Timedoor 徳永裕|テクノロジーで格差を超える。インドネシア発IT教育による社会変革

創業手帳
※このインタビュー内容は2024年07月に行われた取材時点のものです。

急成長するインドネシアでIT教育を提供し、グローバル人材の育成を通じて教育の循環を作り出す

「総人口に占める生産年齢比率の上昇が続く『人口ボーナス期』に入り、毎年400万人の若者が生産年齢人口に参入してくるインドネシア。その若い力をより良く社会に活かしていく方法を考えています」。

そう語るのは、インドネシアを拠点にIT教育事業を展開する「Timedoor Academy(タイムドア・アカデミー)」CEOの徳永裕さんです。

徳永さんは2014年、28歳で日本を飛び出し、バリ島で起業しました。現在は5カ国で40以上の教室を運営し、5,000人以上の生徒にIT教育を提供しています。その独自のアプローチは「21世紀版のKUMON(公文式)」とも評されています。

なぜインドネシアなのか、どのようにして事業を軌道に乗せたのか、そしてこれからのビジョンとは。徳永さんの軌跡と、起業を志す方へのメッセージを、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

徳永 裕(とくなが ゆたか)
PT. Timedoor Indonesia CEO
1985年8月生まれ。東京都出身。
ごく普通の幼少期を過ごし、大学でプログラミングを学んだのち、株式会社プロトコーポレーションでWebメディアの運営、開発、マーケティングに携わる。2014年からインドネシアのバリ島に移住して起業する。現地インドネシアや日本でシステム開発、オフショア開発をするかたわら、子供向けのIT教育を40拠点以上作り発展途上国に広げている。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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海外起業家への道―人生を変えた衝撃的な原体験

大久保:20代で日本を飛び出しインドネシアで起業された徳永さんですが、学生時代から海外志向はお持ちだったのでしょうか。

徳永:いえ、全然です。学生時代は授業をサボってバイトをするなど、あまり真面目とは言えない学生でした。卒業後は大手中古車メディアのIT部門に勤めました。ウェブサイトの制作やネットマーケティングを担当していたんです。

社会人になって、それまで海外旅行の経験がなかったことから、さまざまな国を旅行するようになりました。そしてある時、軽い気持ちでフィリピンを訪れ、首都マニラで衝撃的な光景を目にしたんです。

大久保:どんな光景ですか?

徳永住む家がなく路上で生活するストリートチルドレンたちです。餓死寸前の子どもをたくさん目にしました。スモーキーマウンテンというゴミ山では、幼い子どもたちが空き缶を拾って生計を立てていました。日本では決して見ることのない光景に、大きな衝撃を受けました。

私の日本での生活は、売上やユーザー数など仕事上の数値目標へのプレッシャーに塗りつぶされた日々でした。特に不満は感じていませんでしたが、フィリピンの現実を目にすると、私のこの努力のベクトルは正しいのかと疑問を抱くようになりました。せっかくの努力だけれども、これは社会に本質的な価値を生み出しているのか、と……。

この時、自分の名前の意味を改めて考えました。私の名前は「裕(ゆたか)」。これは、自分が豊かになるということではなく、周囲の人を助け豊かにする存在であれという意味でつけてもらった名前です。その名前に恥じないように生きたいと思いました。

力を注ぐなら、社会にとって本当に良いことをしたい。それには、海外で自分を一から鍛え直し、まずは自分が急成長すべきだろう、と。身につけたITスキルを活かせば、テクノロジーを一部のお金持ちのものにせず、貧しい人々を助ける道具として使えるかもしれない。そう思い至り、会社を辞める決意を固めました。

カオスとポテンシャルが生むビジネスチャンス

大久保:なぜインドネシアを選んだのでしょうか?

徳永インドネシアの持つカオス感とポテンシャルにひかれたからです。人口が膨大で都市の数も多い。これ以上ない市場だと思いました。

そして、社会問題が山積しています。例えば、毎年400万人もの若者が労働市場に参入してくる。これはすさまじい数字ですよね。この人たちの仕事をどう作り出すかということは、大きな課題です。教育面でも、お隣のシンガポールやマレーシアなど規模の小さい国と比べると、質の高い教育を広く提供するのが難しいんです。

ビジネスとは社会の課題を解決することによって価値を生み出す行為ですから、課題が多い国なら、すなわちビジネスチャンスも多いと考えました。

その中でもインドネシアのバリ島に居を構えたのは、コスト面の合理性からです。首都ジャカルタと比べると、人件費が半分くらいで済みます。ITの実務仕事なら、ネットさえあれば仕事ができますから、場所はそれほど重要ではありません。

それに、バリ島の持つ独特の魅力にもひかれました。ジャカルタのような大都市とは違って、ヒンドゥー教文化が根付いたのどかな雰囲気があり、それでいて世界中から人が集まってくる多様性もあり、社会起業家も多くいるので、色々な面で新しい学びがありそうだと感じました。

誰も知らない、言葉もわからないところで一から会社を立ち上げて起業してみるのが、自分の成長にとって一番刺激的な道だろうと考えたんです。ここでなら自分を成長させながらビジネスを立ち上げられると思いました。

大久保:素晴らしい向上心ですね。どのような形態で事業をスタートしたのですか?

