会社の売り買いは総合格闘技? ベンチャーの超有名弁護士・淵邊善彦氏が教える出資・M&A入門「M&A編」

創業手帳
※このインタビュー内容は2019年12月に行われた取材時点のものです。

創業手帳の大久保が、M&Aの基本的な流れと注意すべき点について聞きました

(2019/12/19更新)

会社の「M&A(合併と買収)」と聞くと、経営不振など後ろ向きの事情から行われるイメージを持つ人も少なくありませんが、実際には、M&Aが生じる理由は様々です。特に最近スタートアップの間では事業拡大を目的とした攻めのM&Aも増えてきていることをご存知でしょうか。

いずれにしても会社を売り買いする際には、複雑な法務上のやり取りが欠かせません。今回はM&Aをよく知らない起業家向けに、M&Aの基本的な流れや手順について、「起業ナビゲーター」(リスクモンスター創業者の菅野 健一氏と共著)、「企業買収の裏側―M&A入門」など多数の著書があり、スタートアップ業界で有名なベンチャーラボ法律事務所の淵邊善彦弁護士に聞きました。

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淵邊善彦(ふちべ よしひこ)/ベンチャーラボ法律事務所 代表
1987年東京大学法学部卒業。89年弁護士登録、西村眞田法律事務所(現西村あさひ)勤務。95年ロンドン大学UCL(LL.M.)卒業。00年よりTMI総合法律事務所にパートナーとして参画。 08年より中央大学ビジネススクール客員講師(13年より現在まで同客員教授)。16年より東京大学大学院法学政治学研究科教授(18年まで)。19年ベンチャーラボ法律事務所開設。主にベンチャー・スタートアップ支援、M&A、一般企業法務を取り扱う。ヘルスケアIoTコンソーシアム理事、日弁連中小企業の海外展開業務の法的支援に関するWG副座長、日本CFO協会顧問、アジア経営者連合会会員。

主著として、『業務委託契約書作成のポイント』(共著)、『東大ロースクール実戦から学ぶ企業法務』(共著)、『契約書の見方・つくり方(第2版)』、『ビジネス法律力トレーニング』、『ビジネス常識としての法律(第2版)』(共著)、『シチュエーション別提携契約の実務(第3版)』(共著)、『起業ナビゲーター』(共著)、『AI・IoT時代の企業法務』(共著)、『会社役員のための法務ハンドブック(第2版)』(共著)、『ロイヤルティの実務詳解』(共著)、『企業買収の裏側~M&A入門~』、『クロスボーダーM&Aの実際と対処法』などがある。

インタビュアー 大久保幸世/創業手帳株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計100万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。

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M&Aを行うにあたり、最初にすべきこと

大久保:M&Aが最近増えてきていますよね。どういうシチュエーションで行われることが多いのでしょうか?

淵邊:会社を買う場合は、今ある事業を拡大、強化する目的と、新規事業に進出する目的などがあり得ます。会社を売る場合は、出口戦略(EXIT)の一手法として現金化することを目的にすることが多いです。

大久保:M&Aは全体像が見えにくいですよね。スタートアップの立場にたって、スタートから終わりまでの流れを、おおまかに教えて下さい。

淵邊:まずはいい相手方を見つけることから始まります。売りたい、買いたいという意向が合致したところで、秘密保持契約書を結んで、情報を開示しあいます。大まかな条件が一致したら基本合意書を結び、デューディリジェンス(DD)という相手方を調査するプロセスに入ります。DDで大きな問題点が見つからなければ、その結果を踏まえて細かい条件交渉をし、最終契約を結びます。その後契約書に従ってM&Aを実行(クロージング)します。スタートアップのM&Aの場合、秘密保持契約を結んでから実行まで、3~6か月程度の短期間で行うことが多いです。

大久保:やはり売る側は高く売りたい、買う側は安く買いたいと思いますが、双方最初に何をすべきですか?

淵邊:まずは、相手方がM&Aを行いたい事情を調査してみることです。

売り手の事情としては、対象会社に何か問題がある、キャッシュが足りないなどがあります。買い手の事情としては、対象会社のある事業に魅力を感じている、いくら位までなら対価を支払う用意があるなどがあります。

相手の手の内を知ることによって交渉の立場も変わってきます。売り手としては対象会社をよく見せるようにお化粧をすることにより高く売れる可能性が増し、買い手としてはDDで問題点を見つけることにより安く変える可能性が増します。

大久保:どうやったらM&Aで良い売り先、買い先に会えますか?

