企業理念で社員に正しいゴールと道筋を示そう
起業家のための企業理念入門②:なぜ企業理念を定める必要があるのか(後編)
企業理念を定めることの必要性の話をもう少し続けたい。
前回は、社員に働くことの意義を教え、モチベーションを引き出すことが企業理念の狙いであることを説明した。
【関連記事】起業したら会社成長のために企業理念を定めよう|起業家のための企業理念入門①:なぜ企業理念を定める必要があるのか(前編)
企業理念も経営理念もビジョンも「羅針盤」である
今回は、企業理念は社員の進むべき方向性を与える羅針盤でもあるということを説明したい。経営理念やビジョンと呼ばれるものを定めている会社もあるが、企業理念と同じ羅針盤の考えである。
羅針盤とは、説明するまでもなく、船舶が大海原の中で迷子にならないよう、進むべき方向を示す機器であるが、同様に企業活動においても、会社がどこに向かっているかが分からなければ、社員は働いているうちに迷子になってしまう。
そうならないよう、企業理念で「この会社は何を目指しているのか」ということを明確に指し示し、社員がそこへ向かって一直線に働けるようにしてあげることが必要なのである。また、それは会社としても社員の力を最大限に引き出すことにつながる。
企業理念を「ベクトル」でイメージする
高校の数学や物理で習った「ベクトル」を思い出してほしい。もっと簡単に言うと矢印だ。
ベクトルは、矢印を用いて「力」を表わすという概念で、矢印の長さで「力の大きさ」を、矢印の方向で「力の向き」を表現する。
ここでは、矢印の長さを「社員の能力」矢印の方向を「社員の能力の発揮の仕方」というように置き換えて想像してみてほしい。企業理念があった場合となかった場合を比較すると、次の図のようになる。
左のように、企業理念があることによって、社員の力の向きが揃っていることが、最も会社としてのアウトプットが大きくなる状態なのである。逆に、右のように企業理念がないと、社員の力の向きが揃わず、いくら個々の社員ががんばっても、社員同士が力を打ち消しあって非効率が生じてしまうのである。
優秀な社員ほど企業理念に従わなければ「有害」
個々の社員に注目するならば、Cさんはベクトルの長さが一番長いので、最も能力が高い社員ということができる。左のようにベクトルの向きがそろっている状態では最も頼りになる存在であることは間違いない。ところが、右のようにベクトルが明後日の方向を向いていると、その逆効果も甚大なものになってしまうのである。
会社というのは、経営者が定めた目標(=それを言葉にしたのが企業理念や経営理念)を達成するため、社員皆で力を合わせることで成り立つものである。であるから、企業理念に従ってくれない社員は、どんなに優秀であっても、再教育をするか、去ってもらうしかない。
少なからずの経営者の方が失敗してしまうのは、「そうは言っても彼は優秀だから…」ということで、能力はあるのだが企業理念に従わずに独自の行動指針で動いてしまう社員を、目先の業務を回すことを優先して、放置してしまうことである。
確かに、目の前の実務は回るかもしれないが、このような状態のままであると、いつまでも企業理念が目指すゴールには達成することができない。下手をすると、1人の「優秀だが、方向性が異なる社員」によって、社内が崩壊してしまう恐れもある。
しっかりとした企業理念を定めることは、社内の方向性をそろえることと、それに従わない社員がいた場合に、処遇を決断するための判断基準としても機能するのである。
創業期こそ企業理念の骨組みをつくるチャンス
企業理念とは、会社の将来像や、社会においてどのような存在でありたいかというものである。そのゴールである企業理念を達成するために、社員の行動指針・行動規範となるルールや仕組みをつくらなければならない。それも社長の役目である。
そして、その道筋から外れようとする社員には、例え同じゴールに向かっていたとしても注意や警告をしなければならない。
創業期の会社の場合、就業規則、賃金規程、人事考課制度といった社内ルールや行動指針・行動規範は、どこかから拾ってきた雛形の内容をそのまま使ってしまうことも少なくない。しかし、ちょっと待ってほしい。社内ルールを拾ってきた会社とあなたの会社が同じ企業理念や経営理念を持っていることはあり得ない。
社長が考えなければいけない社内ルールは企業理念に基づいて、本当に自社にとって効果的な、血の通ったルールを構築しなければならない。他社を参考にするのは良いが、自分の会社に合わせたカスタマイズをしよう。
「起業してすぐに、そんな面倒な社内ルールや行動規範を組み立てられないよ」という声も聞こえてきそうだが、創業期でベンチャー企業である時にこそ、社内の各種制度の骨組みはしっかりと作るべきだ。既にできあがってしまった制度を変化させるほうが、何倍も労力がかかるのである。
いちど成行きで望ましくない制度が定着してしまうと、経営理念の実現を妨げる足かせにもなりかねないから、本当に最初が肝心なのである。
まとめ
2回に分けて企業理念の意義を説明してきたが、大きく言えば、企業理念よって、①モチベーションを引き出す効果②社内のベクトルの向きを合わせる効果——の2つが生まれるということを覚えておいてほしい。
また、企業理念を定めるにあたっては、設備投資のように費用がかかるわけではないし、特別な専門知識が必要なわけでもない。タダでプラスの効果が得られるのだから、企業理念を定めない、という理由はないのである。
ここまでは概念的な話が中心であったが、次回は、具体的に企業理念の定め方について説明をする予定である。
(つづく)
(監修:あおいヒューマンリソースコンサルティング 代表 榊 裕葵)
(編集:創業手帳編集部)