iCARE 山田 洋太|健康管理システム「Carely(ケアリィ)」で働くひとの健康を世界中に創る
企業の「健康経営」をサポートし消費者と求職者から選ばれる企業へ導く
従業員の健康や働く環境の整備が全ての企業に求められており、「健康経営」を取り入れていない企業は消費者からも求職者からも選ばれない時代に突入しています。
医師でありながらMBAを取得し、「働くひとの健康」を実現するために「予防」に注目し、「iCARE」を経営しているのが山田さんです。
そこで今回は、山田さんが「予防」に注目したきっかけや企業の「健康経営」の重要性について創業手帳の大久保が聞きました。
株式会社iCARE 代表取締役 CEO 産業医 労働衛生コンサルタント
金沢大学医学部卒業後、2008年久米島で離島医療に従事。顕在化した病気を診るだけでなく、その人の生活を理解しないと健康は創れないことを知り、経営を志す。2010年慶應義塾大学MBA入学。2011年心療内科・総合内科で医師として従事しながら、株式会社iCAREを設立。2012年医療センターの経営企画室室長として病院再建に携わり、病院の黒字化に成功。2016年企業向けクラウド健康管理システム「Carely」をローンチ。2017年厚生労働省が行う検討会にて産業医の立場から提言。2018年同省委員として従事。2021年12月に導入社数490社を突破。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
※この記事を書いている「創業手帳」ではさらに充実した情報を分厚い「創業手帳・印刷版」でも解説しています。無料でもらえるので取り寄せしてみてください
この記事の目次
医師として久米島で働く中で「予防」の大切さに気づいた
大久保:医師から起業に至るまでの流れを教えていただけますでしょうか?
山田:私が医師をしていた当時、沖縄の久米島にある急性期の総合病院で勤務していました。
そこで「予防」という概念により大きなインパクトを受けたことが、今やっている予防事業につながりました。
痛みや症状を治すための行為は「治療」であり、病院や医療機関で行われますが、患者さんにとって非日常です。
大久保:非日常ですか?
山田:例えば、入院も日常生活から離れて治療をすることになりますよね?
医師や看護師が病院の中だけで生きていくと、患者さんが退院して日常に戻り、どう健康を維持するのかという本質を見誤りそうになることがあります。
大久保:病院の中でしか患者さんと会わないので、患者さんの日常を考えることが意外と難しいんですね。
山田:通常、病院内で医師が患者さんと接する場面では、患者さんの自宅や職場などの日常環境に注目することはあまりありません。
ところが、私が久米島に行った際、この概念が打ち破られました。
久米島は人口は約8,600人の島なので、病院で診察するだけでなく、時には患者さんの家までついていき、日常生活の中で何が健康を害しているのかを観察し、アドバイスをすることがありました。
日常生活の中では「治療」よりも「予防」への取り組みが必要だと、久米島での医師生活を通して学びました。
持続可能な病院経営を目指し医師6年目の時にMBAを取得
大久保:慶應義塾大学で経営を勉強され、MBAも取得されたと伺っているのですが、どういった経緯だったのでしょうか?
山田:久米島の医療が経営破綻を起こしたことをきっかけに、経営についても学ぶ必要があると感じました。
へき地の病院は経営状態が良くなく、なんとか存続している病院が多々あります。
なので、医師6年目の時に慶応ビジネススクールに入り、経営自体を体系的に学び、医療政策・介護政策などの知識を身につけ、MBAを取得しました。
大久保:MBAを取得する過程で学んだこと、感じたことについて教えていただけますか?
山田:現状、医療機関での経営は、医師免許を持った方がトップに立ちます。
ただし、必ずしも医師免許を持った人が病院の経営者をする必要はないと考えています。本当の経営者が病院の運営をしないと、持続可能な経営ができないと感じました。
しかし、経営に力を入れすぎると、利益を追求するようになってしまうため、患者さんにとっての不利益が発生してしまいます。つまり、経営と医療のバランスを保つことが持続可能な医療経営には必要だと考えています。
大久保:MBAを取得された後に、病院の経営に関わった経験がありますか?
山田:MBA取得後に、経営に課題を抱えていた東京ベイ(元公立浦安病院)の経営に携わらせていただき、実際に持続可能な病院経営に挑戦しました。
その中で、医療機関の持続可能な経営を目指し、黒字化もして、上手くいったように思えますが、日常の中でできる「予防」に取り組むべきだという思いがさらに強くなったのは、この時でした。
MBAを取得・病院経営を経験して「iCARE」のサービスを本格始動
大久保:iCAREの創業について伺わせてください。
山田:iCAREの創業は2011年9月で、MBAで学んでいる2年目にあたる年でした。
当時から働く人の健康について模索していましたが、病院経営も任されていたため、起業準備と病院経営の両方を並行して行っていました。
様々なマーケットのリサーチを行い、iCAREを本格稼働させたのは東京ベイの経営から離れる2014年でした。
大久保:iCAREのビジネスモデルは、創業当初と今では変わっていますか?
