Box Japan 古市 克典|コンテンツクラウド「Box」日本法人を立ち上げ、国内1万社以上の導入を成し遂げたマネジメントルールとは
外資系グローバル企業の中で日本法人の存在感を高める「Box Japan」チームビルディングの秘訣
ファイル共有やコンテンツ管理機能を持つコンテンツクラウド「Box」の国内導入企業が1万2000社を超えています。Box Japanを立ち上げ、現在は売上を全社の18%(2022年1月末決算)に成長させたのが古市さんです。
外資系企業の日本法人立ち上げの苦労や、外資系企業ならではのチームビルディングのコツについて、創業手帳代表の大久保が聞きました。
株式会社Box Japan 代表取締役社長
京都大学経済学部卒業、ロンドンビジネススクール修了(MBA)。NTTでシステム開発、海外投資、事業計画作成などを担当。日経連(今の日本経団連)への出向、海外留学などを経て退社。米系大企業、ベンチャー企業、経営コンサルティング会社を経て、2008年に日本ベリサインの社長に就任。2013年にはBoxの日本法人を立ち上げ、株式会社Box Japanの代表取締役社長に就任。チームスピリットと寺岡製作所の社外取締役を兼務。香川県産業活性化アドバイザーでもある。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
NTTや日本ベリサインを経てBoxの日本法人を設立
大久保:Box Japanの代表になるまでの経緯を教えてください。
古市:1985年に日本電信電話公社が民営化してNTTが発足した際の1期生として入社しました。NTTは13年ほど勤めて退職し、外資系企業や経営コンサルティング会社などを経て、2013年にBox Japanを設立しました。
私がBoxと雇用契約を結んだときには、まだBox Japanは存在していませんでした。日本でどう事業を立ち上げるかの計画を作りながら、Box Japanの法人登記を行い、オフィスを借りて採用を始めたという流れです。
早いもので9年が過ぎ、現在は売上が全社の18%(2022年1月末決算)ほどの規模になりました。
大久保:Box Japanを立ち上げる前に日本ベリサインの社長もされていましたよね?
古市:当時、日本ベリサインはすでに東証に上場していましたが、経営の立て直しが必要なタイミングでした。私は当時経営コンサルタントをしていたところ、米国ベリサインの創業者から誘われて、2008年に日本ベリサインの社長に就任しました。
大久保:何代目の社長に就任されたのですか?
古市:3代目の社長でした。
大久保:ベリサインの日本法人の立ち上げは他の方がやられて、その後の経営の立て直しの役割でヘッドハンティングされたんですね。
古市:そうです。私が日本ベリサインに入社した時は、社員が240名ほどいたのですが、様々な問題を抱えた状態でした。
事業運営で重要なのは「戦略」より「人材」
大久保:日本ベリサインではどのような苦労がありましたか?
古市:米国ベリサインのトップダウンで社長に就任したので、社員の多くはお手並み拝見という感じで私を見ていました。また、米国ベリサインは日本ベリサインの50%株式を持っているだけで、日本ベリサインは東証に上場し独立経営をしていたので、疎外感は半端なかったです。経営に地道に取り組む中で1人2人と徐々に信頼してくれる人が増えました。
大久保:日本ベリサインでも様々な経験をされたと思いますが、その後のBox Japanの立ち上げや経営に活きた経験や考え方があれば教えてください。
古市:日本ベリサインでは「チームビルディング」に苦労しました。その分学びも多かったので、その経験はBox Japanでも役に立っていると思います。
会社という大きな規模でも部署などの小さな規模でも共通して言えることですが、コアとなる事業の方針を決めた後に最も重要視すべき点は「戦略」より「人材」でしょう。経営コンサルをしていた時に実感したのは、成果を出せない場合、その原因はほぼ実行力の弱さで、計画力の弱さではないということです。実行力の肝は「人材」です。
Box Japanを立ち上げてから今日に至るまで、最終面接は私が行い、拒否権を持たせてもらっています。まあ、めったに発動しませんが。「スキル」の確認は採用責任者に任せて、私は向上心、当事者意識、周囲への貢献といった「考え方」を重要視しています。「スキル」は入社後に教育できますが、「考え方」は簡単には変えられません。
組織の成長ステップごとに発生する注意点
大久保:Box Japanは社員がいない状態から現在の規模になったとのことですが、規模が大きくなる際にそれぞれの段階で注意すべきことを教えていただけますか?
