情報戦略で差をつける組織作りに迫る~データアナリストの重要性~【若林氏連載その4】

創業手帳

北米アイスホッケーのプロコーチが教える起業家向けスキルとは?

情報戦略で差をつける組織作り
競争に勝つために必要な情報は一体何で、どうやって見つければ良いのでしょうか。

スポーツ界で取り入れられてきたデータ分析。今や、チーム編成に最も重要であるとされているデータアナリスト。

彼らが行う方法論とはどのようなものでしょうか。

ビジネスの成功の明暗を分ける鍵となる方法論、そしてその裏付けとなる数値や条件を導き出す情報戦略の歴史と展望について、スポーツを例に紹介します。

若林さん

若林 弘紀 (わかばやし ひろき)
World Hockey Lab 主宰/DYHA Jr. Sun Devils ゴールテンディングディレクター

日本人で唯一、北米とアジアでプロ・アイスホッケーコーチとして20年以上指導。アジアリーグ日光アイスバックス・テクニカルコーチ、香港代表チーム監督などプロ及びナショナルチームからユースホッケーまで幅広く指導。現在はアメリカ・アリゾナ州フェニックスでNCAAアリゾナ州立大学と提携するユースホッケークラブDYHA Jr. Sun Devilsでゴールテンディングディレクターを務める傍ら、世界各地でアイスホッケーキャンプを指導。

現場でのコーチングの他、香港では青少年のアイスホッケープログラムマネージメントを担当。2013~2015年に担当したアイスホッケー未経験の青少年80人にアイスホッケープログラムを提供するHong Kong Youth Ice Hockey Campaignは、その後2倍以上の規模に発展。香港アイスホッケーの未来を支えるプログラムとして継続中。その他、アイスホッケーにおける統計データ活用について、アメリカのアイスホッケー統括団体USA Hockeyの管理者向け講義も行なっている。

また、スポーツ組織論として、欧米、アジアと日本のスポーツチーム、組織、コーチング、育成環境の比較解説。スポーツチーム、組織のマネージメント全般。チーム、組織が継続的に成長するために必要な競技構造の構築等を研究している。

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世界のスポーツから見る組織作りのためのデータ分析

スポーツ界における組織作りのためのデータ分析
MLBの弱小球団がデータ分析(セイバーメトリクス)を駆使して、強豪チーム相手に健闘する姿を描いた映画「マネーボール」

これらの影響もあり、プロスポーツ界の情報分析は一般にも広く知られるようになりました。攻守の入れ替わりが定期的に行われる野球やフットボールの世界においては、このようなデータ分析は2000年代序盤、もしくはそれ以前から行われており、データアナリストがチームに雇用されることは珍しいことではありませんでした。

一方、攻守の入れ替わりが流動的なオープンフィールドゲームであるアイスホッケーやサッカーでは、定量的なデータ収集と分析が難しいため、導入が少し遅れ、アナリストの雇用が広範囲で定着したのもこの10年ほどのことです。

北米プロアイスホッケーリーグNHLの新規加入チームでは、今や監督よりも先に採用されるのが、チーム編成のために最も重要な情報を提供するデータアナリストです。(本連載の第一回で紹介)

データの重要性や情報戦略の歴史を実例をもとに紹介するとともに、ビジネス成功の秘訣となるデータアナリストの方法論を見ていきます。

トレーニングの方法論革命ー組織にとらわれず当たり前を変える勇気ー

「世の中で最も危険なフレーズは『今までずっとこのやり方でやってきた』です」

グレース・ホッパー(アメリカ海軍の伝説的コンピュータープログラマー)より引用

どのようなビジネスでも、「このやり方で成功してきた」という主観的な思い込みが経営判断の基準となり、無条件に現状維持を選ぶ時、間違いなく組織は衰退します。名選手、名監督等、現場での成功した人材の経験が重用されてきた保守的なスポーツ界ではその傾向が顕著でした。

現場レベルでの戦術やトレーニング法だけでなく、選手やスタッフのリクルーティングや評価も「このやり方で好成績を収めてきた」というノウハウが、ほとんど見直されることなく長年受け継がれていることは、今でも少なくありません。

アイスホッケー界の歴史に残る方法論革命

アイスホッケー界では、1951年に「ホッケーハンドブック」を記したカナダのロイド・パーシバルが、初めて科学的トレーニングの扉を開きました。特に、アイスホッケー選手を氷上トレーニングだけでなく、陸上トレーニングで強化するという発想は今でこそ常識ですが、当時はとても斬新なものでした。

しかし、科学的根拠に基づく先進的な彼の理論は当時の北米の「専門家」たちから酷評され、全く受け入れられることはありませんでした。

一方、当時カナダに遅れること50年でアイスホッケーを開始したソ連代表の伝説的名将アナトリ・タラソフは、パーシバルの著書に多大な影響を受け、科学的かつ独創的なトレーニングで瞬く間にソ連代表を強化しました。

