IPOの守護神は見た。IPOの舞台裏と伸びるスタートアップの特徴
500社以上の企業のIPOに関わった、大和証券元IPO担当役員の丸尾氏にインタビュー
IPOとは、企業が上場し市場に株式を公開することです。企業が上場すると、これまで非公開だった株を投資家が購入できるようになり、企業は株を買われることで事業資金を調達できるようになります。
500社を超える企業のIPOに関わってきた、大和証券元IPO担当役員丸尾浩一氏は、2010年、JALの倒産・上場廃止当時、執行役員としてJALの経営支援に懸命に当たりました。当時の稲盛和夫会長の言葉やJAL再建の舞台裏についてのお話とともに、IPOする意義、IPOをした会社・起業家の共通点や、起業家を生むカルチャーや教育まで、丸尾氏に幅広くお話をうかがいました。
大和証券株式会社 エグゼクティブアドバイザー
1960年、大阪府生まれ。1984年、関西学院大学法学部卒業、大和証券入社。2009年、事業法人第6部長、同年に事業法人担当執行役員に就任。2010年大和証券キャピタル・マーケッツ執行役員。2012年、大和証券常務執行役員。2013年、大和証券常務取締役。2015年、大和証券専務取締役。2021年より現役職。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
印象深いIPOはJALの再上場
大久保:本日はありがとうございます。丸尾さんは500社以上の企業のIPOに関わられたとうかがっています。多くのご経験の中で、印象に残ったIPOを教えていただけますか?
丸尾:たくさんありますが、個人的にはJAL(日本航空)の再上場です。
ご存じのとおり、JALは2010年に一度倒産し上場廃止しています。JALは倒産前に公募増資をしましたが、大和証券は引き受けませんでした。大和証券として、公募増資のタイミングとしてはふさわしくないと判断したからです。その後JALは倒産して、国が公的資金を3,500億円投入しました。
稲盛和夫氏によるJAL再建
丸尾:その後、大和証券と関わりの深い、京セラ創業者の稲盛和夫さんがJALの会長に就任します。大和証券は稲盛さんが設立したDDI(現KDDI)の主幹事も務めていました。
稲盛さんは素晴らしい方で、「わしの最後のお国への奉公。老体に鞭を打ってやるので、大和も頼むで」とお話をされました。当時78歳の稲盛さんの言葉に、大和証券の経営陣も胸を熱くしました。
当時のJALは国からの公的資金を使い切り、業績を懸念する声が上がっていました。そこに稲盛さんがアメーバ経営(※1) や、稲盛流の改革を持ち込んで、JALは見事に再生しました。
※1 アメーバ経営:稲盛和夫氏が会社を経営していく中で、自らの経営哲学を実現していくために独自に創り出した、小集団独立採算制度の経営手法のこと。日本航空においては部門別採算制度とも呼ばれている。
JALカードの会員獲得でJALを支援
丸尾:当時、私は執行役員で事業法人担当でした。自分の管轄の4~7部(内2部がIPO部門)の、各企業に付いている担当者の配置を見直し、最適な配置替えをしました。この人事は、当時、社内でちょっとした話題になりました。他部から優秀な人を呼び込むのではなく、自分の配下の部の中での入れ替えだったからです。その中の目玉がJALの担当者を誰にするかでした。
新しく配置したJALの担当者は非常にお客様思いで、JALカード会員獲得のために、大和証券の組織を挙げて応援しようと提案しました。この結果、それまで10名だった会員が2,000名になりました。カード加入者の増加により安定収益がJALに入るため、支援の一助となったと思います。お客様が望むことを必死で考え組織を動かすのが担当者の使命です。やはり、最高の担当者をつけることが最重要なことだと考えたわけです。
決してJALカードの件だけではないと思いますが、様々な施策を行った結果、大和証券はJALの主幹事証券を務めることになりました。私自身が活躍した話ではありませんが、自分がいいと思った担当者をしっかりとアサインできたという意味で、思い出深いIPOです。
大久保:素晴らしい結果を出せたのは、能力が高い担当者ならではだったのですね。
丸尾:ええ。それが大和証券の法人部門のビジネスモデルでもあります。よく言っているのは、「担当者はいかに組織を使って、お客様に対してこれ以上の選択肢はないというところまで貢献できるか」ということです。属人の力だけで勝負するのは不可能な一方で、組織を動かすのは属人の力でもあります。
大久保:稲盛さんの言葉を聞いて経営陣が胸を熱くしたとのことですが、ビジネス上で重要な意思決定をする時に感情で動く場合もあるのですね。