徳永:最初はシステム開発会社として創業しました。顧客向けのウェブサイトやアプリの開発、デジタルマーケティング、デザイン制作などを手がけていました。

創業当初から、自社サービスを作ってインドネシアに広げたいという思いはもっていました。そんな中、2019年頃に日本でGIGAスクール構想が始まったことを知り、衝撃を受けたんです。日本の小学生がタブレットを使ってプログラミングを学ぶという話を聞いて、「インドネシアはどうなんだろう」と考えました。

調べてみると、インドネシアのIT教育はWordやExcelに触れる程度で、本格的なプログラミング教育はほとんど行われていませんでした。これは大きな機会のロスであり逆に大きなチャンスだと感じ、まずは近所の子どもたちを集めてボランティアで教え始めました。社員にも協力してもらい、日曜日に無料でプログラミングを教える活動からスタートしたんです。これが好評で、IT教育を事業化する運びになりました。

現在は5カ国でIT教育事業を展開しています。インドネシアが中心で24店舗、海外に16店舗、合計で40店舗になりました。インドネシア以外では、フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、エジプトで事業を展開しています。

特にエジプトへの進出は新しい挑戦でした。我々は発展途上国や新興市場での教育ビジネスに強みがあり、その中で中東アラブ市場の可能性に気づいたんです。エジプトは中東アラビア経済圏の中で若くて人口も多く、教育の需要が高まっているのに、良質な教育の機会が少ないため、市場の成長潜在力が非常に大きいと感じています。

安全面のリスクと人材定着の難しさ

大久保:海外では、日本とは勝手が違うこともあるのではないでしょうか。

徳永:いきなり警察がオフィスに来てあれこれ言われたことや、家に押し入った泥棒に「金を出せ」と脅されたこともあります。

また、バリ島の主な交通手段はバイクで、外国人が乗っているとわかると狙われやすいんです。バイクを蹴って転ばせて物とりをしようとしたり、バイク自体を盗もうとしたりする輩もいました。幸い大丈夫でしたが、そういう危ない目に何回かあいました。

大久保:それは大変ですね。人材の確保や定着に関してはいかがですか。

徳永日本と比較して採用はしやすいのですが、定着が難しいですね。特にIT業界は給料がどんどん上がっていく業界なので、みんな転職して給料を上げていくのが一般的なんです。

実際、私も苦い経験がありました。半年に1回、スタッフ全員と面談をしているんですが、ある時、7割くらいの社員が一斉に辞めると言い出したんです。最初は冗談かと思いましたが、みんな本気でした。IT企業にとってエンジニアは会社の力そのものなので、せっかく育てた人材の半分以上が辞めるという状況は、本当に心が痛くつらかったですね。

東南アジアで会社を経営するなら、インフレーションのレベルに合わせて、最低でも年10~20%くらいは給料を上げられる会社にしないと、いくらかっこいいことを言っても誰も幸せにできない会社になってしまう。この現実から、このままでは経営者として失格だと気づいたんです。日本にいた頃はあまり意識しませんでしたが、この国では給料に対する考え方が全然違うんだなと痛感しました。

16歳のインターンの姿に透かし見る社会変革への期待

大久保:生徒からの反響や成功事例などはありますか?

徳永:ボリュームゾーンは8歳から14歳くらいの小中学生なので、今のところ教え子がGoogleに入社したといったような大きな成功例はまだないのですが、印象的な事例があります。

12歳から4年間うちで勉強した子が16歳になった時、うちのシステム開発会社にインターンシップで入りたいと言ってくれたんです。「やってみなよ」と受け入れたところ、普通にプログラミングをこなし、お客さんの仕事も手伝ってくれるようになりました。

オフィスに16歳の子がぽつんといて、プログラマーとして普通に働いている。日本の会社ではなかなか見られない光景だと思いますが、すごくうれしかったですね。16歳くらいから年齢関係なく実力で仕事の経験を積めたら、すごい人になれるチャンスがあると思うんです。そういう人をたくさん輩出していくのは、とても意味があることだと思っています。

