Medi Blanca 横山佳野|看護師から起業!「Soi Nurse(ソイナース)」で医療的ケア児と家族に寄り添う

創業手帳woman
※このインタビュー内容は2023年07月に行われた取材時点のものです。

医療的ケア児とその家族へのきめ細やかなケア、看護師の労働環境改善にも一役買う「三方よし」のサービス

「医療的ケア児」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。医療的ケア児とは、人工呼吸器や胃ろうなどを使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な子どものことです。

しかし、その育児が簡単ではないことは想像に難くないでしょう。24時間つきっきりの看護が必要なため、医療的ケア児を育てる保護者のうち、特に母親の多くは仕事を辞める現状があります。これは、経済的な困窮や、母親ひとりの心身に過大な負担がかかるという問題に直結します。

この問題の解決に取り組んでいるのが、「すべての子どもとその家族、そして看護師が健やかに生きられるような社会をつくる」をミッションに掲げる会社「Medi Blanca」です。主に医療的ケア児を対象に、時間制で子どもを看護師に預けられる「居宅訪問型ケアリングサービス」を「Soi Nurse(以下、ソイナース)」のサービス名で提供しています。

今回は、同社の代表取締役を務める横山佳野さんに、起業から運営を軌道にのせるまでのヒストリーや、医療的ケア児を取り巻く子育ての課題と解決策、また看護師の働き方改革について、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

横山 佳野(よこやま かの)
株式会社Medi Blanca 代表取締役
看護師時代、障害を持つ子どもの保護者が病院で疲弊している様子を見て、家庭でのケアをサポートしたいという思いからビジネス経験ゼロの状態で一念発起し起業。看護師によるケアリングサービス「ソイナース」を立ち上げ、自身も看護師の一人として訪問看護に当たりながら、経営を行う。「すべての子どもとその家族、そして看護師が健やかに生きられるような社会をつくりたい」という想いから、看護師の働く環境や待遇面の課題解決にも取り組んでいる。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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看護師の仕事環境に絶望!?資格を活かして起業


大久保:もともとはなぜ看護師の道へ進まれたのですか。

横山母から「なにか資格をもっていたほうがいい」とアドバイスされたからです。「世の中の役に立ちたい」「病気の方の力になりたい」といった他者貢献の志をもって看護師を目指す人が多い業界なので、大学生活ではちょっと引いた立ち位置でした。

でも「目指すからには必ず一人前の看護師に」と決心していたので、卒業後は大学病院に入職し、最先端の医療を学びました。3年間の腎臓内科勤務を経て、「もっと学びたい」という欲が出てきたことからICU(集中治療室)に転籍、ここでも2年間必死で働きました。その後は甲状腺の専門病院で、手術室と病棟看護師の経験を積みました。

大久保:起業はいつから心にあったのですか。

横山:最初は起業しようなんて全然考えておらず、せっかく資格をとったのだから、看護師を長く続けようと思っていました。でも、だんだんと看護師の劣悪な仕事環境に疑問を抱くようになったのです。

思えば、看護学生の頃から違和感はありました。実習の時についた先輩看護師さんから、ひどい言い方をされたり、果てには1日中無視されたり…。患者さんの命を守る使命感や人手不足、忙しさからそうなってしまうことは頭では理解していましたので、「忙しすぎるから仕方ない」「目標をもって一人前になれるよう働くしかない」と心を強くもって励んでいたんです。でも、1軒目の大学病院から病院を替わった先でも、看護師はみんなすごくギスギスしていて、後輩に嫌味や文句を言っていて、そこでちょっと絶望しちゃったんですよね(笑)。

「どこで働いても一緒、お給料も変わらない、どうして?」と考えたときに、私はもっと楽しく目標をもって働きたいし、仲間にもそういう場を提供したいと思い、起業しようと決心しました。でも、決心は固まったものの、経営知識がまったくなかったのです。個人事業主という言葉も知らず、「会社といえば株式会社!」という思い込みと勢いで会社を設立しました。

泣きながら歩いた道のり、それでも壁を越えてきた

大久保:素晴らしい行動力ですね。起業後にご苦労されたのでは。

横山:そうなのです。私は「壁に当たったらそこで考えて越えていく」タイプ。事務所を借りるのもひと苦労だったうえ、最初は資金の借入もうまくいきませんでした。「志はあるのに何もできない…」と泣きながら歩いていたことを覚えています。

運営当初は資金繰りも大変でした。看護師を雇っているのでお給料を払わなくてはいけないのに、診療報酬がすぐ入金されるわけではないので、仕事はあるのにあわや黒字倒産しそうになったこともあります。この時は、1.5ヶ月早く診療報酬が入金される「カイポケ」の「ファクタリングサービス」を利用して資金繰りを改善し、生き延びました。

