インターホールディングス 成井五久実|超高真空の特許技術で新たなインフラをつくり、食品物流に変革を起こしたい
超高真空で食品の鮮度を保ち、CO2排出量削減の可能性も探る
食品や飲料の酸化を抑制して鮮度を保つ方法として、真空は広く利用されています。株式会社インターホールディングスは、空気が逆流しない特許技術の逆止弁を用いて、99.5%という高い真空率を維持できる容器を製造する企業です。
食品の鮮度やおいしさを維持することでフードロスを減らし、容器の軽量化によって輸送コストやCO2排出量を抑えるビジネスにも取り組んでいます。
今回は代表取締役社長CEOの成井さんに起業した経緯や将来のビジョンについて、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
株式会社インターホールディングス 代表取締役社長CEO
東京女子大学卒業後、DeNAに新卒入社。その後トレンダーズにてPR・マーケティングを担当した後、28歳でJIONを設立。設立1年でベクトルに事業売却しベクトルグループ傘下のスマートメディア社長を務める傍ら、2022年6月よりインターホールディングスの代表取締役に就任。女性起業家を支援する活動にも従事している。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
営業力を活かしキュレーションメディアを起業。1年で売却した後に子会社の社長として経営スキルを磨く
大久保:会社について元々起業しようという思いがあったのか、成井さんの場合はどのような経緯があったのでしょうか。
成井:父と母が起業家だったので大学生の頃からずっと起業しようと思っていました。新卒ではDeNAに入社して、その後トレンダーズという上場したてでよりベンチャーシップがあるところに転職して働き、28歳の時にキュレーションメディア事業のJIONを起業しました。
大久保:JIONを起業した時はどのような心境で始めたのですか。
成井:20代の時の起業は、自分の強みである営業力を活かそうと思いました。DeNAでデジタル広告営業、トレンダーズではPR・マーケティングをやっていて、当時はキュレーションメディアが話題になっていて参入しやすかった背景があります。
素人でも大量に記事を書いて、SEOを攻略してPVを集めて、営業力があれば広告主を集めてマネタイズができたので。キュレーションメディアが流行っていたことと、そこに営業力という自分の強みを活かせると思ったので参入しました。
大久保:わりと短期間でその事業は売却されたのですね。
成井:そうですね、1年間で売却しました。開始から1年で約500万PVを獲得して、パナソニックやトヨタのレクサスなど大手企業の広告案件も獲得し、黒字化できたことで軌道に乗るのが早かったです。
当時キュレーションメディアは女性向けが多くて、そこに対して男性向けキュレーションメディアというコンセプトで参入したので、広告をとる時に競合が少なかった点はあります。
売却の経緯としては、キュレーションメディアショックという、他のメディアが作ったものでキュレーションメディアの信用性が疑われる事件が起きてしまいました。
単独で続けても広告もとれなくなるだろうし、倒産するだろうなという見通しがあったので、価値があるうちに売却しようと思いました。私は今まで作ったものに執着することがないタイプなので、自分から営業を仕掛けてM&Aを積極的に行いました。
大久保:そこからはグループ内起業家のような立場を経験されたのですね。
成井:売却の後に5年間、ベクトルグループにいたのですが、スマートメディアの社長として買収したメディアの会社を5社くっつけるということをやりました。3人の女性だけだった会社がいきなり50人になるという経験をして、ヒト、モノ、カネの流れを一通り学ばせてもらいました。経営者としてスキルをつける5年間だったと思います。
大久保:自由にできる起業もいいですが、グループ内でやることで力がついた部分もあったのでしょうか。
成井:上場企業の子会社の社長になったので予実管理もする必要があって、大幅に外して怒られることもありましたけど、上場企業のフォーマットにのっとって決算や計画を遂行する練習ができました。
潰れる心配がないというか、お金がショートしそうだったら本体から借りられたので、資金調達に費やす時間がないことで経営に集中できたと思っています。ヒトとモノ、プロダクトと組織改革に注力していればよかったので、今思うと尊い時間でした。
スタートアップでM&Aを行うことは資金的に難しいと思いますが、親会社に他のメディアを買ってもらって自分の会社にくっつけるということもできました。
そういった大きな挑戦が20代後半から30代前半にできたのはキャリアとして大きかったと思います。資本力のある会社のもとで経営ができたのがよかったです。
大久保:並行してインターホールディングスを始められた経緯は何があったのでしょうか。
