「熱海の奇跡」の立役者・市来広一郎氏。オリジナルな発想で地域再生を実現する手腕に迫る【後編】

創業手帳
※このインタビュー内容は2020年10月に行われた取材時点のものです。

27ヵ国を周って培った「その土地だけが持つ魅力」を見つける力と広める方法とは。

その土地にある魅力を引き出す地域再生プロジェクト

(2020/10/19更新)

地域再生に向け、空き家・空き店舗の解消、新しい住民と古くからの住民とのコミュニティ構築、行政との連携による活性化などを実践してきた市来広一郎氏。

出身地の熱海がバブル崩壊後に大きく衰退したさまを目の当たりにした市来氏は、大学卒業後に約3年バックパッカーとして27カ国をめぐり、帰国後ビジネスコンサルティングに従事した後、熱海の地域再生へと携わりました。

熱海V字回復の立役者である市来氏の再生プロジェクトが記された著書『熱海の奇跡』。地方都市が抱える問題や地域再生への打開策、地域の人や行政を巻き込みながら地域を再生していく様子が記されています。

今回は、失敗事例なども含めながら地域再生のプロセスや今後の展開についてご紹介します。地方都市での起業・創業のヒントにつながる地域再生プロジェクト。ぜひ創業準備にお役立てください。

前編はこちら
「熱海の奇跡」の立役者・市来広一郎氏。オリジナルな発想で地域再生を実現する手腕に迫る【前編】
市来氏画像

市来 広一郎(いちき こういちろう)株式会社machimori代表取締役 / NPO法人atamista代表理事 

1979年静岡県熱海生まれ、熱海育ち。東京都立大学大学院 理学研究科(物理学)修了。ビジネスコンサルティング会社に勤務した後、2007年に熱海にUターンし、ゼロから地域づくりに取り組み始める。遊休農地の再生のための活動、「チーム里庭」、地域資源を活用した体験交流ツアーを集めた、「熱海温泉玉手箱(オンたま)」を熱海市観光協会、熱海市などと協働で開始、プロデュース。様々な形で熱海のリノベーションまちづくりに取り組んでいる。一般社団法人ジャパンオンパク 理事/一般社団法人日本まちやど協会 理事/一般社団法人熱海市観光協会 理事
著書「熱海の奇跡~いかにして活気を取り戻したのか~」(東洋経済新報社)

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地元の反発には粘り強く。空き店舗の再生やマルシェ開催で空気を変える

地域再生プロジェクトで街の雰囲気をかえる

出典元:株式会社machimori 公式HP
にぎわう海辺のあたみマルシェ

熱海の中心市街地再生を目的として2011年11月に設立した株式会社machimori(マチモリ)。再生の重点地として目を付けた熱海銀座で、空き店舗のリノベーション1号として2012年7月に「CAFÉ RoCA」をオープンしました。約50坪のスペースを自分たちの手で改装し、人が集う拠点となるようカフェをつくりました。

空き店舗の再生やマルシェ開催で空気を変える

準備段階では商店街をはじめ、地元の方から「熱海銀座には未来がない、こんな場所で店をやってもうまくいかないからやめなさい」というアドバイスも少なからずありました。しかし、開店してみると周囲の印象にも変化が感じられました。そうした変化を加速させるべく次に企画したのが、通り自体を使った市場イベントの開催です。 

2013年11月から隔月で「海辺のあたみマルシェ」と銘打ち、通りに出店者を集め行いました。2ヵ月に一度、1日だけですが、5000人もの人出を集め、通りがにぎわいを見せました。

このマルシェの目的は観光イベントとして人を呼ぶことよりも、ものづくりや飲食をやりたい人たちのテストマーケティングでした。慣れない土地でいきなり店を出すのはハードルが高いですが、起業前にこのマルシェで出店してみることでリサーチができ、ファンがつけば起業に弾みがつけられます。

強い信念とビジョンを伝える力で地元の反発に対応

そうして変化を前進させられたのは成果でしたが、反面、地域からのクレームも起こっていました。「車で来るお客さんがいるのに歩行者天国は迷惑」「高級な客層に逃げられる」「代々ここで税金払って商売しているのにイベント時だけ商売やるとは何事か」といった声です。

しかし、こうした地元の不動産オーナーたちの意識が変わらなければ、継続して街を変化させていくことはできません。理解をいただき、一緒に変化を起こしていくためにも、とにかく「空き店舗を減らしたい」というビジョンを語り続けていきました。

すると、半年も経つとこうした声はなくなり、1年経つと皆さん応援してくれ、がんばれと声をかけてくれます。2年で参加してくれ、3年で皆さんもいろいろな取り組みをしてくれるようになりました。

実は、同様のことは最初に取り組んだ体験ツアー「オンたま」でも起きていて、始めた当初は地元の名士などから全く理解されず、クレームめいた話がたくさんありました。ですが、続けていくと、その方たちの奥様が「オンたま」に楽しく参加されていたりと、味方が増えていったのです。

