まん福ホールディングス 加藤智治|承継した会社のストロングポイントを見極め、それを磨こう
46才で起業した「おじさんベンチャー」で食の事業承継を手がける
後継者不足に悩まれる食の事業者に対して、食の分野において経験豊富な人材が経営者となり、ブランドを守ったまま事業承継するというビジネスを立ち上げた加藤氏。
東大在学中からアメフト選手としても活躍し、社会人Xリーグのアサヒビール・シルバースターでもプレーした経験を持つ加藤氏は、かつて「あきんどスシロー」の取締役COO(最高執行責任者)として、スシローを“回転寿司業界ナンバー1”に押し上げました。
承継した企業の伝統を守りながら、経営を改善させるには何が必要なのか? 創業手帳代表の大久保がお話をうかがいました。
まん福ホールディングス株式会社代表取締役
1974年 熊本県生まれ。大学院卒業後、ドイツ銀行グループにてグローバル金融市場を体感し、マッキンゼー&カンパニーで経営コンサルティングを学ぶ。最年少でマネージャーに昇進し、29歳から事業会社の経営に携わる。2007年より、スシローに参画し、専務・取締役COOを歴任。スシローを回転すし業界売り上げ日本一、顧客満足度日本一に導く。2015年、ゼビオ代表取締役社長に就任し、全国展開の「スーパースポーツゼビオ」事業を経営。2021年まん福ホールディングス株式会社を設立。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
アメリカでの高成長スタートアップの起業時年齢は45才
大久保:加藤さんはずっとアメフトをやられていたとうかがいましたが、経営者でアメフト経験者の方ってけっこういらっしゃいますよね。
加藤:そうですね。ただアメフトに限らず、どんなスポーツでもある程度のレベルまで真剣にやれば経営につながる何かが得られると思っています。
アメフトは大学がメインのスポーツなんですが、母校である東大では選手やマネージャーなどを含めると200人弱の大組織でした。他の大学でも同じような規模感だと思うので、単純に母数が大きいことも、経営者にアメフト出身者が多い理由のひとつかもしれないですね。アメフトだけでなく、東証一部の企業の経営者の方で体育会出身者の方は多いです。
大久保:起業されるまでのキャリアを教えていただけますか。
加藤:大学院に理系で進んだあと、「20代は外資系で足腰を鍛える」という当時のトレンドに乗って外資系の銀行とコンサルで5年間キャリアを積みました。
いわゆる経営コンサルをしていたんですが、やってみて経営コンサルと経営というのは似て非なるものだなと実感しました。コンサルというのはいろんなパターンがありますが、基本的には売上げ・利益にコミットしているわけではなく、フィーをいただいて提案をしたり、あるプロジェクトの管理をしたりという、ひと言でいえば経営に関わるサービス業なわけです。
経営者がやるべきことは、ミッションやビジョンを作りあげ、会社がどの方向に進むのかを導き、組織をちゃんと構築していくなど多岐にわたりますが、それらの全てではなく、ある一部分の仕事をサポートしたり代行するのが、経営コンサルティングの役割だと、当時考えました。
仕事をする中でいろいろな経営者の方々と触れ合い、経営とは本当に総合格闘技というか総合芸術だなと思い、コンサルでは得られないダイナミックを得たいと思ってキャリアチェンジをしました。
回転寿司業界で売上げ日本一を達成したスシローでCOOを、大型スポーツ専門店のゼビオで社長としてキャリアを積みました。そのキャリアの中で、さまざまな経営者の方々と触れる機会があり、その時に「この人はすごいな」と感じる方は創業者の方が多く、ゼロからの起業にチャレンジしてみたいと、これまでのキャリアの集大成として46才での起業を決意しました。
MITスローン経営大学院のピエール・アゾレイ教授らの分析で、アメリカの高成長スタートアップの起業家は平均45才で起業していたという結果があり、心強く感じましたね。
大久保:確かに学生起業をすると注目されたり、メディアで取り上げられるベンチャー起業家も若いイメージがありますよね。日本での起業家の平均年齢も41才なので、実はサラリーマンとしてキャリアを積んでから起業するという方のほうが圧倒的に多数といえます。
起業した「まん福ホールディングス」ではどのような事業をやられているのでしょうか。
加藤:食に特化した事業承継プラットフォームです。後継者不在に悩まれる食の中小企業を事業承継させて頂き、弊社のメンバーが経営者となり第二の創業を行う事業をやっています。設立初年度に5つの会社を承継し、第一号案件である「ちがさき濱田屋」にて前年対比2,500万円の経常利益を改善することができました。
前オーナー様とのいい関係を保つことがいい承継の条件
大久保:事業承継と起業はどのように違うと思われますか?
