ヴァルトジャパン 小野 貴也|人材不足という社会問題の解決を目指す

創業手帳
※このインタビュー内容は2021年09月に行われた取材時点のものです。

障がい者雇用支援事業を手掛けるヴァルトジャパン・小野貴也代表に話を聞きました

少子化にともない多くの企業や業界で問題視される人手不足。

そんな状況を、障がい者ワーカーに特化したアウトソーシングで解決しようとするのが、​ヴァルトジャパン株式会社。

「全国に15000ある就労継続支援事業所と人材を活用することで、企業や社会の人手不足問題を解決できる」と代表の小野貴也氏は話します。

障がい者に特化した事業とは、創業のきっかけや想い、これから目指していく展望について、創業手帳株式会社創業者の大久保が聞きました。

小野 貴也(おの たかなり)ヴァルトジャパン株式会社 代表取締役
シオノギ製薬のMR(精神疾患・生活習慣病医薬品担当)に従事中、障がいや疾患を抱える多くの方々には、仕事の成功体験を積み重ねるための社会的システムが不十分である実態に衝撃を受け、社会的就労困難者が「仕事を通じて活躍できる社会(社会的仕組み)」を作ると決心し、2014年8月同社を創業。民間企業から受注した累計400種類・1,500案件以上の仕事を、全国の就労困難者に流通させ活躍機会を生む「NEXT HERO(就労困難者特化型BPOプラットフォーム)」を展開。2021年5月に、Z Venture Capital、みずほキャピタル等から約2億円を調達。業界初のIPOを目指し、就労困難者の未来を作る。
■メディア実績
日本経済新聞、日経BP、日経産業新聞、毎日新聞、読売新聞、テレビ東京、TBSラジオ、ビジネスインサイダージャパン、THE21、日本財団ジャーナル、NHK 等

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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全国に点在する小さな支援施設を束ねて活用することで社会問題を解決する

大久保:はじめに、御社の事業について教えてください。

小野:おもに、次の事業を手掛けています。

  • BPOプラットフォーム『NEXT HERO』
  • 物流を手掛ける『EC HEROS』

障がいを持つ労働者の方に特化している点が、私たちの事業の特徴と言えると思います。

まず一つめの『NEXT HERO』にあるBPOとは「ビジネスプロセスアウトソーシング」の略で、企業が外部の企業やワーカーに業務を委託することなのですが、私たちの提供しているBPOプラットフォームを利用した場合、障がい者にお仕事を委託することになります。

大久保:具体的には、どのような発注の流れでしょうか。

小野:発注企業と障がい者の間に私たちが入って、それぞれを取りまとめている構図ですね。元々、障がい者の方が働いている『就労継続支援事業所』と呼ばれる施設が全国には15,000以上あって、企業から受けた案件を各事業所に発注し、事業所から上がってきた成果物を発注企業に納品するという流れになっています。

大久保:障がいを持つ労働者の方に特化しているということですが、それによって、ほかのBPOとの違いはありますか?

小野:障がい者雇用などの社会的意義がある点などはもちろん違いますが、仕事を発注する企業からすると、ほかのBPOを利用するのと質や価格などにおいて大きな違いはありません。それは私たちが両者の間に入って納品管理やプロジェクト管理をし、発注者責任を負うことで、品質を担保できているからです。

一方、違っているところとしては、案件の性質でしょうか。ほかのBPOプラットフォームでは単発案件も多いですが、私たちは、ある程度継続的に仕事を発注していただけるようなビジネスモデルになっています。LTV(※)が数万円程度というプラットフォームが多い中、私たちは年間100万を超えています。

※LTV…Life Time Valueの略。「顧客生涯価値」とも言われ、1人(1社)の顧客が生涯でもたらす利益の累計金額のこと。

実際に発注企業からも、一人いれば十分というような小規模ではなく数十人以上のチームでやりたいといった案件が多いですし、意図的に、継続的な案件を開拓している面もあります。障がい者の方の中には知的障がいや発達障がいのある方もいますが、仕事のやり方を覚えるにはやっぱりどうしてもある程度の期間が必要で、単発の仕事だとやっと慣れてきたころに、そこで終わっちゃうんですね。せっかく積み上げたキャリアみたいなのを発揮できない。そういったこともあって、中長期的な仕事が多くなっています。

大久保:障がいによる業務内容は決まっているのでしょうか?

