インキュベータ 石川明|新規事業を成功させるために必要なディープスキルとは

創業手帳
※このインタビュー内容は2022年11月に行われた取材時点のものです。

アイデアの独創性やプランの正確さだけでは新規事業は成功しない。人と組織を動かすディープスキル

昨今、スタートアップだけではなく伝統ある大企業などでも社内起業・新規事業の事例が増えてきています。しかし、最先端のマーケティングのフレームワークやファイナンスなどの知識を駆使して挑んでみても、「なかなか上手くいかない」と感じられている方も少なくないのではないでしょうか。

「組織で新しいことを始めるには、ディープスキルが必要」と提唱されているのが、株式会社インキュベータ代表取締役の石川明氏です。リクルート時代から数々の新規事業を手掛けられ、インキュベータ社ではこれまでに100社、2,000案件以上の社内新規事業創出を支援されてきました。

10月末にダイヤモンド社から『Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』を上梓された石川氏。今回は、石川氏が同書で提唱されているディープスキルの概要についてお伺いしました。

石川 明(いしかわ あきら)株式会社インキュベータ 代表取締役
1988年上智大学を卒業後、リクルートに入社。新規事業開発室でマネージャを7年務める。総合情報サイト「オールアバウト」社を創業し事業部長等を務めた後、2010 年に企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。大手企業を中心に100社、2000案件、4000人以上の企業人による新規事業を支援。大学院大学至善館特任教授、著書に『はじめての社内起業』、『新規事業ワークブック』『DeepSkill』がある。

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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企業内で新規事業をやるのが当たり前になってきた

大久保:石川さんはご自身でもリクルートで総合情報サイト「オールアバウト」の創設などに携わられ、それらの経験を基に新規事業創出支援をされています。これまでの活動を振り返り、新規事業を取り巻く環境はどのように変化してきたと思われますか。

石川:今年でインキュベータの活動を始めて13年になりますが、13年前は今ほどそれぞれの企業が新規事業に力を入れている時代ではありませんでした。

この13年、企業は積極的に新規事業に取り組むべきであること、社員一人ひとりがボトムアップで新規事業を考えることが必要であることを言い続けてきました。社員はその機会を得るための努力をすべきだし、経営陣は社員に機会を与えるべきであることも言ってきたんです。

すると時代も変わってきて、「うちの会社でも社員に新規事業を提案させる制度を作りました」という会社も増えてきています。MBAを社員に取らせて知識を身に付けさせるとか、そういうことも含めて全体のレベルが底上げされてきたことは感じますね。マーケティングなどの新規事業を作るために必要な知識が民主化・一般化してきたのはとてもいいことだと思います。

大久保:ここ数年で大企業などから成功する社内事業が生まれてきている印象はあまりないのですが、いかがでしょうか。

石川:そうですね。新規事業はそもそも成功確率が高くないのですが、「それにしても」という部分は感じています。

インキュベータを始めた頃は「どうやって事業アイデアを見つければいいか」という相談が多かったんですね。着眼点とか発想法とか。そのやり方がわからないと。

でも最近は、知識の民主化などもあって、新規事業のアイデアやプランなどは作れるようになってきているようなんです。とはいえ、そのプランを実行しようとしたら、企画案が通らなかったりだとか、「余計なことするな」と上司から横槍が入ったりして、結局実現しない。それで「こんな組織は嫌だ」となっていきなり退職してしまう人もいたりとか。

そういう人を見ると、私としては「もっと組織の中でできることがあったんじゃない」と思うんですね。キャリアを積み重ねてきたのに、新規事業ができなかっただけで辞めちゃうのはもったいないですよ。大きな会社で予算がつくというのはすごいことですから。社内のリソースも使えますし。

大久保:そこでディープスキルが必要になるわけですね。

石川:そうなんです。「大変だけど、ディープスキルがあればもうちょっと頑張れるんじゃないの」という思いで、今回この『Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』を執筆しました。

社内起業に必要なのは、アイデアだけではないんです。ディープスキルが必要なんです。

人と組織を自在に動かすディープスキルとは何か

大久保:ディープスキルとはどんなスキルなんですか。

石川組織で根回しして企画を通したりとか、味方を見つけるためのスキルですね。ただ、ズルいことをしようとか、そういうことではないです。本でも書いていますが、ズルさではなくて、したたかさを磨くためのスキルです。

大久保:ズルしても仕方ないですからね。

石川:会社の人とはずっと付き合っていくわけですから。ちゃんと周りの人の気持ちを考えて動かないと、通る企画も通らないわけです。部下から企画を出された上司が「今そんなこと言われてもなぁ」みたいな思いになることはよくあります。然るべきタイミングで、なおかつ然るべき方法で言わないと、企画は通らないんですね。

大久保:大企業ほどそういうことを考えないといけないでしょうね。

石川:もちろんそうなんですが、スタートアップだと根回しが簡単かというと、そうでもないですよね。小さい組織を動かすにもディープスキルは必要です。

大久保:起業家ということだけでいうと、ディープスキルなどは関係なくエネルギーだけで突破してしまう人もいますよね。

石川:確かにそうかもしれないですが、そういう人がディープスキルも身につけていると、最強ですよね。ディープスキルはどんな人にも役に立つので、ぜひ身に付けてほしいものです。

