ダイキン工業 三谷 太郎|ダイキン工業がスタートアップと協力して業界の課題解決に挑戦

創業手帳

業界をリードするメーカーが課題解決のためにスタートアップとの協業を求める

ダイキン工業は、2011年に空調事業でグローバルナンバーワンとなり、業界をリードする企業として、DX化やカーボンニュートラルといった業界全体の課題解決をいっそう求められるようになりました。しかし、自社の技術だけですべての課題にスピーディーに対応するのは困難です。

そこで、ダイキン工業初のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)として、スタートアップとの協業を進めているのが三谷さんです。

今回の記事では、ダイキン工業が抱える課題や投資先のスタートアップに求めるポイントについて、創業手帳の大久保が聞きました。

三谷 太郎(みたに たろう)
ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長 兼 CVC室長
2011年京都大学農学部卒、ダイキン工業入社。管理会計や買収子会社である米国「Daikin Comfort Technologies North America, Inc.(旧Goodman社)のPMI等に関わった後、2015年に社外留職で投資銀行業務を経験。帰任後、2017年に技術開発とオープンイノベーションの拠点である「テクノロジー・イノベーションセンター」の副センター長に就任し、M&Aや出資等のアライアンスを担当。2019年にはCVC室を立ち上げ、室長に就任。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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横断型組織形態を採用し全社的に課題に取り組む

大久保:三谷さんの経歴を教えてください。

三谷:新卒でダイキン工業株式会社に入社後、経理財務本部で管理会計などの業務を行ってきました。

具体的な内容としては、買収した子会社とのブリッジパーソン(PMI ※1)です。

※1:PMIとは…当初計画したM&A後の統合効果を最大化するための統合プロセス

入社から4、5年経った頃、社外の証券会社へ留職し、1年間M&Aについて勉強しました。

2016年に留職を終え、一度経理財務本部を経由した後に、全社のR&Dを牽引するテクノロジー・イノベーションセンターの副センター長に就任し、技術開発のオープンイノベーション(※2)を加速させるためにCVC室を設立し、今に至ります。

※2:オープンイノベーションとは…製品開発や技術改革、研究開発や組織改革などにおいて、自社以外の組織や機関などが持つ知識や技術を取り込んで自前主義からの脱却を図ること。

大久保:ダイキンさんは規模が大きいため、スタートアップへの出資では組織横断型で事業部長に権限を一任し、各事業部隊が動きやすいような体制を作られたと別インタビューで伺いました。

三谷:おっしゃる通りです。

CVC室を設立したことで具体的に変わったのは「5年で110億円という投資枠を設けること」「事業部長や研究開発(R&D)のセンター長等、誰か1人の了解で素早く出資できること」の2点です。

出資をして終わりではなく、成果につながる協業を着実に進めていくために、2019年11月から今の体制で動いております。

産学連携を成功させる鍵は「ビジョン」の共通化

大久保:産学連携についても伺えますか?

三谷:ダイキン工業として大学との協創は10年くらい前から行ってきました。

特に近年、転機となったのは2018年12月東京大学と協創を開始したことです。

東京大学との連携では、従来の共同研究だけでなく、組織対組織の付き合いをしていくことを前提に、大きく3つの取り組みをしています。

1つ目は、ビジョンを一緒に作ること。
2つ目は、ビジョンに沿って技術開発を行うこと。
3つ目は、社会実装を実現するために、スタートアップ連携をする。

この3軸で進めていることが特徴です。

大久保:大学と産学連携をする際、気を付けるべき点などはありますか?

三谷:大学との連携では、長期的な技術開発面だけを考えればよいというわけではありません。

2011年から、ダイキン工業は空調事業でグローバルナンバーワンとなり、自らこれからの空調業界を創っていく立場へと変化しました。その後もグローバルで事業領域が拡大し、カーボンニュートラルやAI/IoTの時代にあって空調といえども自前でできることは少なくなってきています。

だからこそ、大学と連携し、オープンイノベーションで様々な知恵を取り入れることで、どのようにして社会に貢献し、インパクトを与えられるかを考えるようにしています。

また、短期・中期・長期のすべての段階で互いの認識をすり合わせながら、社会実装を進めていくことが非常に重要だと考えています。

ダイキン工業はコア技術があるからこそオープンイノベーションが可能

大久保:「オープンイノベーション」とそれに相反する「内製化」のそれぞれのメリットを教えていただけますか?

三谷コア技術を持っているからこそ、オープンイノベーションができるという前提があります。

2010年代以降、世の中ではAIやIoTがさらに注目されるようになり、社会の変化のスピードは格段に上がりました。弊社においてもデジタル領域への急速な対応は必要不可欠となりました。

社会の変化に対応するため、社内リソースだけに頼った自前主義ではなく、他社と連携し、互いに活用し合う目的でオープンイノベーションを進めています。

大久保:コア事業が強いからこそ、オープンイノベーションが活きてくるのですね。

ダイキン工業は工業分野ですが、IT分野とは性質が違いますよね。

三谷空調事業でシェアを取っているからこそ、デジタルとの掛け合わせで、様々な展開ができる可能性が持てると思っているため、空調とデジタルの接続をより上手くやっていきたいと考えています。

空調事業は劇的にすべてが置き換わる、ということが起きづらい世界です。そのため今の空調事業をベースに取り組みを広めていくことが大事になってきます。

ですが、空調に力を入れていくスタートアップは多くなく、我々だけでできることにフォーカスしていても幅が広がりません。

大手メーカーとスタートアップの協業の可能性

大久保:具体的にはどのようなテーマにスタートアップが入る余地がありますか?

