これから起業する人に向けての起業入門。~実際に独立・起業した経験を踏まえて~
「雇われて働く」とは違う生き方
(2018/12/14更新)
サラリーマンやパートタイマーなどの雇われて働いてきた人が、起業を考える事情はさまざまだと思います。正社員や契約社員、業務委託、アルバイトなど身分の違いはあれ、「雇われて働く」ということと、起業する、すなわち自らが事業主体になることは大きく違います。
今回は、雇われて働くことと起業することの違いは何か、フリーランスで独立し、起業した筆者の個人的な経験を踏まえて、サラリーマンなど雇われて働いてきた人が、起業する時につい勘違いしがちなことをおさらいします。
この記事の目次
起業とは
起業前ですと「起業」という言葉は知っていても、その意味を本当に理解できていない方も多いかもしれません。サラリーマンであれば、会社から身分と仕事を与えられて、きちんと働けば、賃金を保証してもらえる立場です。サラリーマンの時は、サラリーマンは大変で不自由だと思うものですが、いざ独立して一人で勝負するとなると、会社というのは便利な仕組みで(特にブランドという看板や、既存顧客、管理などバックヤードの仕組みなど)、自分は守られていたんだなと実感する起業家も少なくないでしょう。筆者もその一人です。
起業すると自分自身が事業を立ち上げて、全て責任を負わねばなりません。ゼロから一人でというケースだと、あらゆるものが初めての体験です。
筆者は起業の立ち上げの大変さを、自分や仲間の気持ちを盛り上げて、思い通りの会社を作っていくこととして割と楽しんでいた面もありますが、いずれにせよ、自分で作り上げるのはサラリーマンに比べるとパワーの要ることです。さらに社員、バイトなど従業員を雇う場合は、雇用主として役割や仕事を与え、賃金を払う立場になります。
自分自身を養うことも大変ですが、1人での起業と、社員を雇うのでは全く違った立場になります。初めての起業は、学生が初めて社会人になる時のように、立場や責任が変わるということでもあるのです。
起業したら心得ておくべき4つのこと
「台風でお客さんが来ないのも社長の責任」という覚悟
起業したら、すべてにおいて自分で責任を負わなくてはなりません。今まで就いてきた仕事で、管理職など一定の責任を負った経験があるとしても、上司や社長など、最終的に責任を取る人は他にいたはずです。起業したら、事故やトラブルの責任を負い、解決するのは自分自身でしかありません。
例えば、雨や雪、台風でお客様が来なかった場合、サラリーマンであれば、説明すれば社内的には通るかもしれません。しかし、起業していると言い訳する相手がいない代わりに、全て自分が責任を負わねばなりません。雨が降っても、台風が来ても、それでお客様が来ないのは社長の責任だという覚悟が要ります。
偉そうに聞こえてしまったらすいません。でも、実際、そういう気持ちが大事だなと実感しています。
しかしそれは、自由に判断し、自由にやることができる、ということでもあります。
起業したら自分の判断を否定する人はいません。やりたくないことをやるように指示する人もいません。企画を却下したり、目標達成を要求してきたりする人もいません。ただ、その行動の結果に対する責任は、自分自身で負うことになります。起業していると「上司に怒られる」、言い換えると「問題に対するアラート」という“ありがたい”仕組みはありません。問題に自分で気が付かないといけないのですが、気付かずに問題が進行すると、売上げや収入が減ります。
それで止まれまだ良いですが、最悪、倒産に至る可能性もあります。
労働法の対象外
サラリーマンだと、労働基準法をはじめとする法令で労働時間や休日、最低賃金などが保証されています。しかし、起業した人は「労働者」にあたらないため、これらの法令の適用対象外となります。
起業したら、たとえ24時間365日休まず働いたとしても、法令的には問題ありません。あるいは、収入が最低賃金をどれほど下回っても、何ら問題ないのです。もちろん、従業員にそのような働き方をさせてはいけませんし、雇用主としてそうならないように管理する責任があります。
収入は自分次第
歩合給など変動する要素はあっても、雇用されて働く場合、収入(給与)はあらかじめ決められています。むしろ、決められていないのは違法です。しかし、起業した場合は、利益が増えれば増えただけ収入も増える一方、利益がなければ収入はゼロということになります。
従業員を雇用した場合は、たとえ自身の収入がゼロでも従業員には給与を支払わなくてはなりません。
筆者が起業した実感で言うと、自分の場合は、サラリーマンの時は年収を気にしていましたが、起業して会社経営をすると年収よりも会社の価値や健全性が気になるようになりました。収入は減りますが、将来への投資や税金面を考慮し、役員報酬を抑えて事業投資に回すというケースもあります。