成井:子会社の社長をやっていると自分の未来が見えてきます。スマートメディアは売り上げが10億円、営業利益が1億円までは到達できたのですが、その後は伸ばせても売り上げが30億円、営業利益が3億円のイメージで、周りを見ても時価総額50億円くらいで止まるんですね。
私は35歳になるタイミングで、実直経営とか手堅い経営をやりたいのかと改めて見直しました。それから2022年に起業したのがインターホールディングスです。2回目の自分での起業なので3桁億円以上を狙える大きい市場規模のビジネスに挑戦することと、社会貢献性が高いビジネスに挑戦することを軸に模索して今の形に行き着きました。
埋もれそうな素晴しい技術に出会い、2度目の起業を決意
大久保:なぜ今の事業テーマを選ばれたのですか。
成井:市場の規模と社会貢献性ということで絞っていった時に、社会的なスケールの大きさがあり、社会貢献性もかなえられるのがSDGsの領域だと思いました。
その中で出会ったのが超高真空の技術です。超高真空の特許技術で食品の酸化を止めて、鮮度やおいしさを維持できる期間が2倍から10倍に延びることを目の当たりにした時に、サプライチェーンを変える、3桁億、4桁億円を狙えるビジネスになっていくと感じました。
この事業を展開することがフードロスや地球温暖化を解決する。この事業ロジックを作れた時に、自分のテーマとフィットすると思いました。
大久保:技術にはどのようにして巡り合ったのでしょうか。
成井:うちの会社の中村が「こんな技術があるからビジネスにしたい」と周囲に声をかけていた時があって、その1人に私がいました。
中村は60代の技術顧問で、超高真空の技術を開発された日本を代表する発明家の一人である萩原忠先生を20年ほど伴走して見ていました。先生が92歳とご高齢で、先生がお亡くなりになると技術が埋没してしまうため、起業家に声をかけていたのです。それでビジネスモデルを考えて今のメンバーで創業しました。
大久保:しっかりした技術が埋もれかかっていたのですね。
成井:はい、知り合い経由でこんな技術があると聞いて、この技術なら世界を変えるビジネスモデルができるかもという衝撃が走りました。
大久保:超高真空技術の優れている点や、何ができるのかを伺えますか。
成井:99.5%の真空率を保持できる唯一の逆止弁という特許を持っています。逆止弁によって、内容物が外に出ても空気が中に入らない仕組みです。酸化を止めて食品の鮮度やおいしさを維持することができます。
2つ目の特徴は何度でも再真空ができて、手動で真空にできることです。機械を使って真空にするものもありますが、弊社の技術は電気や機械を使わずに真空にできます。シンプルな4つのパーツでできていてコストも抑えることができるので、安価で技術を再現できます。
大久保:逆止弁というのは逆流しないということですよね。真空容器を簡単にできるという認識でしょうか。
成井:おっしゃる通りです。逆流しない弁の特許を持っているということです。真空容器の最強版というか、最大限空気を出して逆流させない。中のものが固体だったらポンプで空気を抜いて、液体だったら残存酸素を手で押し出して空気を抜くというものです。
大久保:海外展開も意識されているのでしょうか。
成井:そうですね。特にグローバルサウスや発展途上国、高温湿地帯で求められるものだと思っています。THAIFEX(タイフェックス)というバンコクで開かれるアジア最大級のフードイベントで、約3,200社のうち12社に贈られる「Taste Innovation Show 2024 Winners」に選ばれるようなプロダクトに進化しつつあります。
大久保:この技術を使った真空容器だとどのような効果が得られますか。
成井:お米は新米のまま半年間保存できますし、オリーブオイルが10カ月酸化しない、ワインは開封後1ヶ月間全く味の変化がないというような例があります。酸化が食べ物が劣化してしまう原因なのです。
輸送効率を高めCO2排出量削減も。環境価値と経済価値の両立を目指す
大久保:食品に有効だと思いますが、食品以外にも応用できるものがありますか。
成井:今は、真空の美容容器の開発に挑戦しています。化粧品などの美容容器でも、ビタミンAやビタミンCは開封と同時に酸化が進んでしまいます。チューブ型やポンプ型の容器にうちの逆止弁を入れることで、効果や効能を長続きさせる展開も進めています。
また、日本酒の一升瓶を当社の真空容器に置き換えるというプロジェクトも進めています。容器重量が四合瓶と比較して20分の1くらいになるので、製造から物流、消費から廃棄までトータルでC02排出量を比較した際に、お猪口一杯あたりで36%削減できるという事例もあります。
大久保:起業して最初はここが大変だった、こうやって乗り越えたというような部分はありますか。