山田:今の方がサービスもプロダクトも優れていますが、2014年に始めたことから大きく変わりはありません。
ただし、2014〜2015年ごろは、リリースしたサービスが全く売れずに苦労しましたね。
我々としてもピボットしなければいけないという境地に立たされ、資金調達をするタイミングで、1,000名以上の大企業向けサービスだったものを中小企業向けのサービスに転換し、2016年3月に今のCarely (ケアリィ)の原型になるサービスをローンチしました。
大久保:起業して一番大変だったのはいつですか?
山田:大変さの種類によりますが、会社の規模が大きくなった今こそ大変だと思っています。
僕の背中には約160人の人生を背負いながら、成長を実現させていくことが、創業時より桁違いに大変です。
一方で、経営者として一番悩んだのは、2016年〜2017年ごろ、社員数が5〜10人規模だった時でした。
私が医師出身の経営者であるため、ロールモデルとなる人がおらず、CEOが何をする役割なのかがわかりませんでした。CEOとして意思決定をしていくべき時に、自分の役割は何なのか、どういう期待に沿っていけるのか、と悩みました。
- ココ重要!健康管理システム「Carely(ケアリィ)」の4つの特徴
-
- かんたん:使いやすいシンプルな操作画面
- あんしん:常に最新。柔軟な開発体制とセキュリティ
- みえる(可視化):組織の健康状態を一画面に集約
- ひろがる(拡張性):外部システムとのデータ連携
働く人と会社を健康にする「iCARE」のサービスの特徴
大久保:サービスの特徴を教えてください。
山田:iCAREは「働くひとの健康を世界中に創る」というパーパスを掲げています。
働く人の健康は、本人の努力では作ることができません。環境が変わらないと作ることができないんです。つまり、環境や仕組みによって、働く人の健康を作ることができるという考えのもと、人事の方や産業医・産業保健師が活躍できるようなサービスをBtoB向けに提供しているヘルスケアの会社です。
大久保:健康を会社全体の環境と捉えてみるということですね。
山田:環境は従業員の健康にかなりの影響を与えています。
例えば長時間労働は典型的な例ですが、ケアしようと企業が積極的に取り組まなければ、従業員は健康になれません。
具体的にはサーベイやストレスチェックなどを通して、本人たちがどういう状況なのかを診断します。
さらに、本人自身が不調だった場合、面談を通して記録に残すことも重要です。
つまり、総合的に健康管理という仕組み・環境を作っていくためのクラウドツールを提供して、企業に産業医等の対応できる人がいない場合は、当社に登録している専門家を紹介することもできます。
健康がどのくらい創れるかではなく、人事や産業保健師や産業医が活躍できるように、業務効率が上げられるよう支援しています。
近年注目が集まっている「社会的健康」とは
大久保:経営者として、従業員の健康に対してどのように考えていますか?
山田:「健康」というキーワードに関して、今と10年前では全く別物となってます。
一つ目の違いは、健康の重要性の認知が極めて高くなりました。
従業員の健康に対して、積極的に関わることをせず、採用や離職など人の問題で悩まされる企業が、直近2・3年で急激に増えています。
そのため、社員の健康維持に投資をすることはマストとなり、日本だけでなくグローバル的にも原則論となっています。
二つ目の違いは、今までは「身体的健康」と「精神的健康」の2つだけでしたが、今は「社会的健康」にも注目が集まっています。
これまで健康を害さないように動いてきた企業も、働く人本人のキャリアやウェルビーイングに着手した「社会的健康」な企業でなければ、これからの時代において、社会からも支持されないうえ、従業員・求職者からも支持されないという時代に入ってきました。
つまり、企業は健康に対して注目し、働く人の健康を支援していかなければいけません。そうしなければ、持続的な企業の成長に影響が及ぶと考えています。
大久保:社会的な健康は、企業の離職者が減り、求職者も増えるということですね。
山田:Z世代は、社会に対してどれだけ共感できる会社かを見ています。道徳、倫理観上で許されないような会社は自明です。
このような時代だからこそ、企業が健康に対して積極的に関わることで、従業員から共感を得られます。ここが、企業の成長に対して不可欠な時代となっていると考えています。
健康経営に取り組む企業に必要なのは「WHY」
大久保:これまで様々な企業をみてこられたと思いますが、気をつけるべきポイントを伺えますでしょうか?