結果、なんと1954年に世界選手権初参加で初優勝という快挙を成し遂げ、その後のソ連黄金時代の礎を築いたのです。

「我々はカナダより50年遅れてホッケーを始めた。もしカナダと同じやり方をしたら、50年たっても、やっぱり50年遅れのままだ。だから我々は新しいやり方を探さなければならなかったのだ」

というタラソフの言葉の通り、新規参入する企業が、既にマーケットでの地位を確立している競合他社に勝つためには、同じビジネスに対して全く違う角度から切り込む方法論を、恐れることなく導入する必要があるということです。

情報戦略革命は組織作りを変えるー違う目線とやり遂げる力ー

アイスホッケー界で、陸上トレーニングという革命の次に訪れたのが、ビデオ分析でした。

1970年代初頭に、カナダで高校教師の傍らメジャージュニア(16-21歳のプロ選手予備軍を育成するリーグ)でコーチをしていたロジャー・ニールソンは、勤務先の高校に導入されたばかりのビデオカメラを持ち出して練習や試合を撮影し、相手チームの戦術や味方チームの動きを分析しました。

ニールソンのチームでは、彼が編集したビデオを元に、毎試合前、今ではどのスポーツでも当たり前に行われるようになったビデオミーティングを行いました。相手と味方の映像情報を分析して頭に入れてから試合に挑むという、当時としては画期的な戦略で彼のチームは成功をおさめ、ニールソンは程なくしてNHLコーチに昇格し、ホッケー界きっての知将として活躍します。

今ではNHLだけでなく、多くのプロチームにビデオコーチと呼ばれる映像分析専門のスタッフが常時帯同し、試合後の映像分析だけでなく、試合中にベンチに必要な映像を瞬時に提供しています。

ベンチには情報端末が常備されており、選手、スタッフはnhl.comの写真のようにリアルタイムで映像をチェックしながら戦術の修正を行います。

後に「キャプテンビデオ」と呼ばれ、アイスホッケーの殿堂入りも果たしたニールソンは、ルールブックを詳細まで完全に把握し、ルールの盲点を突く奇策を繰り出して相手チームと審判を混乱させたことでも知られています。彼の頭脳的な戦略によって、後にいくつものルールが改訂されることになりました。

先述したソ連ホッケーのような独自路線で戦う場合であっても、相手あっての戦いであることには違いなく、いずれ相手に分析されることを考えれば「相手が何をしてきても、自分達のやり方で戦う」だけでは、早々に限界が訪れるでしょう。

ビデオによる相手チームと自チームの分析、そしてルールの把握と活用は、ビジネスで言うところのPDCAのPlan(計画)とCheck(評価)の客観性を飛躍的に向上させました。ビジネスにおける分析対象が顧客であれ、競合他社であれ、相手と自分の傾向を客観的に把握すること無しに明確な戦略・戦術を打ち出したり、方向修正することはできません。

また、ビジネスを司る法律や規則を詳細に把握して運用することで、少しでも相手より優位に立つことが可能になります。

さらに、ニールソンはNHLコーチでありながら、子供たちを対象としたホッケーキャンプを長年運営しました。また、当時珍しかったコーチングクリニックも開催し、コーチ同士の情報交換と指導者育成を図りました。どちらも今では世界中で常識的に行われるようになりました。

このように、ライバルと競合するだけではなく、マーケットそのものを俯瞰的に発展させて業種全体の拡大と発展を図ったという意味で、ニールソンは非常に先見性に富んだビジネスマンだったと言えるでしょう。

また、ニールソンは、シュート数等の古典的なデータから一歩踏み込み「スコアリングチャンス(得点機会)」のデータを集めて活用し、数十年後に花開くアイスホッケーのデータ分析の礎を築きました。

変化を遂げるデータ分析と技術革新

スポーツにおける統計データ活用は、古くは19世紀後半から提案されていましたが、当初は詳細な成績の記録的な意味合いが強かったようです。パフォーマンス改善のためのデータ分析が行われるようになったのは20世紀半ばで、1947年にMLBブルックリン・ドジャースでプロスポーツ界初の専属データアナリストが雇用されました。

その後サッカー、アメリカンフットボール等でもデータ分析が行われるようになり、安価な映像端末と高機能なパーソナルコンピューター、高速インターネットが普及した現代では、プロからアマチュアスポーツまで、広くデータ・映像分析と活用が行われています。

データ分析は、野球のピッチャーの配球や打順、サッカー、アメリカンフットボール等のフォーメーションに代表される戦術、戦略を向上されるために用いられるのが一般的です。

データ分析が技術革新につながった例

アイスホッケーの近代ゴールテンディング理論の創始者と呼ばれるフランソワ・アレールは、1984年に若干29歳でNHLの名門モントリオール・カナディアンズのゴールキーパーコーチに就任しました。

アレールは、リンク上のどの位置からの得点が多いか? ゴールネットのどの位置への得点が多いか? というデータから、

1. 約70%の得点はゴール前の至近距離のシュートから生まれている。
2. 約80%の得点はゴールネットの下2/3に集中している。

という得点傾向を発見。
データの見方と分析活用の仕方
そのデータを元にゴールキーパーの機動力を上げるスケーティングの練習法と、ゴールネットの下部を効率的にカバーする「バタフライセーブ」を組み合わせた、画期的なゴールテンディングシステムを構築しました。