加藤:承継する場合は、ベースとなる「人・物・金」が既にありますが、起業する場合はまずその「人・物・金」を集める、つくるところからなので大きな差がありますよね。仲間を集めるためにもお給料が要りますし、販売すべきサービスや商品をゼロから設計し、資金集めに奔走し、「ゼロ」を「1」にするというのはすさまじい労力が必要であると感じています。
大久保:既にある会社は、ある程度お金が回っている状態で引継ぎますもんね。借入がある状態で引き継ぐとまた違うかもしれませんが…。具体的には、どのように承継を進められるんですか。
加藤:承継した初日に「承継式」というものがあり、株主や社員の方に新社長をお披露目するんですが、その日のスピーチやコミュニケーションから始まって1〜2週間で人心掌握をするべきだと思っています。もちろん実務に関してはまだ何もわからない状態ですが、リーダーとして一緒に業務をやっていこうという姿勢を示すこと、また前オーナー様といい関係を築くことなども大切ですね。優しさと力強さの両方が必要なので、人間性が問われますし、ビジネスリーダーとしての力量が試されます。
20年以上の社会人歴があるメンバーばかりなので、それぞれの得意なやり方で承継を進めてくれていますね。そういったことができる集団でよかったなと思いますし、手応えも感じています。
大久保:前オーナーの方はどんな風に会社を引き継がれるケースが多いのですか。
加藤:承継後に勇退される方もいますし、しばらくの間は伴走されるという方もいますね。会社を手放すというのは、相当な勇気がいることですし、ある程度の規模がある会社に託したいと思う方も多い中で、しがないベンチャーである我々に共感していただいて、託していただけたということは非常に光栄に感じます。
そういったことも含めて、前オーナー様のメッセージを大切にしながら、いいハーモニーや関係性を作りながら承継をするということを大切にしています。
大久保:事業承継というのは難しい点も多いと思いますが、誰かに承継したいと考えた場合、タイミングとしてはどのように考えたらいいのでしょうか。
加藤:事業承継とは大変難しいテーマだと思いますが、経営からしりぞいて新しい経営者にバトンタッチするということを考え始めたら、ある程度早いタイミングから準備をしたほうがいいと思います。自分でおこした会社、あるいは親から譲り受けた会社を次の世代でさらに発展させることにつなげるためには、明確なリーダーシップのチェンジが必要だと思います。
経営に大事なのは差別化
大久保:加藤さんは外資系出身でキャリアを積んできていらっしゃいますが、例えば地方の飲食店などの事業を引き継ぐとなったときに、思考のロジックを共有できないということなどはないのでしょうか?
加藤:マッキンゼーにいたのは20年前ですし、共通言語が話せることは非常に大事なことですので、分かり合えるように丁寧に話しています。
相手をリスペクトするということも大事ですね。丁寧語を使えばリスペクトしているというわけではなく、相手の方が大事にしているものを理解し、そのことに共感することがリスペクトだと思っています。まず、相手の方が何を大事にしているかを観察する必要がありますから、そこで共感や愛が生まれます。言葉が通じないと感じるのであれば、リスペクトが欠けていると私は思っています。
大久保:承継したあとの経営に関しては、どのようなことを意識されているのですか。
加藤:食ビジネスにおいては、仕入れと人件費が費用として大きいといえます。ただ我々の承継に関しては雇用を守るということを方針として打ち出していますので、売上げを伸ばすことで生産性を伸ばすという方向で進めます。そして何をどこから仕入れているかをチェックし、原価の適正化や見直しも行っています。
また、店舗で発生している人件費に関しては、労働時間と売上げのバランスを見て、ばらつきをなくしていきます。例えば100万円の売上げを達成するために5人でやっていたところを、4人でできないかを検討し、オペレーションの改善、創意工夫を行います。
オペレーションに関しては、工数が減るよう自動化や外注化したり、ひとつひとつの工程を見直し効率化します。それでもやらなくてはいけないオペレーションは残るので、1人の人材がいろいろなことをできるような人材育成を行います。
商品力の強化という点では、仕入れや商品開発の経験があるメンバーが複数いますし、料理責任者がいますので現場の皆様のアイディアを取り入れて試作やテスト販売を繰り返しています。こういったことを地道にやるということですね。
いわゆる食に特化していない会社が承継すると、食の部分は本丸であるがゆえになかなか入れず、まずは環境から整えていくケースが見られます。ただ本質的に会社をより発展成長させていくならば、食の本丸の改善・進化と環境設備の両輪で改革をやっていくべきだと私は思っています。ビジネスというのは、基本的にはお客様がいて、数ある競合に負けず、いかにファンを増やせるかだと思いますので、差別化ということが非常に重要になってきます。
大久保:なるほど。事業承継をして新社長となる人にも非常に有効なアドバイスですね。
加藤:受け継がせていただく会社が今まで存続してきたということは、必ずどこかにお客様から評価されているストロングポイントがあるということです。まずはそれが何かということを見極めて、それをひたすら磨いていくというのが承継だと思っています。
財務や社員、拠点などいろいろなものを引継ぎ、大切にしていきながら時代に合わせて変化させていくということですね。
大久保:今後の展望についてお聞かせください。
加藤:初年度で5社承継させていただきましたが、これが20社30社ぐらいになるまでは今のペースで増やしていき、各社の強みが重なり合ったユニークなグループ会社にしたいですね。それ以降はマネージメントスタイルが変わるかもしれないですけれど、気概を持ってその会社の経営をやるという気持ちがあれば、会社の数が増えてもマネージメントできると思っています。
また、事業承継に関する業務に関しては暗黙知を形式知にしていき、ノウハウを蓄積してマニュアル化し、経営者人材を育成していきたいですね。
大久保:最後に、起業家に対してメッセージをいただけますか。
加藤:起業してまだ1年なので、たいしたことは言えないですが。起業は人生をかけた一大勝負。フルスイングで頑張ってください!
(取材協力:
まん福ホールディングス株式会社 代表取締役 加藤智治)
(編集: 創業手帳編集部)