第三者承継で独立を手に入れる方法とは?|新たな起業の選択肢

事業承継手帳

個人が引継ぐ第三者承継。起業志望者が後継者となり夢を実現させる方法

第三者承継とは
団塊世代が75歳に達して後期高齢者となり、超高齢化社会が訪れることによって医療・介護などの社会保障費の急増が懸念される”2025年問題”。

なかでも、政府が喫緊の課題として対策を打ち出しているのが中小・小規模事業者の事業承継です。

経済産業省によると、後継者不在のまま経営者が70歳を超える会社が急増し、そのまま廃業した場合は「650万人の雇用と22兆円のGDPが喪失する(※)」という予測も。

今回は、後継者がいない経営者の選択肢として増加している『第三者承継』による独立の可能性について解説します。

※中小企業庁「中小企業・小規模事業者いおけるM&Aの現状と課題」より

事業承継の3つの種類と引き継がれる要素

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会社や事業を後継者に引継ぐことを”事業承継”といいます。事業承継は「誰に引き継ぐのか」によって3つの種類があります。

また、ひとくちに引き継ぐといっても、会社の舵取りを誰が行っていくのかという「経営」の要素と、株式や資産の「所有」の要素に分かれているのが特徴です。

大枠を掴んでおくために、事業承継の種類と引き継がれる要素を知っておきましょう。

事業承継の3つの種類

中小企業・小規模事業者の事業承継は、「誰に」引継ぐかによって下記3つの種類に分かれています。

  • 親族内承継
  • 社内(役員・従業員)承継
  • 第三者承継

それぞれについて詳しくみていきましょう。

親族内承継

親族内承継は、経営者の親族が後継者となる事業承継です。昨今では親族内承継の割合は少なくなってきています。

後継者が決まっていれば、経営者としての教育など長い準備期間を設けることができるので、引退する経営者にとってはもっとも望ましい形です。

親族への承継では、株式や資産の相続の問題が浮上します。会社の状況によっては贈与税・相続税が多額になることから対策が求められるケースや、親族間での資産配分の調整など、難しい要素を含んでいることが特徴です。

社内(役員・従業員)承継

前経営者のもとで働いていた役員や従業員が後継者となるケースです。社内昇格のイメージがあり、後継者としての適性や力量も把握できるため、従業員や取引先などからの理解をもっとも得やすい方法です。

社内承継では、役員・従業員に譲渡される株式を買い取る資金がないケースがほとんど。

ある程度の規模の中小企業であれば、プライベート・エクイティファンド(PE)やベンチャーキャピタル(VC)が投資を行い、M&Aを行うMBO(Management Buy-Out)といわれる手法が用いられます。

小規模な会社や個人事業主のケースでは、日本政策金融公庫などの公的融資の利用が解決手段となります。

第三者承継

親族でも社内の人材でもない外部の第三者が承継する方法です。政府の施策やM&Aサイトの増加などによって、譲渡したい側と譲り受けたい側のマッチングの機会が増えており、従来にはなかった多様な組み合わせによる事業承継が生まれています。

後継者不在に悩む高齢の経営者は、事業規模が小さく、地方の企業であるほど深刻な状況にあります。そういったケースに対して、起業を考える個人が後継者となることで事業承継を果たすという事例がみられます。

起業という立場でとらえると、個人が第三者承継の後継者になった場合、後述する「事業承継の要素」のうち事業用資産と知的資産を一から作っていく必要がなくなります。

さらに、安定した事業を引き継ぐのであれば、起業のリスクも大幅に回避できます

一方で、前経営者の考え方を踏襲しなければならない割合が大きく、地方への移住などを伴う場合には環境の変化に対する対応を迫られる、といった制約も考えておかなければなりません。

個人が新たに事業を始める・独立するといった意味では、すでにある経営リソースを活用できるのは大きなメリットですし、起業の選択肢として検討する価値は大きいのではないでしょうか。

事業承継で引き継がれる要素とは?