古市:組織が小さいと、1人の社員が複数の役割を担いますが、規模が大きくなるにつれて、営業担当やマーケティング担当など権限を委譲することになります。
しかし、この時期に自分が抱える役割を、他の社員に譲りたがらない社員が出てきます。一人ひとりの社員のスキルに頼らずに、組織として成長させる際の最初の壁は「権限委譲」だと思います。
次に社員が50名くらいになると、組織としての階層ができることによる「コミュニケーション」不足の問題が次の壁です。
そして組織が100名くらいになると「最適化」の壁に直面します。個別部署などのチームメンバーが5〜10名くらいになると、それぞれのチームが自分のチームにとっての個別最適を考えるようになります。しかし、会社がうまく回るためには、各部署の個別最適ではなく、全社最適を考えなければなりません。
150人を超えると「形式主義」の壁があります。プロセスが整ってくるとそれを遵守することが最重要と考える人が増えます。プロセスは手段で、大事なのは目的です。皆の意識を「目的主義」にしていくことが重要です。
さらに200人を超えると、自分は働かずに周りに仕事をさせようとする人が出てきます。「タダ乗り」の壁です。このような人が出てくると、社内でフラストレーションが溜まってくるので注意が必要です。
シリコンバレー企業と日本企業の良さを組み合わせた文化
大久保:古市さんが担っている社長としての業務内容やその割合を教えてください。
古市:営業やマーケなどの社外業務、Box Japan社内業務、アメリカ本社との連携の3種類の業務が中心で、その割合で言うと「社外業務:社内業務:本社連携:その他=4:3:2:1」くらいの割合です。
大久保:外資系企業は人材の流動性が高いイメージがありますが、Box Japanはどうですか?
古市:Box Japanは他の外資系企業に比べると離職率が低いと思います。多くの管理職ポジションは創業以来同じ人が勤めています。具体的には6〜8年在籍している方が多いですが、会社の事業年数とともにさらに長くなっていくでしょう。
また管理職は社内からの昇進が大半で、この点も外資系企業としては珍しいと思います。
大久保:伝統的な日本企業のような雰囲気なのですね。
古市:その通りで、シリコンバレー企業と日本企業のいいとこ取りを目指しています。
シリコンバレー企業では「ジョブ型雇用」が主流で、各自は特定分野に特化してキャリアを進めます。そのため社内の他の部署に移動することは滅多にありません。
しかし、Box Japanでは部署を越えた異動も珍しくありません。といっても、定期人事異動とは違います。ある部署で働いていた人が他部署にキャリアチェンジしたいと考えたとき、その希望を叶えるべく部署異動をしています。外資系日本法人では部署を越えた異動はほとんどなく、この点も日本企業っぽいと言われます。
外資系日本法人には珍しい組織構造
大久保:他の外資系日本法人で部署を越えた異動がないのはなぜですか?
古市:外資系日本法人の社長は全部署の実質的責任者ではなく、「日本市場の営業責任」だけを担っているケースが多いからだと思います。
例えば、日本法人のマーケティング部門の責任者は日本法人の社長ではなく、海外にある本社のマーケティング部門の責任者にレポートするという組織構造です。この場合、マーケティング部門の人事権や予算権は日本法人の社長にはないことがほとんどです。
このような構造であるため、外資系企業で部署を越えた異動は珍しいのです。
大久保:ではなぜBox Japanは部署を超えた移動が可能なのでしょうか?