大久保:ディープスキルは新規事業をするときに必要になるもの、という理解でいいのでしょうか。

石川新規事業だけではなくて、何か今までと違ったことを組織でやろうとするとき、事を成したいときに必要になります。

企画を通そうとしても、複数の承認プロセスを経て全く提案時と違う企画に様変わりしてしまったらダメですよね。きちんと、企画したものを通すためには、ディープスキルが必要です。

例えば、ある目標を決めたら利害関係が異なる人たちを同じ目標に向けさせないといけないでしょう。それには調整、ディープスキルが必要です。「よし、この目標に向けて頑張ろう」とみんなが思えるように。

大久保:日本企業は、調整という言葉が大好きですよね。

石川:部署間対立などがあるのは当然なんです。それぞれに正義がありますから。それでも、お互いが共通で掲げられる同じ目標そ定め、そこに向かわせる、それが調整です。

大久保:アイデアの独創性や正しさだけではやはりダメなんですね。

石川頭がいい人は、「正しい事業をやっているはずなのに」「会社が悪い、上司が悪い」などと思ってしまいがちです。でも、人間は論理だけで動いているわけではないですからね。感情も大事なんです。感情面で組織を動かすためには、ディープスキルを身に付けましょう。

問題解決のためにできること

大久保:上司が部下から相談されてアドバイスするときのコツなどがあれば教えてください。

石川:どんな部下からの相談にも的確なアドバイスができたらいいのですが、いくらかキャリアのある部下からの相談は、大抵相談してくる人のほうがその問題についてよく知っているんです。だから相談された側が即答でアドバイスできることは少ない。

そういう場合でも、相手の話をよく聞いて、事実と仮説と意見を区別して整理してあげるだけで、問題解決に向けて気づきを与えることができます。それだけで上手くいくことも多いです。

営業報告を受けるときも、「ちゃんと説明しろ」と言わずに、聴きながら5W1Hを上司が順番に聴いて整理しながら引き出す。そんな具合がいいですね。

大久保:ご著書でも社内におけるポジション取りについて話されていますが、社長など社内の権力者との距離の取り方についてはどうでしょうか。

石川ミドルは、社内でどんなポジションにいるかというのは非常に重要です。メンバーと寄り添っていながらも、社長が考えている方向を理解しているようなミドルマネジメントの立場にいけると、物事も動かしやくなりますね。社長からみると、現場を知るメンバーのことを理解する「頼もしい」存在と思えるでしょうし。現場からも「社長に言っといてくださいよ」と言えるようなポジションに身を置ければ最高です。

大久保:逆に、ポジションがあまり高くない一般の社員が周りを巻き込むためのポイントを教えてください。

石川積極的に弱みを見せるのも一つの方法です。「困っているんだよね」「だけどこうありたいと思ってるんだよね」と言えると、味方になってくれる人も見つかりやすいです。相談してみると、「あのときのアイデア、俺が出したんだよ」みたいなことを言い出して、最終的には主体的に関わってくれるようなメンバーも増えていきます。

新規事業はそもそも成功しない

大久保:新規事業はそもそも難しいものですよね。

石川徐々に「新規事業は必ず成功するものではない」という認識が大企業などでも広がってきていることを感じます。それでも積極的に取り組んでいけば、失敗しても組織に知見が溜まっていくし、人材育成にもなります。ぜひ積極的に取り組んでいただきたいですね。

大久保:失敗した場合に見切ることも重要なのではないでしょうか。

石川:そうですね。新規事業を進める人には「何が何でも成功させる」という気概がなければいけませんが、その事業を更に進めるべきかジャッジする人もまた必要です。役割分担ですね。

大久保:新規事業に取り組むにあたって、どんな事業に取り組めばいいのでしょうか。

石川:まず大事なことは、起案し中心になって進めていく本人が意欲を持って取り組める事業です。やっぱり自分自身がワクワクする事業でないと、どこかでガス欠してしまいますから。

もう一つアドバイスしたいのは、資金調達と同じくらいに、社内の調整にエネルギーを費やすことです。社内に味方を作れなければ、新規事業の成功も難しいですからね。

ご著書『Deep Skill ディープ・スキル 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』では、新規事業を成功させるために必要になるディープスキルについてより詳しく話されています。以下、石川氏によるご著書のご紹介です。

「組織の中で仕事をし成果をあげていくためには、経営学の知識、市場や技術の動向についての情報、ロジカルシンキングと言ったスキルだけでなく、人間心理や組織力学に対する深い洞察に基づいたヒューマンスキルが必要です。これを「ディープ・スキル」と名付け、自身の経験やエピソードを交え「21の技術」として紹介しています。 大事なことは、ずるさではなくしたたかさです。 組織の中での仕事に息苦しさを感じている方に届けば嬉しいです」

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(取材協力: 株式会社インキュベータ 代表取締役 石川 明
(編集: 創業手帳編集部)



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