車椅子で世界一周を達成した人の「限界の超え方」|車椅子トラベラー×創業手帳 vol.1

創業手帳

人間の可能性の極限とは。車椅子で世界一周を達成した三代達也氏に聞きました


近年ではテクノロジーの進化により、人間の可能性を拡張できるようになりました。この進化は「ここまではできる、ここからはできない」という思い込みに対する挑戦と言えるでしょう。

厚生労働省によると、障害を持っている人は「936万人」との統計結果があります。これは東京の人口に近いほどの人数です。

体の一部が機能しないことで行動を大きく制約された人たちが、「ここまではできる、ここからはできない」という思い込みを捨て、挑戦したらどうなるのか。その答えを車椅子で世界一周を達成した三代達也氏に聞きました。

「現在の仕事の状況」「成功体験」「活動の原点」「起業家に伝えたいこと」などを通して、人間の可能性について考えていきます。

三代達也(みよたつや)

1988年11月30日 日立市出身 川崎市在住。
18歳の頃バイク事故で首の骨を折り頸髄を損傷、両手両足に麻痺が 残り車椅子生活を余儀無くされる。 会社員の時に一人でハワイに旅行し、世界観が広がる。その後海外の暮らしに憧れを持ちLAやオーストラリアに短期移住。 帰国後会社員として再度働き、お金を貯めてから世界一周を決意。約9ヶ月間23カ国42都市以上を回り、世界一周達成。
現在は車椅子の旅人として全国で講演活動を行いながら、エイチ・アイ・エスユニバーサルツーリズムのスペシャルサポーターとして、国内外に赴き車椅子でも旅行しやすいツアー造成の監修などを行なっている。
2019年7月に光文社より「No Rain, No Rainbow 一度死んだ僕の、車いす世界一周」を出版。トミーヒルフィガーアダプティブオフィシャルサポーター。旅や車椅子の日常を発信する【Miyo channel】YouTubeチャンネルを運営

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バイク事故で両手両足が麻痺。それでも多忙な三代さんの現状とは

ーまずは簡単な自己紹介をお願いします。

三代:こんにちは、車椅子トラベラーの三代達也です。僕は2006年12月、18歳の時にバイク事故で首の骨が折れて「頸髄損傷/けいずいそんしょう」という障害を負いました。

両手両足に麻痺が残り、その後13年間は車椅子生活を送っています。2年に及ぶ入院生活を終えた後に東京で一人暮らしを始め、会社員生活を計6年ほど送っていました。

ー車椅子トラベラーになったきっかけとは?

三代:夏休みに、車椅子になってから初めて海外旅行したことがきっかけです。現地のバリアフリーや人々の対応の違いに興味を持ち、『旅』に目覚めました。

そして会社を辞め、世界一周の旅へ。約270日間、23カ国を周った旅を終えて2018年に帰国。旅のエピソードについては、連載第2弾で詳しく話しますね。

ー現在のご活躍されている状況について教えてください。

三代:そんな僕が何をやっているかと言いますと、自治体のバリアフリー観光の視察や、執筆、動画クリエイター、そしてもっとも多くの比率を占めているのが講演です。

ずっとサラリーマンだったので、講演するキャラクターではなかったのですが、世界一周の相談に乗ってくださったHISのユニバーサルツーリズムデスクさんが「帰国後に報告会をやってみませんか?」と声をかけてくださったんです。

報告会をする三代氏
ー報告会を開催して、どのような影響がありましたか?

三代:報告会には、健常者だけでなく障害当事者の方もたくさんお越しくださいました。緊張しましたが、結果は大成功に終わり、僕は不思議な感覚に陥りました。今までは与えられた仕事、決められた仕事をやっていれば「お金がなんとなくもらえる」と思っていたからです。

今回のように0から自分で資料を作って、どう伝えればうまく受け止めてもらえるかな?口調は?抑揚は?など考えて、完成した台本をもとに行った講演がこんなにも認められたことに体が震えました。

