弁護士に聞く「ベンチャーや中小企業が陥りやすい労使トラブル」
渋谷リヒト法律事務所 菅野朋子弁護士・遠藤浩一弁護士に聞く!労働審判という制度を知り、未払い残業代の請求、セクハラ・パワハラ問題などから会社を守る
従業員とのトラブルは、企業にとって頭を抱えたくなる問題だ。大企業であれば、セクハラやパワハラ問題を回避するために第三者委員会を設けたり、労働問題の専門家を配置して常日頃から気を付けることもできるだろう。しかし、そういった問題にまで手が回りづらいベンチャーや中小企業はどう対処すれば良いのだろうか。今回は、企業法務に精通した菅野朋子弁護士と、元検事という経歴を持つ遠藤浩一弁護士のお二人を訪ね、こうした問題について話を伺った。
名古屋大学法学部卒業後、司法試験に合格し、1988年に検事任官。20年以上に渡って現場で活躍した後、法務省からの派遣という形で専修大学と明治学院大学の法科大学院で3年間教鞭を取る。2014年4月、26年間の検事生活に終止符を打ち、退官と同時に弁護士登録。菅野弁護士とともに「渋谷リヒト法律事務所」を開設する。元検事という経験を生かし、さまざまな立場に置かれた弱者の支援を行っている。
右・菅野 朋子(かんの・ともこ)
東京大学法科大学院在学中に旧司法試験合格。2009年に弁護士登録を行い、企業内弁護士として富士通株式会社入社。法務部で労務関係、コンプライアンスに従事する。2010年に川崎の法律事務所に入所して経験を積み、翌年「かんの総合法律事務所」を開設。2014年4月、業務拡大に伴い「渋谷リヒト法律事務所」を開設。TBS『朝スバッ!』のコメンテーターのほか、これまで多くのテレビ番組に出演している。
労働者に優しい「労働審判」という制度
菅野弁護士:労働問題においては、未払い残業代の請求に関する相談が多いですね。それ以外に、セクハラやパワハラの相談に来られる方も多くいらっしゃいます。
菅野弁護士:以前から会社内部のトラブルとして多かったのは事実ですが、最近は誰もがインターネットで法的な情報を入手できるようになったので、より増えてきたのではないでしょうか。また、平成18年に労働審判という制度ができて、労働者が気軽に裁判所を利用できるようになりました。それはかなり大きいですね。普通の裁判であれば高額の費用がかかる上に期間も長引きますが、労働審判はどんなに長くても3ヶ月、申立てにかかる費用も少ないということで、利用なさる方が年々増えてきています。
経営者の方の中には数年前までこのシステムをご存知ない方がいらっしゃって、労働基準監督署からの申立て通知を無視していたために反論する機会を失い、1,000万円もの支払いが確定しそうになったというケースがありました。今はさすがにそういう経営者の方はいらっしゃらないかもしれませんが、軽く見ているととんでもない結果になります。
ただし、労働審判では大多数が和解で終わります。裁判所の決定を待つまでもなく、和解するための妥当な金額というのが分かるので、企業側はそれを払って終わりにしたい。労働審判は裁判と違い、闘うというより妥当な結論を導くという形ですね。
思わぬ落とし穴が潜む「未払い残業代請求」
遠藤弁護士:未払い残業代を請求されるケースでは、経営者が未払いという認識がなくても実は発生していたというように、法律に反しているという意識がない中でそうなってしまうことが往々にしてあります。業務手当として定額を支払っていれば残業代は払わなくていいと思っている経営者や、実際にそう説明している社労士の先生などもいて、就業規則にもそう書いている。でも実は合法ではないんですね。残業代が発生しない従業員は基本的に管理職だけです。
ただし、残業代を定額にするという取り決めは必ずしも違法ではありません。月の残業時間が少なくてもその定額が支払われるわけですから、範囲内であれば違法にはなりませんよね。ですが通常は定額の残業代を超えているため、未払い残業代を請求されてしまうのです。逆に労働者の立場から言うと、未払い残業代は本人が請求しなければ終わりですから、本来もらえるものをもらっていない人もたくさんいます。
菅野弁護士:皆さんよく勘違いされるのが年俸制の方ですよね。年俸制だと残業代が一切発生しないかというとそうではありません。取り決めの仕方がアバウトだとトラブルに発展します。きちっとしている会社は、たとえ年俸制でも「月何時間までの残業を含む」と規定していますからね。