丸尾:お客様はそうだと思います。特にトップは、主幹事証券を選ぶ時に、個々の担当者と付き合いが長いので、担当者の動きを重視することは多いと思います。それは大きな会社でも同じです。
企業にとって上場とは
上場とは、大義を成し遂げるための通過点
大久保:先ほどJALの公募増資のお話がありましたが、企業が上場するということは、一般の投資家から広く資金を集めるという意味で、社会的な存在になることだと思います。丸尾さんのご経験から、辞書的な「上場」ではなく、経営者・起業家にとって、上場することの意味を教えてください。
丸尾:上場は、本当に成し遂げたいものがある、社会に大きなインパクトを与えるような存在になりたいという人にとっては、当たり前のようにどこかで通る通過点です。私は上場の意義はそういうことだと思います。
それから、大義を成し遂げるために最適なタイミングでその通過点を通過し、IPOというゲートを、ターボチャージャーのようにビューンと送り出してくれる上場でないと、意味が無いと思います。これは、いわゆる「上場はゴールでなくスタートだ」ということにもつながる発想ですね。
上場したからと言って「バラ色の世界」ではない
大久保:上場はスタートで、世の中から広く資金を集められるという、日本経済の屋台骨の入口に立ったに過ぎないということですね。上場することで株式は、それまでVC(ベンチャーキャピタル)が中心的な投資家だったのが、一般の個人投資家等、さらには機関投資家と呼ばれるグローバルな一流の投資家など、誰でも買えるものになり、パブリックな存在になります。それは怖いことでもありますね。
丸尾:怖いですよ。パブリックになるというのはそういうことですね。上場後は、総会も開かなければいけないし、議決権の問題もあるので、株式を長期保有してくれる投資家を味方に付ける必要があります。株主の期待は裏切れませんので、上場してからのほうがよっぽど大変です。
上場した後はバラ色の世界というわけではなく、修羅場を見ることもあるかもしれません。誰が株式を買うかも分からないし、はっきりと物を言う株主から文句を言われるかもしれません。「こんな風になると知っていたなら上場しなかった」と思う人もいるかもしれません。
証券会社にとってIPOビジネスとは「良心」
丸尾:ただ、自分が発行した株券が、ある時財産になります。例えば時価総額100億円で株式を50%保有していたら、50億円の資産ができます。ビットコインでも、急に50億円にはなりません。IPOは長い時間がかかりますが、ある日突然資産になります。それはIPOにしかできないことです。
最近では2021年3月にココナラがIPOしました。南章行さんが2012年に会社を設立してから9年かかりましたね。
証券会社のビジネスの中で、IPOビジネスはスパンも長くビジネスにはなりにくいですが、お客様には大変喜んでもらえます。私の個人的な意見では、証券会社のIPOビジネスとは「良心」で、最も社会貢献につながるビジネスだと思います。
IPOにおける起業家像
IPOする会社の共通点
大久保:丸尾さんは500社以上のIPOに関わられました。IPOする企業の共通点とはなんでしょうか?
丸尾:「やり切る力」があるという点です。まず第一通過点のIPOをクリアするということをやりきる力がいるので、それさえできなかったら大義は為せません。
あとは「長いスパンで自分の事業を考えて、それを行えるか」です。事業を行ううちに見えてくる世界があって、時流もあるので、事業内容は変わっていくのが普通です。AIで世の中をもっとハッピーにしたいと思った時に、大きなトレンドを受けてITの要素も入れていくなど、変わっていくと思います。
大久保:起業家はどんどん成長していくものですか?
丸尾:成長のスピードや角度は人によって違いますが、皆さん成長していきます。時代をしっかり読む力を身につけ、自分のやりたいことも時代が変わっていくことで徐々に変わるので、若い時に決めたことを達成したら、リセットしていきますね。
起業家は時代にチャレンジする優秀な人
大久保:起業にチャレンジする人は、リスクを背負っていますが、丸尾さんから見るとどう見えますか?
丸尾:私は世界で一番カッコいいのは起業家になろうとする人だと思っています。誰しも自分に自信がなかったりもする中で、それでもやりたいことがあるという志で、苦労を背負うことは素晴らしいと思います。
「安定を求めて楽をしてお金をもうけたい」とか、「自分は勉強ができるから頭脳だけで食べていこう」というのは古い考え方だと思います。起業のすすめではないけれど、起業家になる人が、私は一番時代にチャレンジする優秀な人だと思います。
大久保:昔に比べると起業しやすくなりましたよね?
