あなたが戦うべきはレッドオーシャンか?ブルーオーシャンか?組織作りにおける人材確保の重要性【若林氏連載その3】

創業手帳

北米アイスホッケーのプロコーチが教える起業家向けスキルとは?

組織作り
日本のプロスポーツも世界のプロスポーツも「資金力が高く、優秀な人材を確保できるチームが強い」という印象を持つ人も多いのではないでしょうか。

オープンマーケット原理である一般的なプロスポーツ界や、寡占化されたレッドオーシャンで勝負するビジネスにおいては、資金力が高いほうが有利といえるでしょう。

しかし、北米スポーツ界は資金力や人材獲得の条件が適切にコントロールされているクローズ型のマーケットになっています。同一条件下での競争という意味では、ビジネスに例えるならば、ベンチャーが狙うブルーオーシャンといえます。

ブルーオーシャンで戦う資金力や人材の乏しいベンチャーは、どのようにリクルーティングを行い、勝負に勝っていけばいいのでしょうか。

北米プロスポーツの事象には、ベンチャー企業が手本とすべき戦略が秘められています。戦う市場の違いとリクルーティングの重要性について、北米のプロスポーツ界のマネジメント手法を紹介します。

若林さん

若林 弘紀 (わかばやし ひろき)
World Hockey Lab 主宰/DYHA Jr. Sun Devils ゴールテンディングディレクター

日本人で唯一、北米とアジアでプロ・アイスホッケーコーチとして20年以上指導。アジアリーグ日光アイスバックス・テクニカルコーチ、香港代表チーム監督などプロ及びナショナルチームからユースホッケーまで幅広く指導。現在はアメリカ・アリゾナ州フェニックスでNCAAアリゾナ州立大学と提携するユースホッケークラブDYHA Jr. Sun Devilsでゴールテンディングディレクターを務める傍ら、世界各地でアイスホッケーキャンプを指導。

現場でのコーチングの他、香港では青少年のアイスホッケープログラムマネージメントを担当。2013~2015年に担当したアイスホッケー未経験の青少年80人にアイスホッケープログラムを提供するHong Kong Youth Ice Hockey Campaignは、その後2倍以上の規模に発展。香港アイスホッケーの未来を支えるプログラムとして継続中。その他、アイスホッケーにおける統計データ活用について、アメリカのアイスホッケー統括団体USA Hockeyの管理者向け講義も行なっている。

また、スポーツ組織論として、欧米、アジアと日本のスポーツチーム、組織、コーチング、育成環境の比較解説。スポーツチーム、組織のマネージメント全般。チーム、組織が継続的に成長するために必要な競技構造の構築等を研究している。

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レッドオーシャンでの戦いに必要なもの

マーケットによって違う勝負に必要なピース
ヨーロッパを中心とする、サッカー等のメジャースポーツのリーグは、基本的に完全なオープンマーケットの仕組みで成り立っており、各国のトップリーグの下に何階層ものマイナーリーグが組織されています。

そして、リーグ戦の成績により、リーグ間で成績上位チームの昇格と成績下位チームの降格が行われます。オープンマーケットの原理なので、当然大都市にあったり、大きなスポンサーを擁しているチームが、圧倒的に有利なため、ビッグクラブと呼ばれるいくつかのクラブが、長年にわたりほとんどのタイトルを独占しています。

例えば、スペインのサッカートップリーグ、ラ・リーガでは、レアルマドリードとバルセロナが過去20年間で17回の優勝を果たしています。この間、他に優勝したのはわずか2チームですので、完全に寡占状態のビジネスと言えます。

オープン型のリーグでは、多少の順位の変動はあっても、大まかな順位を決するのは圧倒的な資本力によって獲得された優秀な選手とスタッフの技術力であり、スモールマーケットや歴史の新しいクラブが上位に食い込むことは稀です。

中堅以下のクラブが長期的成功を収めるには、イングランドのサッカー、プレミアリーグのチェルシーやマンチェスターシティのように、突然桁違いの資金力を誇るオーナーが現れてチームを買収し、一気に強豪にのし上がるのを期待するしかありません。

リーグへの新規参入は、毎年下位リーグからの昇格によってのみ認められるので、毎年新規参入のチャンスはあるものの、大きな資本力のあるチームが参戦してくる可能性は低く、上位リーグに定着するのは簡単なことではありません。

ビジネスにおいても、歴史や資本力がある企業に寡占化されているような市場に参入して成功を収めるには、ある程度以上の資本力と、既存の業界構造を覆すほどのイノベーションが必要であるといえるでしょう。

ベンチャーが参入したいブルーオーシャン

一方、北米のプロスポーツでは、前シーズンの成績下位チームから上位のドラフト指名権を獲得できる、ウェイバー方式のドラフト制度や、選手の年俸合計額を全チーム一律に定めるサラリーキャップ等により、できるだけ競争の条件を一定にして、フェアな戦いで勝者を決する仕組みを好みます。