事業承継は「誰がつぎの社長になるのかを決めること」と捉えられがち。しかし、実際には、誰にどのような要素を引き継ぐのかまで決めるのが事業承継です。

中小企業庁による事業承継ガイドラインでは「事業承継の要素」として、つぎの3つをあげています。

種類 内容
人(経営) 経営権
資産 株式、事業用資産(設備・不動産など)、資金(運転資金・借入など)
知的資産 経営理念、従業員の技術や技能、ノウハウ、経営者の信用、取引先との人脈、顧客情報、知的財産権(特許等)、許認可など

引用元:中小企業庁「事業承継ガイドライン

第三者承継には、M&Aの手法が使われます。しかし、後継者不在で困っている中小企業・小規模事業者は、オーナー会社や個人事業主である場合がほとんど。

M&Aのなかで取られる手法は限られるため、所有と経営をどちらも譲り渡す「株式譲渡」や「事業譲渡」を行うことが一般的です。

つまり、後継者は株式や資産を譲り受けるための”資金”が必要となり、会社や事業の規模が小さい場合でもまとまった資金を準備しなければなりません。

また、従業員や取引先との関係、経営理念や会社の信用といった部分の継続が前提となっていることが多く、外部の第三者が短期間でそれらの知的資産を引継ぐことができるかといったところも、事業承継では重要な要素となります。

【第三者承継の成功事例】異業種から後継者としての起業を果たす例も!

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日本政策金融公庫では、事業承継を考える経営者向けにいくつかの刊行物を発行しています。

そのなかで紹介されている第三者承継の成功事例をご紹介します。

事業者名 業種 経営者年齢 後継者の前職・年齢 事業承継の形態
平船精肉店(盛岡) 食肉・加工品販売業 当時80歳 他業種の勤務者:当時39歳 事業譲渡
光和自動車㈲(群馬) 自動車販売・整備業 当時72歳 同業他社の勤務者:当時28歳 株式譲渡
焼肉根尾街道(岐阜) 飲食業 当時72歳 他業種の勤務者 事業譲渡
㈲みやざき(栃木) 旅館業・飲食業 当時86歳 同業他社の勤務者・当時49歳 株式譲渡
たぬき本舗㈱(愛媛) 菓子製造・販売業 当時77歳 他業種経営者・当時66歳 事業譲渡
日本ダルム㈱(札幌) 医薬品企画販売業 当時75歳 他業種経営者・当時35歳 株式譲渡

引用元:日本政策金融公庫 刊行物 「たくすチカラ 大切な事業を次代に託す」、日本政策金融公庫 刊行物「第三者承継事例集 ギフト

親族内承継や社内承継ができずに、第三者承継にふみ切るのはほとんどが中小企業・小規模事業者です。その多くが商売への思いや地域とのつながり、従業員に対する責任といった動機から事業存続を希望しています。

上記の事例のなかで、①~④はそれまで経営に携わったことのない勤務者として働いていた個人が後継者となった事例。さらに、①・③は異業種から未経験の業種を引継いでいます。

それぞれの後継者の動機をみると、①・②の後継者はいずれも独立したいという意思のもと、①は他業種、②は同業種から独立を実現。④の後継者は、宿泊業の起業に向けて準備を行っており、その選択肢として第三者承継を選んでいます。また、③のケースは焼肉店の廃業を惜しむ思いが強い動機となっています。

さらに、⑤・⑥はM&Aによる第三者承継。⑤は地域に親しまれるまんじゅう店を存続させるため、異業種から新たに会社を作って事業を譲り受けています。⑥はシステム開発会社がマーケティング分野への進出を目的に、医薬品販売業を買収したケースです。

⑥を除いて、これらの小規模な第三者承継に共通しているのは、技術の承継や経営の指導を行うため、引き継ぎの前後に前経営者が一定期間後継者のサポートにあたっていることです。

また、前経営者と後継者のマッチングには事業引き継ぎ支援センター、後継者が譲り受けるための資金は日本政策金融公庫と、公的な支援機関が介在するケースが多いことも特徴といえます。

第三者承継はどんな起業家に向いている?

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第三者承継による起業は「後継者」という位置づけであり、自らの意思で経営のすべてを取り仕切ることができるゼロイチ起業と比較して、制約の多い起業・独立のあり方です。

しかし、起業のリスクを自ら背負わなければならないかわりに、すでにある経営資源を利用できることがもっとも大きなメリット。

事例でご紹介した焼肉店のように、引き継ぐ事業そのものをやりたいといったケースや、食肉販売の事例のような独立することが目的である場合などは、こうした制約がデメリットではなくなります。

第三者承継による起業が向いている人の特徴を解説しますね。

1.経験を活かして起業したい

前述の取り上げたもののなかで、自動車販売・整備業で経験を積んだあとに独立のため、同業の会社を引継いだ事例や旅行会社・ホテルなどでの勤務経験から旅館業の後継者となった事例がこれにあたります。

