Recursive ティアゴ・ラマル 山田勝俊|天才AIエンジニアと日本の連続起業家が共同創業。目指すのはAIによるサスティナブルな社会の実現

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年05月に行われた取材時点のものです。

ミッションに集中するため、AIスタートアップながら外部資金に頼らないブートストラップを選択


生成AIをきっかけに投資が過熱するAI業界。世界のユニコーン企業(評価額10億ドル以上・設立10年以内の企業)の多くがAI関連とも言われています。

こうした中、日本のAIスタートアップとして注目されるのが株式会社Recursive(リカーシブ)。GoogleのAI集団「DeepMind」出身AIエンジニアのティアゴ・ラマルさんと、日本の連続起業家の山田勝俊さんが2020年に共同で立ち上げた同社は、AI開発やコンサルティングを手掛けています。

「公平で持続可能な社会を目指す」というのが同社のミッション。現在では、国内を中心にさまざまな業界や企業に向け、AIテクノロジーを活用したサスティナブルな社会の実現を目指したプロジェクトを推進しています。

今回はお二人が起業するまでのキャリアとあわせ、日本で起業した理由や今後の展望について創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

Tiago Ramalho(ティアゴ・ラマル)
株式会社Recursive Co-founder and CEO
ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンにて、理論/数理物理学や生物物理学を修める。Google DeepMindに入社し、シニアリサーチエンジニアとして最先端プロジェクトに従事。2020年8月、株式会社Recursiveを共同創業し代表取締役に就任。

山田 勝俊(やまだ かつとし)
株式会社Recursive CO-Founder and COO
MBA取得後、エシカルファッションの立ち上げや2社の起業を経て、AIスタートアップ「コージェントラボ」でセールスディレクターとしてAI-OCR「Tegaki」のローンチに関わると同時に、200社以上へAI導入コンサルティングを実施。2018年度からAI関連会社を日本、シンガポール、ベトナムで連続起業した後、2020年8月に共同創業。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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世界のAIトップ人材が集まる「Google DeepMind」出身のエンジニアが日本へ来た理由とは


大久保:まずはティアゴさんから、これまでのご経歴を教えていただけますか?

ティアゴ:私はポルトガル出身で、リスボン大学で物理学を専攻していました。最初は一般物理学を学びましたが、次第に脳や細胞内のパターン形成に興味を持つようになったんです。そこでドイツのルートビッヒマクシミリアン大学ミュンヘンに転籍しました。そこではより踏み込んだ生物物理学を研究して、これが今のAI研究につながっています。

そこで博士号を取得した後は、ロンドンにあるGoogleのDeepMindで3年間働きました。

大久保:DeepMindは囲碁のAIプログラム「AlphaGo」を開発したことで有名な会社ですよね。DeepMindではどのような仕事をされていたのでしょうか?

ティアゴ:リサーチエンジニアとして、私の専門分野であるニューラルメモリや概念学習などを研究していました。DeepMindは世界から優秀な人材が集まっていて、すごく刺激を受ける環境でした。私が所属していたチームには物理学、数学、コンピュータなど、さまざまなバックグラウンドを持った人がいました。多くのアイデアを生み出すことができたのは、このチームの多様性のおかげです。

大久保:その後ティアゴさんは、日本のAIスタートアップへ転職されました。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

ティアゴ:DeepMindでの研究は、あくまでAGI(汎用人工知能)に限定されていました。AIをどう応用するかというところまで踏み込むことはなかったんです。でも私としては、もっと現実社会にAIを応用して、社会を変えるような仕事がしたいと思うようになりました。

またDeepMindは急激に組織が大きくなっていったので、自由さが失われていました。ですからスタートアップのようなところで、自由に働きたいという思いもありました。それから次の会社を探す中で、日本のAIスタートアップ「コージェントラボ」と出会いました。

それまで日本に来たことはありませんでしたが、あえて全く違うところでチャレンジするのも面白いかなと考え、東京に来たというわけです。

日本のコージェントラボでは、多くの刺激を受けました。ただ、その後私のやりたいことと会社の方針にややズレを感じるようになったのです。そこで次のキャリアを考えていた時、あるプロジェクトでトシ(山田勝俊氏)と出会いました。

社会起業家を目指すも何度も挫折。失敗を乗り越えAI分野の連続起業家へ


大久保:山田さんのお話が出てきたところで、一緒に起業された山田さんのご経歴について伺えますか?