大都市をマーケットの中心とするメジャーリーグと、中小の地方都市を基盤とするマイナーリーグでは、そもそも経営規模が違い過ぎるので、同じ土俵で戦うべきではないという考えから、シーズンの成績によるリーグ間の昇格・降格はありません。

マイナーリーグはあくまでも「メジャーリーグに選手とスタッフを供給するための育成リーグ」であるという位置づけです。

北米プロスポーツ界のクローズド型リーグでは、圧倒的な資本力によって一部のチームが人材を寡占することを防いでいるので、ある程度戦力の均等化が図られています。

ビジネスにおいては寡占されていないブルーオーシャンに匹敵するのではないでしょうか。クローズ型のリーグの仕組みや戦い方にはベンチャーに必要なスキルが多く含まれます。その戦い方を詳しく見ていきましょう。

クローズド型のリーグの仕組みと戦い方

例えば、北米アイスホッケーのトップリーグNHLでは、20年間で12チームが優勝しており、その間に連続優勝を果たしたのはたった1チームです。下位に低迷しているチームでも、下位から優先的に与えられるドラフト指名権で優秀な新人選手を獲得して上手にチームを再建すれば、何年か後に上位に浮上するチャンスがあります。

逆に、前年度の優勝チームが、優勝によって高騰する給料をサラリーキャップの中に収めるためには、中心選手を手放さざるを得なくなり、そのため数年後に下位に低迷することも珍しくありません。

新規参入は「エクスパンション」、つまりリーグの拡大と呼ばれ、入念な資本とマーケットの審査を必要とし、稀にしか行われません。新規参入チームには資本の裏付けがあるだけでなく、既存のチームからエクスパンションドラフト等の方式で、十分にリーグで通用する実力を持った選手が与えられるので、比較的短期間で成功を収めることができます。

ブルーオーシャンで戦うために必要なスキル

クローズド型のリーグは、マーケットが法規制により厳密にコントロールされたビジネスと言えますし、似たような資本規模のチームが様々な戦略を駆使して戦う様子は、スタートアップが集う新産業の様相に似ています。

ここではオープン型リーグのチームと比べて、限られた予算内でチームを編成するGMの戦略と、現場を指揮する監督の戦術等の采配が一層重要になります。

短期的な勝敗には、もちろん時の運が作用するときもありますが、戦力が均衡しているリーグで、シーズン通して成功をおさめ、さらに何年間も安定した成績を収めるには、リーダーによる優れたマネジメントが必要なのです。

これは、中小規模のビジネスリーダーにとって、より参考になるマネジメントスキルだといえます。

ブルーオーシャン戦略におけるリクルーティングの重要性

ベンチャーが戦うために必要なスキル
クローズド型のリーグや新規参入を目指すベンチャーなど、特にサラリーキャップによって人件費の上限が抑えられている場合には、いかに優秀なタレントを安価に獲得して育成できるかが、非常に重要なチーム運営戦略になります。

ベンチャーに必要なリクルーティングの考え方

ドラフト1-2巡目で獲得されるような、各年代のトップ選手は獲得の競争率が高いだけでなく、希望通りに獲得できたとしても契約金が高額です。

スカウトの本当の腕の見せ所は、チームの中心戦力となり長く活躍できる選手を、安価な投資で済むドラフト下位指名で発掘することです。

クローズド型リーグで長期的成功を収めた組織作り

北米アイスホッケーリーグ、NHLのデトロイト・レッドウイングスは、1990年から25年連続プレーオフに出場し、その間にスタンレーカップ(プレーオフ優勝)を4度獲得し、クローズド型のリーグにおいて長期的かつ大きな成功を収めました。

プレーオフ出場チームは、ウェーバー制ドラフトの仕組みにより、ドラフト指名順位が後回しになるため、その年のトップクラスと評価されるタレントを獲得することは基本的にできません。

また、毎年プレーオフに出場することで、選手の給料は上がり続けるため、年俸合計額をサラリーキャップ内に収めるためには、高額選手を放出し、若くて安い選手と契約せざるを得ません。長期的にリーグ上位を維持するチームを作るのは容易でないことがわかります。

レッドウイングスの長期的成功を支えたのは、GMのチーム編成力と、強力なスカウティング陣であり、その中でも伝説的存在と呼ばれる、ヨーロッパ担当スカウト、ハカン・アンダーソンの働きが大きかったと言われています。

アンダーソンは、母国スウェーデンとロシアを中心に、他のスカウトがほとんど評価しなかった選手を発掘しました。そのような選手には競合チームが存在しなかったので、レッドウイングスは彼らを6巡目や7巡目で指名し、格安で契約することができました。

レッドウイングスはマイナーリーグでの選手育成能力にも優れていたため、ドラフト下位で獲得した選手たちも次々とNHLでスター選手として活躍するようになりました。

ある年には、アンダーソンはスウェーデンの目立たないセンターフォワードだった選手を、なんとディフェンスにコンバートすることを進言してドラフト全体最下位で指名し、その後チームの中心ディフェンスとして育て、長くチームに貢献した後にトレードしました。