三谷:「冷やす・温める」という空調のベースの機能だけでなく、センシングと組み合わせることで「健康に良い空気」「生産性が上がる」というように発想を広げることができます。

空調業界の特徴として、製造するだけでなく、据え付け作業やアフターサービスなどで、多くの人手が必要なため、そこに対して強いデジタル技術を持つスタートアップと協業することも考えられます。

それらも、基盤の空調事業があるからこそ、大きな規模感で物事を考えられます。

大久保:車のEV化と違い、空調事業は人体に直接影響を与えるもののため、付加価値も付けやすいですね。

三谷:可能性はあると思います。

ダイキン工業では酸素濃度の高い空気を発生させる医療機器を作っていますが、逆転の発想で、低酸素濃度の空間を作ることができる機器を開発しました。

短時間で高い運動効果が得られる高地トレーニングを室内でもできる環境づくりを目指すなど、スタートアップと新たな価値づくりを進めています。

ダイキン工業が狙う今後のグローバル戦略

大久保:ダイキン工業の事業は、グローバルにも活動を広げているのでしょうか?

三谷:日本に加え、北米、欧州、アジア・オセアニア、中国の5エリアを中心に、展開しております。

その他、南アフリカにも40年前から拠点を置いてますが、マーケットの規模が他地域に比べるとまだ小さく、事業展開には工夫が必要なため時間がかかります。

また、海外メーカーが環境性能の低い廉価機を中心に販売しており、我々が得意とする土壌ではないためです。

そのため、現地に根ざした企業に投資してタッグを組むことで、現地ニーズの情報収集をしつつ、現状を打破できないか模索しています。

ほかの地域でシェアを取ることができている理由は、人口が密集している都市を中心にしっかりと投資を行うこと、人材を育成し、販売網を確立、工場を建てて、アフターサービスもできるように環境を整えられたからだと考えています。

大久保:大手がニッチなマーケットに攻められない理由は同じように思えます。

ココ重要!ダイキン工業が進めるグローバル戦略
  • ニーズがありそうだが入り込めていない地域では、まずは現地に根ざした企業に投資してパートナーを作り、ともに情報収集や新規事業の検討を進める。スタートアップだからこそできることもあるため、そこにオープンイノベーションの価値があるといえる。

CVCとしてダイキン工業がスタートアップに求めるポイントとは

大久保:CVCはどういったポイントを見て、スタートアップへの投資を決めるのでしょうか?

三谷:投資側の我々としては、スタートアップと一緒に何かを作っていきたいという思いを持っています。

そのため、在りものだけの提案ではなく、社会や弊社が持つ課題に対してどういう解決策があるかを共に考え、共に切り開いていけることを望んでいます。

我々は既存の空調事業を回していかなければいけませんが、スタートアップは視野を広く、明日は違うことをしても良いくらいだと思いますので、ぜひ良いご提案をしていただき、良い協業ができればと思っています。

大久保:空調事業は、ダイキン工業だけでなく、内装業の方など、他社との関わりも多くあると思いますので、改善できる余地はたくさんありそうですね。

三谷:DX化を進めようと言うだけなら簡単なのですが、実際は現場に深く入り込まないと推進することができません。

一つ例を出すと、今実施しているDX案件で、アフターサービスの遠隔作業支援を行っています。

これまでは熟練したサービスエンジニアが若手と二人一組で動くケースが多かったのですが、それでは訪問できる現場の数が限られてきます。

そのため、熟練者はオフィスなどから遠隔で状況を判断と指示出しができるよう遠隔作業支援のシステム構築を、スタートアップと共に作っています。

企画の段階で、スタートアップの方に何度も現場にお越しいただき、作業の理解を深めていただくことで、DX化の精度を上げられるようにしてきました。

長年ノウハウが蓄積された現場を抱える業界だからこそ、そこをうまくデジタルでサポートすればやれることはたくさんあるということがわかります。

さらに、弊社の売り上げの8割が海外であるように、国内で成功事例を作ることができれば、海外への横展開の可能性も大いに考えられます。
                  
大久保:そのシステムが稼働した時には、社会インパクトが大きそうですね。

ココ重要!ダイキン工業CVCが投資先に求めるポイント
  • 空調業界が抱える課題を一緒に考え、解決策を一緒に切り開いていけるスタートアップ企業。

WASSHA社との協業でアフリカ展開を進める

大久保:WASSHA社との協業について、伺えますか?