大久保:カイポケは弊社とも提携しています。診療報酬の場合、国が相手で信用度が高いので、低金利でファクタリングサービスを受けられると聞いたことがあります。

横山:ええ、カイポケは医療分野に強いので、電子カルテの作成や請求管理、労務周りなどもトータルで支援してくれます。本当に救われました。

0か100かではない、看護師が働きやすい「真ん中の選択肢」


大久保:看護師の人手不足が報じられていますが、人材の採用にご苦労はありませんか。

横山:ありがたいことに、たくさんの人材が来てくれて採用にはさほど苦労していません。

静岡大学による2018年の研究では、就業している看護師は全国に約150万人、潜在看護師は80万人という統計が出ています。そのどちらにも「資格を活かして転職したい」「常勤でなく働きたい」という大きなニーズがあるように感じます。

弊社の「ソイナース」なら、週1回でも1時間からでも働いてもらえます。特に、常勤でない単発の仕事は老人や介護領域の求人が多いので、小児科や子育ての経験がある人は喜んで来てくれます。

大久保:看護師の働き方として「やるかやめるか」といった0か100かではなく、真ん中の選択肢があるといいですよね。

横山:ええ、スポットなら働きたいと言ってくれる人はたくさんいるのです。看護師がこんなにたくさんいるなら、雇用や仕事のバリエーションはもっと増えてもいいと思います。目標をもって自分らしく楽しく働く、そんな雰囲気が業界全体に広がればいいなと思っています。

医療的ケア児の家族を全力でサポート

大久保:ご経歴の中に小児科はありませんが、なぜ医療的ケア児を中心としたサービスを立ち上げたのですか。

横山:起業するときに、ICU勤務時代のことを思い出したのです。入院している子どもたちの保護者は、皆さん疲れ切っていました。「入院している今ですらこうなのだから、子どもと一緒にご自宅に帰ったら、このお母さんは一体どうなっちゃうんだろう…」と心配でした。

病児保育や産後ケアも含め、「看護師が子どもを見るサービス」は社会的意義もニーズもあると見込んで、ベビーシッターや小児科クリニックでの勤務を経て、前形態の「白衣のシッター」というサービスを開始しました。スタートさせてみると、やはり障がい児や医療的ケア児の託児・看護ニーズが非常に大きかったのです。小児の訪問看護の市場規模は約120億円とややニッチな業界ですが、医療的ケア児は全国に約2万人いて増加傾向ですし、近くにサービスがあったら利用したいといった潜在的なニーズはもっとあると思います。

そこで医療保険や公費で利用してもらえるよう、2021年9月に「訪問看護ステーション」の基準を満たしました。医療保険と東京都各区の事業を組み合わせて、なるべく自己負担が少なく利用してもらえるようサービス設計しています。医療的ケア児が増えているなか、行政の対策は追いついていません。行政への働きかけやノウハウの提案は積極的に行っていくつもりです。

大久保:ソイナースのサービスで、誰が最も喜んでくれると感じていらっしゃいますか。

横山:看護師がケアすることで保育園や学校に通えるようになるといった例では、子ども本人も、保護者も、園や学校も、本当に関係者全員が喜んでくれます。医療的ケア児に対して、よりきめ細かなケアや楽しい遊びを提供し、成長発達に寄与できるのは嬉しいですね。

そんな関わりのなか、やはり一番重く受け止めたいのは、家族の想いでしょうか。共働きだったりきょうだいがいたり、皆さん本当に色々な苦労を工夫を重ねて乗り越えているのです。サービスを利用することで、保護者が無理なく働けたり、「きょうだい児」(障がいのある子どもの兄弟・姉妹)が親御さんとたくさん一緒に遊べたり、家族に対するサポートには本当に意義を感じます。

大久保:医療的ケア児の看護サービスは他にもあるとおもいますが、ソイナースだけで行っている特徴などがあれば教えてください。

横山:弊社のソイナースは、他社が行っていない18時以降20時まで、夜のサービスも請け負っています。普通、訪問看護ステーションは5人~10人くらいの規模で、半径約2キロ圏内を回るスタイルが多いのですが、それだと必要な時間に来てもらえないケースが散見されます。弊社はたくさんの看護師を集めて、必要な時間に必要な場所へ派遣します。後発の強味を活かして、少しずついいとこどりをしていきたいですね。

日本全国の医療的ケア児に選択肢を届けたい

大久保:今後はソイナースをどのように展開していきたいですか。

横山:今はほぼ23区内だけで運営しているのですが、23区外の都内や神奈川など東京近郊も対応エリアですので、「小児の訪問看護といえばソイナース」と、もっと認知されて頼ってもらえるようにサービスを充実させていきたいです。もっと言えば、医療的ケア児を育てている保護者は全国にいるので、そういう方にもサービスを届けることができればという想いはあります。