こういうことは、特に地方においては大事。相手を敵視せず、楽しみながら味方を増やしていくことこそが、継続的に輪を広げていくためには最も重要だと実感しました。何か変化を起こそうとすれば反発はあるものなので、目指す将来像をイメージしながら、地道に明るく説明をしていくべき。こうしたことが、後に移住者や起業家を地域に受け入れる素地づくりになるのです。

  • 【プロジェクト】熱海の中心市街地再生「リノベーションまちづくり」
  • 【課題】空き家・空き物件によるイメージダウン
  • 【目的】・空き家を再生して新たなコンテンツを生み出す
        ・ビジネスとしての地域再生
  • 【政策】・独自のデータ分析
        ・流出世代をターゲットにした街づくり
        ・リノベーションカフェ・マルシェ開催

「観光と定住の間」を提供する新たな集客

新たな集客方法で地域を再生

出典元:guest house MARUYA 公式HP

次に熱海銀座で行ったのは、ゲストハウスづくりでした。machimoriのビジョンである「観光と定住の間の多様な暮らし方」をつくる場所です。

立地を活かしたゲストハウス

熱海は東京から近いので、1泊の旅行だけでなく、繰り返し通ってもらえるよう、交流もしやすい拠点になればと思って企画しました。物件は、10年空き店舗だった約100坪の元パチンコ店です。これにはお金もかかり、4500万円の資金調達を行いました。その際、金融機関のほかに地元の方々に出資を募り、ここでも街の主要なプレイヤーを巻き込むことを意識しています。

  • 【プロジェクト】ゲストハウスで「観光と定住の間」を提供
  • 【課題】立地を活かしたリピーターの獲得
  • 【目的】繰り返し利用してもらえるゲストハウス
  • 【政策】・地元で眠っていた大型テナントの再生
        ・資金調達に地元の出資を募る

新たな集客方法を試みる「まちやど」

2019年にはもう一つの宿、「HOTELロマンス座カド」をつくり、運営しています。街中再生のプロジェクトの一つとして、非常にたくさんある空き家を使って、客室を街中に分散させる「まちやど」のイメージです。

熱海の中心市街地が衰退した一つの要因が、従来の旅館ホテルがお客さんをその中に囲い込んでしまったことにあるのではと思い、それとは真逆の「街中に出て行く宿」をやろうと、それを街中の空き家を使って行っています。

  • 【プロジェクト】「HOTELロマンス座カド」で「観光と定住の間」を提供
  • 【課題】衰退の一因であるホテル旅館による囲い込み集客
  • 【目的】客の囲い込みによる熱海の衰退を改善
  • 【政策】街中の空き家を利用した囲い込みとは真逆の「街中に出ていく宿」

人の流れを変えたコワーキングスペース

若い世代が集まるワーキングスペース

出典元:株式会社machimori 公式HP
熱海のコワーキングスペース「naedoco」

そのほかに行っているのが、今このセミナーを配信しているコワーキングスペースです。

熱海に来る人も団塊リタイア組から徐々に若い世代へと移り、何か面白いコトをしたい、仕事を作りたいというニーズが出てきたので、「悠々自適な別荘暮らしから、仕事も生活も2拠点でつくる暮らしへ」をコンセプトに、2016年に「コワーキングスペースnaedoco」をオープンさせました。元は60年近く空いていた、酒屋の2階部分をリノベーションしたものです。

このコワーキングスペースでは創業支援も行っていて、いま続々と熱海に面白いプレイヤーが生まれてきています。この流れにより、用がなくても熱海銀座にちょっと行ってみようという人が増えます。

カフェやコワーキングスペースに行けば、誰か知り合いに会える。人の輪が広がる。そのようなエリアになりました。そうして人通りが増え、客層が変わると、元からある地元のお店でも創意工夫が始まります。改装や商品の開発・リニューアルなど、よい刺激や循環が起きています。

コワーキングスペースが誕生した2016年には、空き店舗をリノベーション下様々な新規店舗がオープンしました。

目指す指標は、不動産価値の向上や付加価値ある産業の創出、エリア人口の増加

世代間交流で盛り上がる熱海の祭り

世代を超えた交流で盛り上がりを見せる熱海のお祭り

こうして熱海銀座という200mほどの小さな商店街で集中して再生を行ってきて、この数年で成果が目に見えてきました。

かつて商店街の1/3あった空き店舗はゼロになり、2018年からは地価が上がり始めています。エリアの人口も増えはじめ、雇用者数も、この小さな商店街だけで今100名近い雇用が生まれています。
ここで改めて、「リノベーションまちづくり」を定義すると「遊休化したストックを活用してエリアに新しい価値を発明しエリアを再生すること」です。

【目的】
  • エリア価値の向上(不動産価値の向上)
  • 雇用の増加と平均所得の向上(付加価値の高い産業を生み出す)
  • エリア人口の増加

商店街の再生というと、イベントへの動員や経済効果に目が向きがちですが、熱海で目指してきたのは本質的な街の改善であり、そのためにこの3つのKPIを意識してきました。