山田:僕は16歳の時にNPO法人「Free The Children」をたまたまテレビで見て、社会問題に興味を持ちました。カナダの10代の少年が貧困問題に立ち向かう団体を立ち上げたことを知って、衝撃を受けたんです。その頃から海外に行きたいとか、社会問題の解決に関わりたいという思いはありました。

その後オーストラリアに留学してMBAを取得して、プロバスケ選手のアフターケアサービスをやりたくて、人材会社に入社しました。ただちょうどリーマンショックが起こり、結局この仕事はできなくなってしまったんです。それからIT企業で働いた後、イギリスのエシカルファッションブランドの日本参入に参画することになりました。ようやく、ずっとやりたかった社会問題の解決につながる仕事ができるという感じでした。

ただ実際にやってみると、社会問題を解決したいという気持ちだけで事業を続けるのは難しいことを痛感しました。当時はまだSDGsというワードもそれほどメジャーではありませんでしたし。あとは社会問題を解決するには、ITの力も必要だとすごく感じましたね。

それから自分で日本の伝統工芸品を扱うECを立ち上げたり、地方創生事業に関わったりしましたが、なかなか思うようにいきませんでした。その後は無職になった時もあり、生活費もなく正直言って妻のヒモみたいな時期もありました。正直きつかったですが、その間にあらためて今後のことをじっくり考えることができました。

大久保:苦しい時期を過ごされた後、どのように連続起業家になっていったのでしょうか?

山田:ITと社会問題の解決を組み合わせていこうと考える中で、AIなら今後のニーズもありそうだし、事業になりやすいと考えるようになったんです。そこでAIのスタートアップ「コージェントラボ」にセールスディレクターとして入りました。

それからはもうひたすら営業をして、200社以上と日々MTGをして、企業がAI導入で困っている点を見定めていきました。この経験をもとに独立して、企業のAI導入を支援する会社を立ち上げたんです。その後は国内や海外でいくつか事業を手掛けることができ、ようやく起業家になれたという感じです。

その後AI関連のプロジェクトで、僕は技術側とビジネス側の橋渡し役として入りました。そこでティアゴと出会いました。僕はもうコージェントラボを辞めて独立していましたが、当時ティアゴはコージェントラボの技術担当としてプロジェクトに参画していました。

手を組んだのは「社会に役立つために起業する」という思いが共通していたから

大久保:その後意気投合して、起業しようというお話になったわけですね。

ティアゴトシはAI技術者とビジネスパーソンの間に入って、コミュニケーションを取ることができる。意外とこういうスキルを持つ人は少ないんです。それに、トシは当時いくつもの事業をゼロから立ち上げていて、起業家として多くの経験を持っていました。そういうところが素晴らしいと思い、声をかけました。

でもそれだけではありません。起業について議論する中で、トシは「AIを使って社会をよりサスティナビリティにする」「サスティナビリティ領域の課題解決に向けてテクノロジーを活用する」というテーマを提案してくれました。これは私の目指すところとすごく近いと感じました。このミッションはRecursiveという会社のベースになっています。

「お金のためではなく社会の役に立つために起業する」という考えも、お互いに共通するものでした。Recursiveはスタートアップですが、VCなどの投資家から資金調達は行っていません。これは常にミッションを優先するために決めたことです。

大久保:山田さんはティアゴさんと一緒に起業するにあたって、どんな思いがありましたか?

山田:ティアゴがDeepMindにいたことは知っていましたが、実際に同じプロジェクトに入って、あらためてすごい人だなと感じたんです。ティアゴはどんなに難しい課題でも、なんとかできる方法を考える。このプロジェクトは他の会社に何度も断られるほど難易度の高いものでしたが、ティアゴは実現しました。

この天才をもっと世の中に出したいというのも、一緒に起業しようと思った理由のひとつですね。

大久保:海外で起業する選択肢もあったと思いますが、あえて日本で起業したのはなぜでしょうか?

ティアゴひとつは日本の環境問題への意識です。私が日本に来て驚いたことのひとつが、あらゆるものがプラスチックで包装されて売られているということです。欧米と比べて、意識が高いとは言えない状況です。そこで、こうした課題の解決に取り組みたいと思いました。

また、現状AIの分野では海外が先行している状況です。ですから日本で起業した方が、勝機はあるのではないかと考えました。

日本企業はAIのノウハウは不足しているものの、昔から培った専門知識を有する企業はたくさんあります。ですから、こういった日本企業とAI技術を持つ私たちが組むことで、よりAIの活用を推進できるのではないかと考えました。

環境やエネルギーだけではなく、あらゆる分野へAIを応用していきたい


大久保:現在御社の手掛けている事業について教えていただけますか?