ただ、私自身が看護師なので、ソイナースの看護の質を絶対に下げてはいけないという使命感があります。確実にいいサービスを提供できるよう着実に成長を続けていきたいです。

大久保:横山さんがソイナースで解決したい業界的・社会的課題とは何でしょうか。

横山:弊社のミッションは「すべての子どもとその家族、そして看護師が健やかに生きられるような社会をつくる」です。まずは、医療的ケア児やそのご家族が健やかに社会参画していくサポートをすること。そして、働く看護師も健やかに生きられる場を作っていきたいと思っています。

私を含め看護師は「つらい、大変」と思いながら働いている人が本当に多かったように思います。私たちは、人生の長い時間を仕事に費やします。だから、仕事を楽しいと思えることが大事。それに、目標をもって仕事を楽しんでいる人のほうが、いいサービスを提供できると思うのです。看護師の仕事が好きで子どもの看護をしたい熱意のある人が、もっと幸せに働ける場を提供したいと考えています。

大久保:ソイナースの運営スタイルは、日本の課題を様々にカバーしていますよね。医療従事者の働き方改革、それによる看護師人口減少の歯止め、障がいや健康上の不安がある子どもの受け皿。また、母親が看護を担うことが多いように見えるので、こういった託児ができると、女性の社会参画の促進にも繋がるのではないでしょうか。非常に社会的意義があると感じます。

横山:そう言っていただけると嬉しいです。障がいや病気をもっている方々の家庭をサポートする制度は、世の中にもっと色々あってもいいと思います。病気や障がいがある家族がいても、保護者は社会で働けるし、医療的ケアが必要な子どもたちも健やかに成長するということを知ってもらいたいですね。

また、こういう医療的ケアを必要とする子どもがいる家庭は、父親が本気で育児や家庭運営に参加しているケースが多いんです。「お父さんたちも頑張っている」ことを知ってもらいたいですね。お互い協力し合っていたわり合う、夫婦仲がいい家庭が多いのです。もしかしたら「かわいそうだな」といったイメージをお持ちになる方もいるかもしれませんが、私は利用者さんから「こんな幸せな家族がたくさんいる」という家族の大切さに気づかせてもらっています


大久保:すごく素敵なメッセージをありがとうございます。横山さんがこうしてメディアで発信することで、ソイナースがより認知されることはもちろん、ご家族が勇気づけられるといいですね。

横山:そうなるとありがたいです。実は「メディアに出るのは苦手だな」と思っていた時期もあったのです。医療業界はどうしても「病院に来てもらって当たり前」といった文化があって、自分達のほうからあまりPRをしないものですから。でも、私もメディアで様々な会社の代表が想いを発信しているのを見聞きして、「素敵だな」「この人のサービスを知りたい」と思うことがあります。だから私自身も、会社の理念など伝えたいことは積極的に発信しようと思うようになりました。

ソイナースの利用に繋がらなくてもいいのです。医療的ケア児の看護サービスがあることを保護者に知ってもらい、必要なときに思い出してもらって、選択肢となれれば十分です。きっと、サービスがあることを知っているだけでも、少し気持ちが楽になると思います。

大久保:最後に、起業家をはじめとする読者へのメッセージをお願いします。

横山:私はまだまだ未熟で、勉強すべきことがたくさんあるので、アドバイスなどはできないのですが、軸がブレないよう「すべての子どもとその家族、そして看護師が健やかに生きられるような社会をつくる」というミッションを追求することだけは忘れないようにしています。これからも利用者様や看護師メンバーと誠実に向き合い、一歩ずつ確実に前進できればと思っています。

起業を支援する冊子「創業手帳」では、多くの起業家のインタビューを掲載しています。起業経験者による体験談をご覧いただき、ぜひ今後にお役立てください。

大久保写真大久保の感想

創業手帳の大久保です。

取材後の感想です。
まず日本では少子化・医療の人手不足・女性の社会進出が大きな課題です。

そんな中で、ソイナースが展開しているような限定的にせよ看護師の現場復帰は貴重な医療資源・人手不足の中で、意義が大きいと思います。

医師看護師はハードワークの代表例であり、需要の増加に現場の人員の供給が追いついておらず、それがまたハードワークでの離職に繋がりやすい状況があります。こうした形での看護師の活用は、間接的に医療機関の負担軽減にもつながる可能性があり、こうした医師看護師の人手不足問題に対応するようなスタートアップは社会課題として大きく、市場も大きいので今後も増えていくと思います。

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(取材協力: 株式会社Medi Blanca 代表取締役 横山 佳野
(編集: 創業手帳編集部)



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