五感でその感動を表現できる。人の悲しみが自分の実感として感じられる。そうした人間力があれば、相手の内側に入ることができる。そして、「感情の同意」ができる。

中小企業の従業員というのは「会社」についてくるわけではありません。「社長」についてくるものです。社長が従業員に幸せになってもらわないと困るという意志を示し続け、従業員もこの社長だったら一緒にやっていきたい、この人についていったら自分の人生が実り多いものになると思える。そうした“オーラ”を出せる存在になることが大切なんです。

後継者は本当に育つのか?後継者育成事業で見えた後継者の成長と変化

後継者は本当に育つのか?後継者育成事業で見えた後継者の成長と変化
大久保:松本さんは企業再生を手がける中で、後継者を育てることにも尽力されていますが、どのような育成方法に取り組んでいるのですか。

松本:私のところでは事業承継をする人、後継者を1年間お預かりして、経営の実学を徹底的に教え込み、事業再生の現場にも連れて行きます。1年間、長いですよ。それだけの期間、現場を経験しながら徹底的に学べば、人間が生まれ変わります。

大久保:今までに後継者をお預かりした中で、印象に残ったケースを教えてもらえますか。

松本:東京のある中堅の警備会社の息子さんをお預かりしたときのこと。一代で会社を築き上げた社長さんで、息子さんはまだ20代半ば。3年間他の会社に勤めたものの自分の思い描く会社とは程遠いということで、父親の経営する会社に身を置くようになりましたが、親子ともにこの先どうしていこうかと悩んでいました。

大久保:父親である社長の元で後継者として育てていこうと決めていたわけではなかったのですか。

松本:警備会社は他の業種同様に人手不足に悩んでいます。仕事を取るための営業戦略、人材確保、リーダーシップなど、社長として手腕を振るうためには相当な人間力が必要だと実感していました。

社長さんは、息子さんに自分の会社で仕事をしていって欲しいものの、このまま社内で敷かれたレールの上を走っていくだけでは人脈も作れず、生き馬の目を抜く経済社会の中でやっていけるのだろうかと心配されていました。

そこで、私の会社で“研修生”として1年間お預かりすることになりました。最初は経営用語もさっぱりわからない状態からのスタート。研修内容も財務、マーケティング、人事・組織、法律など多岐にわたって計画されていましたが、とても素直な性格の青年で、厳しい状況に負けることなく必死に食らいついてきました。

その成果があって、半年もするとしっかりと自分の意見を述べられるようになって、毎月の税理士勉強会で立派にプレゼンテーションを行えるまでに成長してくれました。

大久保:研修生として過ごしている間は、松本さんの社内での研修が中心となるんですか。

松本:経営の基礎をしっかりと学んだ上で、コンサルティングの現場も経験します。中小企業診断士と一緒にコンサルティング先の企業の課題の解決にあたる。貴重な経験を積んでもらいました。

研修生生活の感想を聞かせてもらったときの言葉が印象的でした。
「多くの中小企業経営者は“どんぶり経営”に浸かってしまっていることがわかりました。子どもはそうした親の姿を見て、自分も同じことをしてしまいます。赤字に苦しむ社長、成長できない社長の意味と原因が理解できました」と。

確実な経営実学を体験する場さえあれば、人は大きく成長できるのです。

アフターコロナの時代に合ったビジネスモデルへの転換を

アフターコロナの時代に合ったビジネスモデルへの転換を
大久保:事業承継で後継者の育成に悩みを抱える経営者にとって、研修生の息子さんのようなケースは大いに勇気づけられますね。最後に、経営者の方たちへのメッセージをお願いできますか。

松本:コロナ禍の影響で今後3年間は景気の悪化から逃れられず、経営環境の改善が期待できない状況下で、事業承継への道筋を立てつつ考えてほしいのは、事業の将来性があるかどうかです。これからの時代に合わないようなビジネスモデルであれば、もっと時代に適合するビジネスモデルに変容させていかなければなりません。

戦後の日本経済は時代の流れに乗って成長してきました。つまり、社長として頑張ればそれなりの成果を出すことができた。しかし、2020年以降の社会生活、経営環境は、今まで経験したことのないくらい大きく変化していきます。すべてが変わると言っても過言ではありません。

そうした社会の変化を先読みして、時代に必要とされる商品、サービスを提供できればビジネスチャンスは広がります。“頑張っていればいつかは良くなる”なんて期待していても事態は好転しません。新しい時代に合ったビジネスモデルに自分の会社を変えていってほしい。そのためのお手伝いをできればと思っています。

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(取材協力: 株式会社事業パートナー代表取締役 松本光輝
(編集: 創業手帳編集部)



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