HTC 臼井宏太郎|元ホテルマンが介護現場にショックを受け自ら起業。業界を変革する「理念経営」の真髄とは

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年06月に行われた取材時点のものです。

高い従業員エンゲージメントを実現。全職員に理念が浸透するための組織づくりで、創業から15年で年商25倍に成長


介護業界は今、大きな転換期を迎えています。高齢化により介護ニーズが高まる一方で、働き手側の慢性的な人材不足や高い離職率など、さまざまな課題を抱えているのです。

こうした中、注目を集めている介護事業所があります。北海道札幌市で介護事業所「我が家」を展開するHTC株式会社。代表取締役の臼井宏太郎氏のもと、高い従業員エンゲージメントを実現しています。

企業理念は「我が家に関わる全ての人を幸せにする」。この理念を実現するためにさまざまな取り組みを行っており、特に注目すべきは従業員への理念浸透の徹底ぶりです。

今回は元ホテルマンである臼井氏がなぜ介護業界に参入したのか、理念浸透のためにどのような取り組みを行っているのか、そしてその成果と今後の展望について、自身の言葉でおおいに語っていただきました。

臼井 宏太郎(うすい こうたろう)
HTC 株式会社 代表取締役
大分県出身。外資系ホテルで飲食マネジメント、ホテルのホスピタリティを学ぶ。その後、東京の上場コンサルティング会社で企業理念や目標意識が浸透した人材育成・組織作りを学び実践する。2007年に経営コンサルタントとして独立後、介護業界でのコンサルティング業務に従事。2009年HTC株式会社を設立。現在は北海道札幌市を中心にデイサービス7店舗、訪問看護、看護小規模多機能、居宅介護支援を各1店舗運営。「我が家に関わる全ての人の幸せ」を基本理念として、「人」の可能性を最大限に引き出す経営を実践。

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関わるすべての人が幸せになれる会社を作ってやろうと決心し「我が家」を発足

──もともと九州でホテルマンをされていたそうですね。介護業界で起業されるまでのストーリーを教えてください。

臼井:大分県出身の自分が、まさか北海道で起業するとは思ってもみませんでした。自営業の両親が苦労する姿を見て、サラリーマンになると心に決めていました。

学費面で大学を中退せざるを得なくなり、福岡の居酒屋で住み込みのアルバイトを始めたんです。それが案外、性に合っていたものですから、飲食サービス業の道を極めたいと思うようになりました。ちょうど外資系の一流ホテルがオープニングスタッフを募集していて採用され、晴れてホテルマンとして就職したんです。5年間夢中で働きました。

そんなさなか、東京の通信企業から熱心なヘッドハンティングを受けたんです。4,000万円という大金を預けられ、新しい会社の立ち上げを任されました。しかし、経営の知識も経験もなかったものですから、見事に立ち上げは失敗してしまったんですね。

これを機に、経営を勉強したいという気持ちに目覚めました。自分の原点であるサービス業・飲食店の経営を学びたいという思いからコンサルティング会社に入社し、そこで5年働いた後、独立しました。

ある時、北海道の介護事業者の経営コンサルティングを請け負いました。その会社では、経営者は社員の不満ばかり言い、社員は会社や経営者の悪口を言いたい放題。お客様のことは二の次で、利用者様も不満そうでした。いわば「関わるすべての人が不幸になっている」状態に、強いショックを受けたんです。

それなら私が「関わるすべての人が笑顔で幸せになれる」会社を作ってやろうと。半ば反骨心のような気持ちで起業し、デイサービスを中心とした介護サービス「我が家」を発足させました。

──飲食のプロが介護業界に飛び込むに至った理由として、どのような点に勝ち筋を見たのでしょうか。

臼井:飲食業界と大きく違う点はたくさんあります。デイサービスでは利用者を自宅まで送迎するので立地は問われませんし、価格も介護報酬はほぼ全国一律に定まっていますので価格帯の競争もありません。飲食のように流行に左右されるわけでもありません。事業の成否に大きくかかわる「立地」「価格」「流行」の影響を介護事業は受けにくいのです。