それからたくさんの講演会に呼ばれるようになり、現在は全国の企業・団体・学校等に足を運び、僕の人生経験や旅から学んだ考え方・生き方を語り続けています。

ー旅のプロデュースも積極的に行っているそうですね。

三代:「旅に関わって生きたい」という想いは相変わらず持っていて、車椅子ユーザーがもっと気軽に旅に出やすい世界を作りたくなったんです。

そこでHISさんに「一緒に何かしましょう」とお声かけして、多数のイベントを組んだり、車椅子目線で作ったハワイ&沖縄ツアーなども一緒に企画したりしました。

車椅子トラベルハワイ旅行沖縄旅行の様子。車椅子ごと海にはいる姿

とにかく旅が好き!旅関連のことをもっとやりたい!と周りに語り続けていたら、同じ気持ちの仲間が増えて、少しずつ道を作ってくれました。

由比ヶ浜の海にて。砂浜を車椅子で

旅行関連のお仕事も増えてきて、現在では自治体(沖縄・山形・鎌倉等)のバリアフリー観光のモニターなども担当するようになりました。

コロナで旅も講演もすべて中止。悩んだ末に始めたYouTubeで新しい領域へ!

ー順調に進んでいるようですね。

三代:いえ、そんなことはありません。僕の全国講演や旅のお仕事が軌道に乗り始めた頃、コロナウィルスがやってきたんです。

旅に出るのが本業のトラベラーが「家にいないといけない」という状況には、流石に絶望しました。年内の講演や、ほぼ全ての仕事は3月時点で年内中止。コロナが終息する見込みもなし。どうしようか本気で悩みました。

ただそんなときに思ったんです。今すぐ未来を変える方法がないのなら、今までの過去で精算しきれなかった「やり残していたことはないか?」・・・と。

  • 手を差し伸べられてない人たちがいなかったか?
  • 目を背けていることがなかったか?
ー悩んだ末に回答は見つかりましたか。

三代:色々と頭の中で考えていたら一つ見つかりました。それは講演会についてです。

コロナ前は、とにかく僕はリアルな講演にこだわり、毎度内容もブラッシュアップしたいので、録音・録画及びオンライン参加等は一切許可しませんでした。しかし、とある方達から時々ですが、こんなメッセージやSNSのコメントを頂いていたのです。

「私は聴覚に障害があります。三代さんの講演は毎回手話の通訳がついているわけではないので、行きたいと思っていた講演に行けませんでした」

「外出できない障害(の当事者・子供)のため、残念ですが会場まで行けません」

あくまでリアルにこだわっていた僕は、これらの意見に対して真摯に向き合えていませんでした。じゃあ、こんなときだからこそ向き合おう。何ができるかな、僕に何ができるかな。必死に考えました。そこで一歩踏み出したのがYouTubeです。

ーYouTubeをどのように活用されたのでしょうか?

三代:頂いた意見に寄り添い、講演のエピソードを切り取って一つひとつのトーク動画として投稿しました。動画にはしっかりとフルテロップを入れて、聴覚障害の方でも視覚でわかりやすく編集しました。

さらにYouTubeに動画投稿することによって、様々な事情により会場に来れない方にも、ご自宅で見て頂けるようになりました。

お陰様でトーク動画によっては「再生数が70万回」を超えるものもあり、コメント欄にて「字幕があるおかげで見やすかったです」「生きる勇気をもらった」などの温かい声を頂き、編集は大変だったけどやってよかったなぁと思えました。

ーコロナ禍を乗り越えたことが成功に繋がったようですね。

三代:そうですね。この状況下で周りから聞こえるのは「コロナのせいだ、政治のせいだ」というマイナスな言葉ばかり。僕も最初は言ってしまいました。

コロナのせいで講演が全部なくなってしまった…

他にもリアルな仕事がなくなり1が0になりました。そして火事場の馬鹿力でYouTubeを本気でやることによって、収益でリアルな仕事分を補填することに成功しました。

今はリアルな仕事も増えはじめ、1から0になった仕事が0から2になったのです。

僕は「コロナのせい」を「コロナのおかげ」と呼んでいます。コロナは今まで通り無難に生きていた僕に、喝を入れてくれたのだと勝手に思っています。どんな状況でも耐え忍び、逆境を生き抜いていく柔軟さと発想、そして行動の大切さを学びました。

活動の原点は誰かのために

ー活動の原点を教えてください。

三代:18歳から20歳までの2年間にも及ぶ入院生活を終えて、一人暮らしを始めるときに僕は一つ心に誓ったことがありました。それは『人のために生きる』ということです。

医者、看護師、介護員、両親、兄弟、友人、他多数の方々…今までたくさんの人に助けられたから僕の人生があります。ならばこれからの人生は、僕のこの動かない体でも何か一つ、少しでも誰かに貢献したい。

「”人”のために”生”きると書いて僕の”人生”と読もう」と決めたのです。

ーすぐに想いは報われましたか?