これまでの経験を活かして独立することを考えた場合、後継者という形であっても条件が合えば既存の会社を引き継ぐ、という選択には大きなメリットがあります。

2.第二創業としてのビジネスプランがある

第二創業は新しい経営者が事業を引き継いだあとに、新規分野への進出や事業の刷新を図っていくことを指します。

取り上げた事例のなかでは、システム開発の会社が医薬品分野の会社を引継ぎ、商材を手に入れたことでECサイトを展開する、といったことがこれにあたります。

引き継ぐ会社のリソースを活かす完成度の高い事業計画があれば、個人でも十分に参入可能な第三者承継の形となります。

これまで、第二創業に関わる補助金を政府や自治体が設けていることなどからも、既存の会社を活用した新しいアイディアやプランをもとに、個人が後継者として新しい事業を始められる可能性も少なくないでしょう。

3.地方で起業、一次産業分野で起業したい

地方にいくほど少子高齢化と人口減少の度合いは大きく、後継者不足に悩む経営者の高齢化による深刻さも、地方ではより高まります。

こういった現状から、各自治体では創業やUIJターンに対する支援策を数多く打ち出しています。創業手帳でご紹介している地域別創業支援情報をみても、行政による取り組みが全国各所で行われていることが分かります。

また、農林水産省では農山漁村地域の起業支援プラットフォーム「INACOM(イナコム)」を2019年に開設し、地域資源に根ざす起業を支援するための取り組みを始めています。

こういった動きがあるなかで、地方の伝統産業や一次産業分野において手厚い支援や起業環境が整っている地域を選んで事業を引継ぐのも、起業のひとつの形といえます。

第三者承継で独立を目指すために活用するべき場所

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国では、経営者の高齢化にともなう後継者不在の問題に対して2011年に「事業引き継ぎ支援事業」を開始するなど、以前から支援の取り組みを行ってきました。

中小企業庁では、2019年12月に「第三者承継支援総合パッケージ」を発表。黒字廃業が危ぶまれる60万社の中小企業・小規模事業者の第三者承継の実現という明確な目標を掲げ、従来の取り組みを統合しています。

そのなかで、事業承継全般に対して支援を行う「事業承継・事業引継ぎ支援センター」、事業承継を行いたい小規模事業者と起業家とのマッチングを行う「後継者人材バンク」についてご紹介します。

第三者承継で独立を考えている際は、ご紹介する支援機関を活用しましょう。

事業承継・事業引継ぎ支援センター

2011年に小規模事業者の第三者承継支援機関として「事業引継ぎ支援センター」を東京と大阪に開設し、現在ではすべての都道府県に設置されています。

2021年4月からは「事業承継・事業引継ぎ支援センター」と名称が変わり、体制の強化も図っています。

事業承継・事業引継ぎ支援センターのおもな業務内容はつぎのとおりです。

  • 事業承継に関する相談受付
  • M&Aマッチング支援
  • 事業承継計画策定支援
  • 事業承継診断、セミナーの実施
  • 経営者保証解除に向けた専門家支援

47都道府県ごとに設置されているセンターでは、専門のコーディネーターによる事業承継ニーズの掘り起こしや相談受付・マッチング・実務に関する外部専門家と連携した支援など、事業承継に関わる総合的な支援を行っています。

地域金融機関やM&A仲介業者(497機関)、税理士など士業の支援専門家(471機関)、さらには日本政策金融公庫やJETROなどの専門機関と連携。事業承継の案件については、連携先すべてが閲覧・登録可能な「事業引継ぎデータベース」を運用してマッチング促進を図っています。

2019年度の実績をみると相談を受けた11,514社のうち、成約した案件数は1,176件となっています(※)。

※中小企業基盤整備機構「令和元年度に認定支援機関等が実施した事業引継ぎ支援事業に関する事業評価報告書」より

後継者人材バンク

後継者人材バンクは、起業志望者と後継者を求める小規模事業者のマッチングを担う機関です。各地の事業承継・事業引継ぎ支援センターに設置されています。

各地の事業承継・事業引継ぎ支援センターごとに専用ホームページを設置するなど独自に運営しており、個人の起業志望者に対する支援への取り組みについても各センターによって異なります。

たとえば京都や北海道などでは、後継者募集企業の情報を積極的に公開しており、創業・起業志望者に向けて詳しい情報提供を行っています。

しかし、東京では個人への第三者承継ニーズがないことから、後継者人材バンクとしての積極的な情報発信は行っていません。また、大阪の場合は起業志望者の登録申し込みを連携する創業支援機関経由の申し込み(紹介)に限定しており、創業・起業の内容を評価した上で登録する仕組みとなっています。