大久保:「21世紀版KUMON」とも評されると伺っています。

徳永:私たちの目標は、KUMONのような世界的な教育ブランドを、IT分野で作り上げることです。でも、単に真似をするのではなく、現代のニーズに合わせた新しい形を目指しています。

KUMONが「読み書きそろばん」を教えているのに対して、私たちはIT教育に特化しています。なぜならこれからの時代、ITスキルは読み書きと同じくらい基本的なスキルになると確信しているからです。

私たちのビジョンは、生まれた場所や環境に関係なく、誰もが質の高いIT教育を受けられるシステムを作ることです。例えばお金持ちだけを相手にするのではなく、中間層の人たちも利用できる価格設定にすることで、より多くの人にサービスを提供できます。そうすることで社会全体の底上げにつながりますし、ビジネスとしても大きく成長できる可能性があります。

ITの分野なんかは特にそうで、階級や生まれた環境に関係なく、実力次第で成功のチャンスがあります。そういった逆転ホームランを打つチャンスを提供できるビジネスこそが本当の意味での社会貢献になるはずです。今はまだ小さな一歩ですが、将来的には100校、1,000校と拡大していきたいですね。

大学設立を胸に、サステナブルな教育環境を目指して

大久保:今後、教室数の拡大の先にどのような目標を描いていますか?

徳永教育を本当に価値あるものにするには、子どもたちに中長期的なベネフィットをもたらさなければなりません。そこで次の大きなステップとして、大学の設立を計画しています。

カリキュラムとしては、英語や日本語を学んだり、インターンシップなどを通じて実践的なITスキルを学べたりするプログラムを展開したいです。これらのプログラムを通じて、学生たちが日本をはじめとした海外企業への就職を手にしてくれればと思います。デジタル技術に精通し、国際的に活躍できる人材たちが巣立つ場を作れば、地域社会だけでなく、グローバルな市場においてもポジティブな影響を与えられると考えています。

最初は安い金額で勉強してもらって、後からお金を稼げたら返してもらう「出世払い」のような形で教育を提供するつもりです。お金を持っていない人も、世界で活躍していい給料をもらえるようになってほしい。こうすることで、本当に社会の循環が生まれると思うんです。

教育というあまりお金にならない分野の事業でも、ちゃんとサステナブルにできるのではないかと考えています。教育を通して社会の好循環を作り出すことが、私たちの大きな目標です。

最終的には、学生が社会に出て成功することで、彼らが自身の経験をもとに次の世代に貢献する。そういう教育の循環が生まれるのが理想的だと考えています。

大久保:最後に、日本の起業家へのメッセージをお願いします。

徳永世界に出ようよ」とお誘いしたいですね。私は別に大成功者でもないので、強くは言えませんが、最初の話に戻ると、ビジネスは結局のところ、社会の問題解決なんです。その問題を日本だけで定義するのか、それとも世界全体で捉えるかで、自分がスケールできるビジネスの可能性は全く違ってきます

実際に外国で現地の人にインタビューをしてみるのはどうでしょう。私はケニアやエジプトなどでローカルの人しか行かないような市場などに行って、1,000円程度の謝礼を用意してカフェなどでインタビューさせてもらったことが何度もあります。言葉はGoogle翻訳でなんとでもなります。その国の生の声から社会課題を掘り出すのです。

外国で暮らしてビジネスをするのは、大変なこともたくさんあります。正直な話、私も多少ストレスは感じています。それに耐えて使命を見つけることにやりがいを感じられる人は少ないですが、しんどい所にこそチャンスがあるのだと思っています。

世界に目を向けると、社会課題がたくさん見えてきます。1つの国にとどまるのではなく、3つの国、4つの国、そして世界全体で見る。視野を広くもつことで、いろんな解決策を見出せます。そうすると事業はもっと楽しくなると思います。

大久保写真大久保の感想

迷ったら海外に行くのも視野を広げる一つの方法だと思います。

その際は週末旅行でも良いので現地に飛び込んでみましょう。特に良くも悪くも日本との「落差」を感じられるところがおすすめです。

視点の振れ幅の大きさで逆に日本のチャンスを感じることもできると思います。

個人的には途上国で若者比率が多い国(日本の平均年齢は48歳、東南アジアは20代)の前向きで「成長が当たり前」という国のエネルギーを浴びるのもおすすめです。

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(取材協力: PT. Timedoor Indonesia CEO 徳永裕
(編集: 創業手帳編集部)



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