識学 安藤広大|組織に”馴れ合い”は不要。約4,500社導入の常識を超えたマネジメント術とは
起業後3年で上場を果たす。今後はファンドで日本の製造業を復活させたい
スタートアップにとって大きな課題のひとつが組織作りです。採用やコミュニケーションに悩む経営者も多いのではないでしょうか。
そこで今知っておきたいのが、感情論を排除してロジカルに組織を運営するメソッド「識学(しきがく)」です。「褒めてモチベーションを高める」「結束のために仲良くなる」というリーダーシップとは全く異なる、常識を超えた組織論として注目されています。
識学を使った組織運営コンサルティングを4,500社以上手掛けているのが、株式会社識学です。同社を創業し代表取締役社長を務める安藤広大さんは、識学の提唱者として知られ、著書「リーダーの仮面」は67万部を超えるベストセラーとなりました。
今回は安藤さんが起業に至るまでの道のりやこれから目指すビジネスについて、創業手帳代表の大久保がインタビューしました。

株式会社識学 代表取締役社長
1979年、大阪府生まれ。早稲田大学卒業後、株式会社NTTドコモを経て、ジェイコムホールディングス株式会社(現:ライク株式会社)のジェイコム株式会社で取締役営業副本部長等を歴任。2013年、「識学」という考え方に出会い独立。識学講師として、数々の企業の業績アップに貢献。2015年、識学を1日でも早く社会に広めるために、株式会社識学を設立。人と会社を成長させるマネジメント方法として、口コミで広がる。2019年、創業からわずか3年11ヶ月で東証マザーズ上場を果たす(現在はグロース市場に移行)。2025年3月現在で4,500社以上の導入実績があり、注目を集めている。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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この記事の目次
成長できる場所を探し続ける中、識学と出会ったあるきっかけとは
大久保:安藤さんが起業するまでの経緯を伺いたいのですが、もともと起業したいという思いがあったのでしょうか?
安藤:起業する気はもともと全然なかったんです。学生時代はラグビーをずっとやっていて、早稲田大学にもラグビーをやるために入りました。大学での4年間は、ラグビーで日々追い込まれていましたね。当時は努力していない時間が辛い、そういう自分が許せない、みたいな感じでした。
また体育会系ならではの厳しいルールがありました。今思えば理不尽なこともありましたが、組織のルールですから組織にいるなら従うのが当たり前と思っていましたね。
大久保:大学卒業後はNTTドコモに入社されたそうですね。
安藤:はい。NTTドコモは大企業ということもあって、大学の頃ほど追い込まれない環境だったんです。それはそれでいいことですが、僕としてはこのままでいいのかなと思うようになりました。そのうちにもっと自分の成長を実感できるところへ行きたいと思い、NTTドコモに4年いた後、人材派遣会社のジェイコム(※現社名はライク)に転職しました。
ジェイコムは最近では保育園の事業で成長していますが、当時は携帯電話会社向けのスタッフ派遣業で業界トップでした。ですから僕はNTTドコモにいた時からお付き合いがあり、近々上場する噂も聞いていたんです。
その後たまたまジェイコムのトップの方とお会いする機会があり、この人がいるから会社が急成長しているんだな、ということがわかりました。この会社に入れば今よりもっと経営に近いところで仕事ができて成長にもつながると思い、転職を決意しました。
大久保:いきなり起業するより、1度スタートアップの社長に近いところで働くというのはすごく勉強になりそうですね。
安藤:そうですね。社長に近かったということもありますが、僕の場合は組織の責任者になった経験が大きかったと思います。
人材派遣業は人が商材ということもあって、トラブルなどさまざまな問題が起こります。そういった問題を責任者として対応したことは、すごく自信になりました。起業した後にも当然多くのトラブルがありましたが、この時の経験があったから、あまり動じませんでした。
大久保:その後はどうされたのでしょうか?
安藤:ジェイコムに約6年いた頃に、イー・アクセスの営業トップの方からヘッドハンティングのオファーをいただきました。イー・アクセスは現在のワイモバイルです。当時社長だったエリック・ガンさんとの面接も済み入社する予定だったのですが、入社直前にイー・アクセスはソフトバンクに買収されてしまったんです。
つまりソフトバンクに入ることになるので、僕が入社した後は課長あたりのポジションになります。そうなると、イー・アクセスで営業トップの間近で仕事をするのとは、やはり大きく違います。僕の目指す道ではないと思い、結局入社しませんでした。
そんな時、友人を介して識学の創始者の方に出会いました。今思えば運命の出会いだったと思います。
事業がうまくいったのは、本格的に展開する前に実証実験をしたから
大久保:識学に出会って、すぐにこれだという感じだったのでしょうか?