山田:健康という領域において、健康経営やウェルビーイングというバズワードが溢れていますが、本質を理解しないまま取り組んでいる企業は失敗しているところが多いです。
要因としてはWHYがないからです。
「なぜやる必要があるのか」が明確にならない限り、ふわふわした施策になってしまいます。
本来、WHYに紐づく最大の理由は、従業員の健康やそれに伴う組織的な成長に繋がるためです。
例えば、マラソンやウォーキング大会を開催して1位になった人に景品が貰える、といった従業員から求められていない施策をやってしまいがちです。つまり、バズワードで動かされ取り組んでも、点だけで面にはなりません。
上手くいっている企業は、トップだけでなく、部長レベルまでコミットし、やることに意義を感じています。そして、従業員側からのボトムアップで、こういうことをやりたいと社内で打ち出されると、圧倒的に強い状況にある企業と言えます。
確固たる「WHY」があれば経営の軸はブレない
大久保:山田さんが「WHY」と「点ではなく面」という言葉が多く出ているように思えますが、起業家にとっても役立つ視点だと思いました。
一段踏み込んで、なぜそれをやるのか、そして広い視野でことを進めていく、このような考え方で普段からお仕事をされているのでしょうか?
山田:WHYはとても大事にしています。
なぜという部分で人は説明を求める部分でもありますし、説明することで共感を得られ、人は動きます。
WHYは一つや二つしかないので、しっかり捉えて、起業・事業設計をしていく必要があります。
大久保:HOWは現場の人が考えても良さそうですが、WHYは経営者が打ち出すべき、ということに改めて気づかされました。
山田:HOWが間違っていたとしても、WHYが動かなければ、何度でもやり直しPDCAを回すことができるうえ、同じベクトルで考えることができます。
CEOは常にこれを意識して、物事を進めるべきだと考えています。
WHYを追求するようになったきっかけ
大久保:WHYを追求するようになったきっかけはあるのでしょうか?
山田:10〜20名規模の組織であれば、なんでも私が主導して事業を進めることができます。
しかし、100名など規模の組織でWHYなしに動き始めると、様々な失敗に繋がる可能性があります。この失敗経験により「事前になぜやるのか」「なぜ変わらないといけないのか」を説明するようになりました。
特にスタートアップ時期は、朝令暮改にならざるを得ないと思います。
WHYの説明がない戦略変更は従業員にとってストレスのため、スピード感も落ちていきます。
当社が、ビジョンではなくパーパスを使うところもWHYに重点を置いているからです。
なぜ我々が存在するのか、人数が増えるからこそ、伝えていくことの重要性を感じます。
CEOが果たすべき「4つの約束」
大久保:CEOの役割を何だと考えていますか?
山田:CEOは4つの約束を果たすべきだと考えています。
顧客との約束を果たす。
従業員との約束を果たす。
投資家との約束を果たす。
社会との約束を果たす。
トレードオフではなく、全てを実現することもできます。
この役割がある以上、CEOとしての英断はやらなければいけません。
これからCEOをやる方々にとって、待ち受けている大きなイベントだと思います。
大久保:スタートアップの方々に向けてのメッセージをお願いします。
山田:私は今43歳で、明日死ぬかもしれないという気持ちで、毎日を生きています。
つまり、後悔しない生き方をどう実現させるかを考えることは、すごく大事なことです。
自分で考えて実現させて、ワクワクする世界が頭の中にあって、やらないまま死ぬべきではないと思っています。
その第一歩を踏み込むことは非常に重要なことで、自分たちのウェルビーイングを満たすことになります。
一方で、一歩踏み出せば全てのことが動き出します。責任と覚悟を持って、約束を果たしていくべきです。それがCEOとしての醍醐味でもありますし、ワクワクすることに変わっていきますので、ぜひ挑戦していってほしいです。
大久保の感想
(取材協力:
株式会社iCARE 代表取締役 CEO 山田 洋太)
(編集: 創業手帳編集部)
山田さんが医療の厳しい現場でたどり着いた答えは「予防」だ。
今後日本全体で医療費が膨張し、人口が相対的に少ない若い世代に負担がのしかかってくることは避けられない見通しだ。
病院にかかっても社会保険が効く、と思いがちだがそれは結局、税金や社会保険料なので結局、負担として跳ね返ってくることに変わりはない。
そんな中でそもそも医療費がかからないようにする、かつ病気の原因となる職場環境から改善していくというツールは、医師ではできないが医療の本質に直結するサービスと言える。
医師のようなプロフェッショナルが、専門家として解決できない規模・形態で社会問題に取り組む事例だが、こうした事例は今後も増えていくだろう。同社の今後に注目だ。