そして何より、飲食は味はもちろん価格や仕入れ、サービスなど管理すべきポイントがたくさんありますが、介護はケアをする人の力が全てです。人の育成にマネジメントを集中できる点が魅力だと感じました。

私はコンサルタント時代から、多店舗展開の組織づくりと人材育成を専門としていました。だからこそ、人の力が大切な介護業界なら、その武器をフル活用できると感じたのです。

理念プレゼンテーションを通じて従業員エンゲージメントを高める

──起業以来、理念は「我が家に関わる全ての人を幸せにすること」だそうですね。

臼井:私たちは、利用者やそのご家族、従業員、取引先など、関わるすべての人の幸せを追求することを目指しています。この理念を実現するには、「顧客の満足」と「利益」の両立が欠かせません。

まず、顧客の満足を高めるには、従業員のスキルアップとマインドアップの両方が必要です。一方で、利益を上げるには、売上を伸ばすか、コストを下げるしかありません。

利用者の満足と利益は、どちらも大切なんです。先に顧客満足が来て、後から利益がついてくる。その良いスパイラルに乗ることで理念が実現できることを、スタッフに丁寧に伝えています。

介護職は、どうしても「お金のことは度外視」「利益追求は悪いこと」という意識を持ちがちです。でも、会社が利益を出せなければ、従業員の雇用も守れないし、利用者への良質なサービスも提供できない。理念を実現する原資となるのが、利益なんです。私は従業員に「利益は結果であって目的ではない。理念実現のための手段なんだ」ということを伝え続けています。

理念を共有し、目的意識を持つことで、従業員のモチベーションは格段に上がります。お客様の笑顔のために頑張ろうと思えば自然とサービスの質は向上するし、経営を自分ごととして捉えれば無駄もなくなる。すると、顧客満足度が上がって売上も伸び、利益も出る。理念を追求することが、結果として利益にもつながるんです。

この好循環を生み出すには、経営者の強いリーダーシップと、従業員一人ひとりの理解と実践が欠かせません。

──従業員の理解と実践が鍵を握っている、だから「人がすべて」なのですね。

臼井:私は、従業員には常に「なぜ仕事をするのか」「何のために頑張るのか」という目的意識を持ってほしいと思っています。日々の業務に追われて、つい目先のことだけに囚われがちですが、折にふれて理念に立ち返ることが重要なんです。

それに、理念は迷った時の判断基準になります。介護職は自ら判断しなければいけないことも多いので、その時に皆が同じ目的・理念を理解していると、統一的な判断の基準となります。これが、我が家のコアノウハウだと考えています。

──具体的に、理念浸透のためにどのような取り組みをされていますか。

臼井:創業から毎月の全体会議で必ず理念について全員で何度も確認をしています。理念は掲げるだけでは浸透しません。繰り返し何度も確認することが大切です。

そのうえで、最も力を入れているのが、従業員による毎月の「理念プレゼンテーション」です。これは、従業員自身が会社の理念や目的、目標について発表する場で、正社員だけでなくパートスタッフも行います。

毎月、各事業所から1名ずつ発表者を選出します。その従業員は、1ヶ月かけて理念について自分なりに考え、どう実践するかを模索します。当日は、パワーポイントや手作りの資料を使って、自分の言葉で理念を説明するんです。参加者は、その発表者の想いを汲み取ろうと真剣に耳を傾けます。

参加者にわかるように説明しようと思うと、本当に自分が深く理解できていないと説明できません。理念プレゼンテーションは有用なアウトプットの場として機能しているんです。

発表を聞いた従業員からは、「自分も頑張ろう」「全てのことが理念を理解することでつながった」という前向きな声が上がります。理念について語り合うことで、従業員同士の絆も深まります。この理念プレゼンテーションは、当社の理念浸透の要だと言っても過言ではありません。

──他にはどのような取り組みをされていますか。

臼井:半年に1回、私自身が講師を務める理念研修も実施しています。これは、新入社員だけでなく、全従業員を対象とした研修です。理念の意味や大切さを、私から直接伝える機会となっています。