ベンチャーや中小企業の経営者は特にパワハラに要注意
菅野弁護士:長時間労働に関しては、まず最初に就業規則をきちっと定めるということが大前提です。本当は弁護士を入れて検討したり、顧問弁護士が逐一チェックするのが一番ですが、法的に分かりやすい部分ではあるので、最初にきちんと就業規則さえ定めていればそれほど恐れることではありません。
難しいのはパワハラとセクハラです。この2つは主観が入るので非常に難しく、中でも難しいのはパワハラです。セクハラには法的な定義がありますが、パワハラにはありません。例えば、皆の前で部下を罵倒した場合、どこまで罵倒したらパワハラかということは法的に線引きされているわけではない。結局、一般的に人が感じる主観というのが基準になってきます。
遠藤弁護士:1つ言えるのは、叱るときは人前で叱らず1対1にすべきですね。例えば、同僚の面前で叱られたらすごく傷つきますよね。たとえその人の仕事の出来が悪くてそれに対する注意であっても、それはやめた方がいい。それは我々自身が考えてもそうでしょう?線引きは難しいとは思いますが、最後はやっぱり常識です。自分がされて嫌なことはやってはいけない。
他には、その人の能力を超えた仕事を与えたり、逆に能力に対して低い仕事しか与えないというのもパワハラです。ですから、経営者の方は従業員それぞれの能力を把握するということが重要になってきます。ベンチャーや中小企業の経営者の方は、どうしても自分が頑張ってしまうでしょう。ですが自分を基準にして部下に同じ要求をすると、それはパワハラになってしまう。少し立ち止まって考えた方がいいです。
あとは経営者になる人は体育会系の人が多いでしょう?体育会系の部活では普通だったスキンシップの図り方が、一歩間違えればパワハラにつながる。やられている方は、相手が上司だと嫌なのです。
菅野弁護士:そういうことでせっかくの人材がすぐ辞めてしまうのはもったいないです。最近怖いのは、そういったことをTwitterやFacebookなどのネット上に書かれるという二次被害。すぐブラック企業などと言われてしまいますからね。
遠藤弁護士:やはり普段から経営者にそういう意識を持ってもらうしかないでしょう。商工会議所などの経営者の団体では講習も行われているので、そういったものはきちんと受けた方がいい。訴えられたら本当に大変です。以前、上場の準備を進めていた企業の代表がパワハラで訴えられて、上場直前でストップがかかったということもありました。
労働審判では最初から弁護士を立てるべき
遠藤弁護士:なるべく早く弁護士のところに相談しに行った方がいいと思います。実際に委任するかどうかはあとで決めればいいので、とりあえずどう対処したら良いのかということを話し合うべきです。
菅野弁護士:労働問題は特にそうですね。従業員とのトラブルは基本的に人間関係が継続しているので、こじれると厄介なことになりますから。先ほど労働審判は3回で結論が出ると申し上げましたが、実は2回で終わるケースもすごく多い。そうなると、1回目が非常に大事になってきます。裁判所に対して、1回目のうちにここまでしっかりしているから大丈夫だということを印象付ける必要がある。裁判官も人間ですから、最初がしっかりしていると心象もよいのです。
中には弁護士費用がもったいないから自分で……という方もいらっしゃいますが、「少しやってみてダメだったから弁護士に」というのでは遅い。裁判は半年から1年ほどかかるので後から証拠を出しても何とかなりますが、労働審判に関しては最初が肝心ということをぜひ覚えておいてください。
遠藤弁護士:パワハラに関して言えば、パワハラで訴える方はたいてい弁護士を立てています。ですから、訴えられた方も弁護士を付けないと対抗できません。また、双方に弁護士が付いていると楽です。代理人同士であれば客観的に見て自分のところの弱みも分かっているので、この辺で落とそうかという話もできます。
また、昔に比べて今は弁護士が余っている時代なので、手間の割に報酬が少ない案件でも引き受ける弁護士はいくらでもいます。知っている方からの紹介が一番いいと思いますが、実際に相談に行って弁護士と話をすれば、ご自身に合うかどうかはすぐに分かると思います。
(創業手帳編集部)
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