古市:私の上司はアメリカ本社の営業本部長ではなく、アメリカ本社の社長です。つまり、私はBox Japanの全部署の責任を任されていて、部署を超えた異動や予算配分の変更も可能なのです。もちろんアメリカ本社に対して説明責任を果たすことが前提です。
Box Japanを立ち上げる時に、日本法人が急成長をしている間はすべてを見させてほしい、人材や予算の部署間の柔軟な配分が必須だから、とCEOとCOOに提案しました。その希望を受け入れてくれたBoxの懐の深さに感謝しています。そして約束通り、急成長を続け、Box全体の売上のうち約18%を占めるようになりました。急成長はしばらく続きそうです。
一般的な外資系日本法人は全社売上の10%を売ることを目標にしつつ、数%くらいが多いと思います。Box Japanは売上という成果を出せているので、アメリカ本社からも強い当事者意識をもった自律したチームとして信頼してもらえているのだと思います。
日本企業がITサービス市場で活躍するには「高品質」と「ハードウェア」が鍵
大久保:ITサービスの市場という意味での日本とアメリカの違いを教えてください。
古市:アメリカは「トライアンドエラー」の文化が強く、特にBtoCサービスでは多種多様な新サービスをどんどん出して、上手くいかなければすぐに取り下げるということを頻繁に繰り返しています。
しかし、日本では一度発表したサービスに責任を持たなければならないという期待があり、迅速にITサービスのブラッシュアップを繰り返すのが難しいです。
これを違う切り口で考えると、日本企業は品質を高めることに強みを持っている企業が多く、トライアンドエラーが許されない「遠隔医療」や「自動運転」という生活の根幹を支える分野では先行したIT企業とも十分に戦える可能性があると思います。こうしたITサービスには「ハードウェア」と「ソフトウェア」の両方のすり合わせが必要ですが、先進国の中で強い「ハードウェア」業界をもっているのは日本とドイツくらいで、今後の日本企業の活躍が大いに期待できます。
大久保:日本とアメリカには情報システムについての考え方にも違いがありそうですね。
古市:アメリカ企業では情報システムの長はCIO(最高情報責任者)として経営幹部の一翼を担い、投資だけでなく生産性向上などのリターンも見ていることが多いです。一方、多くの日本企業では現場リーダーという位置づけで、総務部長配下に情報システム課長が位置していることもあります。そこでは、情報システムを運営する際に「予算低減」と「リスク低減」が求められ、新しい情報システムを導入するモチベーションが低くなりがちです。
このような最新の情報システムの導入に対するハードルの高さが、生産性が上がらない要因かもしれません。
安心安全に情報共有ができるコラボレーションツール「Box」
大久保:Boxのクラウドストレージサービスはどのような場面で活用されていますか?
古市:Boxはコラボレーションツールとして使われることが多いです。社内外の人と安心安全に情報を共有したいという方々にご利用いただいています。
また、他社の多種多様なSaaSサービスとAPI連携をしていることもBoxの強みです。例えば、マイクロソフトやセールスフォースを使いながら、それらのファイルの保存はBoxに集約するという使い方が増えています。
各企業が使っているSaaSサービスの種類が増えており、どのファイルをどのSaaSサービスに保管したか混乱し検索に手間取るケースが増えてきています。さらに各SaaSサービスのストレージは従量課金が多く、月々のコストも増えてしまいます。
そこで、様々なSaaSサービスを活用しつつ、ファイルの保存先は容量無制限のBoxに集約、つまり情報を整理し、効率やセキュリティを向上させ、コストも抑える目的でBoxを導入していただくことが増えています。
大久保:Boxの創業者はどのような方ですか?
古市:Boxは創業者のアーロン・レヴィが20歳の時に作った企業向けのファイル共有サービスです。若くして創業したシリコンバレーの経営者の多くはBtoC向けのサービスを開発していますが、アーロンはBtoB向けサービスを開発したという意味でシリコンバレーの中でも異色かもしれません。
アーロンは現在37歳ですが、周りの意見によく耳を傾けるとても民主的な経営者です。イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズのようにトップダウンな経営者の方が意思決定が早いイメージがあると思います。Boxはアーロンと彼を支える経験豊富な経営陣との連携が絶妙で、民主的な上に意思決定も早いです。
Box Japanの急成長の鍵は「当事者意識」と「学び続ける意識」
大久保:このような創業者の想いを元に、古市さんがBox Japanの文化を作っているんですね。
古市:文化を作るとまでは言わないですが、意識していることは2つあります。
1つ目は「当事者意識を持つこと」です。例えば、上司やアメリカ本社からの指示だからといって鵜呑みにせずに、当該事業に一番詳しいのは自分だという自覚を持って、考え、提案することを皆にお願いしています。
2つ目は「新しいことを学び続けること」です。IT業界は有望な職業機会が次々と立ち上がってくる、とても恵まれた業界です。ただし、個人が学習し成長し続ける限り。1人で学習し続けるのはしんどくて、つい怠けがちです。社員がそれぞれの得意分野や勉強したことをお互いに教え合うことで、環境に背中を押されて、いつの間にか自分も成長していた、という状況が理想です。
大久保:最後に読者の方々にメッセージをお願いします。
古市:Boxユーザーの大半は中小企業やベンチャー企業です。SaaSサービスを導入する最大のメリットは、社内にIT人材を確保せずに、大企業が利用している高品質のITサービスを使えることです。
少数精鋭の企業で導入しやすいプランもあるので、ぜひご検討ください。
(編集:創業手帳編集部)
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(取材協力:
株式会社Box Japan 代表取締役社長 古市 克典)
(編集: 創業手帳編集部)