収入への感覚が起業前の自分と大きく変わった気がします。
失業保険や労災保険の対象外
起業した人は、失業保険の対象になりません。つまり、倒産などすれば、ただちに無収入になります。個人保証した債務等が残ると、文字通り無一文になる可能性もあります。また、労災保険も対象外ですから、事故があると働けなくなる上に、無収入に陥るリスクもあります。
どのような事業でも、いつ、どんなことがあるかはわからないもの。起業したら、好調な時にはなるべく収入を確保して万一に備えることが大切です。なお、起業しても健康保険、年金の加入義務はあります。
収入や資金の確保は、個人の資産、会社の資産両方の目配りが必要です。未上場の中小企業を金融機関が評価する際は、会社と個人の両方の資産を合算して見るためです。
サラリーマンと起業家の比較を整理してみる
ここまで比較してきた、サラリーマンと起業家の違いを対比表にしてみました。これから起業する方は参考にしてくださいね。
会社員 | 起業した人 | |
---|---|---|
責任者 | 自分の上司や社長 | 自分自身 |
労働法 | 対象 | 対象外(※) |
社会保険 | 加入義務あり | 加入義務あり |
労災保険 | 対象 | 対象外(※) |
失業保険 | 対象 | 対象外(※) |
収入 | 最低賃金以上 | 保証なし |
※代表(代表取締役、代表社員等)以外の役員は「労働者」としての実質があると判断されて対象になる場合があります。
起業で勘違いしがちな7つのこと
起業後も自分についてきてくれるお客様は少ない
今のお客様は「起業後も自分に付いてきてくれる」と勘違いしがちだが、どんなに仲良くしているつもりでも、お客様は本当のところ「自分に付いている」のではなく「会社に付いている」場合が多いもの。のれん分けなどで独立する場合は別にして、今の顧客と引き続き取引きできる可能性は低いのです。
例えば美容師であれば、今までいつも指名してくれていたお客様の多くは、自分の新しい店に来てくれる可能性は低い…と考えたほうが良いでしょう。
特に会社でのビジネスは、会社の看板によるところが大きいので、起業したら新しい顧客を開拓していかないといけない場合がほとんどです。
自分という個人一人になった時にどれくらいの実力があるか、会社の看板・顧客なしで新規でどれくらいお客さまが取れるか見極めましょう。
「すぐに仕事が舞い込む」わけじゃない
起業して「すぐに仕事が入る」というのは珍しいことです。
起業直後・開店直後には、友人知人が付き合いで1回は発注してくれたり、お店に来てくれたりしてご祝儀的な売上げがあるケースがあるのは大変ありがたいですが、それがひと通り落ち着き、無くなってからが正念場。自分自身の実力が問われる本番です。初めてのお客様から信頼を得て、固定の顧客が付くまでには時間も手間もかかります。
一刻も早く、本当の売上げを上げるために、営業や販促を先手で仕掛けていく必要があるでしょう。
経験に頼りすぎず「新しい信頼」を作り上げる努力を
筆者が起業した経験で言うと、前の会社の経歴や経験は、使えるシチュエーションではフルに生かすべきですが、そういうシーンは思っているより少ないものです。やはり所詮は別物と割り切って、なるべく一から自分自身の新しいブランド、信頼を作るように努力するべきでしょう。
相手がおのずと知ってくれて、それで商売できるというのはありがたい状況ですが、最初はそううまくはいきません。
筆者は、ゼロからのつもりで認知度を上げるために、知ってもらう努力・売込みをしました。
新しい信頼を作るための最大の武器は、今の仕事の商品・サービスの内容、対応力、真摯な姿勢です。起業すると多忙すぎて、スケジュール管理や事務がおろそかになってしまい、事故を起こす確率が起業前より高くなるので、足元を固めることも大事です。
相手に対しての真摯な姿勢や、スケジュール管理などの基本的なマナーを徹底するということは、起業家でもサラリーマンでも同様に大切なことです。違うのは、起業家はより難しい状況で、高いレベルでそれを求められるということではないかと思っています。会社であれば、今までの実績と信用で成り立っているので1回のミスでもなんとかなるケースもありますが、起業であれば一発でアウトなので、1回1回が勝負です。
多忙だと怠りがちなスケジュール管理、お礼のメール、挨拶、メモ、タスク整理などをしっかり行い、チャンスを逃がさないようにしましょう。
平均114万円! 想定外の費用は結構発生するもの
最低資本金規制の緩和、電子定款など、法人設立に必要な資金は大幅に低減されました。とはいえ、起業に必要なのは法人設立費用だけではありません。法人を設立しない場合も含めて、さまざまな出費が発生します。