丸尾:起業しやすくなっていますし、転職も当たり前の時代ですね。
多くの人が起業家を目指して切磋琢磨して、素晴らしいサービスやイノベーションを起こせば世の中も良くなります。もちろん、全員が起業家でも困るのですが。
起業家育成に必要なグローバルの土壌
大久保:起業家を生む企業もありますね。
丸尾:そうですね、一昔前は、起業家はリクルートから多く輩出されました。「絶対徹底してやりきる」というカルチャーがリクルートにはあります。今私が注目しているのは光通信です。光通信出身者の起業家は事業を作るのがうまいです。あとはサイバーエージェント、DeNAなどですね。
大久保:十年前に比べると景色が変わっていますね。
丸尾:これからの10年も変わるでしょうね。
大久保:起業家を生むという意味では、メルカリもそうですね。
丸尾:間違いないですね。メルカリの山田進太郎さん、スマートニュースの鈴木健さんは、なんとしてもグローバルでと頑張っているじゃないですか。
日本は島国で、全くと言っていいほどグローバルな土壌や教育がありません。それではだめだと起業家の人たちは痛いほど思い知らされるわけです。だから教育の仕方から変えていくのです。
松山英樹さんがなぜマスターズで優勝したかというと、4歳からゴルフをやっているからだと思います。日本の子どもたちが小さい頃から英語や中国語を話していれば、大人になったら社会は変わります。普通にグローバルになっていると私は思います。証券マンだから教育のことを言っても仕方ないですが、起業家の話をするならば、本当の起業家になるような教育を親がしないといけないと思います。
時代によって変われる会社が一流企業
大久保:企業のカルチャーという点で、着目されている企業はありますか?
丸尾:ソニーのように大企業で、経営者がバンバン変わるのに伸び続ける企業文化もすごいと思います。成功している企業は長きにわたって変わり続けています。富士フイルムもそうです。変われる会社がエクセレントな超一流企業ですね。
スティーブ・ジョブズ氏が亡くなった後、アップルは時価総額が下がるかと思いましたが、そうではないですよね。ということは、アップルの思想がいいのです。その思想はジョブズ氏が作ったのだと思います。経営者は自分が動くのではなく、会社が自然に回るようなカルチャーをつくることが重要です。
サイバーエージェントの藤田晋さんは、ご自身も一生懸命やられていますが、サイバーエージェントのカルチャーができています。サイバーエージェントはそれまで積み重ねてきたカルチャーの文化からしっかりと利益が出て、投資家に利益を配分して、なおかつ次の成長投資ができているすごい会社です。
スタートアップに向けて
スタートアップの営業力
大久保:証券会社の営業力はすごいものがありますよね。起業家も営業努力が重要ですが、スタートアップにおける営業力についてご意見をお聞かせください。
丸尾:IT起業家やAI起業家は、基本的に営業する概念そのものが無い方が多く、放っていても良いサービスさえ作れば売れると思ってしまいます。ただ、やはり、作り手がまず良いものを作って、そして、営業部門が良いものだからしっかり売って行く。やはりそのほうが世の中に広まりますし、サービスが本物であればあるほど“もっと”売れるとのだと思います。私は両方必要だと思います。
能力をよくある5角形のグラフで表すと、私たち証券会社の人間は営業力が突出して高い人間が多いです。AIの会社では営業力はへこんでいて、とにかく開発力が突出しているケースが一般的かと思います。でも、開発部門以外の社員の力を合わせて五角形が大きくなれば、会社としてはバランスがとれていて、組織体としていわゆる大義が為せるのではないかと思います。
株式市場の歴史は必ず繰り返される
大久保:今後のスタートアップ界の見通しをお聞かせいただけますか?
丸尾:今スタートアップはあまりもの作りはやらないですし、VCもなかなか投資をしません。けれども、ものがあってこその世の中でもあります。
もの作りはビジネスとして大変です。研究開発に人手がかかり、工場のマネジメントも必要で、その他も全部やって、ライバルもいる中で利益を出すことは本当に大変だと思います。今はなんとなく投資家目線で見ると、もの作りに資金が入れにくいよねというのが合言葉で、SaaS(※2) とか言うでしょう?
※2 SaaS:必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェアもしくはその提供形態のこと。Software as a Serviceの略語。
しかし、必ず株式市場の歴史は繰り返します。もの作りは改めて見直される時が来るだろうし、どんどんトレンドは変わっていきます。かっこいいことを言うと、証券マンにはそれが分かっていなければならないと思います。
なぜなら、株は安く買って高く売るのが鉄則です。安く買う時は人が注目していない時です。証券マンはそういう目を持っていなければプロと呼べないと思います。ビットコインの相場もそうです。一時期相場の上昇は終わったと思われましたが、今はすごい勢いです。
大久保:証券マンの目から見て、もの作りが改めて見直される時が来るということですね。今日はJAL再建のお話から始まり、IPOにまつわるお話、起業家を生む教育、カルチャーなど、幅広くお話をうかがいました。貴重なお話をありがとうございました。
丸尾:こちらこそ、ありがとうございました。