アレールの指導したゴールキーパーはNHLで大きな成功を収め、彼のシステムはたちまち他のコーチとゴールキーパーたちに模倣されました。1990年代に台頭した守備主体の戦術との相乗効果もあり、各チームの守備力は大きく向上しました。

しかし、平均得点の落ち込みによる人気低下を恐れたNHLによって、得点アップのためにゴールキーパーの防具サイズの縮小や、攻撃に有利になるようなルール改定が余儀なくされました。

データ分析・活用が技術革新を生み、マーケット全体を動かし、さらにはルール改定にまで及ぶことがあるという一例であり、データ分析・活用の重要性がよく分かります。

アレールが発見した「失点を防ぐために最も重要な要素」は、目標達成に直結する要素と数値を設定し、その向上に注力するという意味で、一般的なビジネスのKPIに当たります。

隠れたKPIを見つける=ローコストハイクオリティを狙うためにー

情報戦略による組織作りはPDCAと同じ
「マネーボール」で有名になった、MLBのGMビリー・ビーンも勝率と強い相関性がある要素である「野球の勝率を上げるKPIは何か?」を過去の膨大なデータから回帰分析を行っています。

出塁率、長打率、選球眼、与四球率、被本塁打率など、他球団からは重視されないが、勝率には影響すると考えられる数値を元に球団を編成し、戦術を策定しました。そうして低予算の弱小球団をプレーオフ常連チームに変貌させたのです。

ここで重要なのは「他球団からは重要視されない」数字を基準に据えた点です。

例えば打率がバッターの重要な評価指標であることは明らかですが、それが常識的な評価であるがゆえに、打率の高い選手は年俸も高くなり、低予算のチームで獲得することは難しくなります。そこであえて、打率が低くても四球で出塁率を上げられる選手を評価し、安価で自チームの戦術に適合した選手を獲得したわけです。

先述したソ連アイスホッケーの父、タラソフによる陸上トレーニング革命も、ライバル国カナダが全く注目していなかったパーシバルの著書から、陸上トレーニングと氷上でのパフォーマンス向上の相関に目を付けて採用したという意味で、画期的なKPIの導入例と言えるでしょう。

それなりに歴史のある業界では、既に常識的なKPIは確立しているはずなので、他社と同じKPIを使って勝負するには限界があります。競合他社が重視しないが、ビジネスの成功の鍵を握る、隠れた勝利の方程式を発見することで、資本規模に劣る会社でも活路を見出すことができるかもしれません。

情報をつなぐ仕事ー膨大な情報を最大限生かすためにー

情報化が進んでいるスポーツ界ですが、急激に専門化するデータ分析がしっかりと現場に活かされていない、という問題も出始めています。情報があまりにも膨大で複雑になり、現場の指導者の理解や活用できる範囲を超え始めているからです。

長期的な傾向を見るためのデータ集積や分析には時間かけることができますが、実際のスポーツの試合の場では、簡潔でその場で改善することができる勝利に直結した情報以外はあまり利用価値がありません。

また、そもそも現場の指導者が高度に分析された情報を理解できない場合も少なくありません。そのため、近年では情報アナリストと現場の指導者をつなぐためだけのポジションも設けられるようになってきました。

彼らの役割は、アナリストがはじき出したデータを、GMや監督、コーチが理解できる形に加工して伝え、チーム編成や戦術に落とし込む手助けをすることです。

一般的なビジネスにおいても、経営者がデータを活かして確実な経営判断ができるように、分析の専門家と経営者をつなぐ役割が重視されるようになるでしょう。

データは食品の成分表示ー数字がすべてではないー

どれだけ情報化が進んでも「データが大事なのは分かるけど、数字に表れるものだけが全てではない」という反発が無くなることはありませんし、またそれも一つの真理です。

データは非常に複雑な現実の事象の一面を抽象化、単純化して数値にしたものに過ぎないからです。現実を完全に表すことができるデータは、現実そのもの以外に存在しないのです。

データを活用するときは、「データは食品の成分表示のようなものだ」と思えば良いのです。成分表示は食品に含まれる栄養素やエネルギー量など、貴重な情報を含みますが、食品の味わいや見た目の美しさまで完全に表現できるわけではありません。

そのため、データの利用には、そのデータに反映されない情報を切り捨てるという割り切りが必要であり、それだからこそ毅然とした経営判断の助けになるのです。

一方、定量化できない情報にも確かな価値が存在する場合があるので、時には参考にすべき場合もあるでしょう。ただし、定量化できない情報は、成功しても失敗しても、再現性が低いのでノウハウとしては蓄積しにくいという問題に留意する必要があります。

膨大な情報を取捨選択し、どう分析するか。またその分析結果をどのように活かしていくか。組織作りに欠かせない情報戦略の事例や方法論を紹介してきました。ビジネスの現場でも役立てていただければと思います。

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(執筆: World Hockey Lab / 主宰 若林 弘紀
(編集: 創業手帳編集部)

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