安藤:識学を知った時は、当たり前のこと言っているなと思いましたが、すごく腹落ちしました。そこから自分でお金を払い、識学を教えてもらいました。
大久保:識学のユーザーだった安藤さんが、識学の会社を立ち上げたのはどんな経緯だったのでしょうか?
安藤:イー・アクセスへの転職がなくなった後、他に声をかけていただいたベンチャーに入ってそこで仕事をしながら識学を学びました。
そのベンチャーで、ちょうど識学で学んだことを実践してみたんです。そうしたら、自分がイメージしていたような結果が出ました。まだ確信というほどではありませんでしたが、これはいけると思うようになりましたね。
いろいろあってそのベンチャーは半年で辞めました。これからどうしようか考えた末、面白いチャレンジになると思い2013年に個人事業主として識学を広める活動をスタートさせました。
大久保:どのようなところから始めたのでしょうか?
安藤:僕は携帯電話業界のネットワークがあったので、営業顧問をしてほしいというお話をいくつかいただいていました。そのうちの1社と相談して、営業顧問をやりながら、識学を使った事業の立て直しもやらせてもらうことにしました。
僕としては、識学のロジックを使って組織を実際に良くできるかという実証実験をしたかったんですよ。ユーザーに近い形で実際に試してみたら想定以上に数字が上がりまして、これはもう間違いないと確信しました。
大久保:いきなり広げるのではなく、まず実験したわけですね。起業を目指す人にとって、大きなヒントになりそうです。実験がうまくいったことで、一気に広げていった感じですか?
安藤:そうですね。その後1年間で3社くらい手掛け、コンサルティングでの成果を重ねていきました。そのまま個人事業主として続ける選択肢もありましたが、識学で日本企業が抱えている課題を解決できると思い、もっと広げるために2015年に会社を立ち上げました。
識学のメソッドを使って、日本の製造業をもう一度復活させたい
大久保:その後はクラウドサービスを立ち上げたり、スポーツチームの運営をしたりと事業を広げていったそうですね。事業の多角化をどのように進めたのでしょうか。
安藤:会社は識学を広めることが企業理念ですから、常にそこへつながることをするのが基本的な考えです。
2020年にはバスケットボールチーム「福島ファイヤーボンズ」の運営会社を子会社化しました。スポーツチームを手掛けているのは、識学の有用性を証明するのが1番の目的です。
チームを強くするところは苦戦していますが、経営の改善という面では成果が出ています。売り上げは3.5倍ぐらいまで上がっていますし、スポンサーの契約数はおそらくBリーグでも1、2位あたりだと思います。
M&Aや投資事業もやはり識学の優位性を証明するためにやっていますので、識学を導入していただくことを条件に投資しています。ですから僕らはアーリーステージではなく、ある程度事業が出来上がっていて、組織を変えれば伸ばせるような会社に投資しています。VCは6年くらいやっていますが、すでに4社が上場を果たしました。
大久保:今後の会社の展望について、教えていただけますか?
安藤:これまでコンサルティング事業をメインでやってきましたが、先ほどお話しした投資事業をもっと広げていきたいですね。最近、VCの他にも新生銀行さんと一緒に20億円規模の再生ファンドを立ち上げました。
もともと僕はこのファンド事業をやりたかったんです。僕らが経営に関与すれば、かなり高い確率で伸ばせると思っています。ただこういう形で経営に関与するとなると、1社にかける時間が膨大になります。ですから会社が小さいうちはやるべきではないと思っていました。
今はようやく識学という会社が成長してきたので、コンサル事業とあわせてこういうロールアップ(編集部注:連続的に同じ業界の企業を買収していくこと)をしていきたいですね。売却が目的ではなく自社のPMに入れるような形です。こうしたファンド事業を通じて、日本の製造業を次世代へつないでいきたいと考えています。
大久保:製造業にフォーカスしているのはなぜでしょうか?