三谷:アフリカのお話をしましたが、WASSHAさんと連携してJV(ジョイントベンチャー)を作って新しい事業を行っています。CVCがスタートした時に右も左もわからない状況でした。

東京大学からの紹介でWASSHAさんと知り合い、協業することで何ができるかをすぐにはイメージできませんでしたが、面白そうな会社だという認識はありました。

WASSHAさんは、未電化地域で太陽光パネルを使ったLEDランタンを貸し出す事業を行っています。ただ、空調機は電気がないと導入できないため、正直なところ、直接的なシナジーは想像していませんでした。

そのような状況でしたが「とにかく現地に行ってみよう」と、アフリカに行ったのが2019年6月です。実際に現地を体感しながら、現地で求められることは何だろうかとWASSHAさんと語り合いました。結果的に、日本で考えたビジネスモデルを押し付けるのではなく、現地で本当に必要なことをやっていく方向に進むこととなりました。

国によって抱える課題も、成長モデルも異なる

大久保:海外事業は現地に行かないとわからないことが多くありますよね。

三谷:その時に、WASSHA秋田社長の印象的な言葉を今でも覚えています。

英語で先進国を「developed country」、発展途上国を「developing country」と二分する表現をされることが多いですが、画一的な成長モデルがあるわけではなく、その国が進もうとしている独自の成長に貢献したいとおっしゃってました。

その考え方に共感し、我々なりの解として出たのが「サブスクエアコン」事業の展開です。

組織それぞれの文化は違いますが、共感と共鳴の両方があったからこそ、信頼関係を構築することができ、ビジネスにつなげていく一連の流れが、私にとって良い経験となりました。

大企業のCVCは自社や社会の課題に一緒に取り組むスタートアップを求めている

大久保:まずは可能性がありそうなところで、議論してみるということが大事なのですね。

三谷:おっしゃる通りです。

そもそも、空調事業を専門とするスタートアップはほぼ存在しません。ですが、抱えている課題に対して、どういうことができるか、ということを一緒に考えていただける方を求めています。

広い視野を持ってスタートアップを見るようにしており、技術も人に依存してくる部分が大きいため、人として魅力的で一緒にやってみたいと思えるかどうか、が重要だと考えています。

大久保:結局は人と人との繋がりが大切ですよね。

三谷:ただ、このやり方だと、全ての人に会って話をしてみないとわからない、という部分が大きいという課題があります。そこで、今後は弊社が抱える課題やスタートアップと協業したいテーマを能動的に発信しようと考えています。

そうしないと、良いパートナーとの機会損失になってしまっていると思います。

大久保:オープンイノベーションの担当にとっての悩みですね。

大手だからこそ課題が多岐に渡っており、アイディアと課題の組み合わせを考えることの難しさを感じます。

三谷:そのため、スタートアップ側に提案してもらうだけでなく、双方にアイディアを出し合う必要があります。

大久保:社会と社内、イノベーションを与えるバランスはどのように考えているのでしょうか?

三谷:まず見えている課題として、社内のことに着手していくことが多いですが、その先で社会に影響を与えることをしていきたいと考えています。

遠隔操作支援の件も、取り組みをスタートした目的は作業の効率化ですが、作業効率化を必要とする背景には、社会課題でもある人手不足があります。自社の課題解決が社会課題の解決にもつながるような取り組みができればと考えています。

大久保:最後に、起業家へのメッセージをお願いします。

三谷:ダイキン工業は、空調事業だけでなく様々な事業を展開していますが、それぞれ課題がありイノベーションを起こすチャンスがあると思っています。

スタートアップの皆様と力を合わせて、ぜひ一緒にグローバルにスケールアップできるような事業を作りあげていきましょう。

大久保の感想

大久保写真
世界各国でトップシェアを持っており、未だに日本のメーカーの強さを残しているダイキン。そのダイキンだが、ハード・メンテナンスも含めたサービスとしての完成度は高いが、一方でプロダクトの「神経」になるIoTであったり、アフリカなど進出しにくいマーケットなど今後手をつけにくい部分をCVC投資を通じてスタートアップと連携している。
例えば、IoTやセンサー、データを上手く使うことでのエネルギー効率改善なども考えうるだろう。そうした領域ではハードメーカーとスタートアップのデータやIT系の会社が連携する余地がありそうだ。
「空調」は単体のハードが仮に作れても、不動産、設備、メンテナンスなど周辺まで含めて考えると、スタートアップが単体で挑むには時間がかかり巨大すぎる分野だ。そうした領域は世界中で展開している圧倒的な強みを持つ会社とのオープンイノベーションが相性が良い分野といえるだろう。日本にはこうした世界で地味に圧倒的なシェアを持つ日本企業が存在しており、スタートアップからすると、オープンイノベーションという形にせよ巨人と一緒にアイディアを世界中に広げられる可能性がある、というのは魅力と言える。
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(取材協力: ダイキン工業株式会社 テクノロジー・イノベーションセンター 副センター長 兼 CVC室長 三谷太郎
(編集: 創業手帳編集部)

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