創業手帳のインターネット調査(※)の結果では、起業後予想外だった出費金額の平均は114万円、最大3,000万円と言われています。
事務所や店舗などの家賃は、事業が始まらなくても借りた日から発生します。店舗の造作、機材、備品の調達、初期在庫の仕入れなど事業を始めるまでにかかる費用はもとより、事業が始まってからでも、例えば従業員の給与、社会保険料など、利益ゼロでも払わなくてはならない出費があります。こうした出費をあらかじめなるべく漏れがないようにリストアップし、コスト計算していく必要があります。
実際発注したら思ったより高かったが、期限が迫っていてその業者に注文するしかなかった、というのも起業あるあるです。仕入れ・発注で見積もりが取れるものは、なるべく早く合い見積もりをとっておくことでコスト計算の精度が上がり、より良い業者への発注でコストを下げることが可能になります。
飲食店・小売店のように売上げがあれば毎日現金が入ってくる、いわゆる日銭商売であっても、軌道に乗るまでは「毎日現金が入ってこない」可能性もあります。業種によっては、月度などで締めて請求書を発行してから入金があるまで、時間がかかる場合もあります。
例えば、月末締め翌月末入金(いわゆる30日サイト)であっても、月の上旬の売上げが入金されるまでには実質60日近く待つことになります。入金は早くしてもらう、支払いは請求書払いなど遅くしてもらうなどの支払いサイトの交渉も経営者の仕事のひとつです。
以上から、出費は想定より多く、入金は思っているより少なく遅くなる、と思っていたほうが良いでしょう。そして、その前提で資金は多めに調達していくことが重要です。初期投資の資金だけでなく、入金と支払いサイトの差額になる運転資金の調達・確保も大事です。
「きっと売れる」「きっと入ってくれる」それって本当?
「こういう商品を売りたい」と思って起業する人も多いことでしょう。しかし実際には、ニーズがずれて売れないというケースもまた多いのです。
- この道を通る人は、ここに店ができればとりあえず入ってくれるだろう。
- 今までにない商品、メニュー、サービスならきっと売れるだろう。
…本当にそうでしょうか?
売るための努力と並行して、ユーザーや関係者のヒアリング、アンケートや、消費者のニーズ調査も必要です。できればテスト販売などもできると精度はより高まります。
「起業すればやりたいことができる」だけじゃない
起業は責任を負う、ということ
起業すれば、売りたい商品を売り、やりたいサービスをやり、イヤな客は断る、という選択もできるようになります。しかしその一方で、クレームやトラブルの対応、事務処理や現金管理、従業員の採用など、分業体制が整うまでは一人で何でもこなさなくてはなりません。
起業すれば自由になって楽になると思っているとしたら、それは大きな間違いでしょう。起業は「責任を全面的に負う」ということ。その代わりに、選択肢が増えるということではないかなと思います。
知識や情報を得た上で「自ら決断する」ことが重要
会計や受発注、梱包発送など、教科書通りにやるのが結局は効率的な場合もありますし、事業によって知るべき知識や法令などはあります。
例えば、『創業手帳』のように、起業に共通して必要なノウハウやヒントになる事例を扱っている本やメディアで、情報を仕入れることは可能です。当たり前の情報は、当たり前に把握しなければ経営者とは言えません。しかし、それらの情報を把握した上での重要な決断は、自分自身で考えて下さないといけません。
自分一人で判断が難しい場合、税理士や弁護士などの専門家を使うのも手です。特に専門領域は、その分野のプロの意見を聞くことが有効です。
会社を急成長させた起業家は注目を浴びますが、現実には、まず起業して事業を、黒字化させ軌道に乗せるまでが大変です。その後、ゆるやかな成長にとどまるか、拡大していくかは経営者の選択次第です。コンパクトな展開にして、自身や周囲の幸福を最大化するという考え方もありますし、一方で、壁を突破し続けて、大きな成功を成し遂げていくという方向もあります。その場合には、圧倒的な経営者の覚悟や情熱や工夫が必要になります。
創業、拡大、どのステージでも経営するということは新しい課題があり、知識が必要になります。一方で知識だけ得ても、最後に実行しないと意味がありません。決断して実行するのはあなた自身です。
まとめ
起業は日々、色々な課題が起こります。自分の責任で処理していかないといけません。責任も大きいですが、その分、自由に大胆に決断できるのが起業です。成功し続ける経営者の多くは学ぶ姿勢や、勉強、相談相手を持っているのも特徴なので、狭い範囲ではなく、より広い視野を持てると成功の確率も高まります。
起業は言うまでもなく、大変ですが、せっかくであれば起業という人生で最もクリエイティブな瞬間を楽しめれば最高だなと個人的には思っています。
(執筆:創業手帳編集部)