小野:障がいのタイプや得意分野に合わせたマッチングまでは、現時点で、僕らのプラットフォームでは細かく行っていません。就労継続支援事業所には福祉の専門職員の方がいて、障がい者一人ひとりに実際に接している現場の方に判断をお願いしています。

最適なマッチングがもちろん一番理想ですし、やりたいという思いもあります。ただし、まだ先の世界観ですね。まず目指しているのは、そもそも障がい者に仕事が流通していない状態の解決です。障がいを持っている方が活躍しやすい市場や分野を見つけてサービス開発や営業をして、マクロ的な視点から、仕事の流通を作る、つまり「インフラになる」ということをまずは目指しています

ただ一方で、ワーカーの方と事業所の方のデータは常に集めていて、そのビッグデータが溜まってくれば、一人ひとりの障がい特性に合わせてどういう仕事をお願いするのがよいかを判断できるステップに進んでいけるだろうと考えています。

大久保:具体的には、どのような業務を委託できるのでしょうか。

小野:今多いのは、紙のデジタル化ですね。紙を一括で送ってもらったら、PDF化、目次づけをして、検索できるような状態にして納品するといったものです。コロナによるデジタル化の波で私たちの事業への需要もかなり大きくなりました。

15000の事業所を物流拠点として活用した『EC HEROS』


大久保:もう一つの事業である『EC HEROS』についても教えてください。

小野:「EC HEROS」も、障がいのある労働者の方、就労継続支援事業所を活用している点では共通しているのですが、こちらは物流を取り扱う事業です。

全国の就労継続支援事業所には、作業スペースが必ず15平米以上、多くの事業所では大体30平米ほど設けられているのですが、このスペースを発送代行作業に活用し在庫を置くことで、いわゆるロジスティクスセンターにしています。ネットで注文が入ったらここからピッキングをして、発送代行をするわけです

大久保:しかし大型倉庫と比べると、スペースに限界がありそうですね。

小野それを解決する方法がEC HEROSの特徴だと考えています。たしかに1つの施設でできることはすごく限られています。人も30人ぐらいしかいませんし、在庫ができる量も限られる。だけど、この就労継続支援事業所は全国に15,000箇所ぐらいあります。大体、大手のコンビニエンスストアと一緒ぐらいですね。倉庫をそれぞれ分散させることができるわけです。

また、分散させることによるメリットは、スペース不足の解消だけではありません。例えば九州で商品を購入したユーザーさんには、九州のロジスティックセンターから配送する事が可能になってくるなど、大型倉庫で一括して取り扱うよりも配送を安く早く行うことができます。地域別での需要に合わせて在庫数を調整するといった細かな融通も利きやすいんです。さらに、人不足が指摘される長距離ドライバー問題だって緩和されるはずです。

現在15,000の事業所のうち1500に登録いただいて、700を物流センター化しています。大手ECサイトでランキング1位になっているようなメーカーにもお客さんになっていただいているなど、すごく需要があるのを感じますし、さらに力を入れて進めていきたいです。

大久保:多くのメリットがある素晴らしい仕組みですね。大型倉庫であれば、例えば北海道の商品が中部地方の倉庫に集められて、北海道に配送されていたというような無駄が多かったものが、EC HEROSでは解消されるわけですね。