「いい人がいれば個人でも」という後継者不足が深刻な地方に対して、東京や大阪などの大都市では相談案件の金額規模が大きく、民間仲介業者の介在する割合が高いため、第三者承継に対するニーズが異なるのは当然です。

全体をみれば、後継者人材バンクへの個人のエントリーを歓迎する自治体は少なくありません。第三者承継で起業を考える場合は、地方まで幅広く目を向けることで選択肢は広がるでしょう

後継者人材バンクの支援の流れ

後継者人材バンクの創業・起業志望者に対する支援の流れや手続き方法は、各人材バンクによって異なりますが一般的な流れはつぎのとおり。

  • 申し込み
  • 面談(数回)→起業に対する意思やビジョン、経歴などを確認する
  • 登録
  • マッチング・条件交渉
  • 双方で合意すれば成約

話が進む段階までいくことができれば、支援センターの担当者がコーディネーターとなり、M&Aの具体的な作業であるデューディリジェンス(会社や事業の価値評価の最終確認)や譲り受ける側の資金調達など、外部の専門家とも連携した支援が行われます。

第三者承継で個人が後継者として起業するポイント

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個人が第三者承継によって後継者となるケースは全体でみれば少数となり、双方の条件がそろわなければ実現しません。

起業・独立という観点から、第三者承継の後継者となるためのポイントを整理してみました。

起業のための準備を行い、地方を選んで起業する

事業承継を行う経営者にとって、長年にわたって築き上げた事業を託す相手は、資金力や信用力の高い会社組織であるほうが安心できるのは当然のこと。一定規模の会社であれば、個人の資金調達力では及ばないケースも出てきます。

さらに、その上で経営者としての経験や業界経験、起業のためのビジネスプランや承継後のビジョンが問われることになります。

個人が後継者として選ばれるには、すでに起業のためのアクションをとっていることが重要です。

また、人口減少が深刻な地方ほど個人の起業志望者を歓迎する傾向があります。後継者人材バンクや民間のM&Aマッチングサービスも合わせて、個人が応募しやすい地域や後継者を希望する業種の多い地域などを選ぶことがポイントです。

相手との相性と引き継ぎ期間をチェックしておく

たとえ親族内承継であっても、経営者になるための後継者教育には長い期間を要します。第三者承継であれば、なおさら経営者としての能力や業界経験が求められるでしょう。

事業承継で個人が後継者となる場合は、前経営者のもとで働きながら指導や教育を受ける期間を設けることがあります

どのような形で引継ぎを行うのかは前経営者との話し合いや契約のなかでの取り決めにもよりますが、数年間にわたって引き継ぎを行っていくケースもあるため、ゼロイチ起業とは大きく異なるという認識をもっておく必要があります。

経営を勉強する機会を与えられながら起業できるという捉え方もできるので、後継者として、あるいは起業家としてどのような立ち位置を取れるのか、よく考えておきましょう。

第三者承継に限りませんが、事業承継では双方の相性や良い関係性を築くことができるかどうかがマッチングの鍵となります。

信頼できるアドバイザーやコーディネーターを見つけておく

事業を譲渡する側の中小企業・小規模事業者、譲渡される側の起業志望者は、双方ともにM&Aを経験したことのない場合がほとんど。会社や事業の売り買いであるM&Aでは、双方の間で調整を行うファイナンシャル・アドバイザー(FA)が重要な役割を果たします。

第三者承継でお互いに満足できる相手が見つかったとしても、事業価値の評価や前経営者の個人保証の問題、後継者の資金調達など、承継が完了するまでの間に双方の意思や熱意だけでは解決の難しい問題が出てきます。

そういった問題や課題に対して、適切なアドバイスができるFAやコーディネーターと出会えるかどうかといった点も、第三者承継の成功に大きな影響を与えます。

事業承継・事業引継ぎ支援センターなど公的機関への相談を通じて、信頼できるアドバイザーを見つけましょう。

まとめ

個人が第三者承継を利用した場合、従前の経営をそのまま踏襲することが望ましいケースと、引き継いだ事業をうまく活用する形で起業家側のアイディアやビジネスプランを実現できるケースがあります。

それぞれ、前経営者の想いや事業環境、後継者側の力量や起業目的など、双方のさまざまな要素が関係してきます。お互いに信頼して協力関係を築きながら、会社や事業を未来につないでいくことが理想的な事業承継です

少子高齢化が進む時代のなかで、第三者承継によって後継者となることは独立・起業のひとつの選択肢として検討してみる価値は大きいのではないでしょうか。

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(編集:創業手帳編集部)

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