成井:世の中にないものを売るのはこんなに大変なのだなと思いました。キュレーションメディアの時はウェブ広告の単価があって、業界で相場が決まっているものに営業力で販売していく手法をとっていたのですが、1回目の起業とは全く違いました。
まず世の中にこれが必要ですという啓蒙から入らないといけないので。取引先側にはコストとオペレーションの問題があって、初期のコストとその後のオペレーションを変更しないといけない。この点は今も苦労しています。
大久保:新しいモノだと説明で苦労することもありますよね。御社のビジョンに共鳴する人が必要ということですね。
成井:はい、弊社はビジョンに経済価値と環境価値の両立を掲げています。企業はSDGsに取り組みたいと思っているけれど、儲からないとやるのは難しい。我々に求められているのは、導入することで環境価値と経済合理性のどちらも実現できるビジネスモデルだと思っています。
そこでハイレベルな営業に直面していて、商品の提案というより新規事業の提案というようなことに挑戦しています。
逆に質問したいのですが、大久保さんは創業手帳を始める時にどのようにして市場を作りにいったのですか。
大久保:そうですね、創業手帳は本としては無料なのですけどスポンサーを取るのが大変でした。ベンチマークになるような三大メガバンクにスポンサーになってもらうというように、最初に大きいところを狙いました。
成井:なるほど、その突破力は必要ですよね。
大久保:SDGsを表面的ではなく本質的に解決するために必要だと思うことはありますか。
成井:先ほどの日本酒の事例は環境合理性と経済合理性が両立して回り始めていると思います。先ほどもありましたが、日本酒の場合、CO2排出量を36%削減できるという効果もありながら、12本の四合瓶が入る段ボールに、真空日本酒だと18本入れることが可能です。そのため、輸送時の送料が大幅に削減できるという試算もあります。
世間の人の理想では環境に良いことをしたいけど、技術の導入にはコストが必要という部分があります。なかなかそれをペイできるものが少ない中で、本質的な解決に繋がるように、うちが草分け的にやっていきたいと思っています。
また、今後の構想としてカーボンクレジット市場も認められるような事例が出てくれば、コスト削減に直結するかもしれません。日本酒の分野では、そこまでビジネスモデルを磨き上げるということに注力しています。
大久保:軸が大事ということですね。
成井:そうですね、ぜひ創業者の方達に考えていただきたいのが、今後カーボンクレジット市場は必ず伸びていく市場だということです。CO2の削減をどうビジネスに組み込むかというのは今から対策しておかないといけません。クレジットの採択はすぐに実現できないので、長期的な目線で実質的なCO2削減の準備をしておくことは非常に大事だと思っています。
「真空をインフラに」フードロスと地球温暖化の解決にも携わっていきたい
大久保:御社の今後の目標はどのようなところにありますか。
成井:真空をインフラにしたいと思っています。「真空インフラで食品物流に変革を起こす」というのが事業スローガンで、大容量の真空容器で貿易をしたいと思っています。1トンのお米を試していて、食品を新鮮なまま長距離輸送する貿易への挑戦に取り組んでいます。
小売りでは真空の量り売り器を開発していて、個別包装がない社会を目指します。家庭用には消費者向けの真空容器でフードロスをなくしていきたい。サプライチェーン全体に真空インフラを組み込んでいくことで、フードロスと地球温暖化の解決に携わっていきたいと考えています。
大久保:創業手帳の読者へのメッセージをお願いします。
成井:私はシリアルアントレプレナーになれて手応えを感じているので、M&Aの選択肢を持ってほしいと思います。日本だとゴールがIPOになりがちですけど、M&Aの路線も持ちながら経営するのがよいと思っています。
自分よりも資本の大きい会社の傘下に入って経営を学ぶのは、スキルアップをする良い機会でした。自分の価値を最大化するためにキャリアを考える中で、経営者としてM&A先でのキャリアや、そこからのシリアルアントレプレナーという形も模索してほしいなと思います。
アメリカだと何度失敗しても何度も挑戦する姿が讃えられます。私は今のインターホールディングスで、最初は嫌いだった夢を語って赤字を掘り続ける経営をしています。
1回目の起業時の資金調達は1,500万円だったのですが、今は累計5億円の資金調達で戦っています。シリアルアントレプレナーはより大きく、社会貢献性の高い事業に取り組めるチャンスもあるので、起業したての方にはM&Aの有効性をお伝えしたいです。
もう一つは、来たるサステイナブルな社会を見越して、本質的にCO2を排出しない製品設計や会社の仕組みを今から考えておくことは非常に有効だと思います。
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(取材協力:
株式会社インターホールディングス 代表取締役社長CEO 成井五久実)
(編集: 創業手帳編集部)