そのほか、地域コミュニティ再生の指標としていたのが、祭りの盛り上がりです。古くからいる既存のコミュニティに新たな人たちが加わり、融合していることが大事なのです。地元の人が外から来た人たちを受け入れていて、彼らも喜んで入っていく。地方で再生を手がけるときには、このコミュニティの輪の広がりが見られれば、持続可能だといえるでしょう。

官民を巻き込んだ、よい循環を生むことが大切。住民や事業者が増えることでその周りに消費が増え、そこに住みたい人たちが増えるので、不動産価格が上がり、それによって新たな投資が生まれ、行政も税収が増加するという循環です。街は広がりすぎてもインフラを支えるコスト負担が増すので、いかにコンパクトなエリアを形成していくかも重要です。

こうした循環を生む活動を行政主導ではなく、小さなゲリラ的動きから、ここまでにしてきました。それにより、熱海のような人口減少が著しく、地場産業が衰退してきた街でも財政破綻させることなく、活気を取り戻し、地域再生を果たすことができるのです。

事業のゴールは、起業家が生まれ育つ生態系エコシステム

出典元:熱海リノベーションまちづくりHP

当初はNPOとして活動を始めましたが、不動産を絡めることでビジネスモデルを成立させ、現在の株式会社machimoriの事業は、直接実業を行っている宿泊・飲食が6割で、創業支援を含めた事業・コンテンツ開発が2割、サブリースや不動産管理が2割という構成になっています。

そして今、盛り上がりをみせているのが、創業支援プログラムの「99℃」です。官民連携で開始して4年ですが、ここに来て、熱海で起業した人が続々出ていて、ムーブメントとして目に見える形になっています。

この3年で生まれた起業や新規事業は15件。内容もバラエティ豊かで、熱海で働ける副業案件のマッチング事業や、不動産を扱わない移住サポート事業、再生エネルギー事業、介護タクシー事業、環境コンサル・研修事業など、多様なラインナップです。

もともと観光地であった熱海ですが、観光とは違う事業や産業を作っていくことが必要だと思って創業支援を行ってきました。これらを、熱海にUターンした女性や移住してきたアーティストなど、多様な人たちが実現してくれています。

私たちとしては、起業の件数を成果として目指すよりも、こうした人たちが続々と集まり、事業が生まれていく環境づくりが目標です。事業のゴールは、起業家が生まれ育つ生態系エコシステムをつくること。

そのため、行政と連携して行っているのが「ATAMI2030会議」です。主催は熱海市で、ネットワーキングや未来構想を作っていく、誰もが参加できる自由な場になっています。2016年6月以来、約2ヵ月に一度のペースで開催され、毎回100人以上が参加。今はオンライン配信も行っています。

こうして熱海という場所や地域資源、そこにいる人々に共感してくれた人が、熱海で起業・創業することを歓迎するのには、もう一つ理由があります。たとえば、観光業で地域外からの外貨を稼いでも、外部の大手資本によるビジネスであれば、その売上は外に逃げていくだけで、地域には残りません。これは、どの地方都市・地域にも言えることです。

お金を外から稼ぐこと以上に、そのお金を地域内に留め循環させていくことを大事にし、循環促進や流出減少にさらに挑んでいきたいと思っています。

創業手帳が発行する「創業手帳」(無料)では、起業家へのインタビューを数多く掲載しています。経営のヒントに、ぜひ参考にしてみてください。

大久保写真創業手帳 代表・大久保の視点 熱海の奇跡の現場に行ってみた。本当にシャッター街に行列ができていた!

創業手帳の代表の大久保です。市来さんの取材で熱海に行きました。

実際、元々の大家が持っていた大きなブロックを小分けにして若い人がやっている飲食店やアイスクリーム屋さんに行列ができていました。

補助金や予算ありきの地方創生ではなく「やる気」と「工夫」で、街が再生しているところを市来さんの話だけでなく、目の当たりにすることができました。

お話を聞き、現場を見てほかの地方創生や社会起業家に役立ちそうだなと思った視点をまとめたのが下記です。

1 規模よりファンをナチュラルに増やす
物件が大きすぎると若い人が資金的に手を出せなかったりします。
大きすぎる規模で続かない、というプロジェクトもありますが、扱いやすいコンパクトな規模から入ってファンや関わる方をナチュラルに拡大していくのが熱海の成功の秘訣のように思いました。

2 新旧のコラボ
熱海の奇跡は外からの移住者、元からいた住民、どちらかだけで成功したわけではありません。
移住者・二拠点生活者の受け入れという新しい血と、リソースを貸す志のある地元の方のコラボが成功の鍵です。
この新旧のコラボは意外に難しいのですが、熱海はその成功事例です。

3 継続は力
地方の再生はITスタートアップなどと違い、早く結果が出るわけではなく、人材も含めて長い時間軸で取り組んでいく必要があります。
そのためには、やる気と工夫が必要ですし、継続していけることが大事になります。
外から入ってくる方は、この継続、長いスパンでものを考えるという視点があると地元の方と馴染みやすいかもしれません。

熱海の市来さんの取り組みがほかの地方の方のヒントにもなればと思います。

こちらの記事、いかがだったでしょうか?

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(編集:創業手帳編集部)



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