薬では解決できない悩みがあることを知り、障がい者が仕事で活躍できる社会を目指して創業


大久保:障がい者特化という領域が特徴だと思うんですけど、そこに目をつけて起業したきっかけや経緯を教えてください。

小野:創業前、元々は先発医薬品メーカーにMRとして勤めていました。生活習慣病と精神疾患系の医薬品を扱っていて、あるとき、精神疾患の医薬品を服用している方が集まる患者会に参加したんですね。30人ほどが自分たちの治療とか障がいとか疾患とかについて情報交換をしていたんですけど、全員に共通していると感じたのが、仕事の成功体験がまだほとんど積み上がってないということでした。先発医薬品メーカーでのMRとしての私の仕事は、「良い薬でQOLを上げる」ということだったわけですけど、実際に薬だけで解決できない問題があるということをそこで初めて知ったんです。仕事の成功体験は薬では作れないんだとも思いました

大久保:薬ではなく、仕事の「処方」が必要だと考えたんですね。

小野:たしかにそう言えますね。仕事は、ものすごいパワーを持っているんです。障がいや難病を持っていたとしても、成果で評価してもらえる。社会との接点や自尊感情も生まれるし、健康的な生活サイクルもできる。その一方で、障がいを持った方が仕事で活躍するための社会的なシステムはやっぱりまだまだ足りてないということを知りました。障がい者が仕事を通じて活躍できる社会的インフラを作ろうと思って創業したんです

大久保:起業準備でやっといて良かったことはありますか?

小野:創業手帳さんには、創業前に会いたかったと思ってるんです。というのも、私は元々MR出身で、思い一つで立ち上げちゃったんですよね。相当苦労しました。創業のいろはもまったく分からない中、登記して、名刺作って。何からしたらいいんだみたいなところから始めた感じでした。少し経って「創業手帳」が届いてからは、だいぶ助かりましたけど。だから、準備不足のまま創業しちゃったというのは、どちらかというと反面教師にしてもらいたいと思います。

大久保:創業した後はどのようなことが大変でしたか?また、それをどのように乗り越えてましたか?

小野苦労したのは資金調達ですね。創業融資に一度通らなかったんですよ。元々、5年間ほど過食症に悩まされていたことがあって、毎月食費に30万円くらいかかっていました。それで、貯金がほぼなかったんですよね。25万くらいの貯金で、ギリギリ25万円の資本金を法務局に提出しました。

ですが、資本金額の少なさと、元々経験してきたMRとは業界が異なるというような業界経験の薄さが理由で、創業融資には通らなかったんですね。そのときは、めちゃくちゃきつかったです。

大久保:その後はどうしたんですか?

小野:それでも生活をしなくちゃいけないので、とにかく営業するしかないわけです。営業して、受注して、それこそ最初の入金は9万円くらいでしたね。当時は障がい者施設もまだ少なくネットワークもつながっていなかったので、施設でできない作業は、全部私の方で巻き取って納品して。そんなことをとにかく続けて実績をつくっていきました。

一度落とされた際には、一定の売上実績が欲しいと言われていたんです。金額を尋ねたら「1000万ぐらいかな」と言われていたので、3000万の売上を上げられたことを説明しに行きました。そうして今度は創業融資を通してもらえたんです。

大久保:収益性があることを実際に証明したわけですね。現在は20名の社員がいらっしゃいますけど、当初、社長一人で営業から現場作業までやったという経験は役立っていますか?

小野:すごく役立っています。労働者側、発注者側の両方を、肌感覚とともに全部ゼロイチで学べたことが本当に良かったです。事業所に常駐させてもらったりもしましたし、当然、障がい当事者ともコミュニケーションをたくさん取らせてもらいました。

大久保:実際に障がい者の方とのコミュニケーションを多く経験して、障がい者ワーカーについてどのような考えを持っていますか?

小野障がい者の方が持っている能力は、今のままでも十分に社会に大きな価値を提供できるという考えを私は持っているんです。

障がいを持ってる方は、どうしても「強みを伸ばす」とか「訓練していこう」という方向性で考えられがちです。もちろん訓練なども大事なんだけれど、現場の実態としては、訓練自体も大変なんですよ。やっぱりそんなにすぐにスキルって上がらないですし。

それよりも、今のスキルでも十分に喜んでもらえるマーケットというのが実はすでに存在していて、そこと障がい者をつなぎたいと思っているんです。つなぐことさえできれば今の能力でも十分に価値を生めるはずだと。今はつなぐアクセスが不十分で、時給100円200円と、どうしても非常に単価の低い仕事しか手元に届いていないという状況が10年も前からあります。障がい者の今の能力が社会に価値を生むように、仕組みで社会を変えていきたいと思っています

社会を大きく動かしうるポテンシャル。需要と結びつけるためにはアウトソーシングのメリットを知ってもらうこと


大久保:これから先、どのような展望を見据えていますか?