山田:サスティナブルな社会の実現を達成するためのAIソリューションやプロダクトの開発、コンサルティングを行っています。現在メインで取り組んでいるのは、協業R&Dですね。大企業と組んで、社会問題の解決に向けた共同開発を行っています。実際にこれまでも、多くの日本企業と組ませていただいています。

他にも企業からの依頼に基づいて、受託開発を行う事業も手掛けています。受託開発でもやはりサスティナビリティとAIというテーマで取り組んでいます。これを僕らはカスタムAIサービスと呼んでいます。事業開発メンバーとAI開発メンバー両方を揃えているのが僕らの強みですので、開発からリアル展開まで一貫して手掛けています。

大久保:具体的には、どのような領域で事業を展開しているのでしょうか?

ティアゴ:現在サスティナビリティは、ビジネスにおいても大きな関心事となってきました。ですから環境やエネルギーといった分野はもちろんですが、医療や食品など関わる分野は多岐にわたります。

私たちはサスティナビリティにおいてAIを活用するために、4つの柱を定義しています。「イノベーションの加速」「生産性の向上」「気候変動など災害リスクへの対応」「より良い教育と仕事」という4つです。

例えば「生産性の向上」で言えば、さまざまな産業のプロセスをAIシステムによって効率化できれば、コスト削減につながり、より多くの人の貧困問題の解決につながると考えています。またエネルギー生産を最適化できれば、排出するCo2の削減にもつながります。

また「より良い教育と仕事」の領域では、住友林業様と行った事例があります。このケースでは「ファインドフロー」という大規模な言語モデルツールを使って、教育パートナーと共に個別対応できるティーチングアシスタントの開発を行っています。今までの教育はマスに対して同じものを教えていましたが、これからは社会の変化に伴って個人ごとにあわせた教育が必要です。

将来は、世界のサスティナビリティビジネス企業のトップを目指す


大久保:山田さんは、今後Recursiveでのビジネスをどのように展開していきたいと思われていますか?

山田:まずはここ数年で、日本を代表するサスティナブルイノベーションカンパニーにしたいですね。将来的には、世界のサスティナビリティビジネス企業のトップ3に入りたいと思っています。現実的ではないかもしれませんが、やはりスタートアップにとって目標は大きく持つことが大切ですよね。

日本はサスティナビリティの分野で海外に遅れを取っていますが、もともとは最高のサスティナビリティの国だと思っています。そういう日本の強みを、世界にアピールできる企業になっていきたいですね。

そういう意味でも、まずは日本が直面する課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。特に日本には少子高齢化や自然災害のリスクなど、解決すべきことがたくさんありますから。

大久保:今後AIがどのように進化していくのか興味があるのですが、ティアゴさんはどう考えていらっしゃいますか?AIが進化してできることが増えるということは、新たな市場ができることを意味しています。例えるなら新しい大陸が発見されたようなチャンスがあると思います。今のAIの最前線はどこにあるのでしょう?

ティアゴここ2年くらいで大きく注目されているのが、SSL(Self-Supervised Learning:自己学習)と呼ばれる分野です。これは大きなデータセットがなくても自ら学習できるというもので、人間がデータにラベル付けする時間が大きく削減できます。これは今後も大きく発展する分野だと思っています。

もう1つは、Common-Sense AIです。Common-Senseというのは、人間が持つ常識的な共通認識のことです。現在のAIは学習したデータの形式以外に対応できません。一方で人間は抽象的に物事をとらえ、異なるものの間に関係性を見出すことができる。これをAIができるようになれば、より多くのことができるようになるわけです。

Recursiveとしては、こうしたAIテクノロジーの研究開発にも取り組んでいきたいと思っています。将来的には、Recursiveの中に研究開発機関を立ち上げたいと考えていて、その想定で組織作りに取り組んでいます。

大久保:反対に課題と感じていることはありますか?

ティアゴ:最近は、AIアルゴリズムにおけるバイアス(偏り)の問題が注目されています。これを解消するには、やはりチームの多様性が重要です。私たちは公平で持続可能な社会の実現を目指していますので、国籍だけではなくさまざまなバックグラウンドを持った人材を集めてチームを組んでいます。

Recursiveの拠点は日本にありますが、弊社のメンバーは多国籍です。18か国くらいから、いろいろなバックグラウンドを持ったメンバーが集まっています。これは公平かつバランスのとれた方法でAIを活用するために、欠かせない要素だと考えています。

大久保:昔、戦国時代にポルトガル人が日本に鉄砲というテクノロジーを持ち込み社会を変えました。今は、ティアゴさんがAIという武器、テクノロジーを日本に持ち込み日本の社会を変えそうですね。鉄砲を使った侍が勝者になったようにAIを使う会社が勝者になりそうですね。

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(取材協力: 株式会社Recursive CO-Founder Tiago Ramalho 山田 勝俊
(編集: 創業手帳編集部)



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