また「ライフプラン面談」も大切にしている取り組みのひとつです。ライフプラン面談は、年に1回、従業員一人ひとりの夢や目標を聞く面談です。仕事だけでなくプライベートの夢も含めて、本人の想いを引き出します。そして、その夢の実現に向けて会社としてどうサポートできるかを話し合うんです。夢を語り合うことで、会社と従業員の目標をリンクさせるんですね。

私たちの理念は「我が家に関わる全ての人を幸せにすること」。その「全ての人」には、当然従業員も含まれます。会社の目標と従業員の目標がつながることで、理念の実現に向けて一丸となって進んでいけるんです。そのためには、コミュニケーションを大切にして、お互いの想いを共有することが何より大切だと考えています。

「従業員との対話」を重視することがモチベーション維持やエンゲージメント向上にもつながる

──理念浸透のための取り組みは、どれも従業員との対話を重視していますね。

臼井理念は、会社が一方的に押し付けるものではありません。従業員一人ひとりが腹に落とし、自分ごととして捉えてこそ、本当の意味で浸透するんです。だからこそ、さまざまな機会を通じて対話し、理念について共に考えるんです。その積み重ねが、強い組織文化を生み出していくのだと信じています。

従業員エンゲージメント調査の結果を見ても、組織への信頼度や仕事のやりがい、評価への納得感など、多くの項目で高い数値が出ています。一例をあげると、昨年の調査では「経営層からの情報は信頼できる」「会社の経営指針・理念・ビジョン・行動指針などに満足している」という設問に対し、90%以上の従業員が肯定的に回答しています。これは、介護業界の平均と比べても際立って高い数字です。

介護職に就く人は、「人の役に立ちたい」という奉仕の精神に富んだ人が多いんです。それなのに、労働環境が悪いとその尊さを見失ってしまう。そうならないためにも、従業員のモチベーションを高く保つことが何より大切です。

現在、介護事業所は飽和状態であるのに対し、介護士が足りずに採用はどんどん大変になっています。スタッフにとって魅力的な職場づくりをして、選んでもらえる職場になることが重要だと考えています。

──利用者様やそのご家族からは、どのようなお声が聞かれますか。

臼井:我が家のことが大好きで、スタッフとの信頼関係も厚かったある方は、口癖のように「我が家に出会えて良かった。こんなに幸せな人生があるなんて思わなかった」とおっしゃってくださっていました。

また、身体機能が低下し、認知症が進んでも、10年以上我が家に来ることを生きがいにしてくださる方もいました。残念ながらお亡くなりになったのですが、遺影には我が家での楽しそうな写真を選んでくださり、ご家族から感謝のお手紙をいただきました。こうした言葉をいただくたび、理念を大切にしてきて良かったと思います。

理念をかたく信じ熱く語り続けることが大切

──今後について、どのような展望をお持ちですか。

臼井:具体的な数字で言うと、2030年までに事業所数を2倍に増やすことを目標としています。まだまだ介護ニーズは高まり続けます。関わる誰もが幸せになれる「我が家」をより多くの地域に広げていきたいと考えています。

また、創業からの15年間は「我が家に関わる全ての人を幸せにする」という理念を掲げてやってきました。これからは幸せの範囲を「我が家」だけでなく日本の介護業界全体に広げ、貢献していきたいと思っています。

一般的には、事業規模が拡大するほど経営者の目が行き届かなくなり、クオリティを保った経営が難しくなるものです。そこをカバーするのが、理念浸透のための仕組みです。理念によって組織を維持する仕組みは「ビジョナリー経営」とも呼ばれます。私たちのビジョナリー経営をより多くの介護事業者さんに知っていただき、介護業界全体の発展に貢献していきたいと考えています。

──起業家へのアドバイスをお願いします。

臼井理念や思いを、経営者が語り体現できることが何よりも大切です。ただ淡々と語るのではなく、自身が本気で信じている理念をいかに熱く語り体現できるか、その一点にかかっています。経営者が何でも一番である必要はありません。能力や才能、環境なども、一切関係ありません。しっかりとぶれない理念を持っていれば、必ず人はついてきてくれます。

私も志を同じくする仲間と共に、一歩一歩、前進あるのみです。今の介護業界は課題も多いですが、だからこそチャンスもあると信じています。理念を胸に、これからも業界発展に向けて尽力していきます。

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