淵邊:最近はM&Aの仲介会社も増えたり、ネット上でマッチングする方法もできたりで、売り手と買い手が出会う機会は増えています。きっかけは何であれ、トップ同士がよく話をし、お互いの目的や企業文化の違いなどについて理解を深めることが、良いM&Aにつながる秘訣です。

弁護士からみる勝ちパターンとは

大久保:M&Aは専門性が高いので、素人だけで行うのは難しいですよね。そこで専門家がいると思うのですが、仲介会社、弁護士、会計士など関わる士業の種類が多く、複雑そうです。それぞれの役割を分かりやすく教えて下さい。

淵邊:仲介会社は、売り手と買い手の間に入って情報提供をし、交渉を進める役割を担います。
どちらかにだけ付く場合はフィナンシャルアドバイザー(FA)と呼びます。

弁護士は、各契約書の作成、交渉や法務DDを行います。会計士・税理士は、財務・税務面からアドバイスを行い、財務・税務DDを行います。その他、知的財産に関しては弁理士、不動産に関しては不動産鑑定士、労務については社会保険労務士、ITについてはITコンサルタントなど、それぞれの分野で専門家が関与することがあります。

大久保:数多くのM&Aをご経験される中で、失敗するパターンと成功するパターンが見えていたら教えて下さい。

淵邊:失敗するパターンは、M&Aをする目的や譲れない条件が決まっておらず、とにかくM&Aを実行することが目的化してしまい、自社に不利な条件で相手方に押し切られてしまうパターンです。成功するパターンは、その逆で、M&Aの目的や譲れない条件がぶれないことが成功につながるといえます。とはいえ、M&Aは経験値がものをいう世界なので、失敗も含め数をこなしているほうが有利です。

また、売り手は希望する対価を確実に払ってもらうことが大事ですが、買い手はDDでしっかり調査し、対価を下げる交渉をし、事後的に問題が発見された時に備えて契約書で自社に有利な条件を規定することが重要です。そのためには経験豊富な優秀な専門家とチームを組むことが成功の秘訣です

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交渉には譲れない線をしっかり意識すること

大久保:買い手が見落としがちな落とし穴はありますか

淵邊:買い手は、売り手の心情に気を付ける必要があります。「対象会社を買ってやるんだ」、という上から目線で行くと交渉がうまくいきません。だからと言って、売り手の言いなりに高値で買ってしまうと失敗の原因になります。

また、M&A後にキーパーソンが辞めたり、モチベーションが低下したりしないように、対象会社の従業員から歓迎されるよう実行の前後を通じて相手方に気を付けることも重要です。

大久保:交渉は特にハードそうですね。買い手としては、どういう点に気をつけるべきですか?

淵邊:買い手の立場としては、対価や主要な条件についてしっかり相手方を調査し、譲れない線をしっかり意識して交渉する必要があります。

会社を買うということは、その組織、ビジネス、人などについていろいろな問題が出てきます。対象会社に隠れた保証債務がないか、他社の知的財産を侵害していないか、未払残業代がないか、反社会的勢力とのかかわりがないか、取引先と揉めていないかなど、調査すべき点はたくさんあります。その結果を対価や契約条件に反映しながら交渉を進めます。その過程で多くの法律や会計・税務の問題も出てきます。

大変ですが、専門家と協力しながらうまく実行できた時は、大きな達成感があり、ビジネスも大きく飛躍する可能性が出てきます。

M&A後に考えなければいけないポイントとは

大久保:M&Aを実行した後に考えなければならないポイントを教えて下さい

淵邊:M&Aは実行して終わりではなく、そのあとが重要です。ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)という言葉がある通り、特に買い手は、実行後の統合・融合のプロセスを計画的かつ果敢に実行することによって目的としていたシナジーを生み出することができます。

たとえば人の面でいうと、両社の従業員の労働条件を合わせたり、モチベーションを維持したりするためにやるべきことはたくさんあります。これらの調整について、期限を決めて行わないと、いつまでたっても基盤が別会社のままで、一緒のグループになった効果が発揮されないことになります。

大久保:M&Aは、創業についで究極の会社の節目ですよね。そこに専門家として関わることの重さや喜びも有るのではないかな、と思います。弁護士としてM&Aに関わってみての個人的な感想や思い、気付きがあれば教えてください。

淵邊:M&Aはもともと別会社だったものが一つになる一大イベントです。人でいえば結婚にたとえられます。付き合いを始めても別れることもありますし、無理に結婚させても幸せになるとは限りません。

弁護士は、当事者に近いところで、成功するためのアドバイスもしますし、問題があると思ったらストップする役割も果たします。実務面では、いろいろな法律がかかわり会社の命運を左右するという意味で、総合格闘技ともいわれます。それだけにやりがいがあり、成功したときは当事者と一緒に喜び合えるところに醍醐味があります。

大久保:最後に、一言メッセージをお願いします

淵邊:私は大手の法律事務所で約30年間、大規模なM&Aを中心に携わってきました。その経験を活かしながら、今年からベンチャー・スタートアップ企業のM&Aに関わっています。大企業にとってのM&Aは経営戦略の一部にすぎませんが、ベンチャー・スタートアップにとっては生死にかかわる重大事です。より身の引き締まる思いでサポートしていきたいと思います。

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(取材協力: ベンチャーラボ法律事務所/代表 淵邊善彦 弁護士
(編集: 創業手帳編集部)



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