安藤:レッドオーシャンであればあるほど、経営戦略と組織運営が重要だと思っています。僕らがM&Aや投資において製造業をメインにしているひとつの理由ですね。日本の製造業はレッドオーシャンだからこそ、組織運営さえしっかりやれば再生できると考えています。
これまで日本の製造業では、組織運営に問題があって外資に買収されたケースが何度かありました。こういう事例を今後は二度と作らないために取り組んでいます。日本の製造業の持つ優れた技術を、しっかりと残していきたいんです。
仲良くなってから物事を進めるのは、スタートアップによくある大きな勘違い
大久保:識学は日本企業が抱えている課題を解決できるというお話がありましたが、安藤さんは今の日本でどんな課題が深刻だとお考えですか?
安藤:日本企業が儲かっているのは、高度経済成長の時に先輩経営者たちがしっかり作ってくれた資産の上にいるだけです。そういう土台の上で、緩い施策で社員から人気を得ようとしているのが、日本企業の現状です。
これでは会社は成長しませんから、今の日本企業は苦戦している。そういう意味で僕らは今強い危機感を持っています。本来みんなが100%仕事をしてもらわなければいけない中で、仲良くすることに経営者の頭や時間を使うべきではありません。
この先日本がある程度沈むことは避けられないでしょう。そういう中で識学という組織運営を経験した人たちが、日本が再浮上する時に中心にいられるようにしていきたいと思っています。
大久保:私は最近よくアメリカのシリコンバレーを訪れているのですが、アメリカのスタートアップを見ると、識学の考え方に近いなと個人的に感じています。
安藤:そうですね。アメリカは日本に比べて社員に対してシビアで、解雇も当たり前です。そういう厳しい環境に置かれているからこそ、アメリカでは他を出し抜くために新しいアイデアが出て、イノベーションが生まれる。そこは日本と大きな違いだと思います。
もちろんアメリカと日本では法律が違いますから、アメリカの真似をしてもうまくいきません。だからこそ、識学が必要になるわけです。
大久保:シリコンバレーで働く人の給与は日本の3倍くらい高いですよね。
安藤:まさにそうなんです。日本企業は従業員を守りすぎているから生産性を上げられず、1人1人の給料が安くなっていく。こういう形を変えていかないと、給料は増えないと思っています。
一方で、従業員を守ることを促進するコンサルティング会社もあります。僕は起業する時、そういう会社には絶対負けないという強い思いがありました。
大久保:そういう会社にあえて対抗したわけですね。
安藤:そうです。対立軸があることで僕らのやりたいことが際立つし、僕らの成長につながります。例えばソフトバンクが登場した時、打倒ドコモという感じでしたよね。後発の弱い会社からすると、強い会社にライバルと認めてもらえた時点でもう勝ちなんです。
大久保:なるほど。そこもスタートアップに必要な考え方かもしれません。最後に、多くの企業へコンサルティングをしてきた安藤さんから、起業家へ向けてアドバイスをいただけますか?
安藤:多くの起業家がコントロールする側として経験したコミュニティは、友達やサークルといったグループしかありません。だからまず会社のメンバーと仲良くなって、それから物事を進めようとします。でもそれは大きな勘違いなんです。
会社は仕事をする場所なので、人間的につながりすぎてはいけないんです。順番が逆なんですよ。それぞれの役割があって、役割を果たしながらチームが進んでいくことで仲良くなっていく、そういう順番なんです。これを理解しておかないと、組織はうまくいかないですね。
もうひとつ僕がスタートアップの方へお伝えしたいのは、売り上げが立ち始めたらその事業に集中して続けて欲しい、ということです。
スタートアップはすぐポートフォリオを作りがちですが、事業をすぐ増やすべきではありません。組織も分散してしまいます。
まず1つの事業を深堀りして、ある程度シェアを取ってから事業を増やしたほうがいい。僕らも識学のコンサルをやり始めた時は、めちゃくちゃアナログだったんですよ。紙にメモを書いて、それを納品していました。
僕らが上場した時もほぼ単一事業で、クラウドなんて全体の売り上げの2%くらいしかありませんでした。そこから識学を広め、実績が出てから他の事業を増やしていきました。新しい事業は識学が認知されているからこそ、お客様がついてくれるんです。「識学がやるから面白そうだね」と言ってくれるわけです。
ラグビーで言うと、スキルがないのに複雑な作戦プレーをやる感じです。そうではなく、勝つためにはまず1つの作戦を極めるべきです。
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(取材協力:
株式会社識学 代表取締役社長 安藤 広大)
(編集: 創業手帳編集部)