小野:就労支援継続事業所をネットワーキングできた際のポテンシャルを考えると、この事業はまだまだ大きく成長する可能性があると考えています。事業所のポテンシャルに関して、例えば人材で言うと、全国にいる労働者は50万人。最大級のBPOプラットフォームの数倍という規模です。さらに、敷地面積で言えば、少なく見積もってもおよそ30万平米はあるんです。

さらに、マーケットには大きな需要も存在します。例えばEC HEROSが該当する「ロジスティック」の市場で言えば、ECの物流のうち、配送費を除いたものと絞って考えてみても、合計1兆円(TAM(※)では18兆円)ぐらいの需要があると見ています。

※ TAM… Total Addressable Marketの略。獲得できうる最大の市場規模。

このポテンシャルと需要を結びつけることができたら、経済をかなり大きく動かせるはずです

大久保:その目標に向かう上で、現在どのようなハードルや課題がありますか?

小野:まずは発注側の開拓ですね。特に、中長期的に継続できる案件はまだまだ十分でないと考えています。

日本では欧米と比べてアウトソーシングがまだなかなか進んでいません。頼むよりも自分でやってしまうほうが早いという考えが強くて、踏み切れない企業は多い。だから、私たちのプラットフォームを用いてアウトソーシングすることのメリットをまず知ってもらう必要があると考えています。

発注企業にとってはおもに次のようなメリットがあると考えています。

  • 複数の労働者を管理するマネジメントコストが下がる
  • そのまま採用もできるため、障がい者雇用率を上げる施策が打てる
  • 事業や会社を立ち上げるフェーズにおいて、「一人雇用するまででもない」という作業を委託できる

大久保:2つ目の「そのまま採用もできる」というところは、BPOではめずらしい特徴ですね。良い人材を採用できるのであれば、まずはためしにアウトソーシングをやってみようというような動機が生まれやすそうですね。

小野:採用される労働者本人にとってはもちろん、事業所は就職者を輩出できるとインセンティブが出ますし、国にとっては、補助金の負担が小さくなって納税者が増えるなど社会的な好影響もある。そうしてアウトソーシングが一般的になれば、スケールメリットによって、発注企業のコストも下がります。

アウトソーシングによって生まれるメリットはさまざまなところに波及、循環していくと考えています。まずは、十分な案件をワーカーに流通できるよう、発注企業の開拓に注力してきたいですね。

大久保:現在の具体的な目標はありますか?

小野IPOを一択で目指しています。これまで公的セクターが取り組んでもまだまだ解決されていない深刻な社会課題は、経済の力と人の力を使うことで解決できると私は思っています。そのためには、莫大な資金と優秀な人が必要です。ましてや、私たちがやろうとしているのは「障がい者に仕事を流通させるためのインフラを作る」という挑戦ですから、IPO一択しかないという判断です。

IPOを目指す理由はもう一つあって、私たちのような公共性の高い領域でのスタートアップは、公開性、透明性の高いマーケットにいないと駄目だと思ってるんですよ。会社のお金を代表の小野貴也一人の意思決定で何でも使ってしまえるような状態ではなくて、きちんと公開性の高いところに置く。この二つの理由から、この領域で日本初のIPOを目標に掲げているところです。

大久保:大きな社会課題の解決のためにも今後の活躍を期待しています。本日はありがとうございました。

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(編集:創業手帳編集部)

(取材協力: ヴァルトジャパン株式会社 代表取締役/小野 貴也
(編集: 創業手帳編集部)



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