ドラフト下位で獲得し、自前で育成した選手は、トレードやフリーエージェントで他チームのエースを獲得するより投資額がはるかに少なく、活躍して年俸が上がってきたころにはトレードして、見返りとして有望な若手選手や今後のドラフト上位指名権等を獲得できるので、非常に健全で効率的なチーム運営が可能になります。

レッドウイングスのスカウティング戦略は、隠れたタレントを、特に北欧・東欧という、当時他のNHLチームのスカウトが北米に比べて軽視していたマーケットから発掘して育成するところに成功の秘訣がありました。

強い組織作りには先入観を捨て本質を見極める力が必要

NHLへのヨーロッパ選手の流入は1980年代から徐々に始まり、1990年代の東欧の民主化で一気に加速しました。当初はヨーロッパトップクラスの選手でも北米プロのプレースタイルや文化に馴染めなかった例も頻発したため「ヨーロッパの選手は当たり外れが大きい」という先入観から、ヨーロッパの選手を中心にチームを組み立てることに積極的なチームはほとんどありませんでした。

スポーツ以外の一般的なビジネスでも、トップクラスの人材のリクルートには多くの企業が競合するので、獲得は容易ではありません。そもそも優秀な人材を何人も獲得し投資できるだけの資本力を持たない会社も多いでしょう。

その問題は、隠された優秀な人材を、外国人を含む新しいマーケットや異なる業種から発掘することができる敏腕リクルーターを雇うことで大きく改善できるかもしれません。

指揮官のリクルートと育成

人材確保・人材教育というリクルーティングの重要性
優秀な指揮官は、選手全員の能力を高めてチームとして機能させることができるので、指揮官のリクルートは、いかなるマーケットにおいても、組織の最重要戦略の一つと言えます。

優秀な選手が優秀なコーチ・監督になるわけではない

選手と指導者の分業化が進む北米やヨーロッパのスポーツでは、名選手を即トップリーグや代表チームの監督に据える人事はあまり見られません。

特にヨーロッパのプロスポーツでは、指導者のライセンス制が確立されてるので、そもそも名選手がいきなりトップリーグや代表チームの監督になれる仕組みになってない場合がほとんどです。

北米でも、選手がマイナーリーグから一歩ずつメジャーリーグにステップアップしていくように、プロで実績のあった選手でも、通常はマイナーリーグのコーチやアシスタントコーチで修業を積みながら指導者としての高みを目指します。

元プロ選手としての実績がなくても、トップリーグに上り詰める指導者も少なからず存在します。現代アイスホッケーのゴールキーパー理論を確立し、ゴールキーパーコーチという職業を一般化したことで知られるフランソワ・アレールは、プロ選手としての経歴はありません。

また、今年NHLでスタンレーカップを獲得したタンパベイ・ライトニングのジョン・クーパー監督も、選手経験は高校まで。国選弁護人として仕事をしながら高校ホッケーチームのコーチとして指導者としてのキャリアを始め、そこから叩き上げて、ついに世界一のチームの監督になりました。

リクルーティングに必要なのは正当な評価ができる経営陣の眼

いずれの例でも重要なのは、選手経験のない指導者を、指導力で正当に評価して登用したプロチーム経営者たちの慧眼です。

極めつけの例は、サッカーの歴史的名将の一人、アリゴ・サッキを発掘した、当時のACミランの会長、ベルルスコーニでしょう。

サッキはサッカー選手としてはアマチュアのキャリアしかなく、独学で指導者になり、少年チームの監督から指導を始め、10年がかりでセリエBのパルマを指揮するまでになりました。

そして、カップ戦でセリエAのACミランを2度破るという大番狂わせを起こすと、サッキの才能に目を付けたベルルスコーニ会長により、ACミラン監督に大抜擢されました。

サッキは大きなプレッシャーに臆することなく、イタリアサッカーの伝統を否定する革新的な戦術「ゾーンプレス」を構築し、就任1年目からスクデット(優勝)を獲得。その後も次々とタイトルを獲得して名将として不動の地位を築きました。

当時41歳の無名監督サッキに、低迷に喘いでいたとはいえ、セリエAきっての名門の命運を任せるというベルルスコーニの決断は、さすがに当初は周囲の大反対にあったようです。

当時も既に確立された名指導者はたくさん居たはずですが、あえて安全な道を選ばず、自分のチームをカップ戦で下した格下チームの監督であったサッキに、自チームの成功とサッカー戦術の未来を見出して登用した、ベルルスコーニの眼力には恐ろしいものがあります。

見極める力に必要なのはデータと分析力

そもそもベルルスコーニ自身がサッカー選手でも指導者でもなかったのに、このように、大胆かつ的確な指導者選びの人事を行うことができたのは、彼が建築、メディア等で成功を収めた世界有数のビジネスマンとしての分析力と決断力を備えていたからに他なりません。

それでは、組織の命運を分ける決定的な戦略、戦術の決断を下すためには、一体どんな要素を基準に、何を分析すべきなのでしょうか? 

次回はスポーツ界でも大々的に行われるようになったデータ分析と活用について論じます。

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(編集:創業手帳編集部)

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