三代:いえ、それから何年も叶わず、ついに報われたのは29歳になったときでした。きっかけは、1人の女性から世界一周の前にSNSでメッセージを頂いたことから始まります。

「私は宮城に住んでいる車椅子ユーザーの主婦です。数年前に事故に遭ってからもう何年も引きこもり生活を続けています。」

「世界一周に行くと聞きました、頑張ってくださいね。」

私には車椅子の友人がまだいないので、もしよろしければ車椅子ユーザーの初めての友達になってもらえませんでしょうか?」

僕は即答しました。「もちろん、よろしくお願いします」と。

ー即答して、すぐに旅に出たんですか?

三代:はい。それから僕は旅に出て、彼女はずっとSNSで応援してくれました。そして旅が終わり、HISさん主催の報告会に行きました。すると、何年も引きこもりだった彼女がなんと宮城から東京まで来てくれたのです。

勇気を出して、一歩踏み出して、たったひとりで新幹線に乗って。彼女にとってこんな機会はないと思い、報告会後に打ち上げに誘ってたくさんの方を紹介しました。

そして、それから約2年後の今、彼女は宮城から東京まで月に2〜3回やってきては仕事をしたり、イベントで人と知り合ったりして、笑顔の多い毎日をSNSで発信しています。

僕はそんな姿を見て「本当に良かったね」とメッセージを送りました。

そして彼女から、”たっちゃんのおかげだよ”と言われたことで、初めて僕は人の役に立つことができたんだ。体の動かない僕が、想いと行動と声のみでも誰かのためになるんだ。僕の生きる道はやっぱりこれで良かったんだ!と再確認できたのです。

報告会にて

マイナスに思えることも、実は悪いことばかりじゃない

ーこれから挑戦したいことを教えてください。

三代:僕も今でこそ、自分で行動し人生を充実させることができています。しかし、障害当事者になった初期の頃は、とんでもなくネガティブで不安なことが多かったと、いまだに鮮明に覚えています。

なので、僕は旅を通して「一歩目を踏み出す人のサポートができる仕事」をもっとしていきたいなと思いました。海外や観光だけが旅というわけではなく、今いるところから「少しだけチャレンジして踏み出していくこと」が旅だと僕は思っています。

じつは2020年6月に、「車椅子トラベラー三代達也と行く初めてのハワイ」というツアーがすでに出来上がっていて、HISさんと一緒に催行予定でした。

参加者は初海外の方達がほとんどで、今回のツアーをきっかけに外出する喜び、車椅子でも旅がこんなに楽しめるんだ!と感じてほしかったのですが、残念ながら流れてしまいました。

しかしながら、これもまた何か成長できる機会なのだと思い、手を替え品を替えながら、旅の魅力を発信できるよう動き続けていきたいと思います。

ー起業家の方、これから起業を考えている方に向けてメッセージをお願いします。

三代:僕は現時点で起業家ではないので、アドバイス的なことはなかなか伝えにくいのですが、自分の人生を通して学んだことは、「自分にとってマイナスだと思っていることは決してマイナスの要素だけとは限らない」ということです。

僕は車椅子生活になったとき、手も足も動かなくなり、人生が終わったと本気で思いました。

しかしながら、現在はそんな車椅子生活だからこその発信が同じ悩みを持っている方、生きることを諦めかけている方達に共感頂けたのです。

例えば、マイナスイメージのあるネガティブな人は、その繊細さがあるからこそ人に優しくなれる、同じネガティブな人の気持ちがわかるものです。

もし今後、何か仕事で大失敗した!と思われることがあっても「お、この後この経験が何かに光るかな?」と書き留めておいてください。

それらに対して何か解決策が見つかった日には、それは後に同じ失敗をした方、失敗しそうな方の光になるかもしれません。

起業は僕にとって未知数なのですが、どうか一歩踏み出してチャレンジして頂き、たくさんの成功談や失敗談をいつか聞かせてください。

ーありがとうございました。次回も貴重なお話を楽しみにしています。

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